2007.3
クラシックはじめのいっぽ プレ企画2 ピアノ編
小山実稚恵は昼間の1時間も夜の厳しさで満たしそして満足させる
前回1月末の「はじめのいっぽ」プレ企画、ヴァイオリンの矢部達哉氏演奏会があんまり素敵だったものだから、今度は我が長屋のお隣りさん、築地魚河岸ご隠居に声をかけてみた。なにしろ夜の9時過ぎには寝ちゃって、筆者が寝ようとする頃には起きて路地の掃除を始めてらっしゃる健全なる佃島住民なのだ。いくら運河筋を歩いてすこしの第一生命ホールだろうが、夜のコンサートにお誘いするわけにはいかぬもの。
冬らしい寒さもないままに梅も咲き、3月になった湾岸の昼前、トリトンスクエア・グランドロビーに向かう大エスカレーターに吹き付ける風は、まだちょっと冷たい。朝潮運河の向こうに林立する高層マンション群を眺めながら、夜の演奏会ではお見受けしないような奥様方が、「海が近いと風が強いわねぇ。まあ、あちらが日本橋の方かしら、ちょっと来ないと東京の田舎者になっちゃうわ」って、カラカラカラと高笑い。こんどはうちのお父さんと一緒に来ましょう、なんて興奮気味に語り合ってらっしゃる。ホント、一緒にいらしてくださいね。魚河岸ご隠居も「昼間なら行ってみましょう」と仰ってたし。隣近所でコンサート、なんかちょっと不思議です。
ホールに入っても、聴衆は圧倒的に奥様ばかり。思いのほか熟年2人連れが見えるのは嬉しいけれど、意外に多いとは言えない数だ。客席を埋める人の数そのものは、かなり入ってるなというくらい。やっぱりピアノのコンサートは敷居が低くなるのかな。1階平戸間まで、きっちりネクタイを締めた老旦那からご挨拶された。ぼーっとしながら「あ、どうも」なんて返しておいて、「誰だっけな、なんて思ったら、あれ、なんとお隣の魚河岸ご隠居じゃあありませんか!」スーツ姿なんて初めて見た。そうか、コンサートホールというところは、佃の老兄さんにきっちりした格好をしなければと思わせるハレの場なんだっけ。
さて、時間となって、小山さんが登場。夜のコンサートと違わぬ白いドレス、考えてみれば、このクラスの人が、客席わずか750のホールで1000円というのは、とっても安いんだろうなぁ。聞くところによれば、小山さん、この演奏会前に「アウトリーチをやってみたい」と申し出られたそうな。そんな活動とは遠そうなイメージのアーティストだけに、逆に「演奏会にあまり来ない人向けの昼間の短いコンサート」に向けた意気込みが感じられる。
とはいうものの、今時の「オリジナル楽器」趣味とは正反対、モダンピアノでしか不可能な柔らかくレガート名バッハの平均律が流れ出すと、そこにあるのは何一つ妥協のない小山実稚恵の世界である。このホールは案外響くのだな、とあらためて確認させられる。
まずは1曲を終え、「こんにちは」とお話。「ピアノが良い」、「ホールですけど教会の感じを。シューマンは子供の無邪気さを。ショパンはピアノの魅力を聴いてください。」
舞台からのお話を終えて安心したのか、そこからはすっかり小山実稚恵のいつものペースとなる。続くバッハのコラールは、クレッシェンドもダイナミックスもロマン派音楽の世界だ。お得意のシューマンは「子供の情景」だって、ちっとも気楽な子供時代の想い出じゃあない。気の抜きどころがまるでない、弾き手ばかりかコンサートホールの中にも緊張を強いる本気の音楽だ。「気楽に音楽を聴いてください」というのじゃあなくて、「これがコンサートホールにわざわざ来ていただいた方にお聴かせする私のホントの気持ちなんですよ」って。第一生命ホールのピアノで高音を綺麗に響かせるシューマン、小品たちの間に拍手をしようとする者など誰もいない。少しは発散される要素があるショパンにしても、完成度の高い、夜の公演となにひとつ違わない音楽たちだ。
こういう緊張感の強い空間だと、かえって客席のゴソゴソ音やら携帯のピープーがとても大きく聞こえるのかしら。筆者の座った席の並び、通路側のレセプショニストの前の半袖シャツでひとりでいらしている男性が、聴衆の騒音や遅刻者の出入りの音に、妙に過敏に反応している。ゆったりした昼なんだからもっと気楽にしましょうや、と声をかけられる雰囲気でなかったのは、小山さんが創ろうとしていた音楽的空間の質そのものにも理由があったろう。なにしろものすごい集中力、「お気楽に過ごしてください」という音楽でなかったことだけは確かなんだから。
こんな緊張感を強いるのは、もしかしたら2時間のフルコンサートでは厳しかったかも。家の中やipodでのながら試聴では絶対に不可能な、ピリッとしたハードコアな音にじっくり向き合うコンサートホールの時間とすれば、昼の60分というのは丁度良いのかもしれない。こんな昼間のコンサートも、ある。
後に仕事が続いていたため慌てて第一生命ホールを離れねばならず、お隣のご隠居がどんな風だったか、会場では確認できなかったのが気がかりだった。翌日、いつもの気楽な格好で顔を合わせた魚河岸ご隠居兄さんは、「いやぁ、あの人はすごいピアニストなんだねぇ、」と、盛んに繰り返しておりました。そう、ホンモノは、たとえそれが食べやすいものではなかろうが、誰にでも凄さが判るものだ。ましてや元築地の目利きならなおさらね。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈ライフサイクルコンサート#20〉
クラシックはじめのいっぽ プレ企画2 ピアノ編
日時: 2007年3月1日(木)11:30開演
出演者:小山実稚恵(ピアノ)
演奏曲:
バッハ=ブゾーニ:コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV639
バッハ:平均律クラヴィア曲集第2巻より、前奏曲とフーガ イ短調BWV889
シューマン:子供の情景Op.15
ショパン:ノクターン 第2番 変ホ長調 Op.9-2
ショパン:バラード第1番ト短調Op.23
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22
ショパン:ポロネーズ第6番 変ホ長調 Op.53「英雄」
実は,大人も弾いてみた~い 弦楽器体験Vol.3(for TANサポーター)
「松ヤニを用意しなくっちゃね」
「弓を動かす方が,よく塗れますよ」
サポーターによる,サポーターのための"弦楽器体験"第3回目が始まった。
1月からスタートし,毎月行われてきたこの企画も本日が最終日だ。
ピアノ,ギター,ホルンを演奏したことはあっても,ヴァイオリンやヴィオラは初めて,または全くの楽器初心者のサポーターが参集。当初はケースから楽器を出すことさえ一人きりではできなかった受講生が,今ではすっかり慣れた手つきでネックに触れている。
講師を務めているのも,同じくサポーター。2人のアマチュア・ヴァイオリニストだ。そのうちの1人はヴィオラ指導も兼ねる。さらに,2人の友人であるチェリストも参加。
* * *
今日の受講生は5人。
プログラムは調弦から始まった。
チューニングは前回も取り組んでおり,その成果が「弦を貼り過ぎないようにしないと」などといった声に反映されている。
受講生の中からはチェロに挑戦する者も現れてきた。今日が初めてのチャレンジだという。
音が合ったところでハ長調の音階をたどる。スケールを上昇し,そして下降。
「指の感覚を覚えてください」
「上るのは簡単だけれども,下るのは難しいでしょう」
「ほらほら,きちんと音をとらないと,速いパッセージが弾けませんよ」
1回のレッスンは1時間半。今日が3回目なので,ここまでに費やした時間はわずか3時間たらず。まったくの初心者がこまでたどりついた。
* * *
「さあ。『家路』をみんなで弾きましょう」
各パートごとに分かれ,ドボルザークが部屋の中にこだまする。
多少音が揺れるが,温かなメロディ。
「どうせだったら,コンサート形式で合奏しましょうか」
「そうそう。何事も形から」
「それでは第一ヴァイオリンはこちら,チェロは向こうへ」
「観客もいるわねえ」
「TANの事務局の方に聴いてもらいましょうか」
事務局長と制作スタッフが呼ばれて即席演奏会がスタート。コンサート・ミストレス役だっている。
「ブラアヴォ! アンコール!」
「すみません。ネタはこの曲しかないんです」
笑顔に囲まれ,"サポーターによる,サポーターのための弦楽器体験"は成功裏に終了した。
* * *
「子どもたちへの体験活動を手伝っているうちに,実は大人だって楽器を弾きたいんじゃないかって気づいたんですよ」という,サポーターのちょっとしたアイデアから始まったこの企画。練習のプログラムも,教材も,すべてサポーターの話し合いから創られていった。
「いろいろな人たちと音楽が幸せに出会う機会をつくりたい」と願うTANの取組みは,このような"アートを通した人と人"との関わりも,また新たに生みだしたのである。
※弦楽器体験では,JPモルガンならびに菊池サポーターよりご寄贈頂いた楽器を使用いたしました。
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実は,大人も弾いてみた~い 弦楽器体験Vol.3(for TANサポーター)
日時: 2007年3月17日(土)
プレアデス・ストリング・クァルテット
ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅰ
プレアデス・ストリング・クァルテットを聞いて。
祝日ということで、この日の開演は午後3時のマチネ。明るい時間にホールを訪れるのは、とても久しぶりのこと。いつものクァルテット・ウェンズデイと比べると、お客様が多いような気がしました。それは、祝日だからでしょうか、それともメンバーの顔ぶれによるものか・・・。
1曲目は弦楽四重奏曲へ長調、op.14-1。もとはピアノ・ソナタで、ベートーヴェン自身による、編曲とのこと。そういえばベートーヴェンのピアノ曲の中には交響曲第3番「エロイカ」の変奏曲がありますが、交響曲を知っていると、その編曲具合にとても楽しく聞けます。
ベートーヴェンはとてもアレンジが上手な作曲家だったようですが、この曲については原曲を知らないので、そのアレンジのほどは分かりませんが、出だしのみなさんの音の美しいこと。これは弦楽器ならでは。ピアノでは出せない音色です。松原さんの演奏はこの日初めて聞いたのですが、意外にも(大変失礼な言い方ですみません)とても繊細な音で演奏されるのだという驚きと共に、他のメンバーの方々が松原さんに寄り添った演奏をされているのに感心いたしました。
2曲目は初期の第1番へ長調 op.18-1。
特に第1、2楽章は演奏経験があったので、ボーイングも見ながら、興味深く聞かせていただきました。1楽章は緊張感を保ちつつ、軽快な演奏で、やはりプロの方は違う!とただただ驚くばかりでした。また2楽章は美しいだけに、ややもするともたれてしまうのですが、先に進めつつ、歌っていけるという、素晴らしい間の取り方に4人の息の合ったところを見せて(聞かせて?)いただいた気がしました。
休憩をはさみ、最後の曲は、第9番ハ長調 op.59-3「ラズモフスキー第3番」。
1楽章、冒頭の減7の和音。アマチュアなら弓を持つ腕が震えてしまう、そんな雰囲気の中でこの曲は始まります。会場の静寂した空気の中で、この和音を響かせるのは、非常に勇気が要るような・・・。でも、プレアデスの方は、もちろんそんなことに動じることはなく、整然とこの和音をならし、軽快な音楽へと導いていってくれました。2楽章はチェロのピチカートがポイントですが、チェロの山崎さんはとても丁寧にピチカートを弾かれていました。チェロという楽器の特質かもしれませんが、山崎さんは他の曲の中でも、時に背中を曲げ、小さくなったり、背筋を伸ばして堂々とされて弾かれたり、と見た目ににもその場の音楽が伝わってきました。美しい3楽章に酔いしれているうちに、4楽章があっという間に終わってしまいましたが、この曲は聴き慣れると、とても耳に馴染み、頭にメロディーが浮かんできます。そんな所が人気のある要因なのでしょうか。
内声部の2ndバイオリンとヴィオラのお二人にも是非触れておきたいのですが、2ndの鈴木さんは、足を怪我されての出演で、車椅子で舞台にいらっしゃり、椅子に移られて演奏されていましたが、バイオリンもある程度足で踏ん張らなければ大変演奏し辛い部分があり、いつもと勝手が違う状況の中で、よく頑張られたなぁ、と思いました。またヴィオラの川崎さんは、まさにいぶし銀の演奏というべきか、目立たない音域の中、旋律ともなれば、朗々と歌わせるあたりはヴィオラ奏者の鑑だな、と思わずにはいられませんでした。
ベートーヴェンのクァルテットをこれから全曲演奏してくださるとのこと。これから益々息の合ったベートーヴェンを聞けるかと思うと、楽しみで仕方がありません。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#55〉
プレアデス・ストリング・クァルテット
ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅰ
日時: 2007年3月21日(水・祝)15:00開演
出演者:プレアデス・ストリング・クァルテット
[松原勝也/鈴木理恵子(Vn)、川崎和憲(Va)、山崎伸子(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番へ長調作品18の1、同へ長調Hess.34、
同第9番ハ長調作品59の3「ラズモフスキー第3番」
ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
桜開花は遅れそうだけど、3月に入るといよいよ晴海にも春がやってくるなと思う今日この頃。思いがけず予定が空いたので、久しぶりに土曜日の演奏会に出かけました。
平成の世にあってベートーヴェンの頃のフォルテピアノで、珍しいプログラムの演奏を聴けるというのは思いがけないお雛祭りプレゼントになりました。
交響曲第2番二長調はピアノ三重奏版。第1楽章アダージオ/アレグロコンプリオでは歯切れ良いフォルテピアノにのって他2者も華やかに入っていきましたが、オペラ序曲を思わせる軽やかさや中間部での圧倒的な音の渦が広がりました。第2楽章ラルゲットクワジアンダンテでは穏やかなコラールが広がっていきました。対話するフォルテピアノと他2者とが中間部分での付点となめらかなフレージングのかわるがわる登場する場面や、短調部分の静かな熱さ等、次々と聴き進めていきました。奏者お互いの合いの手もぴったりで、聴き心地のよい事。第3楽章スケルツォでは軽快なフォルテピアノが意外にも音量が出るのが新鮮な驚きで、ヴァイオリンとチェロが滑らかに弾いていました。第4楽章アレグロモルトでは特色あるフレーズにトリルが彩りを添え、冒頭部分でのフォルテピアノは全力疾走に近い弾きぶりで、チェロはこの快速にのりつつもたっぷりと歌っていました。いつもは大人数で弾いていくところをいわば2人がオーケストラ部分の"ソリ"を弾くので、腕前が否応なしに露呈してしまうのですが、全体の音バランスを念頭に置いていて、圧倒的な前進の感覚がみてとれました。
続いては小倉さん独奏による「テンペスト」(ピアノソナタ第17番ニ短調)。かつてイエルク・デームス所蔵という膝ペダルの構造がようやくはっきり見えました。(余談ながら筆者はかつて成城学園のサロンでデームスによるゴールドベルグ変奏曲を聴いた事がありますが、その時にこのA.ヴァルター製のフォルテピアノで聴いたらどのような響きが聴けるか、ふと想像しました。)第1楽章ラルゴ-アレグロではメンデルスゾーンのピアノソナタ第1番の緩徐楽章での分散和音を思わせました。以前聴き慣れた演奏より早め早めのパッセージでしたが、モダンピアノとフォルテピアノではペダルの構造に大きな違いがあると共に、今回のヴァルター製楽器で聴いていると、モダンではペダリングでよく見えなかったメロディラインやフレージングがくっきりよく分かりました。第2楽章アダージオは旋回音型の右手に呼応する左手の和音がどこか懐かしさのこもった響きを生み出しておりました。モダンピアノでのきらめくような響きも好きですが、この日弾かれたフォルテピアノの響きは更に心深くしみ入っていく印象でした。この日の白眉ではないかと思われ、思わず目頭を押さえてしまいました。第3楽章アレグレットでは左手のボリュームがあれ程までによく大きく出るものだなと感服しました。冒頭から比較的たたみかけるようなテーマ提示がが実に劇的で、高音での切々とした語りに低音部分での毅然とした弾き口は、作曲者の心の葛藤をも弾き出しているように思われ、非常に印象深く聴きました。弾き上げて一瞬の沈黙の後、割れんばかりの拍手に包まれました。聴き手も皆息をのんでいたのだろうなという様子が伝わりました。一緒に聴いていた愛好仲間もこのテンペストにはすっかり感服していました。
休憩後は弦楽パートが更に増え賑やかになったところでピアノ協奏曲第4番ト長調の室内楽版。第1楽章アレグロモデラートでの、あのおなじみの冒頭フォルテピアノ独奏の問いと伴奏部分の応えがリズム取り等斬新な響きでした。とは申せ、モダンピアノに比べると随分とまろやかな響きで、室内楽版にいかにも似つかわしい響きと思ったのは私だけでしょうか。それをふんわりと受けて応答する弦楽陣も心地良い響きを奏でていました。展開部分の短調部分でのフォルテピアノの軽やかかつ力強い弾き口に弦アンサンブルも寄り添うような演奏でしたが、続くカデンツァでは随分ストレートに弾き進められており、聴き手にもストレートに伝わってきました。コーダに向かう弦楽も艶やかに加わり、1つの楽章で随分"お腹いっぱい"のアンサンブルでした。第2楽章アンダンテ・コンモートでは前楽章と対照的に弦が鋭く切り込むように曲に入り、フォルテピアノがつぶやくように弾き進めていましたが、いずれもメリハリがよくついている演奏でした。第3楽章ロンドヴィヴァーチェではピアノフォルテの冒頭主題でのフレージングに独特の"ため"をきかせており、この楽器の持つ表現の広さや面白さが披露されたように感じられましたし、普段聴かれるよりも幾分かゆっくりと弾き出される全体ピチカートが絶妙でした。カデンツァはモダンピアノよりもむしろ迫力があり、旋回音型で徐々にクレッシェンドしていく部分は聴きどころに感じられました。
アンコールはピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章。愛聴するルービンシュタインのロンドンフィル盤でも聴かれたつぶやきと、それよりもやや速めのテンポのアンサンブルとが調和しており、是非「皇帝」も全編聴いてみたいと思いました。
出演者の方々もこのホールでの響きを堪能したようで、改めて奏でる人と楽器と楽曲との調和というものの大きさを感じさせられたひとときでした。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
日時: 2007年3月3日(土)18:00開演
出演者:小倉貴久子(フォルテピアノ)、桐山建志(Vn)、花崎薫(Vc)、
高木聡(Vn)、藤村政芳(Va)、長岡聡季(Va)
演奏曲:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 H.W.キューテン編「原典資料に基づく室内楽稿」、
交響曲第2番「ピアノ三重奏版」、ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
プレアデス・ストリング・クァルテット
ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅰ
「師匠達、デビュー」
作曲者にとっても時代にとってもあまりポジティブに取り扱われなかった、ピアノソナタ第9番ホ長調を移調編曲した弦楽四重奏曲ヘ長調。これは個人的にピアノで練習しようと考えていたので、和声や強弱の点で非常に参考になりました。第1楽章アレグロモデラートでは第1ヴァイオリンが初めややたたみかけるように弾いており、続く第2楽章アレグレットでは艶やかな付点をもって流れるようなアンサンブルが繰り広げられ、ヴァイオリンどうしが寄り添うように弾き合っておりました。変二長調のトリオ部分でのいっそう緩やかな揺れ動きが印象的でした。第3楽章アレグロでは飛躍する音型の妙を楽しめました。第1ヴァイオリンの激しい提示に呼応するかのように他3者の揃って鋭い三連がフィナーレを形作っていたと思います。
続いてはこれに対して人気曲でもある弦楽四重奏曲第1番へ長調。第1楽章アレグロコンブリオは優雅な第1ヴァイオリンとチェロに挟まれて2つの内声部は細やかに弾いておりました。トリオ音を交えて旋回部分での激しさ増したビオラは味わいあるメロディを奏でておりました。軽やかで文字通りゴキゲンな楽章ですが、難度高さを何ら感じさせない、さすがは師匠達の演奏でした。ロメオとジュリエットから着想を得たという第2楽章アダージオでは、明るい部分での夢見るような響き、中間部で突如チェロが激しくもめまぐるしい強音での展開する短調部分はまるで嵐の中を思わせる、恋の刹那を描き出していました。ビオラに始まる長調部分は慰め部分は大変対照的かつ丁寧に描かれており、ストップモーションを思わせる緊迫部分にも聴き入りました。これだけ内面を描き出せるベートーヴェンが歌劇を1作しかものしていないのが何とも勿体無いと思い起こさせてくれる演奏でした。第3楽章スケルツォのヘ長調部分は正に起承転結の「転」、中間部での舞曲風の刻みはまるで第1ヴァイオリンの為のコンチェルトのようで、拍の後ろも意識しつつここをさり気なく弾き通すところにも改めて敬服。第4楽章アレグロはこれもまた軽快にして快活な節回しに低音部の合いの手が絶妙。どのパートの響きをも均等に置いたと言われているハイドンの如く、どの奏者も対等に渡り合っている演奏でした。
休憩後はこれもまた人気"ラズモ"ものの弦楽四重奏曲第9番ハ長調、第1楽章アンダンテコンモート/アレグロヴィヴァーチェは、最初の不安気な減7和音から文字通り揺れ動きを伴ったフレーズを経て突如明朗快活な展開ではすっかりツボを心得た演奏、自在にテーマを操っており、コーダ部分でのたたみかけるようなアンサンブルは、今や恒例となっているアドヴェントのみならずこの時期にあっても受講生達にも聴いてもらいたいと思いました。現に私の周辺にもお弟子さんとおぼしき若きお客様が楽器携えて聴き入っておりました・・・・彼らは幸せ者です。何故か私はここで「告別」ソナタの第2楽章からフィナーレに向けての揺れ動きや次の瞬間の喜び弾ける部分を思い浮かべましたが、いずれも私の"ツボ"にはすっかりはまりました。第2楽章アンダンテ、アレグレットでのチェロの"ジャジー"なピチカート演奏には一瞬コンサートホールにいるのを忘れさせるような(笑)ノリの良さ。このリズムに乗ってオリエンタルな趣を持つ他3者のメロディが絶妙でした。展開部で代わってチェロがメロディ歌う部分も秀演でした。イ長部分での描くパートの歌い交わしや、ラスト部分にも聴き入りました。第3楽章メヌエットもまた起承転結の「転」で、チェロが悠々と支える上で他3者も伸びやかに歌を聴かせておりました。注目の第4楽章アレグロモルトで多くのクァルテットはここを"超快速"に駆け下りるとの事ですが、当夜の演奏イメージは「センプレ・ヴィヴァーチェ」。速度を響きの幅に見事置き換えてシンフォニックに聴かせてくれました。第1ヴァイオリン→ビオラ→第2ヴァイオリン→チェロと次々リレーされていく中でも熱いテンション保って弾ききっており、フィニッシュ後は場内から熱烈な拍手が送られました。
アンコールでは冒頭の「ややマイナー」な曲の第2楽章。晴海"初登場クァルテット"のみずみずしくも熟された師匠達の音色を堪能しました。
この日第2ヴァイオリンの方がケガされていたようですが、いざ楽器を手にして曲に入ると全く違和感がありませんでした。スポーツ選手ではないですが、「気合だー!!」ではなくとも「集中だー!!」なのでしょうね、きっと。
当夜ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏に出発した"新しき百戦錬磨"の面々。今後の展開が楽しみです。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#55〉
プレアデス・ストリング・クァルテット
ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅰ
日時: 2007年3月21日(水・祝)15:00開演
出演者:プレアデス・ストリング・クァルテット
[松原勝也/鈴木理恵子(Vn)、川崎和憲(Va)、山崎伸子(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番へ長調作品18の1、同へ長調Hess.34、
同第9番ハ長調作品59の3「ラズモフスキー第3番」
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
この日は朝から雨風が強く、前夜は傘が吹き折られそうになったのもあってお客様は大丈夫だろうかと思いつつ準備に入りました。私の入ったスタジオはいわば御近所の4-5才の子供達。事前に知らされた人数より参加者が増えており、一体どうなるのかと思いました(笑)。さて、スタジオに加わって下さったのはフルートコーナーで、実演は佐久間さんとお弟子さん男女お二人でした。リハーサルでも男性のお弟子さんの軽快なトークを聞かせていただき、我々サポーター達も大うけ。また恒例の"楽器解体"では普段ステージやテレビで見かける楽器があっという間にケースに入る大きさになり、はるか昔にリコーダーを習った身にとっては非常に懐かしいものでした。
さていよいよ開場してスタジオも受け入れ開始。猫のイラストの描かれた水色のカードを首に下げていつもよりちょっとおめかしした子供達が次々とスタジオに入ってきました。尚、今回は後述の全体コンサートで使用するおはなし本に登場するキャラクター毎に色分けカードが用意されました。他には黄色カードのあひる組、ピンク色カードのりす組、緑色カードのかぼちゃ組。それぞれファゴット・オーボエ・ホルンの演奏家がスタジオ参加下さいました。全体開演までの約30分間は私達サポーターもフル回転。折り紙でいろいろと折りながら絵の描かれた模造紙に次々と貼っていきましたが、どの模造紙ゾーンも満員御礼!!皆はいろいろな折り紙の折り方を知っていて、お家や小鳥、チューリップ等を次々と折っては糊をつけて!!と私に差し出してきました。私も犬やトトロ(?)を折って一緒に貼ってみましたが、子供達の折り上がりの方が上手だったかもしれません(笑)。
友人との話題にもよく出るのですが、このくらいの年齢から指先が細かく動くと楽器を始めるにもちょうどよいのだろうなとも改めて思いました。さっきお家を折ってくれた女の子は前日ピアノの発表会で2曲弾いたんだと報告してくれましたっけ。フルートは皆初めて!!とちょうど遠足の前夜のようにはしゃいでいました。
さて、スタジオ開始となり、魔笛のパパゲーノのアリアから。佐久間さんと女性のお弟子さんが二重奏している中で男性のお弟子さんがパパゲーノよろしく吹きつつ登場。このお弟子さんの話術はさすがで、リハーサル以上にテンションが上がっておりました。最低音から最高音まで一気に吹いていく中で能管を思わせる甲高い音に子供達はウワーっと大騒ぎ!!勿論これは予定内の展開でしたが、更にコップ等の小道具で楽器の仕組みを分かりやすく説明するあたりでも大喜び。またカルメン抜粋の演奏では子供達も実はよく聴いた事があるようで、演奏後には口々にこれ知ってる、知ってる!!と叫んでいました。途中クーラウのトリオ直前で何人かの子供達とお手洗いに走る場面もありましたが、受付サポーターさん達の協力もいただき無事に演奏中に戻る事が出来ました。今回は前回までの反省をふまえ、親御さんのお迎え時にスタジオ内に順次入っていただいた事もあって大きな混乱なく引き合わせる事が出来ました。片付けをお手伝い後、私がホールへ行きましたが、本日満員御礼のカフェ前ではさっきまで一緒に遊んだ子供達が親御さんにスタジオの報告をしている光景があちらこちらで見かけられました。今回はホール内は勿論、スタジオお迎えの際にもお父様の姿が多く見られましたが、共通の楽しみを分かち合って一日を過ごすというスタイルが日本でも徐々ながら出てきつつあるのでしょうか。
第2部「みんな一緒のコンサート」ではまずイベールの3つの小品から。第1曲は軽快なリズムが前面に出ており、第2曲では佐久間さんのフルートがグイグイ音楽を推し進めていく印象で、クラリネットの高橋さんが伸びやかに重なって、音色の重なりには子供達でなくとも聴き入りました。第3曲はオーボエの広田さんの艶やかさとフルートとの絡みがコミカルに展開していき、周りの子供達も身を乗り出さんばかりに聴き入っていました。
続いて音楽と絵本「かぼちゃスープ」(ヘレン・クーパー作・せなあいこ訳)が披露されました。春色を思わせるパステルグリーン調の衣装で登場した山下千景さんの表情豊かでリズミカルな朗読は親御さんも熱心に聞いておられたようです。ピアニスト仲道さんとの共演コンサートの御経験もあるので、音と言葉とで織り上げていくステージを堪能出来ました。選曲もテュイレからリゲティまで変化にとんだ構成で、物語の展開にはまっていたと思います。
第2部終了後はすぐにロビーへ。ねこ組メンバーとさっきスタジオで作った折り紙模造紙を掲げながらお客様をお見送りしました。程なくホールを出てきた同じ色のカードを下げた子供達が模造紙に駆け寄って自分の折った折り紙を親御さんに指差して見せていましたが、親御さんも我が子の力作に驚くやら喜ぶやらしつつ我々サポーターに様子を聞いてきました。また来るね!!と手を振って声かけてきた子供達にとって、この一日がもっと音楽を好きになるきっかけとなりますように。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈ライフサイクルコンサート#21〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2007年3月25日(日)15:00開演
出演者:オイロス・アンサンブル・クインテット(木管五重奏)
佐久間由美子(Fl)、広田智之(Ob)、高橋知己(Cla)、岡本正之(Fg)、吉永雅人(Hr)
木幡律子(Pf)、山下千景(朗読)
演奏曲:
第1部(約30分)
子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象)
大人のためのコンサート(小学生からホールで聴いて頂きます)
~クラリネットの魅力~
ルトスワフスキ:ダンス・プレリュード
シューマン:アダージョとアレグロ
シューベルト:アヴェ・マリア
第2部(約40分)
みんな一緒のコンサート
イベール:三つの小品
音楽と絵本「かぼちゃスープ」(作:ヘレン・クーパー/訳:せな あいこ)
ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
黎明橋の動く歩道に乗りポーと川岸の木々を眺めていると、つい最近までイルミネーションが飾られていた木々が自ら赤い花をつけていた。それまでは、そんなことかんがえてもみなかったけど、「春の気配は結構近くまできてるかも」と思いながら橋を渡った。
今日は、ベートーヴェンの交響曲第2番(ピアノ3重奏版)、ピアノソナタ17番「テンペスト」最後にピアノ協奏曲第4番である。これをベートーヴェンが生きていた頃のピアノで聞くというのがとても興味深い。
第1曲目の交響曲第2番が始まった。正直なところ、現在使われているヴァイオリンとチェロではピアノがかなり健闘をみせてもやや押されているように感じられた。
2曲目の「テンペスト」はとても素晴らしいということに尽きるのではないだろうか。
この楽器ならではの実に繊細な音楽の表現が聞いていて感じられる。そして音があたたかい。
休憩をはさんで、ピアノ協奏曲第4番。実は、1曲目でピアノがやや押されていたので心配していたのであるが、こちらはとりこし苦労であった。ピアノと弦楽器が見事な調和を示していた。私事を書かせていただくと、この曲の2楽章を聞くときいつも自分が思い出すことがある。「この楽章は、オーケストラがとても威張っている男の人でピアノは何もいうことができない女の人みたいな感じの楽章なのだと。」テレビかなんかで聞いたように思う。少なからず、今まではそんな風に思っていた。しかし、室内楽で聞いてみると、弦楽器が必ずしも威張っているわけでなく、ピアノは必要な事はしっかり言えてしかも甘え上手なのではないかと感じた。3楽章は、掛け合いがとても素晴らしくさらに、同じフレーズが繰り返されるときの曲想の変化がとても楽しかった。
アンコールは、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」の2楽章。この曲の演奏も素晴らしかった。
来年は、シューマンだそうである。どんなピアノが登場し、どんな演奏を聞くことが出来るのだろう。今からとても楽しみです。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
日時: 2007年3月3日(土)18:00開演
出演者:小倉貴久子(フォルテピアノ)、桐山建志(Vn)、花崎薫(Vc)、
高木聡(Vn)、藤村政芳(Va)、長岡聡季(Va)
演奏曲:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 H.W.キューテン編「原典資料に基づく室内楽稿」、
交響曲第2番「ピアノ三重奏版」、ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
パシフィカ・クァルテット
・・・・あれからどれだけ経ったのでしょう。
彼らは音楽を紡ぐ喜びはそのままに、一回りも二回りもうんと大きくなって晴海に帰って来てくれました。スタッフさん達からその後の彼らの精力的な活動の報告をいただいた時も思わず目を細めて聞いていた私ですが(まるで親みたいですが・・・・)あのカーターでの勢いある演奏ぶりが懐かしくも感じられつつ当日の開演を迎えました。
メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第1番変ホ長調では、作曲者のうら若き勢いとパシフィカの若々しい勢いとが重なり合った演奏でした。第1楽章アダージオでは第1ヴァイオリンのシミン嬢奏でる艶やかで甘いメロディ提示に他3人が寄り添うように弾き合うのが印象的。アンコールピースとして多く弾かれる第2楽章カンツォネッタアレグロでは小粋で透き通るような響きがホールに広がりました。少し前に書かれたピアノソナタ第1番ホ長調の第2楽章をも思い起こさせましたここで聴かれたテーマとユニゾンのサブテーマからテンポが上がって中盤ではピアノの両手交差を思わせるようなヴァイオリン2人と低音部との対話が軽やかさに満ちた中にも旋律がよく歌い出されていました。第3楽章アンダンテエスプレシーヴォでは有名な無言歌を彷彿とさせるものがあり、弦の無言歌が丁寧に歌い進められていました。中でも第1ヴァイオリンの表情豊かにアンサンブルを引っ張っていく(否、導いていく)様子が客席にも伝わってきました。第4楽章モルトアレグロエヴィヴァーチェでは、タランテラ風な熱狂的テーマが激しくもメランコリックに弾き進められていきましたが、第1ヴァイオリンの思い切りの良さには身を乗り出しました。中間部でのやや抑え気味の部分も巧みでしたが、野生的でなくとも音楽の"芯"というものをさり気なく掴み取っていく上手さというのが、作曲者のみならずこのパシフィカにも備わっているんだな、という事を改めて感じました。調性がめまぐるしく変わっていく中あたかも彼ら自身がこれを心から楽しんでいるという印象を受けました。
ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は今回初めて聴きましたが、テーマがオペラ等で取り上げられるとややもすると"どぎづく"なりがちなものを、この作曲者の手によると、どちらかと言えば「そうかそうか」と膝突き合わせて(一献交えつつ?)話を聞いてあげたくなるような近さを描き出していたように思われました。第1楽章アンダンテコンモートでは現代ドラマのBGMにも使えそうなヴィオラの旋律に、心の揺れ動きを感じ取りました。マクロ(?)的視野から見ても、反復する初対面モチーフとヴィオラの奇妙な響きは内心ただならぬ心の揺れ動きがよく描かれていたと思います。第2楽章の冒頭アダージオでは神秘的で秘め事と思い起こさせる印象でした。その後テンポが緩急織り交ぜ展開する中にも心の動揺が色濃く時系列的に描かれており、初めて聴いた割にはすんなりと入っていく事が出来ました。第3楽章モデラートでは全体的にスラヴィックな色合いが濃く、中間部でのトロイカを思わせるような細かい動きでも、パシフィカは余裕を持って更に表情を込めて弾き進めていました。彼女に心ときめいているものの同時に何かに怯えている心の針の揺れが不安定に行き来するかのように進む心境を巧みに表していました。第4楽章ロンドでは荒れ狂うような主題が最初から展開していき、いわば「愛のエレジー」とでも申せそうなテーマが弾き進められていましたが、中でもチェロが驚くくらいの迫力でした。フィナーレでの第2ヴァイオリンのピチカート、低音部分の分散和音が聴き所で、終盤のたたみかけていく部分とヴァイオリンのメロディから激しくテーマ提示する第1ヴァイオリンとチェロのモチーフ表現は見事でした。「死のモチーフ」で激しい感情を吐き出した後のフィナーレでのほのかな明るさや静けさを以て、全てを"告白"した安堵感もしくは脱力感を描き出していました。このように明快な描き出しをするパシフィカのヤナーチェクはお勧めかもしれません。
後半はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番、大フーガ付でした。作品発表時からその難しさ故に非難ごうごうだったそうですが、彼らの紡ぐベートーヴェンサウンドはそのような難解さを感じさせないどころか、気が付くと曲に入っていたというような自然なものでした。土台をしっかり固めていると、どのような作曲家についてもより積極的にアプローチ出来るものだという事を、身を以て示してくれたと思います。本番後に他のサポーターさん達とも「今回のベートーヴェンはすんなり入れた!!」と見解を一にした次第です。
瑞々しくどこか艶っぽささえ感じられた第1楽章アダージオ~アレグロに続き、第2楽章プレストではあっさりと細かいフレーズを弾き、緩急も巧みな彼らの底力にただ圧倒されるばかりでした。第3楽章スケルツォ(アンダンテ)ではチェロの刻みに乗ってシンフォニックな演奏でした。ステージ上には4人しかいない筈なのに、オーケストラ並みの響きの幅広さを存分に発揮していました。第4楽章ドイツ舞曲風のアレグロアッサイではト長調の典雅な響きが魅力的で、全体的に第1ヴァイオリンが特に艶っぽさが際立っていました。所謂大人の響きとでも申せましょうか。第5楽章のアダージオのカヴァティーナでは情感込めて歌い上げられ、ヴァイオリンの艶やかさと敬虔さには思わず感涙にむせてしまいました。恐らくこの部分で感動された方は多いのではないでしょうか。この時ばかりは世の憂いを振り払ってくれ、心洗われるような歌い口にしばし聴き入ったひとときでした。
さて、いよいよ大フーガ。3つのテーマの同時進行なのに、彼らパシフィカの手にかかると糸の絡みやもつれがすっとほぐれて綺麗に三つ編み(否、四つ編み!?)されていくのが不思議なくらい心地良さ。フーガのテーマを追うのも聴きものですが、演奏という行為を通じて語り合っているパシフィカの面々の姿もまた魅力的。ユニゾンをストップモーションを巧みに織り交ぜていく部分の手腕には思わず唸らされました。
アンコールはマスミさんのMC(?)でバルトークの弦楽四重奏曲第4番から第4楽章。こちらも今正に旬のパシフィカのイキの良さを聴かせてくれました。本番後のサイン会には熱心な聴衆の列が続き、東京の弦楽シーンの静かな熱さを感じさせてくれる光景でした。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#54〉
パシフィカ・クァルテット
日時: 2007年2月21日(水)19:15開演
出演者:パシフィカ・クァルテット
[シミン・ガナートラ/シッビ・バーンハートソン(Vn)、
真澄パーロスタード(Va)、ブランドン・ヴェイモス(Vc)]
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130「大フーガ」作品133付
パシフィカ・クァルテット
プロフィールによれば、シカゴ大学とイリノイ大学で、クァルテット・イン・レジデンスを務めているとのこと。日本では馴染みのない、クァルテット・イン・レジデンスとはどんな制度なんだろう、考え込んでしまいました。確か、ボルメーオ・ストリング・クァルテットもそうだったなと思い出しながら。
パシフィカQもボルメーオSQに続き、A(アーティスト)I(イン)R(レジデンス)のプログラムでSQWの演奏会の他、近隣の地域での小さなコンサートを10日くらいの間で何ヶ所かこなし、さらに、広島・鵠沼・名古屋・横浜でもコンサートが開催されていたとのこと。私が聞いた第一生命ホールでのSQWでは、そんなハードスケジュールを感じさせない。そして、それぞれの曲の個性を楽しませてくれたと、そんなことを感じながら聴いていました。
最初はメンデルスゾーン20歳の時の作品で、弦楽四重奏第1番。
若いときの作品とは思えないような凄みみたいのを感じました。確か第1バイオリンが誘導して終った第1楽章で、思わず拍手しそうになった人がいたような。そんな小さな音が、2楽章との間に聞こえたような感じがしました。思わずって感じがよくわかる。そんな演奏でした。
ヤナーチェクの弦楽四重奏第2番は晩年に作られたそうで、最初は「ラブレター」そして後に「ないしょの手紙」とタイトルが変更になったとのこと。その経緯をプログラムで読んだ後、演奏を聴いていたら、なんとも楽しい。ほほ笑ましい。ちっとも「ないしょ」じゃなくて全部、描きだしているように感じられました。苦手だと思ってた現代音楽なのに、そんなこと関係なくなってしまったようで聴かされてしまった。
そして、最後はベートーヴェン。これも晩年の作品。6楽章編成で、最後は大フーガ。
昨年の暮れに公開されたベートーヴェンの映画でも描かれていたけれど、作曲された当時、難しいと批判されていたとか。21世紀になって、難しい曲が易しくなるわけではないけれど、どんな演奏してくれるんだろうといった楽しみを聴く人が持っているのは、変わってきたことなんだろうなと思う。(確か、映画の中でのベートーヴェンは、この曲は未来の人のために作った。というセリフがあったような)気になる大フーガよりも、この日、私が一番ぐっと来たのは、第5楽章のカヴァティーナでした。それこそ思わず、涙が滲んでしまったほど。泣かされました。
この泣かされてしまうほどの底力は、レジデンスということで、生活と弦楽四重奏が一体となっている時間が確保されているのだろうか。だからこそ、積み重ねられた練習の賜物を、聴くことができたんだろうなと思ったら「ないしょの手紙」を聴き直したくなり、CDを購入してました。
パシフィカQは来年以降、ベートーヴェンを演奏するとか。楽しみが増えてしまいました。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#54〉
パシフィカ・クァルテット
日時: 2007年2月21日(水)19:15開演
出演者:パシフィカ・クァルテット
[シミン・ガナートラ/シッビ・バーンハートソン(Vn)、
真澄パーロスタード(Va)、ブランドン・ヴェイモス(Vc)]
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130「大フーガ」作品133付
実は,大人も弾いてみた~い 弦楽器体験Vol.2(for TANサポーター)
前回経験した方、また体験が初めてという方等合わせて10人程の方に参加頂き、アットホームな雰囲気の中、スタート。
今回は、ゲスト・ナビとして柏原さんを迎え、ヴァイオリンに加えてチェロの楽器体験をしてみようというプログラムでした。まずは、チェロという楽器の話を交えて、チェロの音色や響きを知る為に1曲ご披露。
(写真A)
そして、前回の復習を兼ねて、楽器の出し方や手入れ方法をナビゲーターよりレクチャー。弓の緩め方、楽器の持ち方等ひとつひとつを配布資料に基づいて、 丁寧に説明。いざ、私たちも実践。まずは、楽器を出すところから・・・。
(写真B)
最初は、楽器に触れるのも恐々な感じでしたが、慣れると、意外と簡単!次は、弓に松ヤニをつける練習です(塗りすぎないように注意しないと。)
準備は、オッケイ!いよいよ、楽器を構えて音を出してみます。皆さん、かっこよく様になっていました!今回登場のチェロにもトライ!
(写真C)
基本のテクニックを教わったので、スムーズに音を出す事が出来ました。こうやって、自分で実際に弾けるとますます、楽しくなってきます。
音が出たところで、次に調弦。まずは、チェロの「ラ」の音に合わせて、調弦します。楽器のネックの部分の糸巻きネジを撒き、音の高さを合わせます。あっ!撒きすぎたのか弦が切れてしまいました。
(写真D)
これも経験!折角なので、弦を張るデモストレーション。弦を張るところなんて、普段の生活の中ではなかなか見られません。これも貴重な経験です。
楽器の準備が整ったところで、音階のレクチャーです。最後は、みんなで音階の合奏までたどり着きました。慣れるまで、なかなか難しかったですが、1時間半の時間でここまで出来るなんて、予想外。次回(3/17)は、いよいよ総まとめ。『家路より』の有名なフレーズに楽しく挑戦してみます。乞うご期待!
♪弦楽器体験とは・・・
実は、大人も弾いてみた~い!弦楽器体験"は、子ども達に向けての弦楽器体験をお手伝いした時に、実は、大人も(子ども以上に!?)弦楽器を直に触 れ、体験したいのではないかと感じたのをきっかけに始まりました。この体験を通して、参加したみなさんが共に楽しい時間を過ごし弦楽器の新たな魅力を見つけてもらえると、とてもうれしく思います。
また、この体験を重ねる事により、今後のアウトリーチ活動や、楽器体験のワークショップ等に活かせるサポートテクニックを身につける事を目的にしています。
*弦楽器体験では、JPモルガン・菊池サポーターより寄贈頂いた楽器を使用しております。
公演に関する情報
実は,大人も弾いてみた~い 弦楽器体験Vol.2(for TANサポーター)
日時: 2007年2月17日(土)