パシフィカ・クァルテット
報告:2F-1-43番 佐々木久枝(会社員・華道教授/中央区在勤)
投稿日:2007.03.4
・・・・あれからどれだけ経ったのでしょう。
彼らは音楽を紡ぐ喜びはそのままに、一回りも二回りもうんと大きくなって晴海に帰って来てくれました。スタッフさん達からその後の彼らの精力的な活動の報告をいただいた時も思わず目を細めて聞いていた私ですが(まるで親みたいですが・・・・)あのカーターでの勢いある演奏ぶりが懐かしくも感じられつつ当日の開演を迎えました。
メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第1番変ホ長調では、作曲者のうら若き勢いとパシフィカの若々しい勢いとが重なり合った演奏でした。第1楽章アダージオでは第1ヴァイオリンのシミン嬢奏でる艶やかで甘いメロディ提示に他3人が寄り添うように弾き合うのが印象的。アンコールピースとして多く弾かれる第2楽章カンツォネッタアレグロでは小粋で透き通るような響きがホールに広がりました。少し前に書かれたピアノソナタ第1番ホ長調の第2楽章をも思い起こさせましたここで聴かれたテーマとユニゾンのサブテーマからテンポが上がって中盤ではピアノの両手交差を思わせるようなヴァイオリン2人と低音部との対話が軽やかさに満ちた中にも旋律がよく歌い出されていました。第3楽章アンダンテエスプレシーヴォでは有名な無言歌を彷彿とさせるものがあり、弦の無言歌が丁寧に歌い進められていました。中でも第1ヴァイオリンの表情豊かにアンサンブルを引っ張っていく(否、導いていく)様子が客席にも伝わってきました。第4楽章モルトアレグロエヴィヴァーチェでは、タランテラ風な熱狂的テーマが激しくもメランコリックに弾き進められていきましたが、第1ヴァイオリンの思い切りの良さには身を乗り出しました。中間部でのやや抑え気味の部分も巧みでしたが、野生的でなくとも音楽の"芯"というものをさり気なく掴み取っていく上手さというのが、作曲者のみならずこのパシフィカにも備わっているんだな、という事を改めて感じました。調性がめまぐるしく変わっていく中あたかも彼ら自身がこれを心から楽しんでいるという印象を受けました。
ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」は今回初めて聴きましたが、テーマがオペラ等で取り上げられるとややもすると"どぎづく"なりがちなものを、この作曲者の手によると、どちらかと言えば「そうかそうか」と膝突き合わせて(一献交えつつ?)話を聞いてあげたくなるような近さを描き出していたように思われました。第1楽章アンダンテコンモートでは現代ドラマのBGMにも使えそうなヴィオラの旋律に、心の揺れ動きを感じ取りました。マクロ(?)的視野から見ても、反復する初対面モチーフとヴィオラの奇妙な響きは内心ただならぬ心の揺れ動きがよく描かれていたと思います。第2楽章の冒頭アダージオでは神秘的で秘め事と思い起こさせる印象でした。その後テンポが緩急織り交ぜ展開する中にも心の動揺が色濃く時系列的に描かれており、初めて聴いた割にはすんなりと入っていく事が出来ました。第3楽章モデラートでは全体的にスラヴィックな色合いが濃く、中間部でのトロイカを思わせるような細かい動きでも、パシフィカは余裕を持って更に表情を込めて弾き進めていました。彼女に心ときめいているものの同時に何かに怯えている心の針の揺れが不安定に行き来するかのように進む心境を巧みに表していました。第4楽章ロンドでは荒れ狂うような主題が最初から展開していき、いわば「愛のエレジー」とでも申せそうなテーマが弾き進められていましたが、中でもチェロが驚くくらいの迫力でした。フィナーレでの第2ヴァイオリンのピチカート、低音部分の分散和音が聴き所で、終盤のたたみかけていく部分とヴァイオリンのメロディから激しくテーマ提示する第1ヴァイオリンとチェロのモチーフ表現は見事でした。「死のモチーフ」で激しい感情を吐き出した後のフィナーレでのほのかな明るさや静けさを以て、全てを"告白"した安堵感もしくは脱力感を描き出していました。このように明快な描き出しをするパシフィカのヤナーチェクはお勧めかもしれません。
後半はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番、大フーガ付でした。作品発表時からその難しさ故に非難ごうごうだったそうですが、彼らの紡ぐベートーヴェンサウンドはそのような難解さを感じさせないどころか、気が付くと曲に入っていたというような自然なものでした。土台をしっかり固めていると、どのような作曲家についてもより積極的にアプローチ出来るものだという事を、身を以て示してくれたと思います。本番後に他のサポーターさん達とも「今回のベートーヴェンはすんなり入れた!!」と見解を一にした次第です。
瑞々しくどこか艶っぽささえ感じられた第1楽章アダージオ~アレグロに続き、第2楽章プレストではあっさりと細かいフレーズを弾き、緩急も巧みな彼らの底力にただ圧倒されるばかりでした。第3楽章スケルツォ(アンダンテ)ではチェロの刻みに乗ってシンフォニックな演奏でした。ステージ上には4人しかいない筈なのに、オーケストラ並みの響きの幅広さを存分に発揮していました。第4楽章ドイツ舞曲風のアレグロアッサイではト長調の典雅な響きが魅力的で、全体的に第1ヴァイオリンが特に艶っぽさが際立っていました。所謂大人の響きとでも申せましょうか。第5楽章のアダージオのカヴァティーナでは情感込めて歌い上げられ、ヴァイオリンの艶やかさと敬虔さには思わず感涙にむせてしまいました。恐らくこの部分で感動された方は多いのではないでしょうか。この時ばかりは世の憂いを振り払ってくれ、心洗われるような歌い口にしばし聴き入ったひとときでした。
さて、いよいよ大フーガ。3つのテーマの同時進行なのに、彼らパシフィカの手にかかると糸の絡みやもつれがすっとほぐれて綺麗に三つ編み(否、四つ編み!?)されていくのが不思議なくらい心地良さ。フーガのテーマを追うのも聴きものですが、演奏という行為を通じて語り合っているパシフィカの面々の姿もまた魅力的。ユニゾンをストップモーションを巧みに織り交ぜていく部分の手腕には思わず唸らされました。
アンコールはマスミさんのMC(?)でバルトークの弦楽四重奏曲第4番から第4楽章。こちらも今正に旬のパシフィカのイキの良さを聴かせてくれました。本番後のサイン会には熱心な聴衆の列が続き、東京の弦楽シーンの静かな熱さを感じさせてくれる光景でした。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#54〉
パシフィカ・クァルテット
日時: 2007年2月21日(水)19:15開演
出演者:パシフィカ・クァルテット
[シミン・ガナートラ/シッビ・バーンハートソン(Vn)、
真澄パーロスタード(Va)、ブランドン・ヴェイモス(Vc)]
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調作品130「大フーガ」作品133付