ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
桜開花は遅れそうだけど、3月に入るといよいよ晴海にも春がやってくるなと思う今日この頃。思いがけず予定が空いたので、久しぶりに土曜日の演奏会に出かけました。
平成の世にあってベートーヴェンの頃のフォルテピアノで、珍しいプログラムの演奏を聴けるというのは思いがけないお雛祭りプレゼントになりました。
交響曲第2番二長調はピアノ三重奏版。第1楽章アダージオ/アレグロコンプリオでは歯切れ良いフォルテピアノにのって他2者も華やかに入っていきましたが、オペラ序曲を思わせる軽やかさや中間部での圧倒的な音の渦が広がりました。第2楽章ラルゲットクワジアンダンテでは穏やかなコラールが広がっていきました。対話するフォルテピアノと他2者とが中間部分での付点となめらかなフレージングのかわるがわる登場する場面や、短調部分の静かな熱さ等、次々と聴き進めていきました。奏者お互いの合いの手もぴったりで、聴き心地のよい事。第3楽章スケルツォでは軽快なフォルテピアノが意外にも音量が出るのが新鮮な驚きで、ヴァイオリンとチェロが滑らかに弾いていました。第4楽章アレグロモルトでは特色あるフレーズにトリルが彩りを添え、冒頭部分でのフォルテピアノは全力疾走に近い弾きぶりで、チェロはこの快速にのりつつもたっぷりと歌っていました。いつもは大人数で弾いていくところをいわば2人がオーケストラ部分の"ソリ"を弾くので、腕前が否応なしに露呈してしまうのですが、全体の音バランスを念頭に置いていて、圧倒的な前進の感覚がみてとれました。
続いては小倉さん独奏による「テンペスト」(ピアノソナタ第17番ニ短調)。かつてイエルク・デームス所蔵という膝ペダルの構造がようやくはっきり見えました。(余談ながら筆者はかつて成城学園のサロンでデームスによるゴールドベルグ変奏曲を聴いた事がありますが、その時にこのA.ヴァルター製のフォルテピアノで聴いたらどのような響きが聴けるか、ふと想像しました。)第1楽章ラルゴ-アレグロではメンデルスゾーンのピアノソナタ第1番の緩徐楽章での分散和音を思わせました。以前聴き慣れた演奏より早め早めのパッセージでしたが、モダンピアノとフォルテピアノではペダルの構造に大きな違いがあると共に、今回のヴァルター製楽器で聴いていると、モダンではペダリングでよく見えなかったメロディラインやフレージングがくっきりよく分かりました。第2楽章アダージオは旋回音型の右手に呼応する左手の和音がどこか懐かしさのこもった響きを生み出しておりました。モダンピアノでのきらめくような響きも好きですが、この日弾かれたフォルテピアノの響きは更に心深くしみ入っていく印象でした。この日の白眉ではないかと思われ、思わず目頭を押さえてしまいました。第3楽章アレグレットでは左手のボリュームがあれ程までによく大きく出るものだなと感服しました。冒頭から比較的たたみかけるようなテーマ提示がが実に劇的で、高音での切々とした語りに低音部分での毅然とした弾き口は、作曲者の心の葛藤をも弾き出しているように思われ、非常に印象深く聴きました。弾き上げて一瞬の沈黙の後、割れんばかりの拍手に包まれました。聴き手も皆息をのんでいたのだろうなという様子が伝わりました。一緒に聴いていた愛好仲間もこのテンペストにはすっかり感服していました。
休憩後は弦楽パートが更に増え賑やかになったところでピアノ協奏曲第4番ト長調の室内楽版。第1楽章アレグロモデラートでの、あのおなじみの冒頭フォルテピアノ独奏の問いと伴奏部分の応えがリズム取り等斬新な響きでした。とは申せ、モダンピアノに比べると随分とまろやかな響きで、室内楽版にいかにも似つかわしい響きと思ったのは私だけでしょうか。それをふんわりと受けて応答する弦楽陣も心地良い響きを奏でていました。展開部分の短調部分でのフォルテピアノの軽やかかつ力強い弾き口に弦アンサンブルも寄り添うような演奏でしたが、続くカデンツァでは随分ストレートに弾き進められており、聴き手にもストレートに伝わってきました。コーダに向かう弦楽も艶やかに加わり、1つの楽章で随分"お腹いっぱい"のアンサンブルでした。第2楽章アンダンテ・コンモートでは前楽章と対照的に弦が鋭く切り込むように曲に入り、フォルテピアノがつぶやくように弾き進めていましたが、いずれもメリハリがよくついている演奏でした。第3楽章ロンドヴィヴァーチェではピアノフォルテの冒頭主題でのフレージングに独特の"ため"をきかせており、この楽器の持つ表現の広さや面白さが披露されたように感じられましたし、普段聴かれるよりも幾分かゆっくりと弾き出される全体ピチカートが絶妙でした。カデンツァはモダンピアノよりもむしろ迫力があり、旋回音型で徐々にクレッシェンドしていく部分は聴きどころに感じられました。
アンコールはピアノ協奏曲第5番「皇帝」の第2楽章。愛聴するルービンシュタインのロンドンフィル盤でも聴かれたつぶやきと、それよりもやや速めのテンポのアンサンブルとが調和しており、是非「皇帝」も全編聴いてみたいと思いました。
出演者の方々もこのホールでの響きを堪能したようで、改めて奏でる人と楽器と楽曲との調和というものの大きさを感じさせられたひとときでした。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
ベートーヴェンのアンサンブル~A.ヴァルターのフォルテピアノとともに
日時: 2007年3月3日(土)18:00開演
出演者:小倉貴久子(フォルテピアノ)、桐山建志(Vn)、花崎薫(Vc)、
高木聡(Vn)、藤村政芳(Va)、長岡聡季(Va)
演奏曲:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 H.W.キューテン編「原典資料に基づく室内楽稿」、
交響曲第2番「ピアノ三重奏版」、ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」