2005.12
アドヴェントセミナー&クリスマスコンサート
5回目のアドヴェント
今年のアドヴェントセミナーは、12月14日から始まっていた。筆者がやっと練習を覗きに行けた21日は、もう顔合わせからまるまる1週間、連日午前中から夜までの練習もそれなりに進んだ状態である。というわけで、アドヴェント・セミナーというTANと第一生命ホールにとっては最も大きなイベントを初年度からずっと定点観測しているウォッチャーとすれば、以下はちょっと心許ないレポートとならざるを得ない。お許しあれ。
◆12月21日午後合奏練習6日目
自分らのパートが休みになる部分では、講師がさりげなく隣の学生に指導をしたり、眺めているとあちこちで細かいやりとりが成されている。精密さを求めて特定の指導者が奏者ひとりひとりをギリギリに絞り上げる、というタイプの練習風景ではないけど、厳しさは伝わってくる練習風景だ。
ちなみに、客席で練習を見物するギャラリーの姿は総計5名。このセミナー、一番面白いのは練習風景だし、受付では舞台上で使っているのと同じ楽譜を無料で貸してくれるというセミナー聴講としては異例の配慮まである。みんな、もっとどんどん見物に来ましょう、と言いたいところだけど、まあこの時期じゃあしょうがなかろうなぁ。
さて、1時から始まった「浄夜」の練習は全体の半分ほどまで進め、3時前に小休止。休み時間の雰囲気を含め、なんか今年は真面目な感じ。ちょっと皮肉に言えば、なんだか妙に温和しい感じもする。松原講師に直接訊ねてみると、今年は初めての参加者ばかりだから...との返事。「去年のバッハも大変だったけど、モーツァルトもかなり手こずってますよ(松原)」。
しばしのお休みを挟んで、3時15分から問題のモーツァルト作曲「アダージョとフーガ」である。毎年1曲用意される、講師が一切の指導をせずに、参加者だけで頭を捻る課題曲だ。我々無責任なギャラリーは「松原勝也の虎の穴」と呼ぶこの合奏練習の様子を見物していると、生徒らの盛り上がり具合が手に取るように判る。
もうセミナーも終盤のこの日、始まる前、トップ数人が舞台上に集まり、ぐるりと輪になり、合奏練習をしている。パート合わせと別に、責任者が集まって合奏のポイントを合わせているようだ。なかなか熱心である。実際に音が出始めると、アダージョはともかく、フーガはここまでやっても「この楽譜の何を聴かせるのか」という一番重要な部分でまだまだ議論が出来そう。誠に奥深い楽譜だ。生徒らの間でも、譜面を睨んだ無言のお見合いと、なんとも騒々しい言い合いが錯綜する時間であった。
客席でスコアを眺めながら聴いていた松原講師と藤森講師が、生徒らが一息入れた瞬間を見計らって、具体的なアドヴァイス。ではもういちど、と始める前に、コンサートミストレスが楽屋下手に備えられたMD録音機のスイッチを入れに来る。弾き終えて、全員が楽屋にゾロゾロと戻り、譜面を開いてプレイバックに熱心に耳を傾ける。まるでオーケストラの録音現場を取材してるみたいだ。余りの真剣さに、声をかけられるような雰囲気ではない。
というわけで、わずか数時間の練習風景はこんなもの。さて、明日はロビーコンサート。公開の合奏練習が終わったら、それぞれのグループでの室内楽練習が始まるそうな。
◆12月22日昼ロビーコンサート
毎度ながらのロビコンだが、なんせクリスマスイブイブの天皇誕生日前日。多くのオフィスがメチャクチャに忙しい日だ。果たしてお客さんが来るのやら。筆者だって午前中に何本も入ってきた校正を次々と入れて、慌ててトリトンまでチャリチャリと走ったのだけど、それでも昼飯を食べる暇が無い。結局、ホール下のお昼の弁当販売ギャラリーで買ったサンドイッチは、終演後まで腹に入れられないままであった。嗚呼。
さて、クリスマスツリーの前に据えられた椅子と譜面台に向かい合い、もう聴衆はいっぱい。お母さんと子供、企業のOLさんやサラリーマン、最近ロビコンで見かけるようになっているオバチャン、常連のご隠居、そればかりか1列目にはスコアを広げる熟年まで陣取っている。席が無く、後ろに立っている聴衆も沢山います。
それぞれの演奏に対するコメントは控えるけど、ちょっと厳しいことを言ってしまいましょう。このセミナーが「若いプロフェッショナルのための」と名打っている以上、10日間の中でどれほど状況が厳しくても、個々人がプロとしてのレベルの演奏をできるようにするのは演奏者の義務。シューベルトの変ホ長調クァルテットにせよ、モーツァルトのト短調五重奏曲にせよ、ある程度以上の負担がある声部が存在するのは判っているはず。そんなシンドイ仕事を引き当ててしまった奏者は、徹夜して浚ってもまだ足りない状況だろうと、無責任な聴衆にだって痛いほど判る。でも、このロビーコンサートに来ている人たちは、ことによるとモーツァルトの「駆け抜ける悲しみ」をライブで聴くことは生涯ないかもしれない。その人達に、その作品のあるべき「凄さ」を感じさせられないとなると、ちょっと残念です。
演奏の出来が良かったとか悪かったとかではない。このセミナーで大事なのは、演奏の出来ではなく、「音楽演奏のプロとは限られた時間で最善の結果を出すようにギリギリまで努力する経験」なのだろう。厳しさを感じ、大いに落ち込んでくれれば、それはそれで良し。というか、大いに落ち込んでくれなければ、TAN会員として残念だ。
公演に関する情報
アドヴェントセミナー受講生と講師の室内楽によるロビーコンサート
日時: 2005年12月22日(木)
場所: 第一生命ホールロビー
出演者:アドヴェントセミナー受講生・講師
演奏曲:
シューベルト:弦楽四重奏曲第10番変ホ長調D87
ボッケリーニ:弦楽五重奏曲ハ短調op37-1
コダーイ:セレナーデへ長調op12
モーツアルト:弦楽五重奏曲ト短調K516(第1.第3楽章)
ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲第2番ト長調op77(第1.第2楽章)
クリスマスコンサート2005
日時: 2005年12月24日(土)16:00開演
出演者:松原勝也/鈴木理恵子(Vn)、川崎和憲/市坪俊彦(Va)、
山崎伸子/藤森亮一(Vc)、星秀樹(Cb)、
アドヴェント弦楽合奏団
演奏曲:
W.A.モーツァルト:アダージョとフーガ ハ短調Kv.546
ヤナーチェク:弦楽のための組曲
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第1番Op.49
シェーンベルク:浄夜Op.4(弦楽合奏版)
ミロ・クァルテット
12月7日、18:00開演といつもに比べ、はるか早い時間帯にホールへ、しかも大きな期待を持って向かいました。アメリカからのミロ・クァルテットによる「ベートーヴェン 弦楽四重奏曲作品18全曲演奏会」を聴きに行くため。直前の4日には「カナルサイドコンサート第1回」と銘打たれ、文字通り運河のすぐ横、レクサス晴海で行われた気軽に足を運べるコンサートで、作品18-1の第1楽章等、魅力的な演奏を聴かせてくれた、そのアンサンブルが作品18の全6曲を一晩で演奏するという快挙をやってしまおうという演奏会は非常に待遠しく思われたためです。
実際に聴いて、驚くべき事は、これだけの長丁場、曲数にも拘らず、ムラがないどころかどの曲も高レベルを保っていた事。楽曲のフレーズのキャラクターを明快に出し、コントロールされたテクニックでダイナミックス、音程・和音の違いで本当に僅かに変化しているという事を的確に聴き手へ伝えてきます。芯のあるスピッカートやスタッカート等も含め、テクニック、メカニカルな面では素晴らしいと言えるでしょう。しかし、それだけではなく、表情豊かで、緊張といい意味での弛緩が多用され、繊細さも合わせ持っています。途中、緩徐楽章で2度も拍手が会場から出たのも、あまりにも美しい演奏だったからでしょう。
11月号の「かわら版」にはインタビューが掲載され、作品18の作曲年代と彼らが丁度同じ歳廻りとのこと。次には是非、作品59を演奏したいという言葉が非常に楽しみになり、会場を後にしました。
当分はこの余韻を味わうために、彼らのCDを自宅で聴き続けるとします。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#44〉
ミロ・クァルテット
日時: 2005年12月7日(水)18:00開演
出演者:ミロ・クァルテット
[ダニエル・チン/山本智子(Vn)、
ジョン・ラージェス(Va)、ジョシュア・ギンデル(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン 作品18 全6曲
弦楽四重奏曲第3番ニ長調 作品18の3/第2番ト長調作品18の2/
第1番ヘ長調作品18の1/第5番イ長調作品18の5/
第4番ハ短調作品18の4/第6番変ロ長調作品18の6
ミロ・クァルテット
長年、いろいろ演奏会へ出かけながら、弦楽四重奏は聴きに行ったことのなかった私ですが、今年になって初めてSQWの演奏会に。弦楽四重奏の森へ(サブテキストより)迷いこんでしまったようです。そして今回は、子供の頃から大好きなベートーヴェン。練習や勉強が好きではない私ですが、ベートーヴェンのピアノソナタの初期の作品は、練習していても苦にならないという思い出があります。家にある楽譜やCDを改めて眺めていたら、今回の弦楽四重奏作品18とは、まさにその辺りの作品。で、交響曲1番の直前の作品だということに気づいてしまったら、ライブで聴きたくなっていました。
SQWに出演される演奏家の方たちは、演奏会の直前に、レクチャーコンサートやアウトリーチ、ロビーコンサートをしてくださいます。ただ、私の場合、平日の昼間は聴きに行けない。残念だなぁと思っていたら、今回は日曜日に聴く機会があったのがうれしくて、ホールのお隣の晴海レクサスでのロビーコンサートへ。短い時間ながら、バラエティ豊かなプログラム。演奏会であまり演奏されない曲がほとんど。弦楽四重奏は、座って演奏しているのに、立ち上がりそうな勢いあるなと、見ていても楽しい音楽でした。最後の曲の「そりすべり」、オーケストラみたいだぁと、こどものように身を乗り出して聴いていおりました。この時点でCDを購入するか、かなり悩みました。でも、初めて聴くのはライブ!と決めて帰宅。
そして、当日。
いつもの開演時間よりも1時間以上早いのに、お客さんが多い。いつもより多いなぁと思ってたら、曲と曲の間だけでなく、楽章ごとにも、お客さんが少しづつ増えていく。その間、ミロQの方々は余裕を持って、着席するのを待っていてくださる。1階席にいた私には、この瞬間のミロQの表情を見たとき「この人たち、いいぞ。若いのに」と感じました。同時に、この余裕は、作品に対する思いの大きさと準備の万全さから生まれたのかなと考えながら、この6曲を聴くことが出来、なんだか貴重な体験しているなぁと。
プログラム・ノートにあるように、この日の演奏順は、1番から順番ではなく完成した順とのこと。2曲演奏した後、休憩が2回。計6曲。第1部は3番と2番。第2部は1番と5番。そして第3部は4番と6番。
第1部は、心地よいので、目をつむってしまいそうな瞬間もありました。第2部の第1番の出だしを聴いたとき、10代の頃、ピアノソナタの1番の第1楽章を初めて譜読みしたときを思い出してしまい、にやにやしてました。なんだか、大人になったような、プロが演奏するような曲みたいと感じて嬉しかった、そんな昔話。他のお客さんも、第1部とはちがって、活気をもって聴き入ってようにも感じました。心地よさよりも、流れに巻き込まれていく...そんなかんじでしょうか。そして第3部に入る前の休憩で、CDを購入。
TANのスタッフやサポーター仲間の方に「買っちゃたぁ」と、見せて歩いているうちに休憩が終わって第3部へ。第3部にもなってくると、「お、ベートーヴェンだ」そんな感じがします。そうしてると、曲を追いかけているうちに終ってしまいました。もっともっと、聴きたいなぁ。アンコール何やるんだろうとワクワクしつつ、「そりすべり」また聴きたいと思いながら拍手しながらホールを見回すと、立ち上がって拍手している人たちもいたりして。アンコールはベートーヴェンの師でもあったハイドン。そしたら、第1部の曲をちょっと思い出したりして。
休憩入れて3時間半強。いつもより早く始まり、遅めに終った演奏会。それでも、CDのサインを求める人たちの列が長かった。ということは、演奏が、お客さんに伝わったってことなんだろうなと思いながら帰路につきました。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#44〉
ミロ・クァルテット
日時: 2005年12月7日(水)18:00開演
出演者:ミロ・クァルテット
[ダニエル・チン/山本智子(Vn)、
ジョン・ラージェス(Va)、ジョシュア・ギンデル(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン 作品18 全6曲
弦楽四重奏曲第3番ニ長調 作品18の3/第2番ト長調作品18の2/
第1番ヘ長調作品18の1/第5番イ長調作品18の5/
第4番ハ短調作品18の4/第6番変ロ長調作品18の6
ミロ・クァルテット
今日は初めてのTANモニ。1年半あまり前まで、トリトン・アーツ・ネットワークの制作スタッフとして職場だった第一生命ホールに、お客さんとして入るのには慣れてきたけれど、TANモニというと少し荷が重い。しかも、今日のコンサートはベートーヴェンの作品18、全6曲を一晩で聴こうというものなのだ。交通費節約のために早朝に関西を出、電車とバスを乗り継いで来た身で、最後まで聴きとおすことができるのだろうか?なんせ、モニターの役目を仰せつかったのは、ほんの2時間前なのだから......
いつもは19時15分始まりのSQWシリーズだけど、今夜の開演は18時。2回の休憩を含めると3時間半近くの長丁場になる。無論ホール代もその分高くなるわけだが、チケットは据え置きの3,500円で、しかも、仕事を終えていつもの19時15分に来ても、まだたっぷり4曲聴けるという太っ腹企画なのだ。
開演15分前にホールに向かうと、私の前も後からも人の列が途切れることなく続いている。ここだけの話、ふだんのSQWより多いくらい...?なんと、この日の3百数十人のお客さんの9割が18時に客席についていらしたとか。シリーズ券を買ったTANサポーターに声をかけると、今日は昼から仕事休んじゃった、とのこと。
さて、今日出演のミロ・クァルテットとは、実は旧知の仲である。44回を数えるSQWシリーズの第1回を飾ったグループなのだ。
初来日の2001年11月当時、私はTANの制作スタッフとして、15日から始まったOpening 10 Daysの真っただ中。無我夢中で働いていたところへ、ニューヨークから颯爽とやってきた、20代半ばの若いクァルテットが彼らだった。初めて外国人演奏家のアテンドをすることになった私は、慣れない英語を操り、冷や汗をかきながら、それでも彼らと過ごす時間は楽しいひとときだった。というのも、彼らは日本の食べ物(特にケーキ)に目がなくて、とりわけヴィオラのジョン、チェロのジョッシュはつつき合いっこをしながら、日本の味を楽しんでいたのだ。他のスタッフは事務所でお弁当を食べながらも、パソコンに向かっていたというのに......。
SQW第1回目のこのコンサートは「9月11日の被災者家族を支えるコンサート」と銘打たれ、ロビー設置の募金箱に寄せられた寄付金は、日本赤十字社を通じて全額寄付された。今夜のお客さまの中には、第一生命ホールのオープン、TAN設立のために奔走された第一生命職員の方々もあちこちに見える。SQ最前線!と胸を張ってはみたものの、弦楽四重奏で、しかも1シーズンに6つほどの団体が出演し、約10回のコンサートを行う。こんな今までにない大胆な企画をやろうというのだから、初めての演奏会を迎えたそのとき、運営サイド、ディレクター以下スタッフの胸中は期待と、そしてそれ以上に大きな不安でいっぱいだっただろう。私は必死に走っているだけで、全体のことなど見えていなかったけれど。そして、ミロQはシリーズスポンサーも大勢見えるコンサートで、見事、我々の期待以上のパフォーマンスをし、アメリカの若手クァルテットのひとつのスタンダードのを示したのであった。そんな彼らが第一生命ホールで凱旋公演をするのだから、彼らの成長を楽しみに、4年前を知る人たちが集うのもうなずけよう。
昔話が長くなってしまった。今夜の演奏は作品番号順でなく、作曲順に3番、2番、1番、5番、4番、6番の順に演奏された。ベートーヴェン、29歳から30歳にかけての作品群である。途中2回の休憩が入る。演奏について評する立場にはないので、詳述するのは避けるが、ミロQの気負うでもない適度な緊張感が心地よい。夏以降、各地で同じプログラムを経験することで、彼らなりのペースがよくつかめているのだろう。お客さんにとってはどうだったのだろう。全曲演奏というと、今夜の聴衆には昨年のカーター全曲(私はチャンスを逃してしまった)を聴いた方も多いだろうし、私自身、今までに2回ボロメーオQのバルトーク全曲を聴いたが、不思議と乗り切れるものだ。今日は、今まで以上に(全曲25分程度の、決して短くはない作品だというのに)疲れや気負いを感じずに、青年ベートーヴェンを楽しめた。アンコールは先輩ハイドンの74番「騎手」から第2楽章。
ひとつ苦言を呈するとすれば、遅れ客への対応はいただけなかった。楽章間に入ったお客さんが自分の席に着こうとするのを、演奏者が客席を見ながら待つシーンが少なくとも2度はあったし、中には楽章が終わる直前に1階席のドアが開く音も聞かれた。本来、今回のように空席がある場合は、ドア近くの席に着いていただくか、年配の方でない限り、後ろで立って聞いていただくのが当然の対応ではないのだろうか。何度も演奏会の妨げになるようだと、単にお客さんのわがままだけではないように思われた。
さて、全米室内楽協会のインタビューによると、ミロQのベートーヴェン・プロジェクトは30年近くの長期計画らしい。ミロQが、ベートーヴェンがその弦楽四重奏を作曲したのと同年代で取り組みたい、と考えているからだ。とすると、次にこのプロジェクトが聴けるのは6年後ということになるのだが、きっとその前に、ミロは晴海に戻ってくるだろう。箕口一美ディレクター曰く、「また、呼ばなきゃいけないクァルテットを増やしちゃった(にこり)」。
ちなみにジョンにこの次のプロジェクトは?と訊ねたところ、答えは「Vacation!」。テキサスに帰った後すぐ、ブラジルの音楽祭に呼ばれていて、クリスマス休暇はそこで過ごすらしい。そしてクァルテットには、もう一つ大きなプロジェクトが、第2ヴァイオリン、サンディのおなかの中で育っている。2月には第1ヴァイオリン、ダニエルとの間に初めてのベイビーが誕生する。次の来日は一層にぎやかになりそうだ。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#44〉
ミロ・クァルテット
日時: 2005年12月7日(水)18:00開演
出演者:ミロ・クァルテット
[ダニエル・チン/山本智子(Vn)、
ジョン・ラージェス(Va)、ジョシュア・ギンデル(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン 作品18 全6曲
弦楽四重奏曲第3番ニ長調 作品18の3/第2番ト長調作品18の2/
第1番ヘ長調作品18の1/第5番イ長調作品18の5/
第4番ハ短調作品18の4/第6番変ロ長調作品18の6
チェコ少年合唱団《ボニ・プエリ》クリスマス・コンサート
~プラハのクリスマス~
ボニ・プエリはチェコからやって来た少年達だけの合唱団。年少団員がソプラノとアルトを、年長団員がテノールとバスを担当しています。女子メンバーが多い児童合唱や成熟した声の大人の男女混声合唱とも違い、イギリスのカレッジ合唱団のような清らかな高音部としっかりとした低音部を持っていました。透き通った歌声はいい意味で人間臭くなく、まるで天から降り注ぐようで聴いていると心が洗われる気分でした。
第1部はヨーロッパのクラシック音楽を聖歌隊の衣装を着て厳かな雰囲気の中で演奏されました。グレゴリオ聖歌を歌いながら登場し、モーツァルトの「グローリア」(戴冠式ミサより)、ヘンデルの「ハレルヤ」などの宗教曲の他、ドヴォルザークの「家路」、スメタナの「モルダウ」(日本語詞)といった日本で親しまれているチェコの曲もありました。中でもステージ上の合唱に客席後方にいた4人の団員がエコーで返したラッススの「こだま」とソプラノ・ソロの少年が清らかな声で優しく歌ったフランクの「天使のパン」が特に印象に残りました。
第2部では民族衣装に着替えてチェコ音楽。クラシックの他、地方や隣国の民謡や現代曲が演奏されました。コペレントの「たわいのない歌」は2002年に来日した時も歌われましたがとても個性的な曲。歌詞にとりわけ意味はなく「出たら出たその目」のまさにデタラメで、テンポもその都度変わる規則性のないものでした。お客さんはいきなりコインが飛んでくるような突飛な出来事に驚いたり爆笑したりしました。そんな難しい曲でも音を外すことなく息が揃っていたのでとても気持ちよく聴くことができました。「山へ」はモラヴィア民謡をボニ・プエリのためにアレンジされた曲です。独特な声を上げて踊るなど、山での生活を再現した演出になっていてとてものどかな感じがしました。
第3部は蝶ネクタイにワイン色のベスト姿で世界のクリスマス。ここではドイツ、チェコ、ブラジル、アメリカ、スペイン、アフリカそして日本のキャロルを聴くことができました。第1部とは対照的な雰囲気で、スペインの歌ではお客さんも一緒に「ファン、ファン、ファン!」、ブラジルやアフリカの歌は躍動感がありお祭り気分。日本からはオペラ「森は生きている」の中から2曲を優しく歌ってくれました。最後は「きよしこの夜」をドイツ語、英語、日本語で歌われました。どの国の言葉もとてもきれいな発音でした。
アンコールはイギリスのキャロル"Ding doing! Merrily on High"、杉本竜一の「ビリーブ」、そして最後はかつてチェコスロバキア民謡として紹介された「おお牧場はみどり」は日本語で歌って演奏会は終わりました。
終演後、指揮者のパヴェルさんと数人の団員がロビーに出てきてCD販売とサイン会を行いました。記念撮影も気軽に応じていて、彼らのほうも観客との交流を楽しんでいるようでした。
普段のクラシック音楽の演奏会の時よりも親子連れのお客さんが目立ちました。一足早いクリスマスを過ごしに来たのでしょうか?全体が3部構成で約30分ごとに休憩に入るというのはお子さんとってはとても良かったと思います。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
チェコ少年合唱団《ボニ・プエリ》クリスマス・コンサート
~プラハのクリスマス~
日時: 2005年12月9日(金)19:00開演
出演者:パヴェル・ホラーク(Cond)
チェコ少年合唱団「ボニ・プエリ」
演奏曲:
第一部 ヨーロッパのクラシック
グレゴリオ聖歌、ラッスス:こだま、13世紀の行列聖歌:今こそ響け、
モーツァルト:戴冠ミサより「グローリア」、ドヴォルザーク:「家路」、
スメタナ:モルダウ(交響詩「わが祖国」より)、フランク:天使のパン、
ブリテン:キャロルの祭典より、ヘンデル:ハレルヤ
第二部 チェコの音楽とチェコ民謡
コペレント:たわいのない歌、ドヴォルザーク:わが母の歌いたまいし歌、
スメタナ:大いに楽しもうではないか(オペラ「売られた花嫁」より)、
チェコ民謡:地主さんが行く、スロバキア民謡:プルシープルシー(雨が降る)、
チェコ(モラビア)民謡メドレー
第三部 世界のクリスマス
ドイツ:「G線上のアリア」(バッハ:管弦楽組曲第3番より)、
チェコ:チェコのクリスマスキャロル、アメリカ:ホワイト・クリスマス、
ジングルベル、スペイン:ファン、ファン、ファン、アフリカ:ワン バイ ワン、
日本:森は生きている、12の月の歌(林光)、オーストリア:聖夜(グルーバー)
HWAUM Chamber Orchestra
オーケストラはそれぞれ個性をもっている。例えば音色。フランスのように各楽器の音が際立ち、まるで室内楽を聴いているようなオケ。ロシアのように全体としては少しくすんでいて、金管楽器が咆えまくるオケ。またオーケストラの個性は指揮者の個性にも反映される。指揮者が作曲家を尊重し、スコアに書かれた音符をできるだけ客観的に読み取ることを重視する場合。スコアを読みつつも、ある程度は独自の解釈を入れ、また本番での即興性を大事にする場合。大雑把に言えば、音楽への解釈が客観的か主観的かという話である。
今の時代、どちらかといえば客観性重視の演奏に人気があるように思う。スコアを隅々まで表現することで、埋もれていた音がクリアになって聞こえてくるのはそれはそれで面白い。その一方で、主観性重視のアクが強い演奏もひそかにブームになっているように思う。バティスとメキシコ州立交響楽団のコンビが注目を集めているが、まだこのような指揮者がいて、こんな音のするオケがあったのか!という感動がある。今回の演奏会はまさに後者の感動があった。
今回演奏したファウム・チェンバー・オーケストラは韓国を代表する弦楽オーケストラである。指揮者は置かず、団員同士の話し合いで音楽を作るスタイルである。神戸公演に引き続いて、第一生命ホールでの公演だった。
一曲目のペク・ビョンドンは初めて聴く作曲家だった。韓国の現代作曲家である。曲は、弦楽合奏のための「折れた背骨」~フリーダ・カーロへのオマージュ。演奏前に「折れた背骨」がどんな絵だったか思い出せなかったのだが、彼女らしい肉体的で血が滴るようなゾクゾクする絵ではないかと勝手に想像していた。曲は一台のコントラバスの突然の慟哭から始まる。他の弦楽器の間をビオラがつぶやくようにメロディーを奏でる。弦楽器の中を一台のコントラバスとビオラが独立して現れては消える。ただメロディーラインは一本筋が通って力強さがある。現代曲特有のもやもやっとした細かい動きは少なく、線と線の交じり合いがはっきりしてシンプルな響きがした。高橋悠治に似てなくもない。この曲の中で、ビオラはフリーダ・カーロを。コントラバスがカーロの生涯の恋人となるディエゴ・リベラを象徴しているらしい。時折現れる二つの楽器のソロはゴツゴツしていて流れるような美しさはない。しかし、淡々と奏でるそのメロディーの中に、二人の血や乾いた情念など、人間らしいものがあるように感じた。
二曲目はボッテシーニのバイオリンとコントラバスのための協奏的大二重奏曲。19世紀イタリアのコントラバス奏者、兼作曲家である。これも初めて聴く作曲家だった。曲はイ短調、憂いを帯びた合奏で始まる。ファウムCOの特徴の一つは非常に勢いがいいことだと思った。一曲目は作品の抑制的な性格に隠れてよく分からなかったのだが、この曲になった途端にオーケストラのキャラクターが現れたと思う。作品はもともと二台のコントラバスのためのものだったらしいが、後に一台をバイオリン用に編曲して今回の編成になったらしい。バイオリンとコントラバスが横に並んでいるだけでも面白く、協奏するという音楽もまた面白い。
合奏の後にすぐコントラバスのソロとなった。チェロに似た音色だが、低音の響きに重みがあるように感じる。弾いている姿は楽器にしがみついて、大きな相手に柔道技をかけているようにも見える。しかし、目をつぶって聴けばチェロかビオラかというほどの軽やかに弾いていて、コントラバスという楽器の別の姿を見た気がした。またバイオリンもより軽やかに弾いて、コントラバスとのデュオを楽しんでいるように思った。曲はモーツァルトのような開放感と優雅さがあり、一方でパガニーニのような集中力と瞬発力が求められる超絶技巧が随所に現れる。しかしファウムCOと二人のソリストはあくまで明るく優雅。そして攻めの姿勢を貫いた。これには会場もおおいに盛り上がった。
プログラム最後の曲はチャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」。弦楽六重奏曲の弦楽合奏版である。ここでは曲に対しての印象より、ファウムCOのキャラクターの方が強烈に印象に残ったのでそれを中心に書きたい。
第一楽章は激しい舞曲で始まった。ここでは再びファウムCOの嵐のような勢いに驚かされた。縦の線は個々の能力に任せて、曲の大きな流れを大切にしている感じである。また、テンションが高い。ファウムCOのように指揮者を置かずに演奏するオーケストラはいくつかある。オルフェウスCOはその代表例だが、彼らはよりコンパクトに音をまとめ、アンサンブルを精緻にすることを心がけているようで、ファウムとは対称的だと思った。両オーケストラとも、指揮者不在で、「民主的」な話し合いを大事にしている。しかし、練習の進め方、求める音楽の違い、国民性など様々な要素があってファウムらしい音楽が作られていることに気づかされた。
二楽章では、ファウムCO各奏者の歌心を聴くことができた。バイオリン、ビオラ、チェロのソロとパートで豊かなメロディーが現れるのだが、各々の個性を大事に歌っていたように思う。これは指揮者がいないオーケストラの特徴なのかもしれない。一方で、静かな雰囲気がもう少し出てもいいと思った。静けさを作りだすのはあまり得意でないのかもしれない。三、四楽章を聴いて改めて感じたのはファウムCOの音色。少しロシアのオーケストラに似ていて、淡い色合いで素朴である。今回の曲が、ロシアもので、しかもオーケストレーションがシンプルな曲だったからそう感じたのかもしれないが、アンコールでも同じように感じた。
帰り際、ロビーでTANの「でぃれくたぁー」の方が、ニコニコしながら「面白かったでしょう?」と声をかけてくださった。その時、私はハッとして、ファウムCOが個性的なオーケストラであると改めて気づいたのだった。
TANは人と人、文化と文化など様々な交流を大切にしている。私は韓国についてだいたいのことは知っていると思っていたのだが、実はよく分かっていないことに気づかされたのだった。今回私は、ホールの中に居ながらにして韓国の文化との交流ができた。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
HWAUM Chamber Orchestra
日時: 2005年11月24日(木)19:15開演
出演者:ファウム・チェンバー・オーケストラ
[ペ・イクファン(Vn)/マティアス・ブッフホルツ(Va)/
ニクラス・エピンガー(Vc)/文屋充徳(Cb)]
演奏曲:
ペク・ビョンドン:弦楽合奏のための「折れた背骨」~フリーダ・カーロへのオマージュ、
ボッテシーニ:ヴァイオリンとコントラバスのための協奏的大二重奏曲
(ペ・イクファン[Vn]、文屋充徳[Cb])、
チャイコフスキー:「フィレンツェの思い出」ニ短調(弦楽合奏版)