2005.11
日本音楽集団 第181回定期演奏会
~合唱と邦楽器たちとの出会い
金曜日は久しぶりに行き付け(?)のホールへ。運河の向こうにはクリスマスのイルミネーション。運河沿いにも白と青のイルミネーションが施され、すっかりクリスマス模様。早いなぁ・・・・
さて、今回の演奏会は日本音楽集団の定期演奏会。通常「集団」の皆さんもお元気そうだ。今回もなかなか意欲的な内容。
クリスマスツリーの飾られたホールロビーでは若手団員達5名による「五声のコンチェルティーノ」。特に打楽器の躍動的な動きが印象的。腕の立つ団員が参加しているのだから技術面は何ら問題ないのだが、何よりも積極的に一音一音出しているのが好印象。
さてまずは「梁塵今様」。後白河上皇の手になる歌の幾つから構成される児童合唱曲。「春の初めの」での2部構成ではまず異なるリズムを歌い分ける児童合唱団に驚き。「鈴はさや振る」では琴のたゆたうような横の流れにのって鈴を踊らせるような動きある歌。「月かげゆかしくは」では笛の切なさと合唱の上昇形とが重なり合い、月空から松山への空間の緩やかながらもダイナミックな動きが描き出されていた印象。「山伏の腰につけたる」では前半の山伏の~でみられる猛々しい鋭さと、砕けて~の夢見心地な部分との対象が鮮やか。現代曲もこなす彼らなのだが、古の言葉との溶け合いもまた不思議。「遊びをせんとや生まれけむ」では歯切れ良い打楽器クレッシェンドにあおられるような合唱そして合奏。音遊びを楽しんでいるように見受けられて、上々の滑り出しだった。
続く「秋の一日」ではほのぼのとした雰囲気。現代のコンクリートジャングル社会に辟易する中で、これからも大事に持っていたいものを思い起こさせてくれた。序曲での「カンカンコロロン」のリズムもまた楽し。お伽歌劇「茶目子の一日」ではないが、描かれているのはごく普通の朝の光景。でもこのささやかな光景が何気に嬉しいのだ。「どんぐりこままわそう」ではあちらこちらを駆け回る元気な子供達の様子が描かれている。後半のこま回しの部分ではクルッとこまを回すスピーディな様子が描かれていた。第3曲「いわし雲みつけた」では尺八のゆったりした節回しにのってうつらうつらしている様子。「祭囃子がよんでいる」からは一変して調子の良いお囃子に大はしゃぎする子供達の姿が目の前に浮かぶよう。ナレーションはいずれも合唱団のメンバーが担当していたが、どの子供達も発音がきれいで表情も豊か。基礎が出来ているから歌っても語っても聴き応えあり。居合わせた知人とも「さすがプロフェッショナルですねー」と感嘆の一言。
「ひかりのうたげ」では時を越えて語り継がれていく蛍と魂との深い関わりが、わらべうたを用い、澄み切った児童合唱で歌われていく。飾らないからこそ随分ストレートに伝わっていくものだ。長崎と広島のわらべ歌がまずは単独で、続いて交わるように言葉が重ねられていく。合奏も歌に引き込まれるような演奏で、中でも三味線のグリッサンドがまずは弱音、続いて強音で深く入り込んでいく。
後半では「四季」ダンス・コンセルタントIから。今回唯一合奏単独のステージだが、のびのびと踊るような「踊る春」、続く「水巡る」では琵琶のそそられるような響きや4人の尺八による幅広い音色、琴の緩やかな分散和音が叙情的な雰囲気をかもし出していた。「秋、そして」では尺八ののどやかさがまた魅力的、「風の花」では一瞬モーツァルトのレクイエムのアニュスデイを思わせる静々とした響きが印象に残った。
いよいよ新実御大の「舞歌II」。音による自在な踊りを思わせる演奏。歌詞に顔文字まで出ていたのは驚いたが、確かに見比べながら聴いていると音楽の記号のようになかなか効果があるものだなと感心。
初めは琴は打楽器の響きを意識してか響きを抑えて弾いていたが、2度目は存分に響かせていた。途中で出てくる不思議なヴォーカライズや神々の名。ここで一瞬私は好きな合唱曲「祈祷天頌」を思い浮かべる。言葉や音で踊りの空間を作っていくのだが、相通ずるものといえば、時空を超えての言霊の自由な踊りではなかろうか。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
日本音楽集団 第181回定期演奏会
~合唱と邦楽器たちとの出会い
日時: 2005年11月18日(金)19:00開演
(18:35より新入団員によるロビーコンサートあり)
出演者:田村拓男(指揮)、日本音楽集団、NHK東京児童合唱団
演奏曲:
川崎絵都夫:梁塵今様~児童合唱と邦楽合奏のための(2005年)委嘱初演
長沢勝俊:秋の一日(1985年)
信長貴富:ひかりのうたげ~童声合唱と邦楽器のための(2005年)委嘱初演
三木稔:「四季」ダンス・コンセルタントⅠ(1973年)
新実徳英:舞歌Ⅱ~児童合唱と邦楽アンサンブルのために(2005年)委嘱初演
第6回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
「宮田大チェロリサイタル」
今回のコンサートは、昨年兵庫県養父市で開かれたチェロコンクールで第1位受賞記念コンサートである。コンサート当日は、朝早くから、養父市のビバホールの方やビバホールのサポータの方が準備にみえられていた。
お客様は、比較的演奏者と同世代の若い方が多かったと感じた。
暖かくも、緊張の中、最初の曲のブラームス「チェロソナタ2番」が始まった。
第1楽章の冒頭部分を聞いて「なんと渋い演奏だろう」と思った。一音一音かみしめるようにしかもあまり多くを語らず、どちらかといえば、朴訥とした語りかけ。
それでいて、音がじわっと体にしみこんでくる感じがする。
ドビュッシーも渋い。
休憩後のプロコフィエフ。この曲は、非常に印象的なチェロのメロディで始まった。
と同時に驚いたのは、前半の表現とは全く違う。この曲には「歌」がきこえた。
変化に富んだ表現は、まるで彼の一人芝居を見ているようだ。アンコールにフォレの「夢のあとに」とファリアの「火祭りの踊り」が演奏された。とても素晴らしい演奏であり、演奏会であった。
これからも、ビバホールのチェロコンクールで選ばれた若いチェリスト達の演奏を第一生命ホールで聞きたいと思う。そして、もし可能なら、コンクールで優勝した人が何年か後再び、ここで演奏会が開け、それが定期演奏会に発展したらとても素晴らしいことだと思う。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
第6回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
「宮田大チェロリサイタル」
日時: 2005年11月13日(金)14:00開演
出演者:宮田大(チェロ)、和田晶子(ピアノ)
演奏曲:
ブラームス:チェロソナタ第2番ヘ長調 作品99
ドビュッシー:チェロソナタ ニ短調
プロコフィエフ:チェロソナタ 作品119
第22回ロビーコンサート
ロビーコンサート3回目の川本さんですが、今回は体調が良くない中、無理を押しての出演でした。バッハを弾くには体力が充分ではないから・・と、オールバッハのプログラムから、バッハは1曲だけに、あとは他の作品へと曲目を変更して臨まれました。
変更後のプログラムがロビーアプローチに掲示され、間もなく開演です。川本さんは、前身頃に人物がプリントされた朱色のドレスで登場、会場がパッと華やぎました。
1曲目はバッハのシャコンヌ、ヴァイオリン音楽の中でも頂点に位置するこの曲をヴィオラで聴くのは初めてでしたが、これまでに聴いたヴァイオリンでの演奏とはずいぶんと違う印象を受けました。ヴィオラは体力が要ると言われますが、やはり非常に力強く、艶やかな音で迫力があります。演奏家にとって技術的にも精神的にも高度なものを要求されるバッハの音楽、その緊張感に息をするのも忘れるほど惹き込まれ、一曲だけでも充分にバッハの世界を堪能させていただきました。
2曲目はパラディース作曲のシチリア−ノ、パラダイス?の名前のとおり、この世のものと思えない美しさです。脹よかな音色に身を包まれ、ロビーの窓ガラス越しの青い空を眺めていると、えも言われぬ幸福感が湧いてくるのを感じました。続いてヴォカリーズ、トロイメライなど、馴染みのメロディをしっとりと歌い、ヴィオラの独奏楽器としての魅力を楽しませていただきました。曲目変更のため急遽出演いただいた坂野伊都子さんのピアノも、とても美しい音色で共演、最後は『精進して、一月にはバッハを演奏します』との川本さんのお言葉で締められました。
ビジネスマンの方からベビーバギーを押すお母さんまで、いろいろな方がいらしていましたが、皆さん良いお顔で、ビルの中のオフィスに、午後の光の中にと帰っていかれました。良い音楽を共有したせいでしょうか、終演後は知らない方とも、にっこりと顔を見合わせたいような気持になるのが不思議です。
今回初めて参加した新米サポーターですが、楽しくお手伝いをさせていただきました。
公演に関する情報
第22回ロビーコンサート
日時: 2005年11月7日(月)
出演者:川本嘉子(ヴィオラ) 坂野伊都子(ピアノ)
演奏曲:
バッハ:無伴奏パルティータ第2番ニ短調BWV1004よりシャコンヌ
パラディース:シチリアーノ
クライスラー:クープランの様式によるルイ13世の歌とパヴァーヌ
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
クライスラー:美しきロスマリン
シューマン:トロメライ
ボロメーオ・ストリング・クァルテット
シェーンベルク・プロジェクトvol.2
ストラヴィンスキー≪弦楽四重奏のためのコンチェルティーノ≫はリズミカルな短い曲だ。これが「序曲」に当たる。≪プルチネルラ≫のフィナーレのように勢いが良くてとても親しみやすい。半音ずらして重音でスケールが最初と最後に弾かれたのが印象的だ。プログラムのインタビューで語ったヴィオラの元渕舞さんの言葉。「ストラヴィンスキーでは、不協和音を作る音をヴィオラが弾くことが多い。それを間違った音に聞こえないように、不協和させるのが大事な仕事です」。
シェーンベルク≪弦楽四重奏曲第2番嬰ヘ短調 op. 10≫はまるで「協奏曲」だ。なぜなら後半の第3・第4楽章で星川美保子さんのソプラノが加わったからである。3月にボロメーオは長大な≪第1番≫を演奏したが、今回の≪第2番≫も彼らは音楽を体全体で表現していた。第2楽章に元渕さんが虚空を仰ぐように体の重心を浮かせながら弾いていたり、第1ヴァイオリンのニコラス・キッチン氏の身ぶりがときおり激しくなったり、見ているだけでも飽きるということがまったくない。星川さんの加わった後半ではクァルテットとソプラノの息づかいがお互いにとても噛み合っていて、糸を紡ぐように丁寧に音楽を作り上げていた。初めに溜めて抑制しつつやがて、ふわあっとふくらませていく歌い方は、第1・第4楽章でのボロメーオの音の出し方に照応しているようで、理性的にコントロールされている。
しかし何と言っても素晴らしかったのは、第4楽章のソプラノの最後の2行の詩句――「私は聖なる焔からはじけるほんのひとすじの閃光/私は清らかな声にとどろくかすかなこだま」である。ゲオルゲの詩「没我」から採られた詩行において「私」は、別天地に遊ぶように山の裾を昇り、ついには水晶に輝く海のような雲へと到達して、天上にて遊泳する。そこで発せられたのがこの2行である。星川さんもボロメーオもここで明らかにスイッチが切り替わったかのように急速にクレッシェンドしながら、ひたすら雲の上へと突き進んでいく。星川さんは美しい叫び声を上げつつ、彼方へと消えていく。後奏として残るのは間奏にも聴かれたチェロの半音階的な低徊である。――静かに演奏が終わると僕たち聴衆は30秒以上にも及ぶ沈黙を守っていただろう。第1ヴァイオリンのキッチン氏が構えていた楽器を降ろすまで、静寂の中にゆっくりと余韻を感ずることができたのである。
休憩を挟んで演奏されたドヴォルザーク≪弦楽四重奏曲第13番ト長調 op. 106≫は、いわばメインの「交響曲」。しかめっ面はもうやめて明るく、ときに感傷的に聴かせてくれた。第2楽章でのキッチン氏の歌はのびのびとしていて気持ちよかった。去年6月に彼らがブラームスを弾いたときにも感じた、彼の朗々たる歌いっぷりだ。短調へ転じたときのイーサン・キムさんのチェロも、伴奏している音型の細部を逐一、丁寧に歌っているのが印象的だった。こうした細かいところへの気配りが、全体の印象を違ったものに見せてくれるものなのだ。
アンコールにはモーツァルト≪弦楽四重奏曲第14番ト長調≫のフィナーレ。フーガから始まるテーマは清らかに駆け抜けていった。最後に勢いよくフォルテで一度終わったふりして、短いピアノのコーダが付いているのはモーツァルトのご愛嬌。周りの人はみんな、終わりを待たずに拍手しそうになっていたのがおかしかった。
演奏会が終わってみれば何と、ストラヴィンスキーからモーツァルトまで時代は徐々にさかのぼって演奏されていることに気が付いた。まさによりどりみどりの秋の味覚を堪能した気分。たとえシェーンベルクに馴染めなかったとしてもドヴォルザークの親しみやすい旋律に心地よさを感じた人もいるだろうし、僕みたいにシェーンベルクが聴きたかったという人も相当数いただろう。この日のメニューは多彩で、いろんな人がいろんな音楽を楽しむことのできた演奏会であったと思う。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#43〉
ボロメーオ・ストリング・クァルテット
シェーンベルク・プロジェクトvol.2
日時: 2005年11月2日(水)19:15開演
出演者:ボロメーオ・ストリング・クァルテット
[ニコラス・キッチン/ウィリアム・フェドケンホイヤー(Vn)、
元渕舞(Va)、イーサン・キム(Vc)]
星川美保子(ソプラノ)
演奏曲:
ストラヴィンスキー:弦楽四重奏のためのコンチェルティーノ
シェーンベルク:弦楽四重奏曲第2番嬰ヘ短調作品10
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106