ミロ・クァルテット
報告:井原三保/1部:2階L1列40番、2・3部:2回L2列39番)
投稿日:2005.12.19
今日は初めてのTANモニ。1年半あまり前まで、トリトン・アーツ・ネットワークの制作スタッフとして職場だった第一生命ホールに、お客さんとして入るのには慣れてきたけれど、TANモニというと少し荷が重い。しかも、今日のコンサートはベートーヴェンの作品18、全6曲を一晩で聴こうというものなのだ。交通費節約のために早朝に関西を出、電車とバスを乗り継いで来た身で、最後まで聴きとおすことができるのだろうか?なんせ、モニターの役目を仰せつかったのは、ほんの2時間前なのだから......
いつもは19時15分始まりのSQWシリーズだけど、今夜の開演は18時。2回の休憩を含めると3時間半近くの長丁場になる。無論ホール代もその分高くなるわけだが、チケットは据え置きの3,500円で、しかも、仕事を終えていつもの19時15分に来ても、まだたっぷり4曲聴けるという太っ腹企画なのだ。
開演15分前にホールに向かうと、私の前も後からも人の列が途切れることなく続いている。ここだけの話、ふだんのSQWより多いくらい...?なんと、この日の3百数十人のお客さんの9割が18時に客席についていらしたとか。シリーズ券を買ったTANサポーターに声をかけると、今日は昼から仕事休んじゃった、とのこと。
さて、今日出演のミロ・クァルテットとは、実は旧知の仲である。44回を数えるSQWシリーズの第1回を飾ったグループなのだ。
初来日の2001年11月当時、私はTANの制作スタッフとして、15日から始まったOpening 10 Daysの真っただ中。無我夢中で働いていたところへ、ニューヨークから颯爽とやってきた、20代半ばの若いクァルテットが彼らだった。初めて外国人演奏家のアテンドをすることになった私は、慣れない英語を操り、冷や汗をかきながら、それでも彼らと過ごす時間は楽しいひとときだった。というのも、彼らは日本の食べ物(特にケーキ)に目がなくて、とりわけヴィオラのジョン、チェロのジョッシュはつつき合いっこをしながら、日本の味を楽しんでいたのだ。他のスタッフは事務所でお弁当を食べながらも、パソコンに向かっていたというのに......。
SQW第1回目のこのコンサートは「9月11日の被災者家族を支えるコンサート」と銘打たれ、ロビー設置の募金箱に寄せられた寄付金は、日本赤十字社を通じて全額寄付された。今夜のお客さまの中には、第一生命ホールのオープン、TAN設立のために奔走された第一生命職員の方々もあちこちに見える。SQ最前線!と胸を張ってはみたものの、弦楽四重奏で、しかも1シーズンに6つほどの団体が出演し、約10回のコンサートを行う。こんな今までにない大胆な企画をやろうというのだから、初めての演奏会を迎えたそのとき、運営サイド、ディレクター以下スタッフの胸中は期待と、そしてそれ以上に大きな不安でいっぱいだっただろう。私は必死に走っているだけで、全体のことなど見えていなかったけれど。そして、ミロQはシリーズスポンサーも大勢見えるコンサートで、見事、我々の期待以上のパフォーマンスをし、アメリカの若手クァルテットのひとつのスタンダードのを示したのであった。そんな彼らが第一生命ホールで凱旋公演をするのだから、彼らの成長を楽しみに、4年前を知る人たちが集うのもうなずけよう。
昔話が長くなってしまった。今夜の演奏は作品番号順でなく、作曲順に3番、2番、1番、5番、4番、6番の順に演奏された。ベートーヴェン、29歳から30歳にかけての作品群である。途中2回の休憩が入る。演奏について評する立場にはないので、詳述するのは避けるが、ミロQの気負うでもない適度な緊張感が心地よい。夏以降、各地で同じプログラムを経験することで、彼らなりのペースがよくつかめているのだろう。お客さんにとってはどうだったのだろう。全曲演奏というと、今夜の聴衆には昨年のカーター全曲(私はチャンスを逃してしまった)を聴いた方も多いだろうし、私自身、今までに2回ボロメーオQのバルトーク全曲を聴いたが、不思議と乗り切れるものだ。今日は、今まで以上に(全曲25分程度の、決して短くはない作品だというのに)疲れや気負いを感じずに、青年ベートーヴェンを楽しめた。アンコールは先輩ハイドンの74番「騎手」から第2楽章。
ひとつ苦言を呈するとすれば、遅れ客への対応はいただけなかった。楽章間に入ったお客さんが自分の席に着こうとするのを、演奏者が客席を見ながら待つシーンが少なくとも2度はあったし、中には楽章が終わる直前に1階席のドアが開く音も聞かれた。本来、今回のように空席がある場合は、ドア近くの席に着いていただくか、年配の方でない限り、後ろで立って聞いていただくのが当然の対応ではないのだろうか。何度も演奏会の妨げになるようだと、単にお客さんのわがままだけではないように思われた。
さて、全米室内楽協会のインタビューによると、ミロQのベートーヴェン・プロジェクトは30年近くの長期計画らしい。ミロQが、ベートーヴェンがその弦楽四重奏を作曲したのと同年代で取り組みたい、と考えているからだ。とすると、次にこのプロジェクトが聴けるのは6年後ということになるのだが、きっとその前に、ミロは晴海に戻ってくるだろう。箕口一美ディレクター曰く、「また、呼ばなきゃいけないクァルテットを増やしちゃった(にこり)」。
ちなみにジョンにこの次のプロジェクトは?と訊ねたところ、答えは「Vacation!」。テキサスに帰った後すぐ、ブラジルの音楽祭に呼ばれていて、クリスマス休暇はそこで過ごすらしい。そしてクァルテットには、もう一つ大きなプロジェクトが、第2ヴァイオリン、サンディのおなかの中で育っている。2月には第1ヴァイオリン、ダニエルとの間に初めてのベイビーが誕生する。次の来日は一層にぎやかになりそうだ。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#44〉
ミロ・クァルテット
日時: 2005年12月7日(水)18:00開演
出演者:ミロ・クァルテット
[ダニエル・チン/山本智子(Vn)、
ジョン・ラージェス(Va)、ジョシュア・ギンデル(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン 作品18 全6曲
弦楽四重奏曲第3番ニ長調 作品18の3/第2番ト長調作品18の2/
第1番ヘ長調作品18の1/第5番イ長調作品18の5/
第4番ハ短調作品18の4/第6番変ロ長調作品18の6