その他特別コンサート等 > 2006.11
第一生命ホール 5周年の記念日コンサート
さて『五周年の誕生日コンサート』は、プレアデス・ストリング・クァルテットとクァルテット・エクセルシオに依るメンデルスゾーンの弦楽オクテットで幕を上げた。この両楽団は始めての共演と云う事らしいが、その様な素振は微塵も無く、逆にそれがほどよい緊張感を生んでいる。特に素晴らしかったのは、ピアノからフォルテというダイナミクスに、目に見える計の減り張りを付けていた所だ。この「演出」が、彼の天才が十代に書き上げたと云う当曲が持つ若若しさを充分引き出した丈でなく、今日という喜ばしい堂内に祝祭的な華やかさを添えているかの様だった。
休憩を挟み、今宵の真打、長岡純子さんを迎え、プレアデス・ストリング・クァルテットとのシューマンのピアノ・クインテットが演奏された。長岡さんのピアノは楷書的な折り目の正しさの中に、人間的な暖かさが滲んでいる。共演しているプレアデスSQのみならず、聴いている私達をも長岡さんの音楽へ迎え入れて呉れる様な慈愛に溢れている。心静かにその音色に身を委ねていると、遠い日に感じた母の温もりを思い出す......。最後の和音が奏されると、ホール内は何とも言えない一体感に満ちていた。
終演後、ロビーに出てきた老夫妻が「こんなに優しい気持ちになれたは久しぶりね」と語り合っている姿が美しく映った。
吉例に倣い某氏と数人で赤提灯へ入り、五周年御目出とうと杯を挙げた。そして何となく気になり鞄の中の『新明解国語辞典』(山田忠雄(主幹)、第六版、2005、三省堂)を引いてみた。
あい【愛】 個人の立場や利害にとらわれず、広く身のまわりのものすべての存在価値を認め、最大限に尊重して行きたいと願う、人間本来の暖かな心情。
そう、これこそ今日のコンサートそのものではないか。長岡純子さん、プレアデス・ストリング・クァルテットとクァルテット・エクセルシオ。更にこのコンサートを蔭、日向なく支えたサポーター諸氏、或いはTAN、またホールの職員各位、そして聴衆。その全てがこの「人間本来の暖かな心情」で結ばれていたのだ、と、心からそう思った。
愛すべき人と愛すべき音楽に育まれる、愛すべき第一生命ホール。本当によかったね、これからももっと大きくなるんだよ。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
5周年の記念日コンサート
日時: 2006年11月15日(水)19:15開演
出演者:長岡純子(ピアノ)
プレアデス・ストリング・クァルテット(弦楽四重奏)
クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調作品20
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調作品44
第一生命ホール 5周年の記念日コンサート
TANが2001年の活動以来つくってきた舞台に幾度も接してきた。その前年にこの町に移り住み,建設途上のトリトンスクウェアを眺めていた。高いタワービルに囲まれたこの丸い建物は,いったい何なんだろうかと。
それがホールであることを知ったのは,幸いなことにオープニング事業に関わることができたからである。それからTANとのおつきあいが始まった。しかし,まだクラシック音楽にはなじめなかった。
一変したのは,ある舞台からだった。ここに2001年6月20日「試聴会」のプログラムがある。この時,松原勝也さんと若いアーティストによるクァルテットが弾いたのが,バルトーク「ルーマニア民族舞曲」だった。自由奔放にヴァイオリンを鳴らす松原さん。すっかり魅了された。「クラシック音楽とは,こんなに自由でダイナミックなものなのか!」
この日以後,クラシック音楽を聴くことが愉しくなっていった。ふだんの生活の彩りが一つ増えた。CDも少しずつ買いそろえていった。その中の1枚が,シューマン「ピアノ五重奏曲 変ホ長調 op.44」。
* * *
本日の第2部が,幸いなことに,このシューマンの曲だった。ひょんなきっかけでTANとかかわり,クラシック音楽に傾倒していき,それから5周年。ステージで今聴きたい曲は何かと聴かれたら,迷わずこれだと答えたであろう中の一曲。それが記念の日のプログラムと重なり合った。なんとも嬉しい偶然の一致である。
ピアノに向かうは,日比谷の旧ホールにも立ち,この晴海での新ホール・オープニングの舞台をも飾った長岡純子さん。競演するは,松原・鈴木・川崎・山崎氏によるプレアデス・クァルテットだ。
第1楽章アレグロ・ブリランテの第一声はキッパリとしたフレッシュな音。新鮮な野菜を口に運んでいるかのような快さ。第2楽章イン・モード・ドゥナ・マルチア、ウン・ポーコ・ラメルガンテは主部の戻る際の響きが清楚であり、第3楽章スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェはコクのある激しさ。そして第4楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポで至福の高まりに達する。
* * *
1階席は8割ほどの聴衆で埋まり,これだけ多くの人によって記念の日を祝福されたことを,喜ばしく思う。ステージによって観客の入りに変動はもちろんあったことだろう。しかし,5年間,アーティストのサウンド,客の拍手とヴラボーの声に刻まれ,TANとこのホールは育ってきた。その逆に,TANとこのホールも人を育ててきた。そう,一人のヴァイオリニストの音をきっかけにクラシック音楽にひきずりこまれた私のような者を。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
5周年の記念日コンサート
日時: 2006年11月15日(水)19:15開演
出演者:長岡純子(ピアノ)
プレアデス・ストリング・クァルテット(弦楽四重奏)
クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調作品20
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調作品44
第一生命ホール 5周年の記念日コンサート
前半はプレアデスとエクセルシオの2クァルテットの合同演奏によるメンデルスゾーンの弦楽八重奏曲が演奏されました。
冒頭奏者の珍しい配置にまず驚きました。湧き上がるような第1主題のヴァイオリンとチェロにそれの間を泳ぐような他パートの活発なアンサンブルが繰り広げられ、ピチカートと流すようなコントラストが変ホ→ト→変ホと展開されていきました。リピート2度目のヴァイオリンはすっかり彼らの世界に入っていましたが、部分部分でモーツァルトの2台ピアノの協奏曲を思わせ、展開部から再現部に向けての盛り上がりはメンデルスゾーンらしい半音刻みのクレッシェンドの盛り上がりを見せていて、ちょうど彼のピアノソナタ第1番を思い起こさせました。第2楽章アンダンテではハ短調の憂うような3連符風伴奏に乗って第1ヴァイオリンのソロ旋律部分が特に印象的でした。途中チェロも加わり長調でメロディ展開していく部分は回想部分を思わせるような演奏でした。第3楽章アレグロは全体的に軽やかな曲想で、ト長調に転調して更に舞うようなアンサンブルでした。
アタッカ気味に入った第4楽章プレストでは2グループのかけ合いが活発で、ピアノソナタ第1番のフィナーレを思わせました。全体的に華やかなフィナーレで、第1ヴァイオリンのカデンツァ風パッセージも聴き入りました。
後半ではピアノに長岡純子さんを迎えてシューマンのピアノ五重奏曲が演奏されました。長岡さんはオープニングコンサートでベートーヴェンのピアノ協奏曲を聴いたのですが、躍動感溢れるタッチと歌い回しで、生まれ立てのホールに瑞々しさを注ぎ込んでいました。5年の年月を経て再び弾かれたピアノは一層躍動に満ちて、響きが熟してきたホールを祝福するかのように優しくかつ朗々と響き渡りました。第1楽章アレグロではカーンとした響きと後拍を意識したアンサンブルが聴き手を引き込みましたし、再現部でのチェロとの絡み合いも見事でした。第2楽章での緩やかな葬送行進曲風は重々しさを保ちながらも沈み過ぎないバランスを保っていました。途中最初のトリオではややためらいがちに長調で回想場面を思わせるような歌い口でしたし、続く別のトリオでもド音から下がって特徴のあるリズムを刻みながら進み、第1ヴァイオリンの歯切れ良さはあたかもショパンのピアノ協奏曲第2番中間楽章を思わせ、ビオラの主旋律とピアノが受けていくところも聴きどころでした。更に第1ヴァイオリンのメロディアスな場面はシューマンのピアノ協奏曲中間楽章を思わせました。続く第3楽章スケルツォは急速な上下音スケールでややもすると無味乾燥な練習曲に聴こえかねないのに、長岡さんのカーンとした打鍵と弦との小気味良いかけ合いでグイグイ引き込まれていき、アンコールで再度奏された時も興奮が収まりませんでした(笑)。第4楽章アレグロではピアノと弦との対話が特徴的で、独特のタタターンというリズムに乗って展開していくコーダ部分でも力強いピアノのフーガと弦パートが右から左へと旋律リレーしていく部分で視覚的にも楽しめました。
本番後のささやかなレセプションでも話題に出たのですが、第一生命ホールはお客様・演奏家・スタッフ、そしてサポーターに支えられてこの5年を迎えられたとの話。私達ブランティアスタッフがサポーターと呼ばれるのも、"支える"という面に焦点を当てているからなのでしょう。それぞれ担う役割はさまざまですが、皆何らかの形で一つの演奏会、一つの事業を成すべく取り組んでいるという事を改めて思った次第です。1サポーターとしての原点に還った夜でした。
―また、新たな5年、10年に向かって―
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
5周年の記念日コンサート
日時: 2006年11月15日(水)19:15開演
出演者:長岡純子(ピアノ)
プレアデス・ストリング・クァルテット(弦楽四重奏)
クァルテット・エクセルシオ(弦楽四重奏)
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調作品20
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調作品44
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
今世紀の幕開けとともに誕生したアートNPO・TAN。本日はその活動を支えてきた会員のための,特別プログラムである。
用意された曲目は全編モーツァルト。それも「クァルテット・ウェンズデイ」などを企画してきたTANらしく,室内楽で構成された。演奏するのはウィーンフィルのメンバーである。
客席の様子は,仕事帰りとおぼしき人々に若者の姿も混じり,1階は9割ほどは埋まったかのように,空席は残り少ない。2階席の状況ははっきりとはつかめないものの,コンサートの合間にロビーに立って眺めれば,階段を下りてくる長い列が目に入ってくる。
演奏は計4曲。1曲目は,「弦楽四重奏曲 変ロ長調 K.172」。第1楽章アレグロ・スピリトーソの滑り出しは軽やかに,第2楽章アダージョはしなやか。第3楽章メヌエット,第4楽章アレグロ・アッサイと,音にふくよかさが増してくる。厚みがありながらも,押しつけがましさは感じられない。上質のカシミヤの生地に,そっと包まれているかのよう。
2曲目「オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370(368b)」は,けれん味のないサウンド。音を音として感受し,そのまま味わうことを許されるならば,かすかなまどろみの時間が立ち現れてくる。たとえば,祖父母の家で過ごした幼い頃。それは,ただあるがままの空間を漂うことが可能となる一つのものとして挙げてもよいだろう。そこでは,"そこにあるもの"をそのまま受けとめられる。自分を防御したり,他から借りてきたような思想・思考は,そのような場ではひとまず措くことができる。
そして,こうした,気持ちをナチュラルな状態に戻す機会があるということは,生活の中にゆとりをもたらす。
しかし時に音は,人の心を,静かだけれども深く揺さぶることもある。今晩では,3曲目「フルート四重奏曲 ニ長調 K.285」第2楽章アダージョが,そう。古い歌曲を歌うかのようなフルートのソノリテが,記憶の底に巣くっていた出来事を揺り起こし,脳裏で再会させる。それは愛しい人の笑い顔や,暗い闇,胸を和ませるものであったり,あるいは締めつけるもの。モーツァルトを聴いている今,それと脈絡もない個人的なものとがなぜ結びつくのだろうかと座席で一人戸惑ってしまう。だが,過去に経験した一つひとつのことの延長線上に今があり,昔を大切に思うのならば,日々を充実させなくてはならないことにも思いが及ぶ。このようにして音は,生活に精気を与えもする。
休憩をはさんだ4曲目は「弦楽五重奏曲 ト短調 K.516」。ヴィオラがもう1本加わる。第1楽章アレグロの端正なメロディ,第2楽章メヌエットは憂いをしのばせ,第3楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポはユニゾンの厚みに魅了される。そして第4楽章アダージョ―アレグロは静けさから軽やかさへと徐々に明るさを帯びていく。
大掛かりで,きらびやかで,めくるめくような音の洪水で,記念の年を飾るコンサートもよい。しかし,決して大きな声ではないけれど,親密な音色で迎えてくれる場所もある。人によってそれを優雅だと感じたり,平静な時間を取り戻したりする。だがそれらは一点で共通しているのだ。暮らしの幅を広げるという意味において。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
日時: 2006年11月10日(金)19:15開演
出演者:ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団
[ライナー・キュッヒル(Vn1)/エクハルト・ザイフェルト(Vn2)、
ハインリヒ・コル(Va)、ゲラハルト・イーベラー(Vc)]
マルティン・ガブリエル(Ob)
ウォルフガング・シュルツ(Fl)
ロベルト・バウアーシュタッター(Va)
演奏曲:
オール・モーツァルト・プログラム:
弦楽四重奏曲変ロ長調K.172
オーボエ四重奏曲へ長調K.370(368b)
フルート四重奏曲ニ長調K.285
弦楽五重奏曲ト短調K .516
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
当夜はオール・モーツァルトの演目で、放送や音盤でよく耳にしながらも実演をこんなに間近に聴くのはそうない機会なので、非常にエキサイトしました。
「弦楽四重奏曲変ロ長調」では第2楽章アダージオでのしみじみした変ホ長調の歌い口は勿論、アレグロ楽章でも生き生きとした演奏でした。続いてゲストを加えての「オーボエ四重奏曲」と「フルート四重奏曲」を披露しましたが、団内トッププレーヤーのまろやかな(弾き口というよりも)吹き口には身を乗り出して聴き入りました。オーボエでのアダージオは短いながらも憂いのつぶやきが感じられ、ロンドでは弦パートがピアノを聴いているように縦に粒揃いの巧さ。フルートでのお馴染みの主題では軽やかにして華やかな響きで、当夜の集いを飾るのにふさわしく思われました。ロンド楽章での再現部で弾かれた第1ヴァイオリンとフルートとの掛け合いは軽やかでスタイリッシュと申せましょう。いずれの曲でも感じられたのですが、団にとっても「お国もの」であり彼らにとってもいわば「おはこ」でもあるのでしょうが、各楽曲の要所要所をきっちりおさえながらも良い意味で力を抜いて弾いていたのが印象的でした。一生懸命に演奏する国内外室内楽団をいろいろ聴いていますが、技術面や音楽面では全く引けをとらないがやはりこの点は"血は争えない"なという事なのでしょう。ホール内の響きもふんわり彼らならではの響きが2F席にまで伝わってきました。
ヴィオラがもう一人加わっての弦楽五重奏曲ト短調では冒頭から交響曲第40番を思い起こさせるような哀しみの疾走で始まり、いわば自身の人生の冬を思わせるような世界が、特に奇を衒う事無く広がっていきました。第2楽章メヌエットはめくるめくような不安が強弱の反復で巧みに描かれていましたし、続くアダージオではいわば「彼岸の奏楽」とも呼べそうな響き。或いは縁側の陽だまりにふと物思いにふけるイメージでしたが、不思議な事にウィーンフィルのメンバーが演奏を通じてその場面を浮かび上がらせてくれました。フィナーレはピアノ協奏曲第27番変ロ長調にも見られた「朗らかな諦めの境地」をも描いており、アレグロにテンポが上がり長調に転調してもどこか一歩引いて静かに思いにふけるような印象でした。
アンコールでは一変して当夜のお祝いムードに更に華々しさを添えるような明るいアンサンブルを聴かせ、場内からも熱い拍手が送られました。
いよいよ来週は"誕生日"を迎える第一生命ホール。思い出に残るひとときとなりますように!!
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
日時: 2006年11月10日(金)19:15開演
出演者:ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団
[ライナー・キュッヒル(Vn1)/エクハルト・ザイフェルト(Vn2)、
ハインリヒ・コル(Va)、ゲラハルト・イーベラー(Vc)]
マルティン・ガブリエル(Ob)
ウォルフガング・シュルツ(Fl)
ロベルト・バウアーシュタッター(Va)
演奏曲:
オール・モーツァルト・プログラム:
弦楽四重奏曲変ロ長調K.172
オーボエ四重奏曲へ長調K.370(368b)
フルート四重奏曲ニ長調K.285
弦楽五重奏曲ト短調K .516