2011.11.16
630コンサート~充電の1時間~
カルミナ四重奏団と巡る音楽紀行
弦楽四重奏による音楽の世界旅行は、音楽の世界の発見
プログラムは、弦楽四重奏を発明、発展させたハイドン、シューベルトのウイーンから始まり、民族音楽の伝統に基づくスイスの作曲家ミュラーによる「ヘルヴェティア」、スペインのトゥリーナによる「闘牛士の祈り」と現代の2曲。それからボロディンのロシア叙情豊かなノットゥルノ、ラヴェルとプッチーニによるフランスとイタリアの輝かしく高貴なエスプリの世界に続く。最後にスイス人作曲家シュナイダーが、友人のカルミナ四重奏団のために作曲したという「日は昇り,日は沈む」の「ウエディングダンス」。作曲者によると「アマゾンの結婚のダンスを起源とし、ラテンのリズムをベースにした曲」ということで、演奏者からは題名にあるように東と西の文明の出会いを意識しているというメッセージがあった。このような何かわくわくとさせるプログラムの選曲は、音楽による世界旅行の公演主旨に賛同して、カルミナ四重奏団本人たちも楽しみながら選んで実現したそうだ。
各曲の演奏の前に,ビオラ奏者のチャンプニーから簡単な楽曲解説があり、作曲家の意図、演奏のポイントなどよくわかるガイド付きで音楽の世界の旅行が始まった。ミュラーの曲は,スイス伝統音楽の土の匂いというより、アルプスの空気の雰囲気は感じるがモダーンで洗練されたコスモポリタンの曲のようだ。現代音楽といっても聴く人に緊張を強いるようなことなく、弦楽四重奏の各パートがおしゃべりするように掛け合いながら進む。次から次へと流れ出てくるソフトで厚みがあり、透明な響きはとても美しかった。初めて聴く曲であるのになにか心が和む素晴らしい演奏で、演奏者とホールの聴衆の共感、共に心の底から楽しんでいるのが伝わってくるようだった。
トゥリーナの曲は、ファリャのように色彩豊かだが木管楽器のように明るく響き、スペインの昼下がりのシェスタの一時、光に満ちた乾いた空気をふるわせて遠くから聞こえてくる音のようで、スペインを肌で感じさせる印象的な曲だった。
世界旅行のハイライトともいえるボロディンのノットゥルノは、テーマ音楽に使われているその美しい旋律が、ヴァイオリン、ビオラ、チェロで繰り返しながら重なり合い、深く叙情の世界に沈み込んでいく。転調して変化していく陰影は奥深いが、暗く陰鬱な世界に落ち込まないようにチェロがその特徴的なリズムで支え、ため息が出るような旋律、特に第一ヴァイオリンの音はあくまでも輝くように美しい。カルミナ四重奏団の演奏は、単によく息があって室内楽としてまとまっているという美しさでない。演奏者が対話するようにモティーフを掛け合いながら進行し、4つのパートの音が一本の糸を手繰り寄せるように響き合いながら流れ出してくるようだ。ボロディンがロシアンロマンの歌の伝統の中で見いだし,弦楽四重奏で構成した音の世界、魂に深く共感し、その深いところから音が湧き出てくるのでこのように情感に満ち、人を感動させるのかと思った。
ラヴェルの曲は,「水の流れが光り輝くような音の響きを楽しんで下さい」という演奏前のコメントだったが、本当に弦楽四重奏のピッチカートのはじけるような響きが、鐘が鳴り響くというか、鈴をふるようにきらきら光輝くのには驚いた。プログラムの解説では,未だ世間に認められる前の若者の作品だが、ドビュッシーが「一音たりとも変えてはならない」と命じたという。その完璧な和声、瑞々しい響きはその後のラヴェルの作品を予告するもので、この曲にはガムラン音楽の影響、異国的なリズムの反映もあるという。
プッチーニの曲「菊の花」は、まさしくイタリア的な甘美な歌の旋律を、弦楽四重奏の厚みのある輝かしい響きに昇華したともいえそうな美しくも高貴な曲。ここでも第一ヴァイオリンは本当に輝かしく美しい音色だが、歌い過ぎたり全体をリードしているというのではない。ビオラの中音は音の芯を作り、幅のある重厚なチェロの音も、明るく溌剌と響き合う。旅はシュナイダーの「日は昇り,日は沈む」で遠い新世界まで拡がり、アンコールのシューベルトの弦楽四重奏の名曲「死と乙女」でウイーンに帰ってきた。
一時間余りの音楽による世界旅行は、新鮮な発見に満ちた何とも贅沢な音楽の世界の旅行だった。これは世界の音楽紀行というより、カルミナ四重奏団による音楽の世界の本質の案内であり、作曲家にとって弦楽四重奏という表現が、自分の中の伝統の音から、創意工夫により新しい音の世界を創造する最も身近で,ふさわしい方法であるらしいということを教えてくれるものであった。
不明なことながら,カルミナ四重奏団の演奏は今回生で初めて聴き、今までその本当の真価を知らなかった。贅沢な希望かもしれないが、スメタナ四重奏団やアルバン・ベルク四重奏団で何年も前に感動した記憶のある、モーツァルトのハイドンセットや、ベートーヴェン晩年の弦楽四重奏曲を是非聴いてみたいものだと思う。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#66〉第一生命ホール10周年の10days第7日
630コンサート~充電の1時間~
カルミナ四重奏団と巡る音楽紀行
日時:2011年11月16日(水)18:30開演
出演:カルミナ四重奏団
マティーアス・エンデルレ/スザンヌ・フランク(ヴァイオリン)
ウェンディ・チャンプニー(ヴィオラ) シュテファン・ゲルナー(チェロ)
630コンサート~充電の1時間~
カルミナ四重奏団と巡る音楽紀行
カルミナ四重奏団の演奏は、各奏者が弓を動かすと弦から美しい音がはじけるように出てくるのを、お互い楽しみながら聴き、弾いているようです。
630コンサートは,仕事帰りに合わせて6時半から始まるのに,少し遅れてしまいました。ホールの少し後ろ側の席に案内していただき座ると,丁度ビオラ奏者の女性演奏家が自分たちスイス人の作曲家ミュラーの曲の解説をしていました。歯切れのよいリズムに乗って演奏が始まると、ヴァイオリン、ビオラ、チェロの弦が重なり合ってホールに鳴り響き、その音の美しさにまず驚きました。シューベルトやブラームスの室内楽の曲は大好きなので、普段からよくFM放送やCDで聴いていますし、小さい室内楽向きのホールで、直ぐ近くで聴くこともありましたが、第一生命ホールのような広いホールで聴くのは久しぶりでした。弦楽四重奏の音は、シンフォニーのような色彩感でなく、モノトーンの墨絵にたとえられるようですが、艶やかで厚みのあるカラフルな音は本当に美しく感じました。
カルミナ四重奏団の演奏は、各奏者が弓を動かすと弦から美しい音がはじけるように出てくるのを、お互い楽しみながら聴き、弾いているようです。ヴァイオリンの艶やかな音も、ビオラのいぶし銀のような音も、チェロの柔らかいバスも、ホールの中で重なり合って響き渡り、自分の周りが美しい音で包み込まれているようでした。ステージからずいぶん離れていたのですが、演奏者の息づかいが伝わってくるように感じたのは、演奏の素晴らしさもさることながら、このホールの音響設計の素晴らしさによるものでしょうか。
ボロディンの曲は、いつも聴いているNHKのテーマ音楽で好きな旋律ですが、こんなにヴァイオリンの音が力強く艶やかに輝くのは新鮮な驚きでした。ヴァイオリン、ビオラ、チェロがおしゃべりしているように、互いに次から次へと引き継ぎながら、重ね合わせて進んでいくようで、その推進力が独奏では聞けないような音の輝きを感じさせるのかと思いました。
旅先で演奏会に行くのは海外旅行の大きな楽しみですが、疲れている時などつい居眠りして気がついたら拍手というのが一番の心配です。今回の世界音楽紀行は、そんな心配は無用で、スペインのトゥリーナはまぶしい光の中のトレドの街並み、ラヴェルはフランスの印象派の世界、プッチーニはヴェネチアやソレントで流れてくるイタリアの歌の記憶をまざまざと蘇らせるもので、居眠りの暇などありません。いろいろの国を鮮烈な印象を持って一時間余りで巡るというのは、何とも贅沢なことです。このコンサートを聴いた人はちょっとリフレッシュどころか、とても得した気分になって帰途についたのではないかと思いました。少し残念だったのは、もう少し聴いていたいと思ったことで、次の機会を楽しみにしたいと思います。
最後にこの演奏会のカルミナ四重奏団の出演料は全額、東日本大震災の被災地復興のために寄付されたということです。被災された方への慰めと復興支援の励ましの心が、演奏者からホールの人にも共有され、音楽で世界の人の心を繋ぐシンパシーの力を感じさせた素晴らしい演奏会でした。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#66〉第一生命ホール10周年の10days第7日
630コンサート~充電の1時間~
カルミナ四重奏団と巡る音楽紀行
日時:2011年11月16日(水)18:30開演
出演:カルミナ四重奏団
マティーアス・エンデルレ/スザンヌ・フランク(ヴァイオリン)
ウェンディ・チャンプニー(ヴィオラ) シュテファン・ゲルナー(チェロ)