2008.3
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
トリトン・アーツ・ネットワークに関わるすべての方の音楽に対する情熱と豊かな人間性にひかれて、本日も埼玉から参加させていただきました。到着後、プログラムを開くと《音楽という芸術の特質の中で一番重要な要素は、「思い浮かべる力を刺激する」ではないか》というディレクターの冒頭文に、まず共感いたしました。なぜなら私自身、人にとって最も大切な力はイメージ力である、という信条があるからです。この育児支援コンサートは絵本の映像を観ながらいきた言葉を読み聞かせてもらい、更に事前に楽器のしくみを体得して絵本の内容にそったすばらしい生の演奏を聞ける。人の豊かなイメージ力を高める五感を刺激して、心に感動を響かせる貴重な機会といえます。
そんな心地よいメッセージに心を温め、かめスタジオ(5歳児)へ向かいました。本日は、雨。お子様連れの参加は大変であるにも関わら、ず親子共々喜んで参加されている様子が伺えました。
15時になると、子どものための音楽スタジオ開始です。テューバの演奏者の方が、金管楽器を吹く時の唇の振動により、音が出るしくみを楽しい体験を交えて導いてくださいました。マウスピースから息を吹きかけ、長いホースを振動させると、ホースの先に付けたジョーゴから大きな音が出る。という1番目の活動は、子どもたち全員がそのホースに触れて「わーっ!ホースが動いてる!」と大発見。2番目は、楽器の大きさが違う、と出る音の大きさも違うという活動です。一升瓶と小瓶の空き瓶に息を吹きかけて、音の差を聞き分けます。「出来た!」「もっとやりたい!」歓喜の声が上がり、子どもたちの金管楽器への興味関心が高まり、第2部への導入は大成功です。
第2部の始まりを元気よく伝えてくれたのは、ロッシーニのオペラ「ウィリアム・テル」序曲です。耳慣れた楽曲に、小躍りしている子どもたちの姿がみられます。チータムのブラス・メナジェリーで、はやる心を落ち着かせながら、いよいよ子どもたちの大好きな絵本「おふろだいすき」の映像をもとに、朗読とピアノと金管五重奏21曲のコラボレーションの始まりです。
会場は、約100名以上の5、6歳児で占められています。子どものための音楽スタジオでは、年長児の特性である何でもやろうという呼びかけに直ぐに答え、意欲的であり、活動を自主的に進めていく積極性がみられました。反面、興味が無いものに対して、先生の指示や大人の干渉をさけようとする傾向もあります。
今回の絵本は、お風呂の中で出会う動物達の淡いファンタジーの世界が表現されたものです。ややもすると単調に終わってしまう作品を音で表現されるのは、大変難しいことです。しかし、優しい絵本の映像に以前から添えられていたかのようなピアノと金管五重奏の抑揚のある演奏に、感情を込めた朗読の流れの中で、親子が身を投じながら鑑賞されていました。
閉会後、鳴り止まない拍手と「毎年来ていますが、昨年より明るい感じで、親子共々絵本の世界へ引き込まれました」という感想をいただき、親子の心に残されたイメージが、かけがえのない想い出に変わる事の尊さを痛感いたしました。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#25〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2008年3月30日(日)15:00開演
出演者:中川賢一(ピアノ)、バズ・ファイブ(金管五重奏)、大森智子(朗読)
演奏曲:
第1部(約30分)
子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象)
年齢別に分かれて金管楽器による楽しい音楽体験をします。
大人のためのコンサート(小学生からホールで聴いて頂きます)
~トランペットとピアノ 名曲の調べ~
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
チャイコフスキー(戸部豊編曲):バレエ音楽「白鳥の湖」より「ナポリターナ」
ドビュッシー:アラベスク第1番
ドビュッシー:月の光
ブラント:コンサート・ピース(演奏会用の小品)第2番
第2部(約40分)
みんな一緒のコンサート
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
チータム:「ブラス・メナジェリー」第1楽章
音楽と絵本/「おふろだいすき」(作:松岡享子/絵:林 明子/福音館書店出版)
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
あっという間に開始時間になり、ピアニストの城さんがピアノを弾き始めると、それまで折り紙や紙ヒコーキに夢中だった子ども達が、次第に視線をピアノに移し始めました。そこへ、軽快に『笑うトロンボーン』を吹きながら加藤さんが登場。子ども達は、突然部屋に入ってきた、伸び縮みする不思議な楽器を吹くお兄さんに、驚いた様子でした。加藤さんは、途中でスライド管をはずしてみせるパフォーマンスを交え、子ども達の間を動きながら演奏し、注目を集めていました。最初はポカーンと見ている子ども達も、だんだんと手拍子を合わせていき、曲が終わると拍手が沸き起こりました。
加藤さんが子ども達に挨拶をし、トロンボーンの説明に入ると、じっと楽器を見つめ真剣に話を聞く子や、加藤さんの問い掛けに積極的に答える子など、子ども達の様子は様々でした。「トロンボーンの特徴の一つは、スライドを使って音を出すことです」といった話の後に続き、フィルモア作曲の『ラサス・トロンボーン』の演奏へと移りました。この曲は見た目も楽しめる、見せ所満載の一曲でした。スライドによって次々と音が変わっていくのを、興味深そうに聴いている子ども達が印象的でした。
そして次に、「実際に音の出る仕組みを体感してみよう」という事で、ホースと漏斗で作った楽器を体験しました。6班に別れて、それぞれサポーターが子ども達のお手伝いをしました。すぐ音が出る子とそうでない子が居り、なかなか苦戦していたようにも感じられましたが、最終的にはほとんどの子が満足そうに音を出していたと思います。ホースを伝わって音の震動が感じられると、子ども達は嬉しそうにはしゃいでいました。
音を出せたら次は皆で合わせてみよう、という事で『幸せなら手をたたこう』の音楽に合わせて合奏しました。班ごとでまとまってもらい、交代で楽器を回していき、曲中で本来手を叩く箇所で吹く、という流れで行ないました。この時とても印象に残ったのは、それまで恥ずかしそうにしていて楽器を吹きたがらなかった子が、「最後に吹いてみたい子!」という加藤さんの呼び掛けで手を挙げた事でした。ほんの短い時間でしたが、身近に音楽を感じられる環境の中で、たくさんの同年代の子ども達と一緒に居る事で、この子の気持ちに何らかの変化が現れた事が、とても貴重な事だと感じました。
時間にしてたった30分という短い間でしたが、とても内容の濃い、実りの多い30分だったと思います。最初は緊張して打ち解けられなかった子も、最後にはみんな笑顔でお母さんの元へ戻って行ったのが、とても微笑ましく感じました。またこのような機会には、是非参加したいと思いました。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#25〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2008年3月30日(日)15:00開演
出演者:中川賢一(ピアノ)、バズ・ファイブ(金管五重奏)、大森智子(朗読)
演奏曲:
第1部(約30分)
子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象)
年齢別に分かれて金管楽器による楽しい音楽体験をします。
大人のためのコンサート(小学生からホールで聴いて頂きます)
~トランペットとピアノ 名曲の調べ~
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
チャイコフスキー(戸部豊編曲):バレエ音楽「白鳥の湖」より「ナポリターナ」
ドビュッシー:アラベスク第1番
ドビュッシー:月の光
ブラント:コンサート・ピース(演奏会用の小品)第2番
第2部(約40分)
みんな一緒のコンサート
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
チータム:「ブラス・メナジェリー」第1楽章
音楽と絵本/「おふろだいすき」(作:松岡享子/絵:林 明子/福音館書店出版)
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
(第1部)
あいにくの空模様、少し肌寒い日曜日の午後、ホールの雰囲気が少し違う。普段のクラシックコンサートだと年配の方が多いが、今日は若い夫婦と小さな子ども達の元気な声がエントランスに響く。開場の時間になり、ホールに入るとサポーターの明るい笑顔が観客を出迎える。私も明るい気持ちでホールに入った。いよいよ開演、客席の明かりが落とされると、観客の視線がホールに集中する。第1部第1曲、ラヴェル作曲のハバネラ形式の小品は神秘的な響き。ラヴェルらしい和音とともにゆっくりとしたテンポでハバネラのリズムがピアノによって刻まれる中、トランペットのハイトーンがホールいっぱいに響いた。観客もこの響きの中で少し緊張気味である。
トランペットの小川聡さんとピアノの中川賢一さんによるハバネラの解説が終わると2曲目のチャイコフスキー作曲、白鳥の湖よりナポリターナが始まる。ダイナミックなピアノの伴奏に続いて勢いよく響くトランペット。細かな技巧が見事に決まった。
ここでトランペットはしばしの休憩。ステージには中川さんの解説の声が響いた。アラベスクとはアラビア風を意味し、唐草文様などのような飾り模様が複雑に絡み合うイメージ、月の光は夕闇の湖面に月が映る幻想的な情景を音にしたもの。風が吹いて湖面が揺らめいたさまで目をつぶって聴いてみてと中川氏が話す。演奏は極めて感情のこもった演奏であった。解説を聞いているのでその情景がリアルに浮かぶ。音と音の間を十分に大切にした演奏。淡い印象派の表情がとてもよく現れている演奏であった。静寂の作り方がとても上手。とてもいい時間を過ごすことができた。
第一部最後の曲はブラント作曲のコンサートピース(演奏会用小品)第2番。ここで再びトランペットの小川さんが登場。ブラントはパリ音楽院の教授でこの作品は自らが演奏するために作曲したとの解説。爽やかな流れるフレーズ、親しみやすいメロディー、そしてその中にきらりと光るテクニック。真剣に聞き入る観客。子ども達の体が自然に動く。力強いピアノのアタックに後押しされて、気持ちのいいアクセントが続いてエンディング。盛大な拍手がホールを包み、第1部は終演。
休憩中は演奏を振り返る観客の声。どの言葉もはずんだ口調である。30分と短いプログラムではあったが観客の心には確実に届いていたであろう、「クラシックの安らぎ」が。素晴らしい、心地よい30分であった。
(第2部)
客席に小さな今日の主役たちが入ってきた。客席の雰囲気が一転する。明るく元気な雰囲気。子ども達の影響力の大きさを強く感じる。
ステージに五色の衣装に包まれた奏者たちが現れると、いっせいに大きな拍手。そして期待の視線がステージに向けられる。そして、その期待に大きくこたえるかのごとくの厚みをもったブラスの和音がホールいっぱいに響いた。第1曲目はロッシーニ作曲の「ウィリアム・テル」序曲。子ども達が身を乗り出してステージに見入る。金管五重奏団「Buzz Five」のBuzz(バズ)とは、金管楽器を鳴らす仕組みである唇の振動(バズィング)からとったとのこと。金管楽器はこのバズィングで鳴らす楽器の仲間で、フルートやサックスは金属でできていてもバズィングで鳴らす楽器ではないから木管楽器に分類されるといった、金管楽器と木管楽器の分類や構造の違いなどの話も分かりやすい言葉の説明で子どもたちも少し学習。
第2曲のチータム作曲「ブラス・メナジェリー」第1楽章は、「金管楽器の動物園」を意味する。金管五重奏のために作曲された珍しい作品。それだけあって各楽器のいいところが目白押し。それぞれの楽器の個性を十分に発揮させた曲。しっかりした息に支えられたトーン、そして細かなリズムを巧みに合わせるアンサンブル技術。金管アンサンブルのよさが光った演目であった。
さて、いよいよ本日のメインである音楽と絵本「おふろだいすき」が始まった。舞台後方のスクリーンに映像が映ると、子ども達の興奮は最頂点に。映像がスクリーンに映ったときから「わぁっ~」という雰囲気が会場内に満ちる。「わくわく、どきどき」、そんな表現がぴったりな会場の雰囲気だ。サティ作曲のジュ・トゥ・ヴがテーマソングとなり、楽しげな雰囲気を盛り上げる。大森智子さんの朗読が素晴らしい。それぞれの登場人物(登場動物)のキャラクターをいろいろな高さの声とテンポで作り上げた。オットセイがシャボン玉を膨らますシーン。どんどん膨らむシャボン玉の映像に子ども達はもう興奮。ついつい声が出てしまう。トランペットとトロンボーンによるシャボン玉が割れる音にびっくり。子ども達は音楽と映像と朗読が作り出す世界にどんどんのめり込む。クジラの口調に笑い声。一番盛り上がっていたのはシャボン玉の場面やクジラが登場した 場面であった。「星条旗よ永遠なれ」の音楽に乗って体を揺らす子ども達。音楽と絵本もいよいよエンディング。ジムノペディのBGMに気持ちが落ち着く。そして再びジュ・トゥ・ヴのテーマソングにより心温まるクライマックス。大人も子どもも一緒に楽しめるひと時であった。終演後はあふれんばかりの笑顔があちこちに。「また、来よう。」という家族の声がとても印象的であった。音、映像、物語が織り成すハーモニーがここまで人を引きつけ、感動させようとは!改めてこの素晴らしい企画に感激。
配られたプログラムの冒頭に「今日の育児支援コンサートはゆとりのない育児生活の中に、音楽をじっくりと聴く時間があるといいな、という一人のお母さんの言葉から発想して始めた企画です。でも一緒に来場する小さな子ども達にも、単なる託児以上の良い時間を作ってあげたい、ということで工夫していった結果このような形になりました。」というディレクターの児玉真さんの言葉がある。このコンサートは子ども達のためのコンサートであると同時にその家族のためのコンサートでもあることを強く感じた。育児にかかわる家族にゆっくりとしたひと時を提供する、だからこそ「育児支援コンサート」なのである。子ども達の最も身近な環境を作っている家族がゆったりとした気持ちで子ども達と接する、これがいかに子ども達にとって重要なことであろうか。子どもの成長に環境はとても大きく影響する。ましてや家庭の影響ははかりしれない。この日の夜、食卓を囲みながら今日の演奏会のことを笑顔で語り合う家族が必ずやたくさんあったことだろう。素晴らしい演奏会であった。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#25〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2008年3月30日(日)15:00開演
出演者:中川賢一(ピアノ)、バズ・ファイブ(金管五重奏)、大森智子(朗読)
演奏曲:
第1部(約30分)
子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象)
年齢別に分かれて金管楽器による楽しい音楽体験をします。
大人のためのコンサート(小学生からホールで聴いて頂きます)
~トランペットとピアノ 名曲の調べ~
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
チャイコフスキー(戸部豊編曲):バレエ音楽「白鳥の湖」より「ナポリターナ」
ドビュッシー:アラベスク第1番
ドビュッシー:月の光
ブラント:コンサート・ピース(演奏会用の小品)第2番
第2部(約40分)
みんな一緒のコンサート
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
チータム:「ブラス・メナジェリー」第1楽章
音楽と絵本/「おふろだいすき」(作:松岡享子/絵:林 明子/福音館書店出版)
第36回ロビーコンサート
ショパンというとピアノのイメージが強かったのですが、チェロソナタはチェロとピアノのみごとなまでの融合という感じで素晴らしかったです。
ウェーベルンは現代作曲家で初めて聴きましたが、たった3分間で3小品という面白さを感じました。
ドボルザークのインディアン・ラメントは、心が自然体になれたという感じでした。
アンコールは私の大好きなエルガーの「愛の挨拶」で、とても嬉しかったです。
*
1月にNHKBSでエジプトの特集番組を放送していましたが、その中で藤原真理さんがナイル川の船の上でバッハを演奏されました。まさに船上のチェリストといった感じでした。
公演に関する情報
第36回ロビーコンサート
日時: 2008年3月14日(金)
場所: 第一生命ホールロビー
出演者:藤原真理(チェロ)
クララ&ロベルト・シューマン
クラヴィーア・アンサンブル
愛、輝きと優しさ~グラーフのフォルテピアノとともに
今日のコンサートによって、浜松市楽器博物館の歴史的ピアノを使った「静岡文化芸術大学の室内楽演奏会」三回シリーズは最終回となる。一昨年の初回はショパンをプレイエルで、2回目のベート-ベンはヴァルターで、そして今回のクララ&ロベルト・シューマンはグラーフで演奏された。
浜松の歴史的ピアノを首都圏で聴けるプロジェクトは今回で終了し、今後は浜松に行かなくてはこれらのピアノを聴くことは出来ないとプログラム・ノートに紹介されているが、今日の演奏会の話に入る前に、小倉さんの演奏を歴史的ピアノで聴くという「幸運な」高校生の企画したコンサートをご紹介しよう。
それは第一生命ホールのすぐそばに立地する都立晴海総合高校の生徒会執行部が企画した「第2回晴総ミニコンサート」という催しで2月19日に行われたものである。生徒会が去年の11月から準備に入り、担当者は研究チームを作ってクララ&ロベルト夫婦のことを綿密に調べて二人の年表を作ったり、小倉さんからの事前アンケートまで紹介したA4で8ページもの力作プログラムが作られていた。演奏会の運営も生徒二人が司会して、近隣の中学生や民生委員を通じて地域のお年寄りにも開放された為か、暖かい雰囲気であった。
これはトリトン・アーツ・ネットワーク(TAN)の行う「アウトリーチ」の一貫として行われたものである。(「アウトリーチ」とは地域の学校・病院・福祉施設など、普段は事情があってコンサートホールに来られない方のもとに演奏家が出向いて演奏するものである。ご興味のある方には、TANで昨年パンセ・ア・ラ・ミュージックから出版した『TANアウトリーチ・ハンドブック』を参照されたい)
さて本題の今日のコンサートであるが、最初はロベルト・シューマン作曲の『謝肉祭』。先に紹介した「晴総ミニコンサート」で小倉さんの演奏を聴くまで、実は個人的にはこの曲は苦手としていた。というのも強烈な打鍵で現代のピアノを弾かれると、鋼鉄の塊が音として飛んでくるような気がして、これがどうして『謝肉祭』の情景なのか、腑に落ちなかったからである。しかしグラーフで演奏されると、音量は小さいが、小倉さんのタッチに敏感に反応した音が、ある時は軽やかに、またある時は独特の交じり合いとなったハーモニーで聞こえてくるのが快い。だから、出だしの「前口上」も力みかえって弾くけれども、どことなく滑稽な田舎の風景が想像できるのだ。
次のクララ・シューマン作曲のピアノ協奏曲は弦楽器奏者五人と共に弾かれた。印象的だったのは二楽章で、ピアノとチェロによる「愛の二重奏」がまさにクララとロベルトとのその後の結婚を暗示させるように美しい。しかしこの時クララはまだ16歳で、ロベルトは25歳だったというのが信じられない。現代に置き換えるとクララはまだこの時高校二年生だったのだ。
最後のプログラムは有名なピアノ五重奏曲変ホ長調である。クララは19世紀最高の天才女性ピアニストとして知られていたが、ロベルトは当時著名なクララのお父さんにピアノを習っていた生徒でしかなかった。だから二人がお父さんの許可を得て結婚するためには裁判にまで訴える必要があったというのは有名な話だが、その後、作曲家として世に認められる上で大きな役割を果たしたのがこの曲である。つまり「クララは演奏家でロベルトは作曲家」という二人の位置取りは、「ピアノ付き室内楽」という、当時「新しいジャンル」を切り開いたことで、やっと到達したのである。
しかし、それにしてもこの曲を現代のピアノで演奏するのを聴く度に、自分としては違和感を感じていた。それは余りにもピアノが弦にかぶってしまってバランスが悪いからである。ところが今日のグラーフでの演奏を聴いて、スケルツォの第2ヴィオリンの機関銃のような上向音型が初めてクリアに聴こえてきた。このバランスでやっとロベルトの意図するピアノと弦楽器、さらには弦楽器同士の会話がはっきりと伝わるのである。
歴史的なピアノを演奏することで「今まで良く見えなかった作品のイメージがよりはっきり見えてくる」(当日のプログラムノートに紹介されている調律師、中山真氏の言葉)という意義をはっきりと証明できたのが、3回シリーズの最後のこの演奏だったといってよいだろう。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
クララ&ロベルト・シューマン
クラヴィーア・アンサンブル
愛、輝きと優しさ~グラーフのフォルテピアノとともに
日時: 2008年3月2日(日)14:00開演
出演者:小倉貴久子(フォルテ・ピアノ)、桐山建志/藤村政芳(Vn)、
長岡聡季(Va)、花崎薫(Vc)、笠原勝二(Cb)
演奏曲:
ロベルト・シューマン:謝肉祭作品9
クララ・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品7(室内楽版)
ロベルト・シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調作品44