2008.2
クァルテット・エクセルシオ
ラボ・エクセルシオ 20世紀・日本と世界Ⅰ
立春過ぎの牡丹雪が白梅の花弁が如く夜空に咲き乱れた水曜日、悴む手に息を吹きかけながら第一生命ホールの玄関を潜った。外套を預けホール二階の自席に着き辺りを睥睨してみると、先ず女性が割りと多いな、と感じた。又、弦楽四重奏の愛好家も去る事ながら、クァルテット・エクセルシオを『エク』の愛称で呼ぶご贔屓も随分いる様で、その人々が客席越しで互いに挨拶を交わす光景はほのぼとして微笑ましい。全体の客層としては勤めを終えた会社員はいるものの、地元の主婦や児童、学生は少なかった様だ。天候や時期を考えたら仕方の無い事なのかも知れない。
演奏が始まると、一曲目の武満徹《ランドスケープ~弦楽四重奏のための》における聴衆の反応は平常の範疇であったが、クセナキスの《テトラ》ではそれが顕著になった様に思う。或る人は凄まじい音のぶつかり合いに驚愕し、又或る人は耳を覆う様な仕草をし......その一方では現出された響きに圧倒され且つ大感動している......。芸術的判断は個々人に帰結する処が大きい故、一概にどれが正しいとは云えないまでも、今宵集まった聴衆の多くには少々刺激が強かった感も否めない。
後半になると作品が示す特異性よりも、音楽的に、特にクセナキスの《テトラス》を何とか理解し体内へ消化しようという人々の姿勢が会場内に程好い緊張感を生み、その糸が最後の武満《アントゥル=タン~オーボエと弦楽四重奏のための》で解れていくのが表情、或いは雰囲気にも現れていた様だ。然し、全ての演奏が終了し熱心に拍手をしている側では、この演奏をどう評価して良いか解らず、唯呆気にとられている顔もまま伺えた。これも作品が内包する生命力を各々が感得した証左なのだろうと思う。
私個人としては特にクセナキスの演奏に感銘を受けた。それは余もすると強引な"音"の羅列になり兼ねない難解な曲を、クァルテット・エクセルシオが迸る情熱と周到な分析を駆使し"音楽"として聴かせたからである。又、オーボエの古部賢一氏との共演は"管と弦"と云う二つの分野を武満の作品が醸し出す玄妙な世界の中で見事に融合させ、交響的な演奏体としての安定感を齎していた。
この演奏会においてエクセルシオの豊かな表現力と音楽的な構成力、それを可能にした技術力が遺憾無く発揮された処に、私は心からの敬意を払わずにはいられない。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#64〉
クァルテット・エクセルシオ
ラボ・エクセルシオ 20世紀・日本と世界Ⅰ
日時: 2008年2月6日(水)19:15開演
出演者:クァルテット・エクセルシオ
[西野ゆか/山田百子(Vn)、吉田有紀子(Va)、大友肇(Vc)]
古部賢一(Ob)
演奏曲:
武満徹:ランドスケープ1(1960)
クセナキス:テトラ(1990)
武満徹:ア・ウェイ ア・ローン(1981)
アントゥル=タン(オーボエと弦楽四重奏のための)(1986)
クセナキス:テトラス(1983)
第35回ロビーコンサート
ロビーコンサート第35回は2月22日(金)、ヴィオラの川本嘉子さんによる6回にわたったバッハシリーズの最終回だった。入場者160名以上となり椅子席はすぐに埋まり、多くの聴衆の方は立ち見で最後まで熱心に聞き入っていた。
川本さんの言葉によると「このシリーズは自分を見つめる修行にも似た時間であった」という。その熱く真摯な演奏に終始ホワイエは包まれた。プログラムはまず「無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調BWV1008」。奏者が幼い頃から親しみ又、あこがれた曲であった由。しかし精神的にとても難しい曲であるとも語って下さった。2曲目は「無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番ハ長調BWV1005」。川本さんにして「この曲を演奏する時は非常に緊張する難しい曲」との事、各々約20分の曲である。
ヴィオラという楽器をソロ、しかも無伴奏で聞くという事が初めての自分にとって、このシリーズのこの日の演奏は深い感動を新しい発見の喜びの日となった。ヴァイオリンの音ともチェロの音とも勿論違う、その中間で奏者が体全体で奏でる音は美しく又、重すぎる事なく、まるで人間が静かに語りかけてくれる言葉の様な安らかさで聞き手の体全体に入ってくるようだった。その音色は空気を伝ってホワイエをひととき、今世界中で起きている悲しい事、理不尽な事、辛い事、すべてを忘れさせ、唯バッハの深遠な世界にひたれる「幸福感」そのものであった。奏者にとっても聴衆にとっても感無量なシリーズであった。
又、是非ともヴィオラの演奏をこのロビーコンサートで接したいと思った方は多かったに違いないと思う。途中のトークの中で川本さんが「時間になりましたらお仕事のある方はどうぞお立ちになって下さいね」との一言があった。彼女の温かいお人柄をしのばせるものだった事を付け加えさせて頂きたい。
公演に関する情報
第35回ロビーコンサート
日時: 2008年2月22日(木)
場所: 第一生命ホールロビー
出演者:川本嘉子(ヴィオラ)
クリスマスコンサート2007
「よかったわねえ。なんだかクリスマスプレゼントをもらった気がした」
アンコールが終わり,ホールを後にする人々の姿。その中から今日の演奏を讚える声が聞こえてきた。
TANが2001年に活動を開始して以来続けている「クリスマスコンサート」。今年ですでに7回目を迎えた。
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クリスマス・イブという特別な日もあってか,笑顔いっぱいの人々が集まっている。あれは親子連れか,こちらはカップルだろうか,受付前で待ち合わせをして入ってきたのはきっと親しい友人同士,だって会話が弾んでいる......。ふだんのコンサートでよくお見かけする方も,この日ばかりは優しげな二人連れ。そうした人々が客席を埋めつくし,ステージの始まりを今や遅しとばかりに待ちかねる雰囲気にホールは包まれていた。
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席に着き,モギリでもらったパンフレットを広げてみる。それによると,7年間の受講生は112名。その一人ひとりの名前が掲載されていたが,アウトリーチやTAN主催の研修会で再開した方を発見したり,プロ・オーケストラに入団して活躍中のアーティストも見つけた。さて,今年の受講生の将来はいかなるものに発展していくのだろうか。そんな未来の絵が思わず浮かんだ。
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コンサートのプログラムは例年どおり,受講生だけによるもの,そこに講師の松原氏・川崎氏が加わったもの,講師だけによる演奏,そして最後は講師・受講生全員が舞台にあがりクライマックスを迎える。
1曲目は受講生17名によるメンデルスゾーン「弦楽のためのシンフォニア第6番変ホ長調」。第1楽章はメロディの美しさが際立つが,いささか音量が小さい。それが第2楽章になると緊張がほぐれてきたのか堅さのとれた演奏に変わり,第3楽章では生き生きとした動きへとなる。
2曲目はホルスト「セント・ポール組曲op.29-2」だ。受講生の間に講師の松原氏(Vn)と川崎氏(Va)の姿が見える。この2人にリードされるかのように,第1楽章は神秘的でもあり広大なスケールをもって展開される。あたかも何らかの動物が広い草原を縦横に駆け回るかのようなダイナミックさだ。第2楽章は愛らしい小品のような面持ち。第3楽章は冒頭部分しめやかながらも一転して躍動感あふれる演奏。そして第4楽章は大地の鼓動が感じられるが,もう少し音量がほしいとも思われる。
しかし受講生の音に接していくうちに,その考えは変わってきた。なにも大音量でもって人々をひれ伏すだけが芸ではない。そもそも楽器を鳴らす,あるいは音を奏でるとはどういうことなのか? また,音符をつないでいけば,それはそっくり「音楽」というものに昇華されるのだろうか? あまりにも素朴な疑問を覚えさせるほど,受講生の演奏は丹念であり好ましいものに感じた。
3曲目は講師4人の「プレアデス・ストリング・クァルテット」によるショスタコーヴィッチ「弦楽四重奏第8番ハ短調op.110」。都会にひっそりと佇む人々が醸し出す憂うつさと少しばかりの滑稽さ,静謐で文学的な世界が展開される。
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休憩をはさみ,いよいよ舞台は最後。受講生と講師全員によるドヴォルザーク「弦楽のためのセレナード ホ長調op.22」だ。ダイナミズムあふれる第1楽章,秀逸な演奏が披露された第2楽章,そして第3楽章は優雅であり,第4楽章はひたすら美の世界を突き進む。それはあたかも一人の少女が大人の女性へと成長したかのようであり,ここにおいて受講生はアーティストとしての新たな一歩を踏み出したことが感じられる。
そして第5楽章。爽やかな表現が魅力的であり,今年のステージの印象を一言で表さなければならないとしたら,この言葉にまとめられるかもしれない。
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終演を迎えた夕暮れ。クリスマス・イブのこの日,まだ今日を祝う時間はたっぷりある中,肩を寄せ合いながら席を後にする人々の合間から聞こえてきたのが冒頭に記した言葉だ。再度繰り返そう。それがこの日の受講生の演奏を集約したものに違いないと思われるからだ。
「よかったわねえ。なんだかクリスマスプレゼントをもらった気がした」
公演に関する情報
クリスマスコンサート2007
日時: 2007年12月24日(月・祝)16:00開演
出演者:松原勝也/鈴木理恵子(Vn)、川崎和憲(Va)、山崎伸子(Vc)、
アドヴェント弦楽合奏団
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽のためのシンフォニア第6番変ホ長調
ホルスト:セント・ポール組曲op.29-2
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第8番ハ短調op.110
ドヴォルザーク:弦楽のためのセレナードホ長調op.22