育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
(第1部)
あいにくの空模様、少し肌寒い日曜日の午後、ホールの雰囲気が少し違う。普段のクラシックコンサートだと年配の方が多いが、今日は若い夫婦と小さな子ども達の元気な声がエントランスに響く。開場の時間になり、ホールに入るとサポーターの明るい笑顔が観客を出迎える。私も明るい気持ちでホールに入った。いよいよ開演、客席の明かりが落とされると、観客の視線がホールに集中する。第1部第1曲、ラヴェル作曲のハバネラ形式の小品は神秘的な響き。ラヴェルらしい和音とともにゆっくりとしたテンポでハバネラのリズムがピアノによって刻まれる中、トランペットのハイトーンがホールいっぱいに響いた。観客もこの響きの中で少し緊張気味である。
トランペットの小川聡さんとピアノの中川賢一さんによるハバネラの解説が終わると2曲目のチャイコフスキー作曲、白鳥の湖よりナポリターナが始まる。ダイナミックなピアノの伴奏に続いて勢いよく響くトランペット。細かな技巧が見事に決まった。
ここでトランペットはしばしの休憩。ステージには中川さんの解説の声が響いた。アラベスクとはアラビア風を意味し、唐草文様などのような飾り模様が複雑に絡み合うイメージ、月の光は夕闇の湖面に月が映る幻想的な情景を音にしたもの。風が吹いて湖面が揺らめいたさまで目をつぶって聴いてみてと中川氏が話す。演奏は極めて感情のこもった演奏であった。解説を聞いているのでその情景がリアルに浮かぶ。音と音の間を十分に大切にした演奏。淡い印象派の表情がとてもよく現れている演奏であった。静寂の作り方がとても上手。とてもいい時間を過ごすことができた。
第一部最後の曲はブラント作曲のコンサートピース(演奏会用小品)第2番。ここで再びトランペットの小川さんが登場。ブラントはパリ音楽院の教授でこの作品は自らが演奏するために作曲したとの解説。爽やかな流れるフレーズ、親しみやすいメロディー、そしてその中にきらりと光るテクニック。真剣に聞き入る観客。子ども達の体が自然に動く。力強いピアノのアタックに後押しされて、気持ちのいいアクセントが続いてエンディング。盛大な拍手がホールを包み、第1部は終演。
休憩中は演奏を振り返る観客の声。どの言葉もはずんだ口調である。30分と短いプログラムではあったが観客の心には確実に届いていたであろう、「クラシックの安らぎ」が。素晴らしい、心地よい30分であった。
(第2部)
客席に小さな今日の主役たちが入ってきた。客席の雰囲気が一転する。明るく元気な雰囲気。子ども達の影響力の大きさを強く感じる。
ステージに五色の衣装に包まれた奏者たちが現れると、いっせいに大きな拍手。そして期待の視線がステージに向けられる。そして、その期待に大きくこたえるかのごとくの厚みをもったブラスの和音がホールいっぱいに響いた。第1曲目はロッシーニ作曲の「ウィリアム・テル」序曲。子ども達が身を乗り出してステージに見入る。金管五重奏団「Buzz Five」のBuzz(バズ)とは、金管楽器を鳴らす仕組みである唇の振動(バズィング)からとったとのこと。金管楽器はこのバズィングで鳴らす楽器の仲間で、フルートやサックスは金属でできていてもバズィングで鳴らす楽器ではないから木管楽器に分類されるといった、金管楽器と木管楽器の分類や構造の違いなどの話も分かりやすい言葉の説明で子どもたちも少し学習。
第2曲のチータム作曲「ブラス・メナジェリー」第1楽章は、「金管楽器の動物園」を意味する。金管五重奏のために作曲された珍しい作品。それだけあって各楽器のいいところが目白押し。それぞれの楽器の個性を十分に発揮させた曲。しっかりした息に支えられたトーン、そして細かなリズムを巧みに合わせるアンサンブル技術。金管アンサンブルのよさが光った演目であった。
さて、いよいよ本日のメインである音楽と絵本「おふろだいすき」が始まった。舞台後方のスクリーンに映像が映ると、子ども達の興奮は最頂点に。映像がスクリーンに映ったときから「わぁっ~」という雰囲気が会場内に満ちる。「わくわく、どきどき」、そんな表現がぴったりな会場の雰囲気だ。サティ作曲のジュ・トゥ・ヴがテーマソングとなり、楽しげな雰囲気を盛り上げる。大森智子さんの朗読が素晴らしい。それぞれの登場人物(登場動物)のキャラクターをいろいろな高さの声とテンポで作り上げた。オットセイがシャボン玉を膨らますシーン。どんどん膨らむシャボン玉の映像に子ども達はもう興奮。ついつい声が出てしまう。トランペットとトロンボーンによるシャボン玉が割れる音にびっくり。子ども達は音楽と映像と朗読が作り出す世界にどんどんのめり込む。クジラの口調に笑い声。一番盛り上がっていたのはシャボン玉の場面やクジラが登場した 場面であった。「星条旗よ永遠なれ」の音楽に乗って体を揺らす子ども達。音楽と絵本もいよいよエンディング。ジムノペディのBGMに気持ちが落ち着く。そして再びジュ・トゥ・ヴのテーマソングにより心温まるクライマックス。大人も子どもも一緒に楽しめるひと時であった。終演後はあふれんばかりの笑顔があちこちに。「また、来よう。」という家族の声がとても印象的であった。音、映像、物語が織り成すハーモニーがここまで人を引きつけ、感動させようとは!改めてこの素晴らしい企画に感激。
配られたプログラムの冒頭に「今日の育児支援コンサートはゆとりのない育児生活の中に、音楽をじっくりと聴く時間があるといいな、という一人のお母さんの言葉から発想して始めた企画です。でも一緒に来場する小さな子ども達にも、単なる託児以上の良い時間を作ってあげたい、ということで工夫していった結果このような形になりました。」というディレクターの児玉真さんの言葉がある。このコンサートは子ども達のためのコンサートであると同時にその家族のためのコンサートでもあることを強く感じた。育児にかかわる家族にゆっくりとしたひと時を提供する、だからこそ「育児支援コンサート」なのである。子ども達の最も身近な環境を作っている家族がゆったりとした気持ちで子ども達と接する、これがいかに子ども達にとって重要なことであろうか。子どもの成長に環境はとても大きく影響する。ましてや家庭の影響ははかりしれない。この日の夜、食卓を囲みながら今日の演奏会のことを笑顔で語り合う家族が必ずやたくさんあったことだろう。素晴らしい演奏会であった。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#25〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2008年3月30日(日)15:00開演
出演者:中川賢一(ピアノ)、バズ・ファイブ(金管五重奏)、大森智子(朗読)
演奏曲:
第1部(約30分)
子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象)
年齢別に分かれて金管楽器による楽しい音楽体験をします。
大人のためのコンサート(小学生からホールで聴いて頂きます)
~トランペットとピアノ 名曲の調べ~
ラヴェル:ハバネラ形式の小品
チャイコフスキー(戸部豊編曲):バレエ音楽「白鳥の湖」より「ナポリターナ」
ドビュッシー:アラベスク第1番
ドビュッシー:月の光
ブラント:コンサート・ピース(演奏会用の小品)第2番
第2部(約40分)
みんな一緒のコンサート
ロッシーニ:「ウィリアム・テル」序曲
チータム:「ブラス・メナジェリー」第1楽章
音楽と絵本/「おふろだいすき」(作:松岡享子/絵:林 明子/福音館書店出版)