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岩田達宗のオペラ講座 レポート 【速報!】
”室内楽ホールdeオペラ~岩田達宗プロデュース~佐藤美枝子の「ルチア」”関連企画

2022年9月17日

2022年9月に行われた「岩田達宗のオペラ講座」からポイントをまとめてお届けします!

■室内楽ホールでオペラを上演する意味0917.png

オペラは、通常はオペラ劇場で、ピットに入ったオーケストラとともに、1200人~1600人くらいの観客が見るものです。ただ、大きな劇場でやることで取りこぼしてしまうものもある、それを今回拾い上げてやってみようということです。

ピアノの河原忠之さんはひとりでオーケストラの音楽が奏でられる稀有な方、そこに特別な歌手たちを集めてやります。佐藤美枝子さんは、偉大な先人から受け継いだベルカント唱法を極めている方。彼らとともに、現代におけるオペラのあり方をお見せしたいと思います。

■そもそもオペラとは?

《ルチア》の前に、まず「オペラとは何ぞや」ということですが、これはただ一つ、マイクを使わない、というだけです。今、日常で電気を使わない音楽はあまりないですね。何でもスマホで聞ける。ミュージカルはスピーカーを通すので、歌手が強弱をつけたり、クレッシェンド(だんだん強く)デクレッシェンド(だんだん弱く)はしないで、音響係がやります。演劇は、自分の若い頃は生声でしたが、この40年でマイクを通すようになってしまいました。その中で、マイクを絶対に使わないという珍しいことをやっているのがオペラです。今この場にいるように、空気を共有して、目の前にいる皆さんに、なんとか伝えたいと思って演奏するものなんです。音楽は、いってしまえばただの空気の振動ですが、実際にこの空気を振動させて、みんなで共有する、それを声で伝えるのです。

■ 「オペラ歌手とは?」佐藤美枝子さんのベルカントへのこだわり

佐藤美枝子さんとは若い頃から仕事をしていますが、当時彼女に言われて「オペラ歌手の生き方とはこうなんだ」と教えられたことがあります。演出助手として入った稽古場で、おそらく自分が「お客様のことも考えて」のようなことを言ったのでしょう、その時彼女に「オペラ歌手は、24時間365日、楽器を運んでいるんです!私たちは運動選手なんです!」と言われたんですね。確かに器楽奏者はお風呂やトイレまでは楽器といっしょではない。でもオペラ歌手は寝る姿や、食べる物も楽器に影響する。間違った休み方をすれば身体のバランスがゆがんでしまう。それをずっと覚悟して生きているんですね。何が何でも美しい歌を届けなくてはいけない、その切迫感がすごかった。彼女は稽古の最初に見せる衣裳のデザイン画を見て、稽古場からその衣裳に合う高さの靴を履いている。稽古は楽な靴を、という歌手もいますが、衣裳を着た時の完璧なバランスを考えているんですね。

その彼女がチャイコフスキー国際音楽コンクール声楽部門で日本人初の第1位を受賞したのは1998年。決勝で歌ったのが、この《ランメルモールのルチア》の「狂乱の場」です。当時自分はドイツの劇場にいたのですが、ドイツ人が「知っているか?」「すごいな」「一緒に仕事したことあるのか」と。「仕事したよ」というと大騒ぎでした。また録音を聞いて彼らが「楽譜どおりだ!」と驚いたんですね。彼女の血のにじむような努力の結果なんです。コンクール後、日本に帰国してオペラをやった時も、まったく傲慢な態度はなく「私下手なんです、もっと上手になりたいんです」と。ストイックで、いったい何か楽しいのだろう、と思うのですが、オペラが楽しいのですよね。「ルチア」は彼女にとって本当に大事な役、佐藤美枝子と言えばルチアだし、ルチアと言えば佐藤美枝子ですね。

■ベルカントとは?aIMG_7349トリミング済み.JPG

ベルカントとは、イタリア語を歌うための唱法、歌い方です。でもイタリア語だけを歌うものではなく、実は演技の方法でもあります。俳優(歌手)が、もっとも説得力を持って伝える、その方法がベルカントなんです。具体的には、ワンフレーズを母音をつないで子音で切らずに伝えるのですが、(とここで声明を披露)今は劇団四季が、全部母音で台詞を言う訓練をしていますね、昔は俳優座も文学座もやっていたんです。清元、歌舞伎も同じ手法です。のどでなくて頭で客席まで聴こえる声を響かせて、言葉で伝える。昔は演劇の俳優がロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスまでそのベルカントを習いに行っていたものです。

この、マイクを使わない手法は、人類が3000年前のギリシャ演劇から行っていて、ルネサンス時代から300年かかって、イタリアでロッシーニが完成させ、世界中に広まり、歌舞伎や現代演劇でも使われているのです。

■1830年の七月革命を機に 変わっていったオペラ

ただロッシーニの時代の演奏法と今の歌手の歌い方は全然違います。ロッシーニは、1810年から1830年までオペラを書き、ヨーロッパ中で大ヒットしました。1830年は七月革命で市民が復古王政を倒した、激動の時期です。この1830年を境にロッシーニはオペラを書くのをやめたのですね。それまではオペラブッファ(喜劇)、オペラセリア(悲劇)の時代、聴衆(パトロン)はあまり感情を表に出さない貴族だったのが、聴衆がおもしろいものを見に来る市民に変わって、派手でおもしろいもの、分かりやすいメロドラマが求められた。聴衆の、歌い方への要求も変わって、それまではテノール歌手はファルセット(裏声)で歌っていたのが、実音でガーンと歌うのが人気となったのですね。ドラマティックでかっこいいものに変わっていく。それで人気を博したのが、1835年の《ランメルモールのルチア》初演でルチアの恋人エドガルドを歌ったテノール歌手ジルベール・デュプレです。

今度の「佐藤美枝子の《ルチア》」でエドガルドを歌う清水徹太郎さんは、まさにデュプレの再来のような方で、ベルカントとして最高の歌い手です。ロッシーニ作品も完璧に歌うことができ、ヴェルディやプッチーニもきちんと歌える。

■《ルチア》で伝えたいこと

その後1848年の「諸国民の春」と呼ばれる二月革命、三月革命でナショナリズムの機運が盛り上がります。オペラ《ランメルモールのルチア》は、17世紀後半から18世紀初め頃イングランドに併合されて国がなくなる危機にあったスコットランドを舞台にしています。《ルチア》では、スコットランド人同士が国を守りたい、と国の未来を思って同士討ちをして殺しあう。ルチアに政略結婚をさせる兄のエンリーコも、私利私欲では動いていない。皆国を思っている。だから悪い奴はひとりも出てこないんです。ただ、国を思っている人々がお互いに殺しあうのは狂っている。狂っているのは男たちの方。それを身をもって証明したのがルチアなのです。

現代も、世界中で戦っている人たちがいます。皆、自分は正しい、いいことをしようと思っているのですね。でも大事なことは殺し合いをやめること。それを現代にも伝えているのが、ルチアというひとりの女の子だと思うのです。このオペラが終わった時に、天国では滅んでいったスコットランドの人たちが皆仲良くなっていたら。そういう姿が見られたらと思います。できたら天国ではなくて、実際のこの世界で戦争がなくなって皆が仲良くなれるといいですよね。ドニゼッティにこの題材を選ばせたのは、その時代のナショナリズムの劇的な変化です。でも、殺しあうのはどうでしょう。まさしく現代にも通じる祈りのオペラを、人類が「人に伝えたい」と受け継いできたベルカント唱法でお届けしたいと思います。

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《室内楽ホールdeオペラ》
岩田達宗プロデュース ~佐藤美枝子の「ルチア」

※2022年10月22日(土)公演は中止となりました。 2024年7月6日(土)に延期公演を開催いたします。

日時:2022年10月22日(土) 13:30開演(12:50開場)
会場:第一生命ホール
出演:ルチア:佐藤美枝子
   エドガルド:清水徹太郎
   エンリーコ:黒田博
   ライモンド:久保田真澄
   ノルマンノ:所谷直生
   河原忠之(ピアノ)
演出:岩田達宗
曲目:ドニゼッティ:歌劇「ランメルモールのルチア」より

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