2007.1.9
クリスマスコンサート2006
ホールへと続く,長いエスカレーター。
そこを埋める観客の群れ。
「今年はとてもお客さんが入っているのではないですか?」
「お蔭様で6回めを迎えましたので」
プロデューサーの一人はこのように語る。
もう一人のプロデューサーはトナカイの耳を頭につけて微笑んでいる。
「これ,あんまりお辞儀をしていると,とれそうなんですよ」
かたや,旧第一生命ホール解体時には美しい写真を残しているサポーターの方は二人の息子さんを連れ,接客に忙しい。そして子どもの一人は,サンタクロースの帽子を被り,愛らしい。
今年もTANのクリスマスコンサートが始まった――。豪華な飾り付けを施すでもなく,大枚をはたいて著名アーティストを招聘するというものでもない。その真逆に,オーディションに受かった若手アーティストが,10日間のセミナーで磨いた腕を披露するという今宵の趣向。海のものとも山のものとも知らぬ未来の可能性に,かける。そこに,600を超える観客が集まっていた。
* * *
「よく溶け合っているのだけれども、膨らみがほしい。一人ひとりの声が聞こえてこない。少々表現に平坦なところが寂しい」
これは一昨年にモニターを務めた際のレポートの一部である。
毎年受講生は変わるので,"去年に比べて今年は......"という比較はおかしいが,"さて,今回はどうだろう!"という思いは増す。
なぜなら,観客はその日,一日しか,その場には,いない,からだ。どうか,今日のステージは,びっくりするようなサウンドを聴かせてくれ,と願う。なぜなら,楽器で人を酔わせるという力は,選ばれた,あなた方しかできないんだから。
* * *
そして今年も,プログラムの1曲目は受講生だけによる演奏。そして2曲目は講師の松原勝也氏を交えてのアンサンブル。3曲目は講師による室内楽であり,最後は受講生と講師全員による合奏。この流れは変わらない。
さて,今回はどうだろう?
* * *
1曲目は,メンデルスゾーン「弦楽のための交響曲 第4番 ハ短調」。
16名の受講生がステージにつく。
さて!
冒頭の響きが生き生きとしている。躍動する。それは第2楽章に入ると緩やかさを加え,第3楽章は古典的なサウンドを奏でる。
なんとも堂々とした演奏だ。
2曲目のブリテン「シンプル・シンフォニー 作品4」でもそれは変わらない。特に第3楽章は音の連なりが物語を語るようなサウンドにあふれ,終楽章での広がりにつながっていく。
そして,受講生の「顔」が見えてくる。顔とは「いま,ここで,私は,何を,どのように,表現したいのか」という意味においてである。
ヴィオラの一人が,非常なる存在感をもって目に映ってきて,やまない。
ここで昔聞いた某音楽ジャーナリストからのアドバイスを思い出す。
「まず,一人のアーティストに注目してみなさい。その音にじっくり耳を傾けてみなさい。そこから,あなたは,コンサートを"愉しむ"ことが,できるでしょう」
それを思いだし,今回はヴィオラの音に神経を傾け,その地点からアンサンブルを聴いた。ここから生まれてくるものは,ヴァイオリン・パートの奏でる数ミクロンとでも言えるかの柔らかく暖かく,しかし強靭なベールの響きであり,チェロがはなやげ,コントラバスが大地のごとく締める。
サポーター/モニターのA氏は,こう言った。
「コントラバスがとってもうれしそうに弾いていましたね」
600人を超える観客の中,その観客一人ひとりの印象はまるで違うかもしれないし,その観客一人ひとりに浮かぶ「顔」も異なるだろう。
しかし,ステージの若者たち一人ひとりの,端正な姿は,たしかに「顔」として,一人ひとりのアーティストと一人ひとりの観客の間で,刻まれたのではないだろうか。
「今年は,特に,パートごとに集まって話し合いをしたそうですよ」とは,広報嬢の言葉だ。
* * *
ステージは続く。講師の「プレアデスQ」は流石の安定感を魅せ,最後のバルトーク「弦楽のためのディベルティメント Sz.113」は,第1楽章で壮大なスペクタクルと厚みを魅せ,第2楽章は地響き,大きな風,大地の揺れ,を表現する。最後は,リズム! リズム! リズム! の応酬。荒れ狂いながらも,アンサンブルは密集する。
* * *
コンサートが終わり,レセプションの場へと移る。
受講生は「こんな経験ができて嬉しい」「10日間みなさんに会えて,幸せな時間でした。また来年も受けることができたら」と語る。
一方,TANを支えるサポーターの代表は「音楽の仲間というのは素晴らしい」と告げる。
そして松原氏の「これは出発点なのです」という発言が続く。
目を転ずれば,プロデューサーは今宵集った方々との談笑。またTAN職員はサポーターとじっくり語り合う。
一方では,新年開けての新企画のため,早速打ち合わせているサポーターもいる。
その中で,一人の,今宵のステージに立ったアーティストと語ることができた。
ふと見ると,その左肩は真っ赤である。
この音楽に接したいがため,来年以降もクリスマスコンサートが続くことを。
そして,この東京湾岸というちっぽけなエリアに,音楽と,そして「人」が集う,ことを。
なぜなら,このクリスマスコンサートは,「出発点」だから,だ。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
クリスマスコンサート2006
日時: 2006年12月24日(日)16:00開演
出演者:松原勝也/鈴木理恵子(Vn)、川崎和憲(Va)、山崎伸子(Vc)他、
アドヴェント弦楽合奏団
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第4番ハ短調
ブリテン:シンプル・シンフォニー作品4
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番ヘ短調作品95「セリオーソ」
バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント
芝浦工業大学「S.I.Tコミュニティーコンサート」
曲目は、モーツァルト作曲「春」から4楽章。そして、ベートーヴェン「弦楽四重奏曲第16番」から第2、3,4楽章である。
演奏の前に、簡単に聞き所を楽しく解説。最初の4つの音がセコンド・ヴァイオリン→ファスト・ヴァイオリン→チェロ→ヴィオラと受け継がれることを実際に楽器で示しながら説明した後、演奏にはいった。気迫のこもった演奏。演奏者と聴衆が近いため、演奏家の息使いや顔の表情まで手に取るように判るこのような演奏会は、ホールで演奏会とは違った感動があるように感じる。
2曲目は、ベートーヴェン。この曲の第4楽章にベートーヴェンは、いくつかの音を示し、(ちょっと聞いた感じでは私にはちょっと現代的な音に聞こえた)この後にどんな音が必要かというような難しい質問をしていそうだ。(実際は、それに続く音は書いてあるのだろうけど。その後、ベートーヴェンらしい音がなって一安心)
ベートーヴェンは、今回のメインプログラムであるが、この曲には、この4人の並々ならぬ思い入れみたいなものが感じられる。どの楽章も素晴らしいかったが、私は、3楽章の4人の歌がとても感動的であった。
演奏後、各自の楽器のことや、各楽器の音域そして弓について(どうして馬のしっぽの毛月代われているか等)を教えて頂いた。
ボロメーオ・ストリング・クァルテットは、年間100回の演奏会をやり年間の3/4は旅行だそうである。
これからも、たびたび来日し、素晴らしい演奏が聞けることを楽しみにしています。
公演に関する情報
芝浦工業大学「S.I.Tコミュニティーコンサート」
日時: 2006年12月9日(土)
場所: 芝浦工業大学教室棟1階テクノプラザ
出演者:ボロメーオ・ストリング・クァルテット