2006.11.12
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
報告:2FR1-41 佐々木久枝(中央区勤務)
投稿日:2006.11.12
当夜はオール・モーツァルトの演目で、放送や音盤でよく耳にしながらも実演をこんなに間近に聴くのはそうない機会なので、非常にエキサイトしました。
「弦楽四重奏曲変ロ長調」では第2楽章アダージオでのしみじみした変ホ長調の歌い口は勿論、アレグロ楽章でも生き生きとした演奏でした。続いてゲストを加えての「オーボエ四重奏曲」と「フルート四重奏曲」を披露しましたが、団内トッププレーヤーのまろやかな(弾き口というよりも)吹き口には身を乗り出して聴き入りました。オーボエでのアダージオは短いながらも憂いのつぶやきが感じられ、ロンドでは弦パートがピアノを聴いているように縦に粒揃いの巧さ。フルートでのお馴染みの主題では軽やかにして華やかな響きで、当夜の集いを飾るのにふさわしく思われました。ロンド楽章での再現部で弾かれた第1ヴァイオリンとフルートとの掛け合いは軽やかでスタイリッシュと申せましょう。いずれの曲でも感じられたのですが、団にとっても「お国もの」であり彼らにとってもいわば「おはこ」でもあるのでしょうが、各楽曲の要所要所をきっちりおさえながらも良い意味で力を抜いて弾いていたのが印象的でした。一生懸命に演奏する国内外室内楽団をいろいろ聴いていますが、技術面や音楽面では全く引けをとらないがやはりこの点は"血は争えない"なという事なのでしょう。ホール内の響きもふんわり彼らならではの響きが2F席にまで伝わってきました。
ヴィオラがもう一人加わっての弦楽五重奏曲ト短調では冒頭から交響曲第40番を思い起こさせるような哀しみの疾走で始まり、いわば自身の人生の冬を思わせるような世界が、特に奇を衒う事無く広がっていきました。第2楽章メヌエットはめくるめくような不安が強弱の反復で巧みに描かれていましたし、続くアダージオではいわば「彼岸の奏楽」とも呼べそうな響き。或いは縁側の陽だまりにふと物思いにふけるイメージでしたが、不思議な事にウィーンフィルのメンバーが演奏を通じてその場面を浮かび上がらせてくれました。フィナーレはピアノ協奏曲第27番変ロ長調にも見られた「朗らかな諦めの境地」をも描いており、アレグロにテンポが上がり長調に転調してもどこか一歩引いて静かに思いにふけるような印象でした。
アンコールでは一変して当夜のお祝いムードに更に華々しさを添えるような明るいアンサンブルを聴かせ、場内からも熱い拍手が送られました。
いよいよ来週は"誕生日"を迎える第一生命ホール。思い出に残るひとときとなりますように!!
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈特別コンサート〉
ウイーン・フィルメンバーによる室内楽演奏会
日時: 2006年11月10日(金)19:15開演
出演者:ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団
[ライナー・キュッヒル(Vn1)/エクハルト・ザイフェルト(Vn2)、
ハインリヒ・コル(Va)、ゲラハルト・イーベラー(Vc)]
マルティン・ガブリエル(Ob)
ウォルフガング・シュルツ(Fl)
ロベルト・バウアーシュタッター(Va)
演奏曲:
オール・モーツァルト・プログラム:
弦楽四重奏曲変ロ長調K.172
オーボエ四重奏曲へ長調K.370(368b)
フルート四重奏曲ニ長調K.285
弦楽五重奏曲ト短調K .516
スージー・ルブラン、ダニエル・テーラー
&アリオン・バロック・オーケストラ
報告:1F11-8 佐々木久枝(中央区勤務)
投稿日:2006.11.12
さて、当夜の演奏はチェリスト指揮者率いる20名足らずのオーケストラに男女ソリ(ソプラノのスージー・ルブラン&カウンターテナーのダニエル・テーラー)が各1名という割合こじんまりしたものでしたが、なかなかどうして幅広い響きでぐいぐいと引き込まれていきました。冒頭「サウル」シンフォニアはメサイアでもお馴染みのヘンデル節付点が比較的滑らかに弾き出されました。オーケストラによっては付点を強調するあまりやや重めになる傾向もありますが、アリオンバロックは軽やかに(但し軽々しくではなく)付点フレーズを演奏していました。続いて夭折の作曲家ベルゴレージの悲しみの聖母。消えかかる命の灯の中で力を振り絞って書かれた本作は、そのある種のすさまじさを感じさせぬ優美なもので、旋律もラテン語テクストに寄り添うように付されていました。独唱二人が交代で歌い進めていく中で、キリスト受難を嘆く聖母マリアの様子を通して白鳥の歌を綴った作曲者の心の悲しみが自ずと浮かび上がっていきました。キリスト受難14場面の絵を巡り祈るならわしは展覧会の絵のキリスト教典礼版とも申せそうなものを思い起こさせました。当夜のアリオンバロックは原作の響きを充分尊重した上で、滑らかな弾き口でアンサンブルを聴かせてくれました。曲毎に調性が微妙に変わっていき、聖母の陰影が浮かばれる巧みな構成でしたが、締めくくりに据えられた一節では前半は悟りの境地を静かに語り、後半アーメンでは一転してたたみかけるような情熱的な歌唱と演奏でした。そのあまりもの落差に少々驚きましたが、むしろこのぐらい差があった方がベルゴレージらしいのかもしれません。生死隣り合わせの中で生きてきたベルゴレージの生き様が荘重な宗教曲の形を借りて現代に具現化されていました。
後半はヘンデルのオペラアリアの数々が歌われましたが、入退場が「演技」としてそのまま演奏につながっていきました。「ロデリンダ」でも危な気ないA-Hの高音でヒロインの女王の悲しみ切なさを歌い出していました。続く「セルセ」はニ長調に調性を変えて柔らかさを加えたカウンターテナーの響きがふんわりとホールに行き渡っており、個人的にお気に入りの「リナルド」ではブライトマンとはまたひと味違うオブリガードを聴かせてくれました(ちなみに愛聴のカレーラスは"奇を衒わない"歌い口ですが)。ソロ歌唱もさる事ながら「わたしはあなたを抱きしめる」(後でアンコールでも取り上げられた)「あなたの顔に」では躍動感に満ちたオーケストラにのって強→弱→強のメリハリ利いた歌唱でしたし、「いとしい人!かわいい人!」では冒頭呼び交わし部分の緩やかなテンポ運びと付点・3連符の織り交ざった中での重唱が楽しめました。また、トロメーオの狂喜じみた「おまえの驕りをたたきのめし」では2度のffを交えつつ巻き舌にもおどろおどろしさを込めて高音の次には突如ストンとオクターブ落としてみたり本当に"叫んで"みたりと聴き応え充分でした。嗚呼、歌手は役者の部分もあるんだなと感じ入った次第です。
アンコールは本編中のオペラアリア2曲が再び。ステージ中央で寄り添うように二重唱を聴かせてくれましたが、消えいく声の響きの中に倒錯の美しさを感じさせるのはさすが。その昔映画「カストラート」のカルロの歌声に聴き手の女性達が気絶していく場面をふと思い出しました。能楽でも女性役を男性能楽師が演ずる時、また宝塚歌劇でも男性役を女性が演ずる時がありますが、当夜聴かれた演奏はいわゆるジェンダーなんぞというものを軽々と超えた、聴き応えのあるものでした。発せられる声と姿とがまるで正反対という中にあって、その場限りの刹那にしばし我が身を預けるというひとときでした。
終演後の客席ではあちらこちらでスタンディングオベーション。前日に続いての公演なのに歌い手も弾き手も大変集中していました・・・・そして何よりも聴衆も!!ここで感じられたのは、演奏の送り手が最善尽くして演奏・演技するのは望まれる事なのですが、それに加えそれらを受け止める聴き手・来場客側も当日の公演の出来映えに少なからぬ影響を持っているんだなという事です(曲と曲の合間の拍手タイミングを含めて)。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
スージー・ルブラン、ダニエル・テーラー&アリオン・バロック・オーケストラ
日時: 2006年11月8日(水)19:15開演
出演者:スージー・ルブラン(ソプラノ)、ダニエル・テーラー(カウンター・テナー)、
ヤープ・テル・リンデン(指揮)、アリオン・バロック・オーケストラ
演奏曲:
ヘンデル:オラトリオ「サウル」HWV53より抜粋
ペルゴレージ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)
ヘンデル:歌劇「ロデリンダ」HWV19より/序曲HWV337/歌劇「セルセ」HWV40より
「オンブラ・マイ・フ(木陰はかくも)」/歌劇「リナルド」HWV7aより「嘆くままにして
ください」/歌劇ジュリオ・チェザーレHWV17より「嵐で」「あなたの激しい気性を」ほか