2006.11.22
日本音楽集団第185回定期演奏会 和楽劇「呑気布袋・ドンキホーテ」
報告:朝山勝治/2階C3列5番
投稿日:2006.11.22
今まで拝見していた演奏会の予告(チラシ)は器楽中心のものだったが、今回は舞台作品、しかもかのセルバンテスの「ドン・キホーテ」を大胆に翻案したものという。期待感を持って第一生命ホールへ向かった。
開演直前のお客様はかなりの入り。そういえば「好評に付き」18:00にもう一公演行われるとのこと。思ってみるとここで舞台作品を体験するのは確か初めてのような気がする。舞台袖への扉は開け放たれ、そこから舞台中央への「橋掛かり」のようにも見え、後方には「揚幕」もある。舞台上に設定された演ずるための「舞台」を中心に、前後左右を所狭しと日本音楽集団と東芝フィルハーモニー合唱団が陣取る。先ほどまで松が描かれた書割りと思っていたものに「序の段 門出」と映し出され、プロジェクターによって映し出されることが判った。これが後々重要な台詞や言葉を映し出すのにも使われ、単なる字幕ではない見事なものだと感心した次第。
原作でのドン・キホーテが「呑気布袋」、サンチョ・パンサが「山椒半左」と名前もさることながら、それぞれ狂言師の善竹十郎さんとテノールの森一夫さん、さらにドゥルネシア姫にあたる華の精に元宝塚で琵琶奏者として活躍されている上原まりさんと様々なジャンルの方々が配され、さらにはコロス的な役回りもする前述の東芝フィルハーモニー合唱団はアマチュアとは思えないほどの歌い振り&活躍振り。
有名な風車との対決は洗濯物のサラシ、ドゥルネシア姫と想う女性は華の精で遊女という設定で有名な場面を魅せてくれる。更に楽しませてくれたのは渡し舟の場面。渡し舟に乗る際に七福神を仕立て、その一人ひとりを演者、奏者、合唱から引き抜き、その神々の所以の解説のほか、ここから近しい墨田七福神の鎮座されているところを紹介しつつ、「小さな大川沿い散歩」といった粋な心遣いも面白い。しかも、合唱団から引き抜かれた大黒天は合唱団が、三味線奏者から引き抜かれた恵比寿神は三味線群がというようにそれぞれの紹介の段で伴奏を附け、楽器紹介にも成っているというアウトリーチ的配慮も盛り込まれたのは素敵な場面だった。
やがて呑気布袋は見えない怪物との闘いに力尽き倒れるが、魂はやがて還るという、賞味二時間ほどの「和楽劇」は幕となった。聞けば作曲された方は一人ではなく3人と伺い、全く違和感なく素晴らしい一体感のある舞台を楽しめたのは言うまでも無い。プログラムを見ると「初演」と書かれている。このような作品が何度も再演されるのを心待ちにして会場を後にした。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
日本音楽集団第185回定期演奏会 和楽劇「呑気布袋・ドンキホーテ」
日時: 2006年11月18日(土)14:00開演
出演者:善竹十郎(狂言/呑気布袋)、上原まり(琵琶唄/華の精)、森一夫(テノール/
山椒半左)、東芝フィルハーモニー合唱団(合唱)、
田村拓男(指揮)、日本音楽集団(演奏)
演奏曲:
ミゲル・デ・セルバンテス(原作)、荘奈美(脚本・演出)、西川浩平(企画・構成)
和楽劇 呑気布袋(作曲:秋岸寛久、川崎絵都夫、福嶋頼秀)
古典四重奏団 ドヴォルザーク弦楽四重奏曲選集Ⅱ
報告:尾花勉/2階C1列10番
投稿日:2006.11.22
前回迄は三度とも一階席であったが、今夜は始めて二階席に座った。段々見慣れて来た舞台を自席からふと見下ろすと、椅子丈が四つ、半円形に並んでいる。「そう云えば、何故このカルテットは暗譜で演奏するのだろうか」その様な、今更とも思える疑問が不意に去来してきた。
稀代の指揮者、S・チェリビダッケは生前「楽譜」に就いて次ぎの様に語った。「楽譜というものは基本的に演奏とは何の関係もない。なぜなら、演奏の現場で始めて何かが生成するのであって、たとえその曲をそれまでに三百回演奏したとしてもその点に変わりはないのだから。(中略)音楽を演奏する上で何より大切な課題は、すべてを忘れてしまうことなのだ。「この先どう音楽が進むかだって? 見当もつかないよ! どう進んでいくか、まあ見てようぜ」というのが正しい」(K・ヴァイラー著/相澤啓一訳『評伝チェリビダッケ』春秋社、1995年、pp、305-306)
またチェリビダッケは「楽譜とは、どちらに進めば音楽体験に至れるかの方向性を示してくれる単なるドキュメントに過ぎない」とも云っていた。きっと古典四重奏団はチェリビダッケと同じ事を考えたのではないかと思う。楽譜という「記録」から解放され、その都度生まれては消えていく音楽丈に身を委ねる。それを強靭に追求した結果、「暗譜」という手段に行き付いたのか......。
この潔くも、厳しい音楽への姿勢に襟を正し、舞台へ入場して来た四人に拍手を贈った。
先ず演奏されたのは第14番変イ長調である。
1楽章は異国から帰郷したドヴォルザークの喜びが溢れ、彼に「お帰りなさい」と言いたくなる程、暖かい空気がホールを包んでいる様だった。二楽章では彼のオペラ『ジャコバン党』の分部を転用している一方、三楽章ではワーグナーを彷彿とさせる和声進行が現れる。演奏によるこの部分の描き別けは見事で、老境に達しようとしているドボルザークがまるで「昔はよかった。今じゃどうだい」と物語っている様に感じてならなかった。終楽章は「でもね、やっぱり田舎がいいんだよ」とドボルザークが自宅の縁側から村の祭礼を眺めている......古典カルテットは、その様な情景をありありと感じさせて呉れた。
休憩を挟み、ドボルザーク最後の「絶対音楽」である第13番ト長調が演奏された。
このト長調は、快活な曲想に適するとされ、転じて『少年』のイメージを持つとされている。その様な調性に後押しされてか、私にはドボルザークの「少年時代への回帰」という印象を強く感じた。特に、三楽章に現れる「ホルン5度」の響きに、彼が幼い頃、友人達と日の暮れるのも知らず走り回った森への追慕の様で、又終楽章の明朗な主題や、湧き上がるようなリズムの応酬は老齢にしてドボルザークが沁沁として感じた「若さ」への憧憬があるように思えてならない。古典四重奏団演奏も、首尾一貫して音の響きに細心の注意を払いその様な雰囲気を醸し出していた。
この作品がドボルザークのエピローグだという余韻を漂わせ乍......。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈クァルテット・ウェンズデイ#51〉
古典四重奏団 ドヴォルザーク弦楽四重奏曲選集Ⅱ
日時: 2006年11月1日(水)19:15開演
出演者:古典四重奏団
[川原千真(Vn1)/花崎淳生(Vn2)、三輪真樹(Va)、田崎瑞博(Vc)]
演奏曲:
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第13番ト長調作品106、第14番変イ長調作品105
古典四重奏団レクチャーコンサートplus#9
「ドヴォルザークの魅力」
投稿日:2006.11.22
古典四重奏団を聴くのは二回目である。その嚆矢は去る七月「ゆふいん音楽祭」でバッハの『フーガの技法』であった。この時も、チェロの田崎さんが演奏前に彼の大曲を聴くに当ってのレクチャーをされていた。勿論演奏も然る事ながら、その口跡は軽妙にして、然し説得力溢れる話術が、お喋りを職業とする私には頗る興味が有ったし、又その気さくな御人柄に親炙させて頂けるのを楽しみに、モニターを志願させて貰った。
四人の入場の後、間髪入れずドボルザークのスラブ舞曲第一集の第8番が演奏された。この曲は過去に私も練習したことがあるので馴染み深い。「ようこそ、古典四重奏団です」との田崎氏の開口一番は、噺家が出囃子にのって出てきたそれとそっくりである。四重奏団の面々を紹介の後、本題に入る。「このドボルザークという人は、生前から有名であり、それなりの地位もあった方です。ですから・・・女性やお金、貧困に喘いだ事実がないので、我々としては面白みがない」会場に笑いが起こる。それから専門家としての分析に入る訳だが、憎いほどお客の気持ちを掴む術に長けている。随所に散りばめられた「くすぐり」が聴衆を飽させることなく、寧ろ追い風となって益々その語り口を生き生きさせる。まるで全盛期の林家三平師が口演した『源平盛衰記』にさも似たり、といったら笑われるであろうか。
プログラムと、田崎さんの「高座」が進んで行く。田崎さんのお喋りという「お囃子」に乗った古典四重奏団の演奏するドボルジャークから聞えてくるチェコ特有のリズムが、石川啄木の詩を、まるで彼の生地、岩手渋民村の訛りで聞いているような気がしてきた。その時、はっと気付いた。これが国民楽派の持つ底力なのだと。
人は土地に生まれ、その土地に育まれる。その成長過程に於いてその産土独特の「気
質」が知らず知らすに身体の奥底に染み込んでいる。即ちそれは地方特有の民謡であったり、味覚であったりする訳だが、譬えその土地から離れようとも、その「気質」は不変であるし、時と共にそれは「郷愁」のへ変化するのは人情である。ドボルジャークにしてみれば祖国を離れ、遥か「新大陸」へと居を移したことにより、それが一層熟成され、名カルテット12番「アメリカ」と
いう曲に結びついたのだ、という事を、アメリカ土着の作曲家、S フォスターの美しい歌曲を引き合いに出し、音楽をも用いて口講指画と説得する古典四重奏団の「芸」には、正直脱帽であった。
終演後、田崎さんから「どうも、師匠。御無沙汰いたしました」と声を掛けられた時、私は顔が真っ赤になる思いがした。この人が私と畑を異にした「芸人」であることを心から神様に感謝したことは云う迄もない。
公演に関する情報
古典四重奏団レクチャーコンサートplus#9
「ドヴォルザークの魅力」
日時: 2006年10月7日(土)
場所: トリトンスクエアX棟5階会議室
出演者:古典四重奏団 特別出演:佐竹由美(ソプラノ)