スージー・ルブラン、ダニエル・テーラー
&アリオン・バロック・オーケストラ
報告:1F11-8 佐々木久枝(中央区勤務)
投稿日:2006.11.12
さて、当夜の演奏はチェリスト指揮者率いる20名足らずのオーケストラに男女ソリ(ソプラノのスージー・ルブラン&カウンターテナーのダニエル・テーラー)が各1名という割合こじんまりしたものでしたが、なかなかどうして幅広い響きでぐいぐいと引き込まれていきました。冒頭「サウル」シンフォニアはメサイアでもお馴染みのヘンデル節付点が比較的滑らかに弾き出されました。オーケストラによっては付点を強調するあまりやや重めになる傾向もありますが、アリオンバロックは軽やかに(但し軽々しくではなく)付点フレーズを演奏していました。続いて夭折の作曲家ベルゴレージの悲しみの聖母。消えかかる命の灯の中で力を振り絞って書かれた本作は、そのある種のすさまじさを感じさせぬ優美なもので、旋律もラテン語テクストに寄り添うように付されていました。独唱二人が交代で歌い進めていく中で、キリスト受難を嘆く聖母マリアの様子を通して白鳥の歌を綴った作曲者の心の悲しみが自ずと浮かび上がっていきました。キリスト受難14場面の絵を巡り祈るならわしは展覧会の絵のキリスト教典礼版とも申せそうなものを思い起こさせました。当夜のアリオンバロックは原作の響きを充分尊重した上で、滑らかな弾き口でアンサンブルを聴かせてくれました。曲毎に調性が微妙に変わっていき、聖母の陰影が浮かばれる巧みな構成でしたが、締めくくりに据えられた一節では前半は悟りの境地を静かに語り、後半アーメンでは一転してたたみかけるような情熱的な歌唱と演奏でした。そのあまりもの落差に少々驚きましたが、むしろこのぐらい差があった方がベルゴレージらしいのかもしれません。生死隣り合わせの中で生きてきたベルゴレージの生き様が荘重な宗教曲の形を借りて現代に具現化されていました。
後半はヘンデルのオペラアリアの数々が歌われましたが、入退場が「演技」としてそのまま演奏につながっていきました。「ロデリンダ」でも危な気ないA-Hの高音でヒロインの女王の悲しみ切なさを歌い出していました。続く「セルセ」はニ長調に調性を変えて柔らかさを加えたカウンターテナーの響きがふんわりとホールに行き渡っており、個人的にお気に入りの「リナルド」ではブライトマンとはまたひと味違うオブリガードを聴かせてくれました(ちなみに愛聴のカレーラスは"奇を衒わない"歌い口ですが)。ソロ歌唱もさる事ながら「わたしはあなたを抱きしめる」(後でアンコールでも取り上げられた)「あなたの顔に」では躍動感に満ちたオーケストラにのって強→弱→強のメリハリ利いた歌唱でしたし、「いとしい人!かわいい人!」では冒頭呼び交わし部分の緩やかなテンポ運びと付点・3連符の織り交ざった中での重唱が楽しめました。また、トロメーオの狂喜じみた「おまえの驕りをたたきのめし」では2度のffを交えつつ巻き舌にもおどろおどろしさを込めて高音の次には突如ストンとオクターブ落としてみたり本当に"叫んで"みたりと聴き応え充分でした。嗚呼、歌手は役者の部分もあるんだなと感じ入った次第です。
アンコールは本編中のオペラアリア2曲が再び。ステージ中央で寄り添うように二重唱を聴かせてくれましたが、消えいく声の響きの中に倒錯の美しさを感じさせるのはさすが。その昔映画「カストラート」のカルロの歌声に聴き手の女性達が気絶していく場面をふと思い出しました。能楽でも女性役を男性能楽師が演ずる時、また宝塚歌劇でも男性役を女性が演ずる時がありますが、当夜聴かれた演奏はいわゆるジェンダーなんぞというものを軽々と超えた、聴き応えのあるものでした。発せられる声と姿とがまるで正反対という中にあって、その場限りの刹那にしばし我が身を預けるというひとときでした。
終演後の客席ではあちらこちらでスタンディングオベーション。前日に続いての公演なのに歌い手も弾き手も大変集中していました・・・・そして何よりも聴衆も!!ここで感じられたのは、演奏の送り手が最善尽くして演奏・演技するのは望まれる事なのですが、それに加えそれらを受け止める聴き手・来場客側も当日の公演の出来映えに少なからぬ影響を持っているんだなという事です(曲と曲の合間の拍手タイミングを含めて)。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈TAN's Amici Concert〉
スージー・ルブラン、ダニエル・テーラー&アリオン・バロック・オーケストラ
日時: 2006年11月8日(水)19:15開演
出演者:スージー・ルブラン(ソプラノ)、ダニエル・テーラー(カウンター・テナー)、
ヤープ・テル・リンデン(指揮)、アリオン・バロック・オーケストラ
演奏曲:
ヘンデル:オラトリオ「サウル」HWV53より抜粋
ペルゴレージ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)
ヘンデル:歌劇「ロデリンダ」HWV19より/序曲HWV337/歌劇「セルセ」HWV40より
「オンブラ・マイ・フ(木陰はかくも)」/歌劇「リナルド」HWV7aより「嘆くままにして
ください」/歌劇ジュリオ・チェザーレHWV17より「嵐で」「あなたの激しい気性を」ほか