エルデーディ弦楽四重奏団
シューマン弦楽四重奏曲全曲演奏会
クァルテット・ウェンズデイで、今や名物になりつつある小冊子がある。この「SQWサブテキスト」と題された刷物は、当夜の聴き所や、曲の背景を、とても平易な文章で、且つ、筆者の弦楽四重奏に対する深い愛情を滲ませ乍、私達に教えて呉れる。その語り口からは「本日は、遠い処をようこそ御出で下さいました」と、ゆっくり茶を煎れ、それを客に勧め乍、この宿の由来や、土地の来歴などを話す旅館の女将を彷彿とさせる。
私は何時も早めに自席に着き、プログラムに挟まったこのサブテキストを先ず読む事にしている。それは、普段、オーケストラ曲を専らに聴いている私にとって、親しみのある作曲家の室内楽曲であっても、始めて接する曲には変りはない。そこで、既存の作曲家体験と、これから始まる未知なる曲とを如何に結び付けるべきか、という"鍵"を与えて貰おうと、そうするのである。
今宵のSQWはエルデーディQによる、シューマン弦楽四重奏全曲演奏会。「故きを温ねて...~シューマンの1842年」と題された当夜のサブテキストはゆっくりと、やさしく語り出す。
『そこには、さらっと「ハイドン、モーツアルト、ベートーベンの弦楽四重奏研究に没頭」と書いてあります。シューマンさんは勉強熱心だったんですねぇ...ということ以上の大事なことがここで起こっているのです。つまり、彼は過去の作曲者の作品を、文献を解読するように詳細に研究し、論文という形でその位置づけを発表し、その上で自らこの合奏形のための作品を書き上げる、ということを行っています。』
(出典「SQWサブテキスト その25」、NPOトリトンアーツネットワーク)
シューマンは自らをベートーベンの弟子を以って任じている。この言からも察する事が出来る様に、詰り、尊崇する師や、過去の巨匠達の遺産を整理し、その目録を作成た上で自らの資産にして行く、という過程を第一から第三カルテットで"追体験"できるのだな......。これこそ私にとって、未踏なる「シューマンの弦楽四重奏」と謂う世界を開いてくれる貴重な"鍵"なのである。後はエルデーディ四重奏団の演奏に、唯身を委ねる丈で良い。
4人が3曲のカルテットを見事に奏し終えた。拍手をし乍、隣で聴いていた知り合いの某婦人が大きく頷つつ、話し掛けて来た。
「そうね。サブテキストにある『今日のシューマンは、纏めて聴く意味があるのです。少なくとも、作曲者自身この3曲を纏めて書いたのには、意味があるのです。』という言葉、全くその通りだったわね」
この婦人同様、今夜も私の心の中に又一つ、重要な"音楽の鍵"が増えた。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#56〉
エルデーディ弦楽四重奏団
シューマン弦楽四重奏曲全曲演奏会
日時: 2007年5月9日(水)19:15開演
出演者:エルデーディ弦楽四重奏団
[蒲生克郷/花崎淳生(Vn)、桐山建志(Va)、花崎薫(Vc)]
演奏曲:
シューマン:弦楽四重奏曲第1番イ短調作品41の1、同第2番ヘ長調作品41の2、
同第3番イ長調作品41の3