エルデーディ弦楽四重奏団
シューマン弦楽四重奏曲全曲演奏会
メンデルスゾーンを聴いて以来のエルデーディ(メンバー個別ではそれぞれ聴いていますが)の公演。しかも今回はあまり大きくは取り上げられないシューマンの弦楽四重奏曲を一夜のうちに弾いてしまう貴重な試みでしたが、どうしてもピアノ曲や歌曲等の印象の強いシューマンが、弦4者によるファンタジーをどのように描き出していたのか興味津々でした。
第1番イ短調
第1楽章アンダンテエスプレシーボでは冒頭アンダンテでファンタジーに満ちたたっぷりめの弾き始めから急激にヘ長調にアレグロ転調する鮮やかなギアチェンジ。独特のたたみかけるような第1主題では第1ヴァイオリンが幅広くたっぷりと歌っていました。「ターンタタ、ターンタタ」と語る辺りはやや盟友メンデルスゾーンの作りを思わせましたが、たたみかけていくような半音刻みが加わるとやはりそこはシューマン。フーガのリズムには実はクララ(キアリーナとも?)と呼びかけているような響きが感じられ、これがいわばキーワードのように展開部分も続いていきました。第2楽章スケルツォプレストではベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番フィナーレ冒頭を思い起こさせるような鋭く躍動的な刻みを聴かせていました。ちょうど彼自身の「クライスレリアーナ」フィナーレを更に加速したような印象。"間奏曲"を思わせるトリオ部分では夢見るような甘い調べがサラサラと流れていきました。第3楽章アダージオでもまた夢見るような旋律が流れていましたが、こちらは表向きの静けさにドラマティックな面をも込められており、聴いている側もそれとなくセンチメンタルな感覚に捉われました。第1ヴァイオリンのピチカートが不思議な安らぎを覚える歌を奏で、オペラの間奏曲のように楽曲全体に彩を添えていたように思われました。第4楽章プレストでは冒頭から交響的で、その後も休みなくフーガが続いていきましたが、この構成でバレエ音楽も構築出来そうだなとさえ思わせました。モデラートではバグパイプのような4人の響きに、コラール風な音作りが加わり、コーダでは入る直前にやや"ためらい"の弾き口を加えて、その後徐々に加速していくというスリルも味わう事が出来ました。
第2番へ長調
第1楽章アレグロヴィヴァーチェでのライン交響曲冒頭を思わせるような推進力が新鮮でしたし、続く第2楽章アンダンテでは出だしがメンデルスゾーンのピアノソナタ第1番冒頭のような夢見るような旋律の美しさを前面に出していました。室内楽は何といっても書くパートとの対話あってこその演奏なのでしょうが、チェロの下支えの上にテーマが断片的に弾き継がれていく部分はその近しさをよく表していたと思います。第3楽章スケルツォプレストではアンダンテからプレストへと突如展開する"シューマン的突発フレーズ"を危な気なく弾き進めていきました。続く第4楽章アレグロコンヴィヴァーチェでは快活に溢れコーダにズンズン向かっていくその大きな推進力が聴き所だったと思います。「型に入って型を出る」ではないですが、古典派のような表向きからさっと外へ流れ出てくるシューマンのポエジーのほとばしりさえも感じられました。
第3番イ長調
第1楽章冒頭アンダンテでは旋回するテーマが徐々に外へと広がっていく部分にクララへの思いがこの上なく込められているように思われてなりませんでした。再現部でチェロ→第1ヴァイオリンへの旋律リレーでも小刻みな動きながらもそこに静かな熱さが込められた作曲者の心情がよく描き出されていました。第2楽章アジタート・アダージオと趣を大いに異にする変奏楽章でも、第1変奏での細かく刻む旋律が鮮やかに響き、また第2変奏ではチェロから順次鋭くタテに切り込むような部分ではジュピター交響曲フィナーレを思い起こさせ、一方第3変奏ではシチリアーノさえ浮かべさせる第1ヴァイオリンの切々とした旋律の響きも印象に残りました。第4変奏ではチェロの幅広い響きに乗ってヴァイオリンの劇的な展開に豊かな色彩も加わっていましたし、第5変奏では転調で一転静かな夕べの水面を思わせるアンサンブルを聴かせていました。第3楽章アダージオモルトでは不思議な安らぎに満ちており、"歌師"シューマンが相当に入れ込んで書き進めたであろう姿が思い浮かばれました。展開部でヴィオラとチェロがヴァイオリンと対話する部分ではあたかも両手を交差してピアノを弾いているような印象さえ抱かせ、またヴィヴァルディ「四季」のような穏やかな旋律の流れを汲んでいましたし、その後は再びすっと響きが心に入っていきました。チェロのピチカートも上パートを包み込むように支えている印象で、この部分にはある種の懐かしささえ感じさせました。フィナーレ楽章のアレグロモルトヴィヴァーチェでは冒頭テーマの舞曲のような刻みに続いて軽快にして快活な、チェロと第1ヴァイオリンとの小気味良い響きのキャッチボールが繰り広げられ、中間ヘ長調部分では思わずギャロップしたくなるような(?)軽やかさが加わり、この部分にはカルウォヴィッチの組曲フィナーレまでも思い浮かべていた程でした。弦の全体的な弾き口やリズム取りが素朴なポーランド音楽を思わせ、いずれも協調しつつもタテのリズムがはっきりと打ち出された、動きのある演奏を聴かせていました。これ程色彩豊かな楽想を編み出せる作曲者シューマンに驚かされると共に、当夜一気に弾き切った4人の心地良い緊張感に満ちた快演に酔いしれた次第です。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#56〉
エルデーディ弦楽四重奏団
シューマン弦楽四重奏曲全曲演奏会
日時: 2007年5月9日(水)19:15開演
出演者:エルデーディ弦楽四重奏団
[蒲生克郷/花崎淳生(Vn)、桐山建志(Va)、花崎薫(Vc)]
演奏曲:
シューマン:弦楽四重奏曲第1番イ短調作品41の1、同第2番ヘ長調作品41の2、
同第3番イ長調作品41の3