日本音楽集団第187回定期演奏会
~伊福部 昭音楽祭 師に捧げる邦楽コンサート~
今年あたまにMeet the 和楽器で御一緒して以来の音楽集団との対面とあって楽しみにホールへ向かいましたが、入り口辺りに高校生とおぼしき若者達の大群。一瞬ホールの場所を間違えたか?と思ったくらいに雰囲気が異なっていました。勿論、邦楽愛好の方々や他ホールでもお見かけするような方々も来場していましたが、間違いなく普段と様子が激変していました。これはやはり当日来ていたサポーター達も感じていたようで、当日用に用意したプログラムが足りなくなった程、入り口にもロビーにも、早くも熱い空気が流れていました。今年最初のMeet the 和楽器の来場者のみならず、少し前にテレビ放送で紹介されたとの事。メディアの影響は早くて大きいものだなと感じつつホールに進みました。
伊福部さん没後早くも2年が経とうとしているのに、今でもホールのどこかの客席で聴いていて、すっと立ち上がって手を振りそうな雰囲気さえ感じさせました。一部の愛好者でも今回の演奏会の話題が出ていましたが、もし機会が出来たら当夜の感想も聞いてみたいとも思いました。
「交響譚詩」
2年前には師匠伊福部さんの見守る中で愛弟子秋岸さんが師匠との心のコラボレーションとも呼ぶべき音楽集団バージョン誕生を聴く幸運に恵まれましたが、今回はその思いを更に昇華させた、集中力に満ちた演奏でした。第1章では燃えるようなテーマがめくるめくように展開していく冒頭に導かれ、前回初演時にも増してスケールアップしており、笙の強弱や故弓のチャルメラを思わせるフレージングでは我が愛聴曲オラヴァを再び思い起こさせて更にそこを突き抜けていく心地良い快速感を味わいました。笙ソロから尺八へのリレーや、筝と三味線とのかけ合いも快活。また、ステージ上の筝奏者の着物は鮮やかな春の彩りで、いわゆる「伊福部さんを偲ぶ」位置付けの演奏会であっても、全体に明るさに満ち溢れる効果を醸し出していたと思います。
第2章では米澤さんの尺八ソロがシンコペーションと三連音を心地良く奏で、これに和風サックスを思わせる筝のたゆたうような入りが魅力的でした。打楽器の風のざわめきを思わせるような響きが筝の倍音と相まって何とも心に染入るような響き。低音筝が一定間隔で弾く響きには子守唄を思わせるものがあり、ちょうどこの世とあの世をたゆたうような不思議な響きでした。伊福部師匠も耳を傾けていたでしょう。続く横笛の祭囃子のようなフレージングも、尺八の"カデンツァ"もいつも以上に気が入っていたように感じられました。
続いて二十五絃筝曲「琵琶行」ではこの初演者でもあり長らく伊福部音楽とも関わってきた野坂さんのソロ演奏。曲冒頭が一瞬「トリスタンとイゾルデ愛のテーマ」のような大胆な音使いで即座に響きの中に入り込みました。日本の楽器には余韻・ゆらぎが魅力的なのですが、夜のとばりがおりたホールという砂丘にあってスポットライトという月の光を浴びつつ、天空の大切な人と筝を通じて心通わせ語らっているような印象を受けました。その昔王侯貴族達がしばし心を躍らせていたであろう筝の持つ典雅な響きに時空を超えて巡り合えた思いがしました。中間部ではギターのつまびきを思わせるような弾き方が聴かれ、風のざわめきを思い起こさせるようなオリエンタルな雰囲気が漂っていました。ステージ上にはただ一人なのに、ホール全体がすっかり懐かしくも不思議な雰囲気に包まれていました。決して前面にテクニックや音量を強く押し出すものではないのですが、伊福部さんが創作で生涯持ち続けた「奥ゆかしさから立ち上がる自然な力」への思いがこの日のステージからも立ち上ってきたように思いました。
「SF交響ファンタジー」邦楽器版は愛弟子の秋岸さんが書き下ろした意欲作ですが、打楽器に素朴な土っぽさを感じました。打楽器と筝による「ゴジラ」のテーマでは各拍あたまに鋭く琵琶の一さしが閃光のように決まっており、オーケストラ版でよく聴き慣れたテーマとも互角の迫力だったのにはすっかり驚きました。調弦や押し手で筝セクションの皆さんの動きも躍動的で、響きのみならず、視覚面でもなかなか堪能出来ました。戦国時代にゴジラがタイムスリップしてもイメージが合いそう。音域や響きが異なる楽器郡がユニゾンでテーマを奏でていく様子は聴き応え十分。中でも筝の低音の迫力を味わえたのが当夜の収穫でした。オーケストラは横に流れていく印象が強いのですが、邦楽器演奏ではむしろビートが強調されてタテのりの印象。笙が随所随所で効果的に用いられていました。
「鬢多々良」
今回は前半でソロ演奏の野坂さんもアンサンブルに加わり、冒頭に何とも艶やかなカデンツァを披露しました。その後筝高音部→筝低音部と続いていき、分散和音の中から低音部分が和製コラールの如く沸き上がって弾き進められ、笙や横笛、竜笛に琵琶とリレーされていきました。ここでのかけ合いは何とも自由な雰囲気に満ちていて、聴いている方も楽しめました。打楽器が筝の低音部分と相まっている部分はまるでピアノのような響きの幅広さを実感し、夢見ているような心地良いひとときでした。長調のような響きになって、裏拍もノリの良い太鼓と筝がアンサンブルを導いていくような勢いで、冒頭のテーマを繰り返しつつ弾き進めていく部分はまるでガムランか、ボレロか、カチャーシーかといろいろと思わせる程、興奮スパイラルが上昇していくのが伝わってきました。
本番後にはあちらこちらからブラボーの嵐。この日は「伊福部讃」記念祝祭コンサートとでも呼べる夕べだったのかもしれません。ホールを出てきたお客さん達は驚きと楽しさに満ちたステージを堪能したように見受けられ、いつまでも熱気が漂っていました。楽屋に向かう団員の方々も一安心しながらもこの特別な夕べにやや興奮が収まらぬ様子。ホール全体がこの日は間違いなく"熱狂の日"だったのかもしれません。
邦楽器の持つさまざまな側面に新たな光を照らし、常に前進を続けている音楽集団。これだから音楽集団"サポーター"は魅力的なのです!!
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
日本音楽集団第187回定期演奏会
~伊福部 昭音楽祭 師に捧げる邦楽コンサート~
日時: 2007年5月25日(金)19:00開演
出演者:日本音楽集団(指揮 田村拓男 客演 野坂惠子)
演奏曲:
伊福部 昭/秋岸寛久編曲:日本音楽集団版「交響譚詩」(2005年)
伊福部 昭:二十五絃筝曲「琵琶行」(1999年)-白居易ノ興ニ效フ-二十五絃筝独奏 野坂惠子
伊福部 昭/秋岸寛久編曲:SF交響ファンタジー邦楽器版(委嘱初演)
伊福部 昭:郢曲「鬢多々良」(1973年)ソロ筝 野坂惠子