エルデーディ弦楽四重奏団 メンデルスゾーン全曲演奏会1
報告:須藤久貴/大学院生/2階L1列38番
投稿日:2006.03.31
これほどひとつの調性が意識された演奏会もめずらしいことではないだろうか。
エルデーディ弦楽四重奏団によるメンデルスゾーン全曲演奏会の第1回は、変ホ長調に始まり変ホ長調に終わる演奏会であった。同じ調性ばかり集めるのは、ややもすると響きが似通ってしまうから「取り扱い注意」だが、うまくやれば逆に、同じ調性の中に幾重もの異なった音色が存在していることを、よりはっきりと理解させることができる。エルデーディの演奏はもちろん後者だった。彼らはひとつひとつ音楽の糸を丁寧に紡いで、繊細なニュアンスの違いも細やかに描き出していた。
今回弾かれた三つの弦楽四重奏曲は、前半に二つの変ホ長調、後半にホ短調の作品、そして最後のアンコールに、作品番号のない四重奏曲の一部が演奏されたが、これが再び変ホ長調だったのだ。たとえ曲を知らなくても馴染みやすく思えるのは、ヴィオラの桐山健志さんがプログラムの解説で指摘したように、変ホ長調を聴くとメンデルスゾーンの場合、弦楽八重奏曲を想起するからだろうし、ホ短調はヴァイオリン協奏曲をイメージするからだろう。
第1番変ホ長調(作品12)は蒲生克郷さんの第1ヴァイオリンに特に、みずみずしさを感じた。少しずつクレッシェンドしながら一足に駆け上がってテーマを朗々と歌い上げるところには心地よい緊張感があった。第4楽章の後半は、ほぼまるまる第1楽章からの引用で、曲の終わりもまったく同じである。重苦しいヘ短調の圧迫感から、雲間から陽光が射しこむように変ホ長調に戻ったときの解放感は、何と穏やかで満たされたものであることだろう! 最後に木の葉が舞い降りるようにひらひらと静かに音楽がピアニッシモに収斂していくときの、心地よい穏やかさは見事だった。
第5番変ホ長調(作品44-3)は第1番と同じ変ホ長調で、まるでその写し絵のようにも思えてくるが、個々の楽器が第1番以上に緊密なアンサンブルを保ちつつ、チェロもヴィオラも主張し始める。2楽章に各々の楽器にそれぞれ現れる半音階的進行には4人のアンサンブルが強く意識されているのが伝わってきたし、第3楽章でも和音のバランスを慎重に音を選んでいるのがよく分かった。
休憩を挟んだ後半、第4番ホ短調(作品44-2)の1楽章においても、ト長調の第2主題に移る直前の和音の繊細な動きを、四人の奏者はきわめて慎重にひとつずつ響きを確かめるように丁寧に弾いていた。休憩前の前半以上に表現が細かく、音量を抑えていくポイントを緻密に計算しているという印象を受けた。それは2楽章の小洒落たピチカートにも現れていた。叙情的で美しい旋律を持つ3楽章は、この日の演奏の白眉だったと思う。蒲生さんのヴァイオリンといい、それに続いて朗々と歌い上げた花崎さんのチェロといい、最後のヴァイオリン二人の静かにゆらゆらと舞い降りる様子といい、ここでも第1番で聴いたような充溢した穏やかさに浸ることができた。3楽章を終えてそっと弓を下ろした蒲生さんが、うんうんとうなづいていたのも得心されよう。
4楽章が駆け抜けるように終わると、ブラヴォーという数がかなり多かったので驚いてしまった。聴衆の反応もとてもよかったみたいだ。メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲をこれほどまとまった形で聴けること自体、素晴らしいことだと思う。次回の5月の第2回もとても楽しみである。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#47〉
エルデーディ弦楽四重奏団 メンデルスゾーン全曲演奏会1
日時: 2006年3月29日(水)19:15開演
出演者:エルデーディ弦楽四重奏団
[蒲生克郷/花崎淳生(Vn)、桐山建志(Va)、花崎薫(Vc)]
演奏曲:
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調作品12、
第5番変ホ長調作品44の3、第4番ホ短調作品44の2