育児支援コンサート~子どもを連れて、クラシックコンサート
報告:齋藤健治/月島在住編集者・TANサポーター/第1部:ぷんぎ組(年中組)・第2部:2階C1列2番
投稿日:2006.03.30
オオシマザクラの白が映える,3月終わりの日曜日の午後。テラスの噴水近くでは,子どもたちとお母さんが縄跳びをしている。グランドロビー脇の径では,幼児が歩いている。その姿を見守るおじいちゃんの顔は,薄曇りの暖かな日差しを受けてほころんでいる。
――このような親密な場で,「育児支援コンサート」が開かれるようになって,早くも5回目を迎えた。ソールドアウトが続き,好評をよんでいるこの取組み。さて今回はいかがと,次々押し寄せてくる子どもへの対応に余念のないディレクターのM氏に話を聞くと,「今年は,あえて,満席になる前に打ち止めにしたんです」。
第1部は,年少組2部屋,年中組1部屋,年長組1部屋の計4室を用意して,TANが子どもたちの世話をする一方,保護者はふだんの育児からほんのわずかな時間離れて,自分のためだけの音楽の世界に浸ることができるよう考えられたプログラム。毎年このコンサートを見て感心していることの大きな一つは,トラブルらしきものが起こっていないこと。当日配布された資料を見ると,2つの年少組はそれぞれ34人・36人,年中組は41人,そして年長組は41人の子どもを受け入れている。これだけの人数を預かるだけでなく,いかに子どもたちに思い出いっぱいの音楽を伝えることができるか。そのため持てる組織の力と知恵を集中させ,最大限の効果をあげることをねらっているのである。つまり,見かけの「量」と「形」を整えるだけでなく,当日訪れた観客をいかにもてなそうかといった「質」に重きを置いているということである。
今年は第1部・第2部を通じて「邦楽」に的を絞った内容だ。しかし,昨年は,特に第2部の「オペラ・キャット」がおおいに成功を収めたはずなのに,なぜ今年は方向を一変させたのだろうか。
「中期的なプログラムづくりの一環ですね」(Mディレクター)
幼稚園年少・年中・年長の3年を見通したプログラムを提供していくことで,子どもたちは多彩な音を体験していく。そして,それが,一人の人間のライフサイクルの中で,音楽と長きにわたって付き合っていくための土台になっていくのであろう。
今回指定された「ぷんぎ」組(注:各部屋の名称は,第2部のプログラム・音楽と絵本《ヘチとかいぶつ》に出てくる4体の怪物君の名前からとられている)の部屋に入ってみると,新聞の折り込み広告を使って,一心不乱に,折り紙をつくっている子どもたちの姿が目に入ってきた。頭には出来上がったばかりの「兜」をかぶっている。
「さあ,始まるから,お片づけをしようかあ」というスタッフの指示に素直に従い,みんなで箏の久東さんをお出迎え。その中で,同じ幼稚園のお友達なのだろうか,一組の男の子と女の子がじっと手を握り合っている。音楽が始まる前の期待する一瞬を仲良し同士で迎えられたこと,それを何十年経っても,「昔こんなことがあったよね」とずっと語り合ってほしいと思った。
プログラムはまず,観賞から始まった。飽きてむずかる様子もなく,特に最前列の子どもは,演奏家の指の動きから目を逸らすことがない。
続いては,子どもたちが実際に楽器に触れての体験活動。「どうすれば音が変わるか,知ってるよ!」と大きな声をあげる男の子。部屋の中には10梃の箏が用意されており,4~5人が一つのグループになって弦をはじいていく。
「好きな食べ物はなあに?」「リンゴ!」「じゃあ,『リ・ン・ゴ』って音を鳴らしてみよう」
久東さんとのこんなやりとりを通して,ポン・ポン・ポンと子どもたちは音を鳴らしていく。
「こんどは,胴の下を叩いてみようか」
ドン・ドン・ドンと,小さな手をいっぱいに広げて打ち鳴らされる音が響き渡る。
各グループにはサポーターが一人ずつ付き,子どもたちの様子を見守り,声をかけていく。その中で,演奏に夢中になって,ヒモがリボンでできた名札が首からはずれた女の子がいた。それをかけ直すサポーターに,「ねえ,ねえ,これパパがつくってくれたんだよ!」とニコニコと語りかける子ども。音楽体験だけでなく,よそ行きの服でおめかしをして親と一緒に遊びに来たということ,やさしく接してくれる演奏家とサポーター,そしてお手製の名札......。そういった諸々のことが一つになって,この子の中には楽しい時間が流れているようだった。
残念だったのは,サポーターの手が回らないグループが一つあったこと。そこでは4人の子どもが所在なげに弦に触っていた。子どもは,自分を取り巻く環境から「何か」を感じ取る。そしてそれを誰かに聞いてもらい,受け止められることを欲している,改めてそんなことを考えさせられた。「さあ,今度は,一人ずつ音を出してみましょう」
久東さんはこう言いながら,子ども一人ひとりの前まで行って「上手ねえ」などと声をかけるともに,「爪,痛くなかった?」と手をさすってあげたりもする。
サポーターもその様子を見守りながら,「あら,音,出たじゃない」と褒めてあげている。
最後は,久東さんの演奏をバックに,みんなで「さんぽ」の合唱。
「楽しかったあ~!」「ありがとう!」
このような光景が展開されている折,途中でトイレに行きたくなった子どもの手を引いて何度となく部屋を出たり入ったりしていたのは,若い男性サポーターだ。今年で3回目の参加であり,TANのサポート以外にもカンボジアや新潟など被災地での支援活動も行っているという。「トイレに行くまでの道のりが分かりづらいので」と言いながら,この活動で一番楽しいことはとの問いかけには,笑顔でこう話す。
「子どもたちが,音楽を通じて"創造"する場面に出会えることです」
前半の報告が長くなったので第2部のレポートは割愛させていただくが,コンサートが終わり,ホールを後にするエスカレーターの前に立っていたのは,第1部で新聞の折り込み広告で作った「兜」を,いまだ被り続けている一人の子どもだった。
そうか,この子にとっては,兜がいま宝物なんだと感じながらも,自ら創ったその作品に,「量より質」をめざす育児支援コンサートの考えが受け止められているような気がした。
そして,その子の手は,親が,しっかりと握りしめていた。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート17〉
育児支援コンサート~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時: 2006年3月26日(日)15:00開演
出演者:日本音楽集団、佐々木梅治(劇団民藝/朗読)
演奏曲:
第1部
・子どものための音楽スタジオ(幼稚園年少組年齢から年長組年齢対象/
4歳児~6歳児まで、4つのスタジオにわかれ、演奏家と一緒に楽しい音楽体験をします。)
・大人のためのコンサート(小学生から)
~楽しい初めての邦楽器アンサンブル~
長沢勝俊(作曲):二つの舞曲より
三木稔(作曲):「四季」ダンス・コンセルタントⅠ、
指揮者による楽器紹介つき。(演奏楽器:笛、尺八、三味線、琵琶、十七絃、打楽器)
第2部
・みんな一緒のコンサート
音楽と韓国の絵本「ヘチとかいぶつ」(全国学校図書館協議会選定)