オープンハウス2005~世界は踊る!~
報告:渡辺和/音楽ジャーナリスト
投稿日:2005.07.27
6回目のオープンハウス~TANにとって一番大事なのは何か
トリトンアーツネットワークが主催する第一生命ホールのオープンハウスは、今回で6度目だそうだ。チラシにも広告にも、そんなことどこにも書いてないけど、ディレクターによればそういうことらしい。ホールがオープンしたのは2001年11月半ばだが、オープン前に2度行っている。そのときも、ホールのハードウェアを支える管理側スタッフが行ったのではなく、既にサポーター主導のイベントと位置づけられていたそうだ。最初のオープンハウスから今回まで、続けて参加している古参サポーターもいるとのこと。
このところ、本当にこの数ヶ月という感じなのだが、東京圏の公共民間音楽ホールのあちこちが、オープンハウスやらそれに準ずるイベントを行うようになった。それらは第一生命ホールのオープンハウスを参考にしたり、意識している部分もあるように見受けられる。去る4月にオープンハウスを行ったサントリーホールで、ホールツアーをしていた若いスタッフは、トリトンアーツネットワークで大学院時代のインターンを行っていた。ボランティア参加による地域密着型ホール運営のノウハウを間近で見ていた彼女は、見事に難関突破して現在サントリーホールスタッフとして活躍中である。
東京ではあり得なかった音楽ホールと人々の関係性を模索し、ときにはスタッフを提供し、日本での芸術受容のあり方を改革していこうというこの文化サービスNPO。遠大にして無謀とも思えるその目的は、わずかづつとはいえ、着実に実を結び始めているようだ。
以上で結論になのだけど、いくらなんでももう少し具体的に記さねばなるまい。とはいえ、個々のイベントについては別のレポートもあるのだろう。だから以下は、あくまでも「オープンハウスというイベントはどういう仕掛けで行われているのか」というアートマネージメントの視点から眺めさせていただく。悪しからず。
今年の第一生命ホール・オープンハウスでは、「踊り」というテーマが明快に前面に押し出された。伝統的なクラシックバレエ、愛知万博で来日中のスロヴァキア少年舞踏団、繊細なばかりではないインド舞踏が、ホール、ロビー、ホール真下のエンタランス、練習室などで、複数のステージを行う。「クァルテットのライブが伴奏する本格的なクラシックバレエが全体のメインに据え、周辺に様々にイベントが散りばめられる」という、はっきりとした構成を感じさせるイベント展開だ。年末のアドヴェント・セミナー参加者で結成された弦楽四重奏が舞踏の伴奏をし、さらにワンステージながらロビーでグラズノフのクァルテット作品を弾くミニコンサートも用意されるなど、TANの最重要テーマがさりげなく盛り込まれているのも、テーマ性が明快なこのNPOらしい。
6回目ともなると、ボランティアで参加し、企画から当日の運営までを仕切っている50名以上のサポーターの動きも、堂に入ったものになっている。自分が何をすべきかきちんと判っており、誰が指示をせずとも、自然とやるべきことをやっている。先生にあれをやれこれをやれと言われないとやらない子供の集まりではないのだ。
サポーターの中には、TANの他のイベントでこの組織に関わった顔ぶれがいくつも見える。ティーンエイジャー・コンサートのスタッフだった高校生など、なんとも堂に入った舞台裏の動きっぷりだ。年に一度の大イベントとあってサポーターの人数も多く、サポーター同士のリユニオンが行われるようになっている。もうひとつ、ホールを管理している第一生命不動産部の若者らが、このときとばかりに普段は関われないホールの中身の活動に自主的に関与してくれたことは、特記すべきだろう
TANというNPOのオソロシイところは、地域住民でござい、という顔でさりげなく参加している紳士が、実は大手広告代理店で億単位のイベントを仕切っているプロ中のプロだったりするところにある。ボランティア参加している現役バリバリの広報マンが、まるで操る風もなく自在にボランティアを操っている様は、若く経験もこれから積まねばならぬTANの専任スタッフは足下にも及ばない手練れの巨匠芸。そういう人がひとりやふたりではないのが、地方の公共ホールでのイベントと、東京のど真ん中にあるTANのイベントとの違いかもしれない。端から眺めているだけでも、TANというNPOにとってのサポーターは、音楽事務所にとっての演奏家と同じほど大事な資源なのである、という事実を痛感させられる。
自分よりも遙かに経験も実績もあるプロがボランティアとして動くのを相手にせねばならないなど、NPO職員にとってはとても難しい状況ではあろう。なにしろ単に「音楽業界ノリ」ではすまされないのだ。そもそも、どこの公共ホールなどでも、ボランティア対応は、その部署で最も有能な人材が専任にならねばならないほど大変で微妙な仕事。「音楽事務所」や「音楽業界」の日常仕事をやりながら、一方でこのような難しい仕事を日常的にこなさねばならぬのだから、TAN職員に求められる資質は極めて高いものとならざるをえない。
逆に言えば、普通の文化財団職員ではなかなか経験し尽くせない、TANならではの経験がここにある。この場で経験を積めば、どこにいっても怖くないのだろう。なんにせよ、おもしろい組織ができてしまったものだ。
今年からは、NPOが定款で謳っていた中央区の地域文化振興だけでなく、急速に人口が増えている豊洲方面への展開や、江東区が運営する公共ホールのティアラこうとうとの協力関係も始まったとのこと。NPOと近隣区財団との関わりは、今後の課題だろう。
夏の午後に約千人が訪れたという今年のオープンハウス、狭い練習室に溢れるほど人を詰め込み、みなが手を取り踊りまくったスロヴァキア舞踏で幕を閉じた。「最後のステージなので、お客さんが誰もいなくなってしまうかもしれません。手空きの方は5時には練習室に行ってください」などと朝の集合時間にはサポーターへの通達も出ていたのだけど、そんなもの不要なほどの盛況ぶりである。踊りの輪に入った中から、来年は踊りを準備する側に加わる人がどのくらい生まれるのかしら。
アマチュアのイベント屋ごっこではないTANのオープンハウスは、成功かどうかは入場者数で決まるのではない。このオープンハウスを経験し、来年はサポーターになろうと思う人がどれだけいるかこそ、真の評価なのだ。
※渡辺和さんには、レポートのほか写真撮影にもご協力を頂きました。 TAN・WEB編集部
公演に関する情報
オープンハウス2005~世界は踊る!~
日時: 2005年7月16日(土)12:00~18:00
出演者:東京シティ・バレエ団(山口智子、加藤浩子ほか)
bell voix Quartette(弦楽四重奏団)
北インド古典舞踊「ヤクシニィ・カタックセンター」
スロヴァキア少年少女民族舞踊「シャリシュ」
演奏曲:
東京シティ・バレエ団によるヴィヴァルディ「四季」
(演奏:bell voix Quartette、朗読つき、構成・演出・振付:石井清子、
舞台監督:淺田光久)他