2011.4.9
音楽のある週末 第7回 中村紘子 ピアノ・リサイタル
報告:齋藤健治/編集者/月島在住/1階12列21番
投稿日:2011.04.9
TANが贈る音はいつだって、私たちの側で待っている―ホール・TAN創立10年、これからの10年、大震災を迎えて―
2000年、20世紀の最後の年、偶然にも私は月島に越してきた。
そして新しく越してきた町のあちらこちらを歩いた。晴海のほうでは新しいビルが建築途上だった。
その中心に、ぽっこりとした円い建物が見える。
これはいったい何? まさかプラネタリウムでもあるまいし......。何だろう。
2001年、21世紀の最初の年。晴海トリトン・スクエアがオープン。そして「ぽっこりした円い建物」が何であるかを知る。
そう、わが「第一生命ホール」だ。
そしてこのホールの運営主体がNPO法人「トリトン・アーツ・ネットワーク」であることを仕事を通して知り、幸いなことに知遇を得た。
なんたる偶然のことか。
大好きな音楽が自分の暮らしに、どんどん入り込んできた。受動的なリスナーではなく、徐々に主体的な関係者となっていった。
まさかこんな暮らしが始まるとは。でもTANは私の側にいつでもあった。
* * *
前置きが長くなったが、晴海・第一生命ホール、トリトン・アーツ・ネットワーク発足から10年。
意欲的なプログラムが次から次へと用意されている。
2011年4月9日。今日は、新年度を飾る、中村紘子さんのリサイタルだ。
* * *
最初はバッハ。
思わず、涙ぐむ。
なんて、アグレッシブな演奏なのか。まるでコンクールに臨む野心たっぷりの若手アーティストのような舞台。
勝手ながら円熟味を増した演奏に接することができると思っていたが、そんな予想はものの見事に覆えされる。
* * *
「私は『ここ』に『いる』。私はいま、バッハを弾いている。バッハを弾いている! 私は、いま、バッハを弾く!」
「でもね、あなたは『ここ』にいない。『あなた』に『ここにいてほしかった』。でも私はいま、バッハを弾いている!」
そんなメッセージをステージから受け取ったかのように身震いする。
3.11震災後に初めて聴いたコンサートだったから、聴いている私のほうも高揚気味だった。
しかしその気持ちを、ある時は高め、ねじ伏せ、最後は平穏へと導く。
先に書いた「円熟味を増した演奏」。もしかすると「円熟」とはこうしたサウンドのことを指すのかもしれない。
円熟とはけっして、ゆったりとした滋味豊かな味わいばかりではない。しみじみとしたものでもない。
人々の心を大きくゆさぶりながらも、けっして自分勝手に投げ出さず、責任をもって大きな掌で受け止める。
アーティストがステージから投げ掛ける音が、確かにオーディエンスの生活の一部に食い込んでいく。一日、一日の暮らし方に食い込む。
ふとした瞬間に、あの時聴いたステージの音が立ち上がってこないだろうか。
それは仕合わせな一時である。少なくとも私にとっては。
音がいつも自分の生活の側にある。
* * *
その後、ベートーヴェン、シューベルト、チャイコフスキー、ラフマニノフと続く。
アンコールは、ブラームス。
* * *
これまでの10年、TANはいつも考えてきた。
「『あなた』に、『いま』、『この音楽』を、『聴いてほしい』」
こんな願いでコンサートを創ってきたと思える。
なぜなら、端から見て、そしてスタッフと接し、スタッフはいくつもの新しいことにチャレンジしてきたことを見てきたから。
こう書いてくるとTANのすべてを肯定しているようだが、苦言もずいぶんしてきた。
でも、TANの基本理念は揺るいでいない。
「『あなた』に、『いま』、『この音楽』を、『聴いてほしい』」
これまでの10年、そして大震災後のいま、確かな音楽を、TANは伝えてきた。
これからの10年もそうあってほしい。
ひっそりと暮らす人の一日を、シアワセな音で包み込んでほしい。
TANはいつも素敵なアーティストを連れて、私たちの側にいるのだ。
公演に関する情報
音楽のある週末 第7回 中村紘子 ピアノ・リサイタル
日時:4月9日(土)14:00 開演
出演:中村紘子(ピアノ)