2005.10.30
ふたりでコンサートⅡ
~オペラの名曲を聴きながら素敵な時間をおふたりで~
「そろそろ夫婦ふたりの時間を持ちたいけれど、なんとなく照れくさい。
そんなおふたりが音楽を聴くことで昔に戻って
これからの時間を楽しむきっかけになりますように。」
プログラムの表紙に書かれていた上記のコンセプトにはちょっと対象外だったが、オペラにはそれ程興味のなかった彼が「行ってみようか」と言うので、「ふたりでコンサートⅡ~オペラの名曲を聴きながら素敵な時間をおふたりで~」に足を運んだ。満員となったホールには、ご年輩のカップルでまさに「ふたりでコンサート」している方が大勢いらしており、通常の客層とは一味違った雰囲気。もちろん、我々のような若い(?)カップル、そして友人同士なども多かった。
コンサートは、バリトンの折江忠道が引導役となり、曲にまつわるエピソードや出演者の紹介、音楽の楽しみ方等、ユーモアたっぷりの巧みな話術で進行された。前半は出演者4人がそれぞれお好きな曲を選んだという歌曲やオペラ、ミュージカルナンバーなどを披露。ライトアップされたステージに、出演者はワイン片手に歌ったり、踊ったり、飲んだり、酔っ払ったり(?!)。我々観客も何だかグラス片手に聴いているような気分になり、ホール全体リラックスした雰囲気に包まれた。前半の最終曲、シュトラウスの「こうもり」から《公爵様、あなたのようなお方は》では、現在最も注目されているソプラノの一人高橋薫子が、ピュアでのびやかな声を響かせて爽快に笑い飛ばし、その豊かな表現力に魅了された。
「コンサートホールで、出演者と観客が同じ時間を共有しあうことは素晴らしいし、まして隣に愛する人がいるならばこんな幸せな事はない」。こんな折江氏の言葉で始まった後半は、オペラの名曲がズラリと並んだプログラム。
ビゼーの《カルメン》では、セクシーな深紅のドレスに身を包んだ若手メゾ・ソプラノの河野由美子が観客席の間を練り歩き、何だか照れくさそうに硬直している男性客を挑発して歌うと、会場内から小さな笑い声がおこる。また、プッチーニの名アリア《星は光りぬ》では、まだ20代にして今後の活躍が期待される若手テノール平尾憲嗣が、張りのある歌声を披露し、ホール内の温度も徐々に上がってきた。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」から《お手をどうぞ》は、ツェルリーナ役ソプラノ高橋氏を折江氏が誘惑する二重唱で、「のぶりん(高橋氏)みたいに上手くて、若くて、可愛いい人が相手役だと稽古していても疲れないのですよ」という折江氏の発言通り、息のあった美しい歌声が会場内に響き渡った。
そして、ついに最後は4人全員が登場。ヴェルディの「リゴレット」から四重唱《いつかあなたに会った時から》を、まさにオペラの醍醐味を見せ付けるがごとく、それぞれが表情豊かに歌い上げると、満員の観客からは割れんばかりの拍手と「ブラヴォー」の連呼。続くアンコールの「オー・ソレ・ミーオ」で、会場内のヴォルテージは最高潮を迎え、コンサート終了直後には、ステージと観客席が確かに一体化したような、地鳴りのようなものを聞いた気がした。
そんな中、二階中央の観客席にふと目をやった私。皆何だか顔をほころばせて拍手されているのがわかった。それはもちろん、(今流行りの)お笑い芸人を見て突発的に笑っている表情でもないし、その瞬間だけを楽しんでいるのともチョッと違う。心が満たされた時に自ずと内面から湧き上がってくる、そんな表情だ。愛する人と心満たされる時間を共有すること、「ふたりの」人生を豊かにする一期一会の花が、色鮮やかに咲いた瞬間だったのかもしれない。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート16〉
ふたりでコンサートⅡ
~オペラの名曲を聴きながら素敵な時間をおふたりで~
日時: 2005年10月30日(日)15:00開演
出演者:高橋薫子(ソプラノ)、向野由美子(メゾ・ソプラノ)、
平尾憲嗣(テノール)、折江忠道(バリトン)、奥谷恭代(ピアノ)
演奏曲:
第1部
ロドリーゴ:お母さん、ポプラの林へ行ってきた~「4つの愛のマドリガル」より
ロッシーニ:約束、クルティス:忘れな草、
Rロジャース:魅惑の宵~ミュージカル「南太平洋」より/
シャル・ウイ・ダンス~ミュージカル「王様と私」より
レハール:君はわが心のすべて~オペレッタ「ほほえみの国」より、
カールマン:来てくれジプシー~オペレッタ「伯爵夫人マリッツァ」より、
J.シュトラウス:十人十色/侯爵様、あなたのようなお方は~オペレッタ「こうもり」より
第2部
G.ドニゼッティ:いとしい妙薬!僕のもの!~オペラ「愛の妙薬」より、
G.ビゼー:ハバネラ~オペラ「カルメン」より、
G.プッチーニ:星は光ぬ~オペラ「トスカ」より、
G.ロッシーニ:今の歌声は心にひびく~オペラ「セビーリャの理髪師」より、
G.ヴェルディ:プロヴァンスの海と陸~オペラ「椿姫」より/
四重唱「いつかあなたに会った時から」~オペラ「リゴレット」より
ふたりでコンサートⅡ
~オペラの名曲を聴きながら素敵な時間をおふたりで~
トリトン・アーツ・ネットワークが主催する演奏会は、基本的には全てシリーズとしての位置付けがあるそうな。10月30日日曜日の午後、第一生命ホールで行われた「ふたりでコンサートⅡ」は、「ライフサイクル・コンサート」に分類されている。その意味がどうあれ、「コンサートを中心とした休日の生活サイクル」としてパッケージが作れるオプションが様々に用意されていたことは確かだ。
この演奏会を「理想的」にモニターするためには、以下のようでなければならぬ。
まず、夫婦者か友人とでの参加。ペアチケットを購入し、自宅最寄り駅から電車を乗り継ぎ、午前11時に地下鉄月島駅6番出口に集合。佃在住TANサポーターさんの先導で、佃島のあちこちを眺め歩き、隅田川縁を歩き、軽くランチ。ホールの客席に座り、終演後はトリトンのレストランで東京湾岸の夜景を眺めながらディナーを頂く...という筋書き。これでペアチケット食事電車賃込みでお二人様1万5千円くらいかしら。熟年夫婦の秋の日曜日の楽しみとすれば、妥当なところだろう。
そんなレポートが出来れば理想なんだろうが、筆者のその日の実態たるや以下。
まず、地元佃在住のオッサンがひとり、チャリチャリと自転車を転がしてトリトンまで行く。自転車置き場に留め、フードコートでハロウィン装束の子供らが行進するのを呆然と眺めつつ焼き鳥丼を喰らい、本屋を覗き、ホールへ向かい演奏会を鑑賞。終るや、時計を覗きつつ連絡先に電話を入れ、相手に渡すものを渡し、家に飛んで帰って別の場所で7時から始まる某弦楽四重奏団マスタークラスに向かうべく地下鉄月島駅へ。いやはや。
「ライフサイクルコンサート/ふたりでコンサート」の趣旨に反するのは明瞭。だから、このレポートは、意図された聴衆対象ではない場所からの感想である。
なにはともあれ、2階横から客席を見渡せば、ほぼ満員。スタッフに拠れば、聴衆の実数は600弱。そのうちペア券は100セットほどというのだから、「ライフサイクル・コンサート/ふたりでコンサート」としての趣旨は伝わっているといえるだろう。嫁さんと一緒にオペラの歌なんて演奏会に来ちゃったよ、という感じの恥ずかしげなオジサンたちもチラホラ。数は少ないが熱心な聴衆が集まる「クァルテット・ウェンズディ」の客席を見慣れた目には、普段とは相当に違ったホールの雰囲気である。ロビーから眺める佃や銀座方面の風景を携帯電話のカメラで記念撮影をしたり、あれが聖路加タワーで向こうが銀座、あっちが新橋のコレドで......なんて珍しそうに話し合っているご夫婦の姿も。おお、夏の住吉神社の例大祭で一緒に浴衣で御輿を担いだ町内会役員の豆腐屋さんご夫妻がいるではないか。「第一生命ホールって、一度行ってみたかったんだけど、なかなか機会がなくてねぇ」と、自宅の方を眺めていらっしゃる。
で、音楽である。バリトン折江忠通が司会進行を務めつつ、藤原歌劇団がこの日のために選んだ若手・実力派歌手が四声部並び、次々と声を披露する。お話で客席を笑わせ、ワイン瓶一本を小道具の狂言まわしにさりげない情景を描き、ミュージカル・ナンバーでは舞台で踊り、さらには客席から登場した赤いドレスのカルメンが奥様と連れ立って来たお父さんを誘惑しドギマギさせる。さすがにオペラに慣れた方々、大人の芸である。こんなオペラアリア集の演奏会は、客席の方がある程度以上「楽しんでやるぞ」と気構えていないとしらけてしまうものだけど、さすがにこの日の聴衆は判っている。このような「大人の雰囲気」が作れる演奏家は、案外いない。それに乗れる聴衆も、案外といないもんなのだけど。
というわけで、孤独なオジサンのレポートはこれにて終了。
あ、ひとつ付け加えておきましょう。晴海の新しい第一生命ホールでは、このようなイタリア系声楽のコンサートは珍しいようだ。でも、日比谷の旧第一生命ホールを回顧できる音楽ファンならば、あの場所が誰よりも声楽家に、特にイタリア系の歌い手たちに愛された場所だったことを、記憶しているだろう。旧第一生命ホールは、帝劇裏の便利な歌曲リサイタル会場だったのだ。近所の帝国ホテル住まいの藤原歌劇団創設者藤原義江を筆頭に、長門美保や柳兼子、果ては鮫島有美子まで、数多くの歌手達があの重厚な空間に声を響かせていた。それに、長くイタリア声楽コンクールの会場だったのだ。藤原歌劇団の古株には、お堀端の旧第一生命ホールを懐かしく想い出す者も多かろう。
そんな過去の日がちょっとだけ蘇ったような、一瞬のデジャヴ。そんな感慨を抱いたのは、他に誰もいなかったかもしれないけど。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート16〉
ふたりでコンサートⅡ
~オペラの名曲を聴きながら素敵な時間をおふたりで~
日時: 2005年10月30日(日)15:00開演
出演者:高橋薫子(ソプラノ)、向野由美子(メゾ・ソプラノ)、
平尾憲嗣(テノール)、折江忠道(バリトン)、奥谷恭代(ピアノ)
演奏曲:
第1部
ロドリーゴ:お母さん、ポプラの林へ行ってきた~「4つの愛のマドリガル」より
ロッシーニ:約束、クルティス:忘れな草、
Rロジャース:魅惑の宵~ミュージカル「南太平洋」より/
シャル・ウイ・ダンス~ミュージカル「王様と私」より
レハール:君はわが心のすべて~オペレッタ「ほほえみの国」より、
カールマン:来てくれジプシー~オペレッタ「伯爵夫人マリッツァ」より、
J.シュトラウス:十人十色/侯爵様、あなたのようなお方は~オペレッタ「こうもり」より
第2部
G.ドニゼッティ:いとしい妙薬!僕のもの!~オペラ「愛の妙薬」より、
G.ビゼー:ハバネラ~オペラ「カルメン」より、
G.プッチーニ:星は光ぬ~オペラ「トスカ」より、
G.ロッシーニ:今の歌声は心にひびく~オペラ「セビーリャの理髪師」より、
G.ヴェルディ:プロヴァンスの海と陸~オペラ「椿姫」より/
四重唱「いつかあなたに会った時から」~オペラ「リゴレット」より