2005.10.16
古典四重奏団 バルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会2
報告:伊志嶺 絵里子/大学院生
投稿日:2005.10.16

客席に着くなり、プログラムノートに目を通すわけだが、ヴァイオリンの川原さんご自身が書かれていたので、演奏者の声として興味深く読み進めた。やがて、舞台には集中した面持ちの古典四重奏団の姿がポツポツと現れる。譜面台のないステージが緊張感をより煽り立てているように見えた。(ああ、何だかスリリング)
さて、第4番。初めて聴いた古典四重奏団の演奏は、決して攻撃的にならず、躍動感をもちながらも緻密にもとめて上げている印象をもった。第4番の第1楽章、緊迫感に満ちた冒頭モチーフに続き、半音階的な動きや無調的で強烈に和声がぶつかり合う場面も、決して狂気的に聴こえてこなかった。全体の中心となる第3楽章は、深い闇夜の霊気の中で、即興的に民族的な歌が朗々と流れているイメージが頭に浮かび、田崎さんのチェロが紡ぐその柔らかな肉声にしばし耳を傾けた。すべてビチカートで演奏される第4楽章は、終盤で何だか津軽三味線を聴いているような気分に...(私だけかもしれないけれど。でも、バルトークだったらチョッとだけあり得るかしら?!)最終楽章は、(たぶん)第1楽章で聴いたような素材が展開され、「どんな風に終わるのか」少し期待していたら、第1楽章と全く同じ終止でみごと帰還した。本当に厳密なまでのシンメトリック(対象性)構造。このまとまり感って、何だか人間に安心感を与えてくれるものだ。
第5番は、4番よりも調性的で、楽章間のシンメトリックも4番よりは分かりやすく聴けた。第1楽章の古典四重奏団の演奏は、威厳に満ちた冒頭部分、ヴィオラの三輪さんが川原さんの動きをジーッと見ながら演奏しているのが印象的。暗譜していなければ、なかなか出来ないことだもの。第2楽章は、調性的なハーモニーが、思索的にゆったりと進行し、その中をさまよい歩くのびやかなヴァイオリンの音色がとりわけ美しかった。第3楽章は、プログラムノートによれば、舞踏リズム(ブルガリアリズム)を全面的に用いていており、こんな不均等なリズムでよくぞ踊れるものだなんて始めは思ったが、いつしか血が騒ぎ出したかのようにのめり込んでいく(笑)。そして何といっても第5楽章が面白い。第1楽章と同様に4人の息の合った冒頭のモチーフがとんどん切迫して展開されていく。中間部には第1楽章のモチーフ(待ってました!)がフーガの形で登場し、古典四重奏団の演奏にも緊張感がひた走ったが、非常に整然とした印象だった。終盤は、4つの楽器の生々しい叫び声が途切れると、いきなり子どもの民謡みたいな歌が、奇妙な歪みをもって現れる、これは夢か幻か・・・。「今の何?」なんて思う間も無く、時間芸術とは酷なことに、アッという間にフィナーレに向かって怒涛の勢いで再び流れ込んでいってしまった。
いよいよ最終曲、バルトークの最後の弦楽四重奏曲である第6番は、アメリカへ亡命する前年に書かれたとの事、祖国への告別の思いなどが、各楽章の冒頭に置かれた「メスト(悲しげに)」の部分に託されている。第1楽章冒頭、ヴィオラの三輪さんがそのメストの旋律を、孤独に、それでいて愁訴するような力強さも残して奏でられた。しかし、楽章が進むにつれ、メスト部分はより深遠な悲しみに落ち込んでいく。ついに最終楽章では4つの楽器全体がメスト主題に支配されることで、人間バルトークの痛切な情感が私の胸に押し寄せてくる。最後に第1楽章と同様、三輪さんがメストを弾くが、それは既に力なく、虚無感すら覚えるようなもので、何か人間の未来をも危惧しているかのごとく、ひたすら、不安に、悲しく、聴こえてきた。
・・・というわけで、予備知識ゼロの私だったが、バルトーク弦楽四重奏曲第4番から6番までの明確な個性や構造(といっても、1度聴いただけでそんな正確にはわからなかったけれど)、何だか血が騒ぐようなリズム、どこか懐かしくなるような民謡の数々、古典四重奏団の推進力と緻密で真摯な演奏、決して汚さない音色と溶け合う響きなど、私の勝手な創造力も手伝って思いがけず幾つかの発見を生んだ。そして何よりも、第6番の最終楽章で、自分の感性が研ぎ澄まされていくような、何かそんな感覚に包まれた事は、コンサート空間で聴くことの醍醐味。
演奏直後の古典四重奏団の表情は、第6番に引きずられたように憂色が濃かったけれど、2、3回目のカーテンコールの際に、川原さんと三輪さんの表情がゆるみ、控えめな笑みを浮かべていた。この瞬間、何だか私は彼らをとっても応援したくなって、より一層力を込めて拍手を送ってしまった。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#42〉
古典四重奏団 バルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会2
日時: 2005年10月12日(水)19:15開演
出演者:古典四重奏団
[川原千真/花崎淳生(Vn)、三輪真樹(Va)、田崎瑞博(Vc)]
演奏曲:
バルトーク:弦楽四重奏曲第4番Sz91、
弦楽四重奏曲第5番Sz102、弦楽四重奏曲第6番Sz114
古典四重奏団 バルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会2
報告:須藤久貴/大学院生/1階10列10番
投稿日:2005.10.16

10月1日に開かれた古典四重奏団のレクチャーコンサートは、いわばバルトークの森を案内するコンパスであった。演奏を伴いながら、クロアチアの民謡がベートーヴェン≪田園≫に酷似していることを記したバルトークの論文の紹介に始まり、≪田園≫第2楽章の内声に出てくる水の流れのような音型を、バルトークの弦楽四重奏曲第6番第3楽章の中間部に照らし合わせてみたり、第4番第3楽章のヴァイオリンに「確実に鳥の声」(チェロの田崎瑞博さん)を聴き取ることができると解説された。自然描写的なモティーフだけではなく、バルトークには「宇宙」が広がっている。バッハの≪フーガの技法≫が「大宇宙」ならば、バルトークの第4番第2楽章は「小宇宙」、まるで「万華鏡の世界」だという(しかもバルトークの楽譜は厳密で偶然性の介在を許さないから難曲だという)。第5番第1楽章のコーダに出てくるカノンを「巨大なクロスワードパズル」と田崎さんは表現し、最後に第6番全体を「自己との対話」と位置付けた。全楽章とも冒頭に"Mesto"(悲しげに)と記された同一のモットーから音楽が始まるこの曲の特殊性を強調し、第4楽章はカノン風でありながら「しかし相手が歌い終わる前に重なり合い、一度も協和していないのに美しい」と田崎さんは述べられた。
レクチャーでお話を聴いていると、彼らのバルトークに対する思いの深さが伝わってくる。だからといって、10月12日「バルトーク全曲演奏会第2回」での古典四重奏団は過度に熱くなったり、冷静さを失ったりはしなかった。変わったリズムをここぞとばかりに強調したり、作為的にわざとらしく弾いてみたりすることを巧妙に避けている。客席に挨拶するときも笑わない。しかし彼らの職人的な音楽家ぶりは落ち着いていて、逆に安心感を生むような気がする。
弦楽四重奏曲第4番は、第3楽章に長いチェロのソロが出てくる。田崎さんはことさらに強く弾いたりはしないが、装飾音を和音のように重ねて弾くところに好みが現れていると思った。第4楽章のピチカートは、ときおり指板へ強く叩きつけるように弦をはじく部分があるが、第1ヴァイオリンの川原千真さんは、これを激しく打ち鳴らし、フレーズの切れ目ごとに右手を大きく円を描くように振り上げていた。
第5番を聴いていると、極限まで速く弾こうとしているみたいで、まるでテープを二倍速で流しているくらい超人的な技だった。第5楽章はテンポが速まったことで逆に、大局的な曲の構造が見えやすくなり、各楽器ごとに分散された音が一つの糸となって半音階的進行を構成している骨組みが浮き上がってきた。そのまま突っ走っていくと思いきや、第2ヴァイオリンの花崎淳生さんがわざと、子供の下手なヴァイオリンみたいな調子で、バイエルに出てきそうな平板なメロディーをノン・ヴィブラートで弾き始めたから、油断しているとびっくりさせられてしまう。他方で、第2楽章のコラールは心を鎮め、敬虔な気持ちにさせるようだった。絶妙なバランスの和音の上に立ちながら、たゆたうように歌う川原さんのヴァイオリンがとても美しかった。
第6番は同じモットーが楽章ごとに演奏されるから耳になじみやすい。ヴィオラの三輪真樹さんのソロは闇夜をそろそろと歩いているようで、これから進んでいく"Mesto"を先触れしているかのようだ。それでいて第2楽章の中間部での南国的な明るい光が射しこむと、チェロの高音の主題に合わせて、三輪さんはウクレレのようにピチカートの和音を勢いよくかき鳴らすのだ。楽章ごと同じ旋律が返ってくるたびに、鏡に映った自分の姿を見つめているみたいで、何だか痛々しい。第4楽章はまさに悲しみに溢れていて、殊に憂鬱になる。末尾に、ヴァイオリンが虚ろに和音を弾きながら、モットーの前半部分をなぞった旋律がチェロのピチカート和音で現れる。田崎さんは初めの和音を強くはじき、残りの音を弱々しく速めにはじいた。あたかも音の先には続きがあるみたいで、その余白の中に何か虚しさのようなものを感じてしまった。
聴衆の反応も9月28日の第1回よりもよかったと思う。前半でも後半でも、何度も「ブラヴォー」といくつもの歓声が飛び、よく音楽を分かっている人が多くいらしていたという印象を持った。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#42〉
古典四重奏団 バルトーク弦楽四重奏曲全曲演奏会2
日時: 2005年10月12日(水)19:15開演
出演者:古典四重奏団
[川原千真/花崎淳生(Vn)、三輪真樹(Va)、田崎瑞博(Vc)]
演奏曲:
バルトーク:弦楽四重奏曲第4番Sz91、
弦楽四重奏曲第5番Sz102、弦楽四重奏曲第6番Sz114