カルミナ四重奏団 Festa 第1日〈#80〉
The Inheritors-伝統を受け継ぐ者
会場は拍手喝采でした。奏者・作曲者への純粋な感謝に満ちた顔、何か大切なものを思い出した顔、心満たされた満足気な顔...私も含めて、全ての会場の人間が幸せを感じた二時間でした。
この日のプログラムは、ハイドンの「皇帝」、ドヴォルザークの「アメリカ」、シューベルトの「死と乙女」といった、超有名曲です。最早、演奏しつくされたと言っても過言ではありません。この大曲をどう表現するのか...否が応でも、期待は高まります。
一瞬の静寂、曲が始まる直前の、奏者・聴衆ともに最も緊張する瞬間。言うなれば「全てを見通す間」でしょうか。それは驚くほど柔らかく、息を呑む時間でした。
カルミナ四重奏団は、優しく降り注ぐ陽光の様に「皇帝」を歌い始めました。第一楽章・アレグロでは、朗らかな響きが会場を包んだと思えば、第二楽章・アダージョで芳醇な香りが漂い、カンタービレではある種の懐かしさを覚えました。しかし、それもつかの間。第三楽章・メヌエット・アレグロを抜けると、終楽章・フィナーレでは人生の激動期・苦難の幕開けを連想する様な、雷雨の如き演奏が待っていました。
...ハイドンの後にふとプログラムに目を落とすと、「なぜこの組み合わせなのだろう」という疑問を感じました。それは各曲目を通して、少しずつですが、自然と明らかにされました。
ドヴォルザークの「アメリカ」。演奏は思っていた以上に激しく、また愉しみに満ちたものでした。その愉快なメロディーは、ハイドンの生きた時代から時を進め、開拓者精神に溢れた「アメリカ」の情景を想像させるに充分なものでした。「人生は楽しいものだよ」...カルミナ四重奏団の面々は、そう語りかけているかの様でした。
休憩を挟んで「死と乙女」へ。いわずと知れた難曲です。絶望・断絶・哀願・慟哭...どの様な言葉をもってしても、この曲は言い表せません。私はこの曲を聴くうちに、否がおうにも「死」について考えてしまいました。そして「死」と「生」がこれ程までにせめぎ合う現実...。カルミナ四重奏団の演奏は、私の胸を強烈にしめつけたまま、圧倒的なフィナーレをもって終了しました。
...全ての曲目が終了しても、私の心は泡だったままでした。そこへ聴こえてきたのは1stVnエンデルレ氏の声です。アンコールは「モーツアルト」でした。会場には、ざわめく気持ちを優しく静める天上の声が響いていました。
皇帝・アメリカ・死と乙女・モーツアルト...人間が生まれ、天に召されるまで...壮大な物語を見たかのような体験でした。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウィークエンド 2009-2010 Festa〉
カルミナ四重奏団 Festa 第1日〈#80〉
The Inheritors-伝統を受け継ぐ者
日時: 2009年6月6日(土)18:00開演
出演者:カルミナ四重奏団[マティ-アス・エンデルレ/スザンヌ・フランク(ヴァイオリン) 、
ウェンディ・チャンプニー(ヴィオラ)、 シュテファン・ゲルナー(チェロ)]
演奏曲:
ハイドン:弦楽四重奏曲第77番ハ長調op.76-3 Hob.III-77「皇帝」
ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲第12番ヘ長調op.96 B.179「アメリカ」
シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810「死と乙女」