2008.9
プレアデス・ストリング・クァルテット〈#72〉
~ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会IV ~
本日のプログラムは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の二曲と大フーガという、休日の昼下がりに聴く音楽としては、随分と重いプログラムに関わらず、ホールの客入りは8割程度と予想以上の盛況であった。客層は、プログラム構成からか、クラシックファン風のご年配方が目立っていたが、学生風の若者もちらほらと。
私の座席は、ホール後方より手前のほぼ真中の席で、舞台上の奏者の姿が、譜面台に被ることもなく、視覚的にも満足。また音響的にも、舞台上の雑音が届かず、ホール全体の響きがよくわかる場所で、目も耳も十分に楽しめる絶好の座席であった。
さて、プログラム前半はベートーヴェンのラズモフスキー1番。1楽章冒頭のチェロによるテーマから、非常に伸びやかな歌に溢れた演奏であった。チェロ山崎さん、ヴィオラ川崎さんといった円熟期の演奏家2名が、しっかりとした音楽の土台を作り、その上にヴァイオリンの2人が乗っかるという様な印象を受けた。それはラズモフスキー1番という曲だからこそかもしれないが、チェロの山崎さんが全体をコントロールし、ベートーヴェンであっても、肩肘張らない自然な音楽作りが特徴的で、聴くものを圧倒するのではなく、聴くものの呼吸を自然とベートーヴェンの音楽に惹きこんでいくような感じであった。特に、3楽章の途中、チェロのピチカートをベースにヴァイオリンが美しいメロディーを奏でる箇所など、そのピチカートの息遣いやフレージングが素晴らしく、思わず息を呑んでしまうような緊張感があったことが印象に残っている。ただ、一つだけ残念だったのが、1楽章と2楽章の間で、後から入ってきた聴衆の誘導の為に、演奏者も暫らく待たされてしまい、1楽章で出来上がった空気感が壊れてしまうようで、少し残念ではあった。
さて、後半のプログラムは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番と大フーガ。ベートーヴェンの晩年の作品だけあって、非常に内容の濃い作品である。ただ、第13番などは、他の後期弦楽四重奏から比べると幾分か取っつきやすく、楽章ごとのキャラクターに変化の富んだ名曲と言えるかと思う。演奏はというと、ラズモフスキー1番のどちらかと言うと中低弦主導で、高弦の個性が隠れていた印象から一転、第13番と大フーガに関しては、高弦の主張がはっきりし、4パートそれぞれが主張し合い、また場面によっては見事なまでの統一感があった。また、ラズモフスキー同様に各パートから歌が溢れ出るものがあり、第5楽章の緩徐楽章では、どこか移ろいゆく儚いメロディーを、1st Vlの松原さんはヴァイオリンという楽器が奏でることができる限界を駆使して聴かせてくれた。楽器から直に空間を振動させ直接耳に飛び込んでくるこのライブ間は、やはり生のコンサートならではのもの。得がたい経験であった。
今後もこのカルテットの活動は注目していきたく、また、演奏会にも機会があれば是非足を運びたく思う。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウィークエンド 2008-2009 Galleria〉
プレアデス・ストリング・クァルテット〈#72〉
~ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会IV ~
日時: 2008年9月15日(月・祝)15:00開演
出演者:プレアデス・ストリング・クァルテット
[松原勝也/鈴木理恵子(ヴァイオリン) 川崎和憲(ヴィオラ) 山崎伸子(チェロ)]
演奏曲:
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第7番ヘ長調op.59-1「ラズモフスキー第1番」
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番変ロ長調op.130、大フーガ変ロ長調op.133
クラシック はじめのいっぽ Vol.8 ~フルート~
期待に胸を躍らせる中、ヘンデルのラールゴから始まったコンサート。工藤さんのフルートが音を奏でた瞬間、あまりの美しさに、客席からはため息が漏れました。私は2階席の最後列、つまり工藤さんからは最も遠い位置に座っていたのですが、まるで耳元で楽器を鳴らしてもらっているかのような、澄んだ音色。美しすぎて鳥肌が立ってしまいました。
続いて、有名なテレマンのソナタ。演奏の素晴らしさは言うまでもありませんが、曲ごとに繰り広げられる工藤さんのトークにも、非常に楽しませていただきました。作曲家の豆知識などの音楽的なお話から、工藤さんがお住まいのパリのお話にいたるまで、客席からはたびたび笑いが起こりました。工藤さんの気さくなお人柄も、大変魅力を感じさせるものでした。
その後は、歌曲、ピアノ曲など、フルートの名曲だけでなく、幅広いプログラムを楽しませていただきました。フルートのマスターピースをじっくり味わうのも良いですが、オリジナルとは違う、フルート版の演奏を味わうのも趣深いものです。唐揚げだけの唐揚げ弁当よりも、たくさんのおかずを味わえる幕の内弁当のほうが、ワクワクするものですね。
そうして同じ味付けに慣れてきたころ、ボリングの作品が印象的なスパイスとなりました。ジャズの雰囲気が新鮮で、繊細でありながら情熱的な、成田有花さんのピアノがぴったりでした。全く飽きさせないプログラムで、工藤さんのセンスの良さに感服しました。
言うに及ばず、フルートの名曲といわれる作品も素晴らしかったです。「精霊の踊り」、「アルルの女」のメヌエット、「ハンガリー田園幻想曲」と、まるで伊勢えび、マツタケ、松坂牛のオードブルのよう。この内容で、お昼にふらっと聴きにいけるなんて、まさに贅沢と言わんばかりです。チケットがかなり低価格なことにも驚きました。
そして、客席が最も沸いたのは、おそらくバッジーニの「妖精の踊り」でしょう。ヴァイオリンの言わずと知れた難曲ですが、超絶技巧のオンパレードに、曲が終わった瞬間、待ちきれなかったかのように大きな拍手が起こりました。フルートは、「優雅」、「癒し」という印象が強いと思いますが、激しく走り回る音符を目の当たりにして、フルートの新たな一面に驚かれた方もいらっしゃったことと思います。
クラシックのコンサートはなんとなく「敷居が高い」というイメージがあるようですが、お昼のひとときに気軽に楽しめる印象でした。テレビやCDで聴いたことのあるメロディーでクラシックに親しみを覚えると同時に、ちょっと変わった曲やインパクトのある曲によって、クラシック音楽の「奥深さ」も感じさせる、充実した一時間でした。また、工藤さんのような素晴らしい演奏家のコンサートが「はじめのいっぽ」となったなら、これほど贅沢なクラシックデビューは無いと思います。クラシック初心者でも、はたまたクラシックマニアにとっても、心から「おなかいっぱい」になれる素晴らしいコンサートでした。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート #29〉
クラシック はじめのいっぽ Vol.8 ~フルート~
日時: 2008年9月11日(木)11:30開演
出演者:工藤重典(フルート) 成田有花(ピアノ)
演奏曲:
テレマン:ソナタ へ短調
ヘンデル:オペラ「クセルクセス」よりラルゴ
アリアビエフ:うぐいす
グルック:オペラ「オルフェオ」より精霊の踊り
ショパン:小犬のワルツ
ビゼー:「アルルの女」第2組曲よりメヌエット
バッチーニ:妖精の踊り
クロード・ボリング:ヴェローチェ
ドップラー:ハンガリー田園幻想曲