<アウトリーチコーディネーター育成事業研修会>
アウト・リーチは魔法の水?~ある地域で続く訪問プログラムの実際~
■研修会の内容■
榎本さんは最初に新潟県魚沼市について少し説明してくださった後、今回のテーマとしてあげられていた"魚沼市における「アウト・リーチ」概念の受容と展開を見ていくと「アウト・リーチそのものが見えてくる。かもしれない?"というテーマで話しは進んでいった。
地方でマーケットを展開するのは他のマーケットと一緒では生き残れない。しかし地方だからこそ顧客化ができる可能性が高いと感じた榎本さんたちは、「舞台とお客さんを近づけたい」という思いからホールオープン時にセミナーやお茶会、プレトークなど様々な事を手探りで行っていた。この手探りで行っていた事こそが「アウト・リーチ」という概念だと知ったのはその後だという。
榎本さんたち小出郷文化会館のスタッフがアウト・リーチの概念を知った後はホールの外や学校訪問コンサートを行って、市民のホールに対する理解を深める活動を積極的に行っていった。第一回の学校訪問コンサートでは全校生徒8人の小さな小学校を訪れてのクラシック演奏会だった。生の演奏に初めて触れる子供たちの顔は緊張を含んでいたが、始まった途端、音楽に酔いしれるものになった時の変化こそが小さなコンサートの成功だと榎本さんはおっしゃっていた。そういった小さいところから音楽に対する興味を持ってもらう事で、ホール自体への理解にもつながり精神的な応援、いわゆるサイレント・パトロンへとつながって行くという事がわかった。
しかしいつまでもアウト・リーチだけで活動するわけにもいかない。興味を持ったお客様にホールに来てもらわなければ目指している顧客化につながらないからだ。そこで行ったのが今までアウト・リーチに参加した音楽家などを集めて小出郷文化会館大ホールで演奏会を行ったが、企画段階で600人と予想されていた来場者は330人という結果だった。かならずしもアウト・リーチの活動が入場者に結びつくわけでもないという事に驚いた。
今度は魚沼市で行われているサロン・学校訪問コンサートの資料を見ていった。資料をみていくと2006年7月の時点でサロンは42回、学校訪問コンサートは97回行われている。また魚沼市だからこそ出来る旧家のお屋敷の中でのピアノコンサートや、新しく出来たトンネルの中でのバイオリンコンサートなどいってしまえば地方だからこそ出来る場所でのコンサートの話は研修会に来ていた人の興味をひいていたと思う。
ここで一度休憩に入ったが、休憩中もサロン・学校訪問コンサートの映像や写真を会場に設置してあったプロジェクターで紹介してくださった。お寺でパーカッションのコンサートの様子や、商店街の空き店舗を利用したジャズ講談、Buzz Fiveによる今は議場として使用されていない村役場でのコンサートなどの様子を見ることが出来た。
休憩明けは榎本さんが実際アウト・リーチを行っていて気づいた点についてだった。出て行くことに価値があるアウト・リーチでその魅力も多々あるが、今度は外でコンサートを行うときどれくらい良い環境でコンサートが出来るかに焦点が移っていったという。その事もあり今では良い環境のコンサート作りは総力戦だとおっしゃっていた。こだわればこだわるほど、自分たちにかかかる負担は大きいが、それだけお客様の満足度も変わってくるという。
次に選曲についてのお話だった。個人的に話を聞いていて驚いた事は、学校訪問コンサートでは子供たちが知っている曲よりも知らない曲のほうが好まれるという事だ。知らない曲でも近くで演奏者の呼吸を感じ、場を共有することで知っている曲よりも興味を持つという事がわかった。
コンサートに必要不可欠なものといえばチケットである。チケットを「買う」という事はすなわちお客様は「求めて」そのコンサートにいるという事だ。「日常生活の中で音楽を生で聴く歓びというものが存在するライフスタイルを魚沼の地で確立したい」と榎本さんはおっしゃっていたが、その考えは地方だけでなく都会でも必要な考えであり、特に地方より圧倒的に生で音楽を聴くチャンスは多くある都会でも日常として音楽を「買いにいく」人が増えればと私は思った。
小出郷文化会館のアウト・リーチではあえて地元の音楽家に頼まずに、普段地元でなかなか聴く機会の少ない違う土地の音楽家に頼むそうだ。それは地元登用には費用は少なくてすむが、来てくださるお客様の「聴きたい」という欲求を駆り立てる事が出来なければ、アウト・リーチ自体失敗に終わってしまう。成功のためにも地元の演奏家のみの登用にこだわらない考えも必要だという事がわかった。
アウト・リーチプログラムを通して音楽家、魚沼市民、スタッフたちもそれぞれ考えるという話で特に印象に残ったことは、音楽家が「また努力して魚沼でコンサートを開きたい」と思えるようにスタッフたちも考えるという話だ。また開きたいと思える様に音楽家たちの「魚沼でやりたいこと」を聞き出してそれを反映するということだ。演奏曲はもちろん音楽家のやりたいもので、音楽家がコンサート以外の楽しみ、たとえば美味しいお米を使った食事だったり、綺麗な星空だったり、温泉だったりというそういった事も条件に入れてアーティストに提案すると榎本さんはおっしゃっていた。たしかに魚沼でしか出来ない事を条件に出すことで「また演奏をしに行きたい」と音楽家も感じるだろうし、そういったスタッフの心遣いも音楽家の気分を変え、スタッフの心構えも変わっていく要素になるのだろうなと思った。
また市民も毎年、生の音楽を聴く喜びというものを知り始め、最初はもしかしたら義理でチケットを売っていた市長も、コンサートをやらないという事がわかると逆に「どうして今年はやらないのか?」と榎本さんに聞いてくるほど、音楽が浸透しているようだ。
音楽家、市民、スタッフの考えがだんだんと音楽に対する思いに変化をもたらし、結果良い現場を作ることもできるし、悪い現場を作ることもできる。そういった全体の関係を知る事も出来た。
最後にまとめとしてなぜアウト・リーチなのかという問いが出たとき、魚沼の未来を考えていくと人口が減少傾向にあるのでマーケットが消失してしまうと榎本さんはおっしゃっていた。今と変わらないように集客をするのならば現在小学生である子供たちに未来を託すしか方法がないのでは?という考えで生の音楽に触れる機会であるアウト・リーチの重要性が明白になる。そのアウト・リーチに参加し、共感した子供たちが大人になったときに今度は自分の子供をつれて小出郷文化会館に来てくれるという図式がなりたち、今のようなマーケットの継続が可能になる。そう考えるとアウト・リーチは榎本さんたちが目指す「日常の生活の中で演奏会に行く」というための手段であるということが理解出来た。
■感想■
今回私はトリトン・アーツ・ネットワークのインターンシップ生としてこの研修会に参加させてもらった。アウト・リーチを体験したことがない私にとってこの研修会はアウト・リーチがどういうものか理解する数少ないチャンスだった。
お話を聞いていて一番印象に残ったことはアウト・リーチを提案するスタッフ側の熱意が何よりも大切だとわかった。熱意だけでは動けないところを地域の人や演奏家とのつながりが実際の活動を支えている一番の大事なものだと私は感じた。
榎本さんのお話でアウト・リーチに対してさらに興味がわいたので、私自身もチャンスがあれば実際のアウト・リーチの現場を見てみたいと思った。またアウト・リーチを横のつながりの希薄な都会で行う事により、音楽を日常にし、なおかつ地域の連帯を深める手段として活用出来ると感じ、行っていく価値のあるものだと改めて感じた。
公演に関する情報
<アウトリーチコーディネーター育成事業研修会>
アウト・リーチは魔法の水?~ある地域で続く訪問プログラムの実際~
日時: 2007年9月22日(土)
講師: 魚沼市小出郷文化会館 榎本広樹氏