山本祐ノ介のチェロワールド
-CD、楽譜発売記念コンサート-
報告:齋藤健治/2階C2扉R1列45番
投稿日:2006.07.19
たとえば,アメリカの「オーラ・リー」。アイルランドの「ロンドンデリーの歌」。そう,「ラヴ・ミー・テンダー」「ダニー・ボーイ」の元となった曲だ。
初めて聴いたのは,いつだったのだろうか。親の目を盗んで,レコードに針を落とした時だっただろうか。あるいは,小学校の音楽の授業だったか。いや,幼い恋心を抱いていた時に,汗だくになって横に座っていた時だったかもしれない――。そんな懐かしさを感じながらも,ミュージシャン自身の,一曲一曲に対する思いが伝わってくるプログラムだった。
梅雨の晴れ間の午後3時から始まったコンサート。座席は1階は5分の3ほど,2階は後方が埋まっているよう。今日は「CD・楽譜集発売」記念のコンサートのためなのか,ちょっと華やかでもあり,和やかでもある。和装の女性がいる一方,母親に連れられた小学生の姿も見受けられる。
ステージに上がったのは,今日の主役の山本氏と,ピアノの小山京子氏。小山氏の黒いワンピースが美しい。
ベートーヴェン「魔笛の主題による7つの変奏曲」,シューマン「アダージオとアレグロ」から始まり,計13曲・アンコール2曲から構成された,このコンサート。3曲目のバッハ「組曲第3番から プーレ」に入る前に,山本氏のMC。この後,曲間,またはプログラムの流れに沿った,客席を微笑あるいは爆笑させる話術に乗り,徐々に氏自身が言う「山本ワールド」が始まっていった。
たとえば第1部最後の「ハンガリアン・ラプソディ」(ポッパー)。「ヴァイオリンなら,『ツィゴイネルワイゼン』。ピアノでは『ハンガリー狂詩曲』といった,チェリスト泣かせの曲」と言うとおり,巧みなテクニックを知る。かと思うと,第2部はチャイコフスキー「メロディ」とドボルザーク「ユモレスク」だ。「『鉄っちゃん』という言葉がありますが(会場から苦笑あるいは爆笑),『ユモレスク』の途中は,車窓から見る風景のようなんです」といった解説なのである。そして,そんなミュージシャンの曲を想う気持ちに重ね合わせるかのように,聴衆は個々のイメージを膨らませていくかのような,親密な空気が漂う。
そして繰り広げられる「ロンドンデリーの歌」「フォーレの子守歌」......。その曲ごとに,山本氏はメロディに対する気持ちを客席に伝えていく。
「日本橋小学校の子どもたちはいるかな?」――この日を迎える前,山本氏は同小へアウトリーチを行ったのだという。2階席からは何人の子どもが手を挙げたのかは見えなかったが,少なくとも,アウトリーチをきっかけとしてホールに足を運んだ児童がいたようだ。
「アウトリーチの時,子どもたちが"お礼"として,みんなで笛を吹いてくれたのが,この曲なんです」。それが「オーラ・リー」。アメリカ・南北戦争の際に,遠くにいる恋しい人のことを想って創られた,この旋律。冒頭に書いたように,今では「ラヴ・ミー・テンダー」として知られている,このメロディ。前世紀中葉,エルビス・プレスリーが歌い,世界的に知られる,この歌。それを,今世紀の冒頭,中央区の児童が奏で,改めてプロ・ミュージシャンのステージで,高度なテクニックで弾かれた,この弦の調べを,子どもたちが味わっていく――。すてきな"メロディ"とは,このようにして受け継がれていくのだろうか。
プログラムの最後,イタリアの「フニくら・フニくら」が終わるやいなや,すぐさま「さて,アンコールのご所望ですか?」と,客席の笑いを誘いながら始めたのが,カザルスの「鳥の歌」。しかし顔はグイッと引き締めながら。
「以前,カザルス・ホールの,チェロ連続コンサートで,ずっとアンコールで弾かされていたのが,この曲です」と,自身の経歴と当時のスタッフへの思いを込めながら,哀しい旋律が流れる。
そんな重みを持ちながらも,ここ晴海で,「鳥の歌」が新たに刻まれた。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
山本祐ノ介のチェロワールド
-CD、楽譜発売記念コンサート-
日時: 2006年6月17日(金)15:00開演
出演者:山本祐ノ介(チェロ)、小山京子(ピアノ)
演奏曲:
ベートーヴェン:魔笛の主題による7つの変奏曲
シューマン:アダージョとアレグロ
バッハ:組曲第3番からブーレ
フォーレ:エレジー
ポッパー:ハンガリアン狂詩曲
チャイコフスキー:メロディ
ドボルザーク:ユーモレスク
アイルランド民謡:ロンドンデリー・エア
モシュコフスキ:ギターラ
フォーレ:子守歌
グラナドス:アンダルーサ
ポールトン:オーラ・リー
ジーツィンスキー:ウィーンわが夢の街
デンツァ:フニクリ・フニクラ