モンテヴェルディ・ガラコンサート
生まれて初めて聴くバロック声楽に包まれて、それが何の違和感もなく入ってくることに、新鮮な驚きを与えて頂いた演奏会でした。クラシック音楽という、長い歴史を持つ音楽のなかですら最初期に位置づけられる時代のモンテヴェルディの音楽から、私たちが心から美しいと感じ、感動する部分を抽出し、少しも完成度を損なわず隅々までわからせてくれるような配慮が、隅々にまで感じられました。
プログラムは、音楽監督でありキタローネ・バロックギター奏者であるヤコブ・リンドベルイさんが、「モンテヴェルディのオペラの最も美しい部分」と、「大好きなマドリガーレ」を選んだものでした。歌劇のクライマックスは、どれも激しく、鮮烈なものでした。これらの曲を歌ったスウェーデンの若い歌手6人(名ソプラノ3名、テノール2名、バス1名)は、リンドベルイさんがこのプログラムに最も適した声を探し求め選んだそうです。
プログラムの前半はマドリガーレから始まり、歌劇「オルフェーオ」からオルフェウスがエウリディチェの死を告げられ、幸福の絶頂からどん底へと突き落とされる場面で終わりました。休憩をはさみ、後半は再度マドリガーレですっかり引き込まれたところで、歌劇「ポッペーアの戴冠」からセネカの死の場面、そしてポッペーアがアルナンタの腕の中で眠りにつく場面......というように、歌劇の劇的な場面に観客が自然に入りこむ事が出来るよう構成された演奏会で、自然な流れと波の高まりのなかで少しも飽きることなく最初から最後まで夢中で聴き入ってしまいました。
最初のマドリガーレ「天と地と」は、歌手6人全員が、代わる代わる声を重ねながら、繰り返し詩の言葉を歌い上げていきます。6人の多彩な声が一行一行詩を歌っていくとき、詩の言葉の韻(tace-affrena-mena-giace)が繰り返し現れながら、同じ言葉の音の中にある無限の色彩をめくるめくように展開していきます。それらの韻と、完成された美しさを持つ不思議な対位法が、音の響きの多彩さの中に、驚くべき統一感を与えていました。
歌手の個性の違いは、最初のマドリガーレからすっかり伝わってきました。そして、ひとりひとりの声をじっくり聴きたい、と思ったところで、数名あるいは一名で歌われるマドリガーレが期待通りに続きます。どの歌手も、言葉の余韻が持つ翳りのようなものに、とても敏感な印象を与えてくれます。言葉が高く歌われるとき、また、低く唸るように歌われるとき、音符には書きこめない声の厚み、暖かく生々しい響きが、抑制と充実をもって使い分けられていました。特にソプラノのアンナ・エミルソンさんにこれを特に強く感じました。またすべての歌手から、バロック声楽に共通するのか、北欧独特のアクセントがあるのか、内面からじわじわと暖かいものがこみ上げてくるような、内面的で神秘的な翳りを感じました。
また歌劇では、こういった声の使い分けが、劇的な感情の表出に最大限に生かされていました。「オルフェーオ」でオルフェウスが絶望する場面の、情景の劇的な移りかわりは、単に登場人物の感情が移り変わるだけでなく、辺りの風景までいっぺんに昼から夜の闇に移り変わってしまったかのように劇的で、登場人物の言葉を歌うことで、これだけの世界を表現できることにただ驚くばかりでした。
ほかにも印象に残った事がいくつかあります。演出や衣装替はささやかながらも気が利いていて、音楽も不純物が無く、核心をしっかり味わわせてくれるものでした。選び抜かれたモンテヴェルディの「音楽の花々」は、私たちの心に身近なものとして、又印象深く届いてきました。よい演奏会を聴くことができました。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
モンテヴェルディ・ガラコンサート
日時: 2006年1月16日(金)19:15開演
出演者:ムジカマーノ
【音楽監督:ヤコブ・リンドベルイ、
ソプラノ:ヘレナ・エック/アンナ・エミルソン/マリア・コヘイン、
テノール:ヨーハン・リンデロート/コニー・ティマンダー、
バス:ヘンリク・ビョーク、
ヴァイオリン:マリア・リンダル/エヴァ・リンダル】
演奏曲:
モンテヴェルディ:オペラ「オルフェーオ」/「ウリッセの帰郷」/
「ポッペーアの戴冠」より、「愛と戦いのマドリガーレ集」より