2006.12.7
第27回ロビーコンサート
報告:小林美恵子(TANサポーター)
投稿日:2006.12.7
演奏が始まり、チェロのやわらかな音が会場のすみずみまで響いた。以前初めてこのロビーコンサートを訪れた時演奏を聴く前には、チェロのエンドピンの先端が埋まってしまうようなふかふかしたロビーの絨毯に、どんな響きになるのかと思ったものだったが、それは杞憂だった。ガラスの窓や石の壁面が反響版の役割を果たしているのか、とても良い響き。青空を臨める大きな窓は視覚の上でも気持が良い。
藤原さんもプログラムにコメントを寄せているが、ベートーヴェンのチェロソナタのロマンティックなことは想像以上であった。ピアノもロマン派のような華麗な音でしっかりと主張し、両者の対話が心地よい。会話があるからこそ、時にチェロの音だけになった時には、モノローグを聴いているように余計に心に響いてくる。
リストはエレジーとはいいながらも、あまり悲愴感もない美しい曲。小鳥のさえずりのようなピアノのトレモロに乗せて、チェロの美しいメロディーが上空を飛んでいるかのようであった。
シンプルな黒の衣装で、真摯に音楽に向き合う藤原さんの美しい横顔に胸が熱くなった。曲の最後の音の余韻が消えてにっこりなさる時は、拍手をする我々聴衆も演奏者と心が通いあったような気がする嬉しい瞬間である。今日もそんな幸福感を覚えるコンサートだった。
会場にはバギーも3、4台来場していた。開演前には泣いていた赤ちゃんも演奏中にふと見るとすやすやと眠っている。セロ弾きのゴーシュの処にお母さんねずみが病気の子ねずみを連れてきて治ったように、チェロの振動が心地よかったのだろうか。
藤原さんの『エレジーはあと2曲あります。また来年・・』とのコメントに、パッと嬉しそうな表情になったお客さま方であった。
公演に関する情報
第27回ロビーコンサート
日時: 2006年11月22日(水)
場所: 第一生命ホールロビー
出演者:藤原真理(チェロ) 丸山滋(ピアノ)
演奏曲:
ベートーヴェン:チェロソナタ第5番ニ長調 作品102—2
リスト:エレジー 第1番 S130
エレジー 第2番 S131
ふたりでコンサートⅢ ~オペラの楽しみ~
報告:齋藤健治/月島在住・編集者/2階C1列14番
投稿日:2006.12.7
ブレーン作「あなたに素敵なクリスマスを」。
舞台を歩きながら,繊細なソプラノで。
原題は「Have yourself a merry little Chirstmas」。この曲が一躍有名になったのは,映画『若草の頃』(1944)でジュディ・ガーランドが歌ってからだ。
本日のプログラムはこのような映画音楽も含め,オペラ,オペレッタ,ミュージカル,歌曲など,長く親しまれてきた「歌」で構成された。舞台に登場するのは,家田さんほか,ソプラノ・小林厚子さん,テノール・中鉢聡さん,バリトン・牧野正人さん。伴奏はピアノ・藤原藍子さん。
チケットは完売だそうである。
"夫婦ふたりで音楽を聴くことで昔に戻り,これからの時間を楽しむきっかになる"ことを趣旨とし,今回で3回目を迎えた「ふたりでコンサート」,好評だ。
例年3月に行われている「育児支援コンサート」もソールド・アウトの年が続いている。
人の一生の節目ごとにふさわしい音楽を届けていく〈ライフサイクルコンサート〉はTANの活動の大きな柱の一つとして挙げられるが,その取組みは好意をもって迎えられていることが窺い知れよう。
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"夫婦ふたりで"といっても,会場は女性二人組や,子ども連れの姿も見ることができた。たとえば,ネイビーブルーに金バッジのブレザーでおめかしをした2人の男の子,その小さな手を引きながらホールに入ってきたカップルは,なごやかな面持ちで席に座った。
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第1部は,ロッシーニ,ヴェルディ,プッチーニと並んだ。ステージには応接セットが並べられ,背面スクリーンには,淑女にワインを恭しく差し出す紳士のイラストを模した,本日のリーフレットが映し出されている。
1曲目は「私は町の何でも屋」。ピアノによるイントロの後,ホールがパッと明るくなった。舞台に向かって1階席左扉から登場してきたのは牧野さん。町の人気者フィガロは,愉しげなバリトンのトーンだ。
2曲目は《椿姫》から「天使のように清らかな娘よ」。加わるはソプラノの小林さん。二人のハーモニーが溶け合う。
3曲めは,いよいよテナー。中鉢さんが歌う《トスカ》の第1幕より「妙なる調和」。4曲め「愛の二重奏」で寄り添うソプラノは家田さん。甘ったるいところのないキッカリとした歌声。
5・6曲目は同歌劇第2幕より「ひとり寂しい夕食は」「歌に生き恋に生き」。牧野さんは悪役スカルピアを体いっぱいで扮し,家田さんのトスカは絶望からかすかな希望への歌声を奏でる。
第1部を締めくくるは中鉢さんの「星は光りぬ」。短い歌ながらも,ほとばしる情熱を理性的に抑えた好演。
藤原さんの,抑制を効かせたバッキングも,いい。
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おやおや,さきほど見かけたブレザーの子どもたちは,ぐっすり寝てしまったようだ。
でも,そのお父さん・お母さんは,"ふたりの世界"に浸っているよう。とても静かだけれども,やさしげな様子。
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第2部は《オペラ座の怪人》の「All I ask of you」や,ドボルザーク「我が母の教え給いし歌」,レハール《微笑みの国》より「君こそわが心」など,豊かなメロディのラッシュ。
その中で,家田さんが唄う,映画音楽の一曲,「Have yourself a merry little Chirstmas」。
もしかするとこの曲,今の日本では,山下達郎の1993年作品『Season's Greetings』(AMCM-4180)の中に収められたヴァージョンが有名かもしれない(このヴァージョンは数年前までクリスマス時期にTVコマーシャルで流れていた,という意味において)。
1993年発表のCDだから,もう10年以上も前になるが,初めて聴いたとき,「なぜか懐かしい」。
その懐かしさはどこに去来するのかと振り返ると,それは「家」である。
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まだ日本が昭和だったころ,小さな町にも映画館は,あった。小さな町に住んで,オペラを聴く機会がどれだけ整えられていたかは調べなければ分からないが,少なくとも映画館は,あった。
記憶にあるのは,晩,家族で映画館にゆっくりと歩いていく風景だ。
どんな映画だったかは,まったく覚えていない。もちろん,そこに,どんな「音楽」が流れていたかも。
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もし,まだ,古いレコードが家にあるのならば,もう一度,手に取ってみてもいいかもしれない。オール天然色の化粧箱。そこに収められているのは,10枚組の選曲集だ。でお,四隅はボロボロかもしれない。もしかすると,レコードの盤面は傷がついているかもしれない。カビが生えているかもしれない。が,ていねいにぬぐってみよう。そのサウンドが微かに,記憶に残ってはいないだろうか。
そんなことを,家田さんの「Have yourself a merry little Chirstmas」が揺り起こす。私は,いつ,"誰が隣"にいて,この曲を(本当は)初めて聴いたのだろうか......。それは母の,父の,膝の上だっただろうか......。
また思う。この映画音楽の「歌」を遡っていけば,ロッシーニ,ヴェルディ,プッチーニにたどり着くのではないだろうか......。それは,総合芸術としてのオペラ,オペレッタ,ミュージカル,映画を支える「歌」であり,またその「歌」なくしては,総合芸術は後世に残らないのだから。
こうして,20世紀の音楽が揺さぶった記憶は,19世紀の《セビリャの理髪師》の豊かさを発見していく。
* * *
ブレザーの男の子は,まだ,ぐっすり寝ている。
でも,それでいいのだ。
今日は"お父さん・お母さん"のためのコンサート,なのだから。
でも,いつかは,あなたたちも,お父さん・お母さんの世代となり,「なぜか懐かしい」と思わんことを。そう,願う。
だから〈ライフサイクルコンサート〉は21世紀に必要なのだ。
公演に関する情報
第一生命ホール5周年記念コンサート
〈ライフサイクルコンサート#18〉
ふたりでコンサートⅢ ~オペラの楽しみ~
日時: 2006年12月3日(日)15:00開演
出演者:家田紀子、小林厚子(ソプラノ)、中鉢 聡(テノール)、牧野正人(バリトン)
藤原藍子(ピアノ)
演奏曲:
第1部
ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」より 私は街の何でも屋
ヴェルディ:歌劇「椿姫」より 二重唱~天使のように清らかな娘を~
プッチーニ:歌劇「トスカ」より第1幕 妙なる調和 愛の二重唱、
第2幕 ひとり寂しい夕食は 歌に生き恋に生き、第3幕 星は光りぬ
第2部
ロイド=ウエッバー:「オペラ座の怪人」より All I ask of you
ロイド=ウエッバー:ピエ・イエズ
ブレーン:~あなたに素敵なクリスマスを
マスカーニ:アヴェ・マリア
ドヴォルザーク:我が母の教え給いし歌
グリーグ:君を愛す
ラミレス:アルフォンシーナと海
プッチーニ:歌劇「つばめ」よりドレッタの夢
レハール:喜歌劇「微笑みの国」より 君こそわが心、
喜歌劇「世界は美しい」より 私は恋に落ちたの
喜歌劇「メリー・ウィドウ」より 祖国のためなら、愛のワルツ
アンコール:ホワイトクリスマス(牧野正人アレンジ)