2022年に開始したウェールズ弦楽四重奏団[﨑谷直人/三原久遠(ヴァイオリン) 横溝耕一(ヴィオラ) 富岡廉太郎(チェロ)]による「ウェールズ・アカデミー」が第Ⅱ期に入り、2024年2月の本番に向けて熱心なリハーサルを行っている。
ウェールズ・アカデミーは「オーディションで選ばれたアカデミー生とのリハーサルの場を通して、アンサンブル能力を一緒に高めて、第一生命ホールで共演する」という内容。リハーサルが長期間にわたって重ねられるのが大きな特徴で、今回は公演の約10か月も前から始動し、ウェールズの4人の経験が惜しみなく伝えられている。すでにプロの世界で活躍する奏者もいるアカデミー生たちが、緻密な研究を重ねて表現の可能性を探り、丁寧に作品を作り上げていく。今回は四重奏として2団体が参加して、各々が単独でベートーヴェンを1曲仕上げ、個人応募参加の2人がウェールズの3人と共にブラームスに取り組む。
[聞き手/文:林 昌英(音楽ライター)]
クヮルテット・カノープス
ベートーヴェン第10番「ハープ」に取り組むのが、クヮルテット・カノープス[菊地美奈/富田悠介(ヴァイオリン) 古市沙羅(ヴィオラ) 和田ゆずみ(チェロ)]。桐朋学園の高校からの友人たちが大学で集い、結成した四重奏団である。
菊地:ウェールズの独特な柔らかい音、溶け込むサウンドが魅力的で、その方たちのご指導はとても勉強になっています。毎回長時間レッスンしていただけることも他ではあまりなく、そこも魅力です。
和田:これまでの自分になかった体の使い方や考え方を吸収できます。富岡さんの弓の使い方ができたらいいなと思っていて、個人練習でもとても役立ちます。
富田:現役ですばらしい経験をされている先生方には引き出しがたくさんあって、僕らが見出せなかったやり方やヒントがすんなりと出てきて、毎回感銘を受けています。
古市:ウェールズの皆さんのレッスンは、私たちの意見や希望をきいて、どうしたらできるか一緒に考えたり、この曲に取り組む理由から問われたりなど、これまでの自分の経験とは全然違うアプローチでした。
4人とも今後は四重奏活動を柱にしていきたいと語っていて、ウェールズの4人のように活躍していきたいというイメージも出てきている。
古市:弦楽器奏者にとって四重奏は最も魅力的なレパートリーですし、学ぶ上でも一番大事な分野だと思います。オーケストラで活躍されているけど、それでも四重奏が基盤としてあるというウェールズの皆さんから学べるのは嬉しいです。
富田:将来はオーケストラで弾きたいという夢がありますが、必要なアンサンブル能力は四重奏から多くを得られます。ウェールズの皆さんのように全員が大活躍されているというのに憧れていて、夢を抱かせてくれます。
菊地:オーケストラも大きな室内楽であり、四重奏を勉強することは、音楽家として生きていくなら絶対に必要なこと。何歳になっても自分の音楽は失いたくないし、戻ってこられる場にしたい。
和田:四重奏はずっとやっていきたい。合わせをして、いろんな意見が出て作っていくのが楽しいです。何より、このレッスンを受けていると、ポジティブな気持ちになれて、自分に希望をもてます。
アグノス・クァルテット
ベートーヴェン第11番「セリオーソ」に取り組むのは、アグノス・クァルテット[窪田隼人/首藤主来(ヴァイオリン) 中井楓梨(ヴィオラ) 倉田俊祐(チェロ)]。まだ東京藝術大学3年在学中の4人で、「丁寧にやっている。僕らとタイプが全然違うので、むしろ教えてみたい(﨑谷)」と見込まれての抜擢である。
中井:先輩が前回参加されていて、その様子が本当に面白そうだなと思いました。実際に参加できて、取り入れやすい教え方をしてくださり、音が変わるのもすごくわかるので、レッスンが楽しいです。
倉田:このアカデミーの特徴はゆっくり丁寧にやること。音程やリズムも大事ですが、ハーモニーを味わい、音楽がどのように動いているのかを感じています。オーケストラでも、ソロとピアノで合わせるときも、より深く先を考えるようになっています。
窪田:一つのアイディアに固まってしまいがちなのを、いろんな方向からアドバイスいただけて、アンサンブルとしての視野が広がっていると感じます。
首藤:これまでも楽譜を見て考えなさいと先生によく言われていましたが、ここでのご指導で多くのアプローチがあるというのが本当に目から鱗で勉強になっていますし、これまでの先生の指摘もそういう意図だったのかなと気づかされています。
彼らが演奏会で1曲全楽章を弾くのは、2月の本公演が初の機会になる。4人とも本当に嬉しい機会と語り、その後へのきっかけにしたいと意気込む。
窪田:2月までベートーヴェンをじっくりできるので、ウェールズの方々から教わって吸収して、本番で自分たちらしい演奏を実現できればと思います。
首藤:本番では習ってきたことを出し切って、ステップアップしていきたい。この4人でコンサートを企画できたらいいなと思い、それを想定して、この機会を大切にしたいと思います。
中井:演奏会を経験して、4人の自信になればいいなと思います。長いスパンで勉強して演奏会を迎えるので、それに向けて鍛錬しないといけませんが、終えたときに大きな自信が得られそうです。
倉田:音楽や四重奏への考え方、スコアの見方など、いろいろと変わってきています。しかも本番の会場が、第一生命ホールという本当にすてきなホールで、こんな贅沢なことあるんだと楽しみにしています。
個人アカデミー生
2月のコンサートは、前記2団体によるベートーヴェン2曲で始まり、後半はウェールズ弦楽四重奏団がモーツァルト第14番「春」を演奏。彼らのモーツァルトは無二の聴きものだし、アカデミー生にとっては貴重な「先生たちの演奏」ともなる。最後はウェールズ3人に個人アカデミー生の山口絢(ヴァイオリン)と和田志織(ヴィオラ)が加わり、ブラームス弦楽五重奏曲第2番を披露する。
山口:私は3月に大学を卒業して、音楽家として勝負をしなくちゃいけないという時期です。このアカデミーでいろんな表現ができるという選択肢をたくさん教えていただいて、自分の中に引き出しがすごく増えていくような感覚が毎回あります。
和田:前回の受講生からこのアカデミーは本当に良いと聞いていましたが、実際こんなに丁寧に細部までレッスンしていただける機会はなかなかありませんし、視野が広がります。指導内容も4人同じではなくて、それぞれ少しずつ違う視点からのアプローチ方法があります。
両者ともプロオーケストラの演奏会に出演するなど、すでに第一線の現場に出ている2人だけに、このアカデミーへの意欲もひと際強い。
山口:曲の中でなぜこう感じるのかと細かく考えることは、室内楽に限らずソロにも活かせることです。ウェールズの皆さんが長年の経験をみっちりと教えてくださるのはすごくありがたいことで、その内容を120%取り込んで自分のものにしたい。
和田:まだ吸収できていないことばかりですが、ここで教わっていることを一人で練習するときも考えるようになっています。音を出す前に、どういう音を出したいのか、イメージして準備すること、そのように考えることは習慣になっています。
アカデミー生に向けて
今回の取材は、3組とも﨑谷の指導するリハーサル後に行われたが、毎回彼は最後までその場に立ち会い、ときに笑いやツッコミも入れつつ、アカデミー生たちの気付きや成長を確認して喜んでいたことは付記しておきたい。
﨑谷:若いうちには頭より筋力で弾きがちですが、音楽を理解してこういう理屈でこう身体を動かそう、という発想になれると、ソロに戻ったときに大きく景色が変わります。今すぐではなくとも10年後とか、彼らの人生のフェーズが変わるようなタイミングに、このアカデミーの経験が生きれば嬉しいですね。