今年から第一生命ホールで「小山実稚恵の室内楽・新章」がスタートします。
新シリーズと今回の公演について、小山実稚恵さんにお話をうかがいました。
[聞き手・文/中村ひろ子(プロデューサー/翻訳者)]
「小山実稚恵の室内楽 新章」は、これまでのシリーズで5年間共演してこられた矢部達哉さん、宮田大さんとのトリオが核となります。お二人と初めてトリオを組まれたのは、何年前ですか?
小山:静岡音楽館AOIで2016年に共演したのが最初だったと思います。その後、第一生命ホールはもちろん、杉並公会堂でもたびたび共演していますが、静岡が初めてでしたね。もう7年目になります。
今回は是非トリオで、というお気持ちがおありだったのでしょうか。
小山:デュオ、トリオ、クァルテット、クィンテット......と、いろいろな形の室内楽がありますが、トリオは3人の力が拮抗した三角形、トライアングルなんです。デュオは、一本の線上で常に2人が結びあっていますが、トリオだと、たとえばヴァイオリンとチェロ、ヴァイオリンとピアノと、2点だけで通じ合う瞬間もある。3点の関係は常に変化し、三角形の形も変化するけれど、力は拮抗して最終的には正三角形は崩れないわけです。3人で見合いながら弾いているときもあれば、ピアノは裏に回って気配を消して、残りの2人が作るものを聞いていることもあって、そこがすごくおもしろいんです。トリオは、3人が対等でソロ的な部分と室内楽的な部分の両方が一番よく伝わる編成だと思います。
その意味では、まさしくこのトリオのお三方の力は拮抗していますね。
小山:お二人が素晴らしいんです。自由自在。音楽的な柔軟性があって、どう動こうとも、やすやすと合う。合わせようと思って合うんじゃなくて、自然に歌いながら呼吸していると合ってしまうんです。でも3人のタイプは、まったく違うと感じています。タイプを敢えて表現するなら、矢部さんは透明感とうるおい。磨き込まれた日本刀のような雰囲気もあります。宮田さんは、たっぷりと朗々と響く、悠久の大河という感じでしょうか。私は?......うーん、どうでしょう(笑)。とにかく三人全然違うんですが、わかるんです。ここはこうするんだと同じように感じ合っている。音楽の感じ方がとても似ているので、タイプは違っても感性が同方向を向いているのだと思います。
今回はまた、トリオのおもしろさが際立つプログラムですね。
小山:ドヴォルザークの「ドゥムキー」。私はこれを弾くのは40年ぶりぐらいです。郷愁にあふれた、表情豊かな楽しい曲。それぞれの楽器が出てくるところ、矢部さんはどんな風に弾くかな、宮田さんはどんな音かなと、想像するだけで楽しみです。きっと本番ではリハーサルとちょっと変えてみたりすると思います。そしてコダーイの二重奏曲。「ドゥムキー」とエキゾチックなところがつながるとても素敵な曲で、是非ともお二人に弾いてほしいと思いました。で、3曲目はどうしよう......と考えて、ハイドンの「ジプシー・トリオ」が、うまくはまりました。さりげなく軽やかに始まる典雅な曲ですが、第3楽章でジプシー風の旋律が出てくる。三曲三様のエキゾチックというテーマがおもしろいかなと。こちらは30年ぶりくらいに弾きます。今回もすんなり決まりましたね。
第一生命ホールは、一言でいってどんなホールでしょう。
小山:ものすごくいいホールです。3人で弾くのに慣れたこともあって、お互いの音がとても聞きやすいです。響きが豊かだから、弱音も極めて弱音で、どこまでも弱音で弾けます。特に矢部さん・宮田さんのお二人とだと、"究極の弱音"を使えるのです。どこまで小さくしても大丈夫。小さく弾くことって本当に難しいんです。小さい音のニュアンス、柔らかかったり、思い詰めていたり、優しかったり、厳しかったり......その想いを小さい音に込めたいのですが、このホールだからこそできる音作りがあります。瞬間瞬間に感じる音ですよね。それは5年間続けてきた私たちの経験の強みですし、なにより矢部さん・宮田さんの、豊かな音楽性と自由自在な卓越したテクニックがあってのことです。
5年間弾いてこられて積み重ねたものが大きいということですね。
小山:同じホールで弾くことで得るものはとても大きいです。毎回、ちがう。毎回ちがうけれど、そこのホールの音は残っているんです、自分の中で。第一生命ホールはピアノも2台ともいい楽器で、よく知っている楽器の手触りがあってニュアンスが自在に出せる。ホールでのリハーサルでは、そのときによって三人の位置もいろいろと動きます。でも、リハーサルをしている途中でも変わってきますし、本番でも結局また違ったりする。それも、私たちがホールでの、その場所での音の作り方に慣れたからですね。このくらいのバランスだとこの混ざり具合、ここはこういうタッチで、ということを感じながら演奏できるのは、本当に幸せなことです。
それが室内楽のおもしろさですね。
小山:何より、共演したいひとと共演できているからですね。それがすごく嬉しいです。音楽的に自分と感性では共通するけど、個性も音楽の作り方も違うタイプの人の音楽を聴いて、学ぶことは大きいです。リサイタルだと自分ひとりで音楽が完結してしまいがちですが、室内楽は未知の音楽との遭遇の中で、音楽を作り上げていける。それが最高に刺激的なのです。だから室内楽はおもしろい。
これまで5年間聞いてきたお客様にも今回初めて聞くお客様にも、楽しんでいただけるコンサートになりそうですね。
小山:まず私たち自身、リハーサルが始まるのが3人とも心から楽しみです。それはもう、びっくりするくらい楽しみ。音楽が生きていることを、お客様にも同じように楽しんでいただけたらと思います。