活動動画 公開中!

トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
Menu

アーティスト・インタビュー

トリトン晴れた海のオーケストラ 矢部達哉(コンサートマスター)&篠﨑友美(ヴィオラ)インタビュー

トリトン晴れた海のオーケストラ 第13回・第14回演奏会

新型コロナウイルスの流行や世界の変動のなかで、あらためてベートーヴェンの音楽の持つ大きさを感じることになるだろう
~トリトン晴れた海のオーケストラの新しいベートーヴェン・ツィクルスについて

[聞き手/片桐卓也(音楽ライター)]

「僕たちは彼の作品を演奏すればするほど、そこに新しい発見をし、新たな魅力を感じて、ますますベートーヴェンの音楽が好きになって行きます。」(矢部達哉)

 残念ながら私は登山好きではないので、山を愛する人たちの気持ちはよく分かっていないと思うのだが、苦労して一度登った山というのは、その苦労が大きければ大きいほど、再び挑戦してみたくなるものなのだろう。そして、挑戦するたびに、再び困難に出会うはずだが、前に登った時とは違う景色を発見することになる。音楽と登山はもちろんまったく違う世界だが、第1回からの「トリトン晴れた海のオーケストラ」の活動を振り返ってみた時に、私はふとそんなことを思った。

 2001年に晴海トリトンスクエアがオープンし、その15周年に先駆けて、2015年6月20日に指揮者なしのオーケストラである「トリトン晴れた海のオーケストラ」は第1回の記念すべきコンサートを行った。その時は<オール・モーツァルト・プログラム>だった。そして2020年のベートーヴェン生誕250周年という大きな節目に向けて、ベートーヴェンの交響曲を指揮者なしで全曲演奏するというプロジェクトが始まったのは、2018年10月6日の「第4回演奏会」から。この第4回ではベートーヴェンの交響曲「第1番」と「第3番」が演奏された。
 R110394_(C)OkuboMichiharu.jpgその後、年に2回の演奏会を重ねて、2020年度には「第9番」という頂きへ到着するはずだったが、皆様ご存知のように新型コロナウイルスの流行という予期せぬ事態に直面し、最後の「第9番 合唱付き」の公演は2021年11月27日に開催された「第10回演奏会 ベートーヴェン・ツィクルスⅤ」まで待つことになった。しかし、指揮者なしのオーケストラと独唱者、合唱団が一体となった「第9番」の演奏は、ツィクルスを積み上げて来たオーケストラ・メンバーたちの作曲家への強い共感を感じさせてくれる圧倒的な演奏となって、客席に届いたのである。
 ちょっと長々と前置きをしてしまったけれど、この<1回目のツィクルス>を経て、トリトン晴れた海のオーケストラはこの2023年の秋、10月21日の「第13回」となる演奏会から、再びベートーヴェンの交響曲という音楽史上もっとも険しい山脈に挑む。その公演を前にして、コンサートマスターの矢部達哉とヴィオラ奏者として参加して来た篠﨑友美のふたりに、第13回、そしてその先に続くベートーヴェン・ツィクルスへの抱負を伺った。
MG4173_(C)OkuboMichiharu.jpg 「あまり重い話にはしたくないのですが...」と矢部は話し始めた。「この数年の世界の動きを経験した後では、私たちはやはり違う世界を生きるようになった、新しい世界に生きているのではないかと思うようになりました。その時に改めてベートーヴェンの音楽に向かってみると、例えばマーラーの音楽のようにパーソナルな側面を音楽的に表現している作曲家と違って、ベートーヴェンはこの世界全体、人間の営み全体を考えて音楽を作っていた作曲家だったということをより強く思うようになりました。
 例えば、前回の演奏会で取り上げた弦楽四重奏曲第14番、作品131のなかに変奏曲の楽章があります。その途中の主題はとてもシンプルなのですが、これは『心』を描いたものだと思うと僕はオーケストラのメンバーに言ったのです。ある人の心の形を外から観ることは出来ないけれど、もし音楽が心を表現しているとすれば、この音楽はそういう『心』の状態を表現した音楽なのではないか。人間は様々な感情を持っていて、心の状態も1日の中でも常に変化しているものだけれど、その表現のひとつがこの音楽であると。モーツァルトの中にもそうした感情の動きが感じられますが、ベートーヴェンの場合はもっと切実で、そのひとつの音楽の中に、喜びや悲しみや、時には苦しみやそこから開放された癒しなどを含んでいるような気がします。
 そしてそれが、彼の生きていた時代に限定されるのではなく、現在に生きる人間にも通じる時間を超えた普遍性を持っている点が、やはりベートーヴェンの音楽を現在でも身近な存在にしています。そうした音楽を追求していたからこそ、ベートーヴェンの音楽は常に訴えかけて来るし、僕たちは彼の作品を演奏すればするほど、そこに新しい発見をし、新たな魅力を感じて、ますますベートーヴェンの音楽が好きになって行きます。前回のツィクルスを通して感じたことを、改めて演奏することで、新しい魅力として発信したい。ベートーヴェンの音楽は常にアップデートされるもので、その終わりが無いと思います。だから没後200年となる2027年に向けたツィクルスも、聴きに来て下さる皆さんと、新しいベートーヴェンの魅力を発見する旅になると思います」
 それは矢部ひとりの想いではなく、前回のツィクルスで晴れオケのメンバーみんなが共有した想いでもあった。

 さて、2023年10月に開催される「第13回演奏会」のプログラムはベートーヴェン「コリオラン」序曲モーツァルトの「協奏交響曲」、そしてベートーヴェンの「交響曲第1番」の3曲だ。モーツァルトの傑作で矢部と共にソロを演奏する篠﨑友美にモーツァルトの作品の魅力を聞いた。
0KU8998_(C)OkuboMichiharu.jpg「ヴィオラ奏者にとっては、モーツァルトがこの協奏曲を残してくれて、本当にありがとうございます! と言いたい作品です。しかし、演奏はとても難しいです。調が変ホ長調なので、普通の調弦で弾くと、弾きにくい部分がたくさん出て来るのですが、調弦を半音上げて弾くと、開放弦を使うことも出来るようになるので弾きやすくなるとも言われます。ただ、この演奏会の場合、私は協奏曲だけでなく、交響曲の演奏にも参加するので、そうすると楽器の調弦をあまり頻繁に替えたくないとも思い、それならば交響曲では違うヴィオラを借りて弾こうか、とか、様々に思いめぐらしているところです。
 モーツァルトは初演の時にこの曲のヴィオラのパートを演奏した訳ですけれど、本当に素晴らしい演奏力を持っていたのでしょうね。それが演奏するたびに感じられる傑作です」
 と篠﨑。そこで矢部は「夏はどうしているの?」と質問。「もし、タイミングが合えば一緒に練習しようか」とリハーサルのお誘いを篠﨑に。事前の準備はもちろん必要な訳だが、演奏会のずいぶん前から、ふたりはそれぞれの想いを秘めてモーツァルトの傑作に取り組むようだ。

YokoyamaYukio4_126-scaled@アールアンフィニ.jpg さらに先を展望すると、2024年1月14日の「第14回演奏会」ではベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第2番」にピアノの横山幸雄を迎え、後半は「交響曲第2番」を演奏する予定だ。
「今回のツィクルスは第1番から順番に進んで行こうと思っています。また横山君は、彼がベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏した時にこのオーケストラで共演して、僕たちのベートーヴェン演奏の可能性を教えてくれた原点的な存在でもあります。彼と再び共演することで、僕たちがどれだけ成長したかを計ることの出来る演奏会にもなると思います」
 と矢部は期待を語る。
 2027年に向けて、また長い山道を登り始める晴れオケだが、そこにはまた違った展望が開けているはずだ。一緒に頂きへ、多くの皆さんが共に歩まれることを期待する。