音楽のある週末 <弦楽器の魅力>
第1回 千住真理子
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲演奏会
バッハの世界に浸れる至福のひととき-プロの技に感動-
今回はなんとJ.S.バッハの『無伴奏ヴァイオリンソナタ&パルティータ』全曲の演奏会だ。
私は全曲を通す演奏会を聞くのは初めてだった。バッハの世界に浸れる至福のひとときに期待がふくらんだ。無伴奏はソリストを100%丸ごと楽しめる。演奏者にとって、自分の世界を100%味わってもらえる機会でもあるのだ。
会場はほぼ満席で、年齢層も割と高めな印象を受けた。
第1番のソナタ、アダージョ。弓の先まで神経が行き届いている音色に会場が引き込まれていくのが客席の雰囲気でわかった。続くフーガやシチリアーノ、プレストが一気にバッハの静寂で厳かな世界へ誘っていく。
第1番のパルティータ。全体的に穏やかな曲想に高貴な音色が乗り、会場全体が陶酔感に包まれていた。
3番ソナタ。タフさが必要なフーガやアレグロ・アッサイは重音の連続の間に入ってくる高音は気をつけていないと、神経質な響きになりがちなのだが、千住さんはこの高音の扱いがとても丁寧で、人の声のようなソフトで美しい音色が響きわたった。
3番パルティータ。会場がもっと広く感じるような音色。なおかつ小さな音さえもきちんと拾っている。ホールの音響と曲・演奏者の相性のせいか、まるで石造の神殿で演奏を聴いているかのような神聖な空気と響きだった。
2番ソナタ。間の取り方が絶妙だった。余韻のある間の取り方をしつつ、なおかつ前進感がある。特にフーガは洗練された音と前進感と相まって、抑えたテンポでもみずみずしさを感じさせた。アレグロなどの躍動感のある激しいパッセージのある部分でも、音自体に全くブレがなかった。音のコントロールが行き届いていた。
観客の集中力がさらに高まっているのをホールの息遣いから感じる。後半にこれだけ観客をひきつけられるのも本当にすごい。それは、長いプログラムを計算して、パフォーマンスもきちんとコントロールできているからではないだろうか。
2番パルティータ。バッハを密度の高い音で綴ったという感じがした。最後にふさわしい集中力だった。2番は有名なシャコンヌを含む曲で構成されている。2番のこのシャコンヌでしめくくられるわけだが、このシャコンヌに対してはなんの気負いもなく始まったような気さえした。しかし、そこで演奏されたのは圧倒的に孤独で美しい音楽だった。人生の苦悩を癒すバッハの包み込むような音楽が会場を満たす。孤独が孤独を癒し、強さを与えてくれるようだった。
演奏終了後、ブラボーの声がかかる。鳴りやまない拍手。
全曲演奏でここまでの集中力を持続させたのだ。気力体力共に極限までこのステージで使っただろう。常人ならあの長時間の集中したステージでは倒れてもおかしくはなかった。千住さんプロとしての気魄を感じた演奏会となった。プロの演奏を生で観て・聴いて、バッハの無伴奏演奏の難しさとともに、プロの技に感動した。バッハの無伴奏は、普段ピアノの伴奏などがカバーしてくれるメロディーを一人でこなすので、重音がその他の伴奏付きの曲よりも圧倒的に多い。重音が多い分、弓のコントロールが難しいのだ。千住さんの演奏では、そのコントロールはもちろんのこと弓の先までムラのない音を出していた。これはまさにプロの技だと感動した。
今回の演奏会では,演奏者と一対一で向かい合っているような気分に観客はなったのではないかと思う。それほど演奏者・観客が集中をしていた演奏会だった。それとともに、そのように演出した照明も素晴らしかった。ほぼ中央のスポットライトのみが演奏者を照らす。そのような演出のおかげで,観客の視界も演奏者に集中し,一対一の精神状態を作り上げることができた。
演奏は一曲ごとに盛大な拍手がおくられ,感嘆のため息が観客からもれた。
公演に関する情報
音楽のある週末 <弦楽器の魅力>
第1回 千住真理子
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲演奏会
日時: 2010年5月22日(土)14:00開演
出演者:千住真理子(ヴァイオリン)
演奏曲:
J.S.バッハ:
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第1番ト短調BWV1001
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番ロ短調BWV1002
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第3番ハ長調BWV1005
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調BWV1006
無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ第2番イ短調BWV1003
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004