昼の音楽さんぽ 第1回
藤原道山 尺八リサイタル
尺八クールジャパン
改めて考えてみると、今まで尺八の演奏会に行った経験がなかったことに気がついた。
尺八と聞いて思い浮かべるものと言えば、TVや映画の中で尺八を演奏する虚無僧の姿ぐらい。平均的な日本人がもつ尺八に関する知識といえばこのぐらいだろう。だから、藤原道山さんが革のジャケット姿で颯爽と舞台に登場した時には、何か今までの印象を変えるような事件が起こりそうな予感がした。
1曲目は「アメイジング・グレース」。いろいろなアーティストによって演奏されてきた名曲を日本の伝統楽器が奏でる。アイルランドやスコットランドの民謡が本になっているという説もあるからか、一瞬、尺八で奏でられる音が、アイリッシュフルートの音色のように感じられた。でも、すぐ次の瞬間には、私の中のDNAが音色の奥に潜む陰影のような部分を探し当てていた。
日本人にとって、尺八はDNAに組み込まれた音。どこかもの哀しく、それでいて緊迫した静寂感をもたらす音色は、つつましい日本の文化を表し、自分の体内の深い部分に語りかけてくるようで、遠い歴史の世界に想いを馳せる。
2曲目は、古典の邦楽として有名な「鶴の巣籠」。藤原さんは、今日の演奏会のために何種類かの尺八を携えて舞台に登場した。実は尺八は木ではなく、真竹という竹から作られているそうだ。そのため、長さや色もまちまち。その中からバームクーヘンのように縞模様の入った尺八で演奏する。前の曲よりもこもった奥ゆかしい音が響いた。尺八は、同じ高さの音でも、息や指の使い方、そして首の動きによって全く違う音色になるのだそうだ。尺八を演奏している姿をよく見ると、たえず首を動かしていることに気が付く。なかなか上下運動を要する楽器なのだ。
尺八には、「閉じられた空間を緊張感と静寂で満たすような音」というイメージがあったが、「かざうた」(作:川江美奈子)、「空」(作:藤原道山)では、聴いている内に、尺八の音が自分の内を経由して、開かれた外の世界へと広がっていく。それは音がホール内に響くだけでなく、外へ外へと未知なる世界へと誘ってくれるような心地良さだった。あとでプログラムを読み返して、「空」という曲名はまさにうってつけだったと気がついた。この曲に込められた、広隆寺の弥勒菩薩像への憧憬の念が、聴いている者を時空も超えた遥かな世界へと旅立たせてくれたのだ。
最後に藤原さんは、自身の師匠、山本邦山さんの作品「甲乙」(かんおつ)でしっとりとリサイタルの幕を閉じた。
最近では、尺八は海外でも人気があり、オーストラリアで尺八コンテストも開かれるそうだ。昨今の相撲界よろしく、尺八も海外のプレイヤーに押され気味で、日本人の演奏家が少ないらしい。
これまでDNAに刻まれてきたこの音が、これからもそうあり続けてほしい。日本の伝統楽器を見直して広める人も出てきている。東儀秀樹さんもそのパイオニアとして有名だが、藤原さんにも尺八でクールジャパンの世界をぐんぐん切り拓いていってほしい。幸い、これからもクラシック音楽とのコラボレーション、テレビや舞台での活躍もあるようでとても楽しみだ。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート #50〉
昼の音楽さんぽ 第1回
藤原道山 尺八リサイタル
日時: 2010年5月13日(木)11:30開演
出演者:藤原道山(尺八)
演奏曲:
トラディショナル:アメイジング・グレイス
流祖 中尾都山:鶴の巣籠
藤原道山編:日本の歌より
~さくらさくら(日本古謡) 故郷(岡野貞一) 荒城の月(滝廉太郎)~
川江美奈子:かざうた
藤原道山:空
山本邦山:甲乙