パイゾ・クァルテット
このクァルテット名は「私は弾く」という意味との事。作品を単に演奏するというのにとどまらず、作品を通して自分の音楽を弾くという姿勢が人一倍強く感じられる面々の演奏会に際し、広報担当さんや他のサポーター仲間からも単なるイケメン・美女のグループではないですよとの"忠告"をいただき、いざ本番に。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番ハ短調
第1楽章アレグロでは突風が吹くような勢いを感じさせ、これほどまでにザクザクと弾き進めるものなのかと驚かされました。第2楽章スケルツォではヴァイオリンからビオラ、チェロ、第1ヴァイオリンと弾き継がれるフーガの小気味よい刻みが印象的でした。一見豪放きわまりない弾き口に聴こえるのですが、確かな譜読みと弾き込みを経た上でないとばらばらになってしまうリスクもあり、紙一重の演奏をさり気なくやってのける彼らの腕前に感心。第3楽章メヌエットでは全体的に速めに弾き進められていましたが、トリオ部分での第2ヴァイオリンの歌が聴きもので、弓の動きも巧みなところにはこの曲を"視覚的にも"楽しませてくれるのを再認識させてくれました。第4楽章アレグロでは第1ヴァイオリンの勢いある入りに続いてメリハリあるアンサンブルを繰り広げていました。プレストでも集中力が全く途切れず一気に疾走していく部分は白眉。何故かここでピアノ協奏曲第3番フィナーレを思い起こしてしまいました(単なる同じ調性というだけでなく)。ここでも彼らの腕の確かさがよく出ており、何でもかんでも疾走というのではなく、どこか冷静に楽曲を捉えている部分も持ち合わせているのがよく伝わってきました。
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」
ある種メロドラマの相も帯びているような本曲で、彼らは豪放さと表情の豊かさを巧みに織り込んでいました。第1楽章アダージオでの憂いに満ちた冒頭旋律はその後葛藤のテーマとして全曲に係り結びのような役割を果たしているように感じられ、あたかも人間模様を描く音楽パズルを解いていくように聴いていました。第2楽章コンモートでのかすれる響きもまた心のきしみを思い起こさせ、ますます感情の揺れ動きが激しさを増していましたが、パイゾの演奏はそのようにめまぐるしい感情の変化の中でも常に集中していたように思われました。第3楽章コンモートヴィヴァーチェでの悲歌はますます悲壮感がいや増しており、やり場のない感情のもつれというものが各楽器の打弦の強さにもよく表されていました。悲劇的フィナーレを迎える第4楽章では激しい感情炸裂を描きつつも一方で深い悲しみを醸し出すヴァイオリンの走りが巧みで、演奏者は単に各々の楽器を巧みに操るのではなく、その響きを通して楽曲に込められたドラマを演じる"役者"としての素養も必要なのだ、と改めて考えさせられました。
ニールセン:弦楽四重奏曲第1番ト短調
彼らの母国の英雄的作曲家の本品は当夜の演奏者と同じくその後の飛躍にもつながる若々しさに満ちた出発作でもあり、パイゾが弾く事で覇気に満ちた演奏となりました。第1楽章アレグロではリズムのビートが一見ベートーヴェンやブラームスさえ思わせる、チェロのたゆたうような刻みに乗って上3部が小刻みに刻み、エネルギッシュさと緩慢さとが相まってシンフォニックな音楽となっていました。第1ヴァイオリンの劇的なフレージングと微妙なテンポの揺らぎ、第1ヴァイオリンのピチカートの刻みとチェロに挟まれた中声部のチャーミングな響きも魅力的でしたし、大河の流れを思わせるようなヴァイオリンの低音旋律や中声部のピチカート、前打音も巧みでごくごく自然に音楽になじんでいました。
第2楽章アンダンテでは裏拍で呼応する辺りは一瞬シューマンを思わせ、緩やかな刻みの美しさには懐かしささえ感じさせる歌が込められており、ここで何故か一瞬メンデルソゾーンの「浮雲」が浮かんできました(一頃練習したような・・・・)。第3楽章スケルツォでは舞曲風のタランテラ曲想には幅広い響きがあり、ポーズ置いてチェロの刻みに乗って上部3者がカーンと爽快なアンサンブル。アクセント加えつつ1つの流れになっており、再現部では更に強音増して表情豊かに舞っていました。フィナーレのアレグロでは歌も織り交ぜつつ推進していくパワーが魅力的で、内面まで掘り下げていったかと思ったら決然として吹き上がったりと、緩急の付け方も大変巧みで、今まで登場してきた楽想全体の「まとめ」部分にふさわしい演奏を繰り広げていました。
当夜は母国の舞曲等のアンコールもいろいろと聴かせてくれましたが、そこに至っても感じられたのは楽譜を弾く、楽器を弾くというのを超えた「自分達を弾く」という事。名は体を表すなぞ言われますが、彼らは穏やかな笑みをたたえつつ圧倒的な存在感を持ってそれを表してくれたのかもしれません。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウェンズデイ#57〉
パイゾ・クァルテット
日時: 2007年6月6日(水)19:15開演
出演者:パイゾ・クァルテット
[ミッケル・フトロップ/キアスティーネ・フトロップ(Vn)、
マグダ・スティヴェンソン(Va)、トーケ・モルドロップ(Vc)]
演奏曲:
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第4番ハ短調op.18ー4、
ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番「クロイツェルソナタ」
ニールセン:弦楽四重奏曲第1番ト短調 op.13 FS4