林光・東混 八月のまつり27-創立50周年記念定期演奏会No.3-
騒音でない響きの大切さ
お堀端で始まった「東混8月の祭り」が、御茶ノ水を経由し晴海に移ってもう何年かしら。東京湾大華火の前頃には「原爆小景」を聴き、「星めぐりの歌」を口ずさみながら運河端をチャリチャリ自転車漕いで戻ってくるのは、ずっと昔からの生活の一部だった気すらする。
今日は7時15分じゃないぞ、と何度も己に言い聞かせつつ晴海トリトンに到着。自転車置き場を抜け、駐車場エレベーターを3階まで上がり、レストラン街をまいて第一生命ホールへと昇るバルコニーに到ると、なにやら下の2階グランドロビーに人だかり。バルコニーの真下にライブのステージが仮設され、ギター抱えた娘さんが歌っている。
ストリートシンガー嬢のパーフォーマンスの中身をどうこういうつもりはない。ただ、とても純度の高いハーモニーを耳にしようとホールにやって来る合唱好きにとって、あの電気で増幅された訓練されていない素材だけの声と、ホールへのエスカレーターに乗っている間中真下から響くエッジイなシンセサイザーサウンドは困りものなの。申し訳ないけど、とっても「汚い音」。ああいう電子音に慣れた方には違和感ないのかもしれないけど、クラシック音楽ホールでのライブを日常的に経験し、音の綺麗さが音楽の本質であると信じている者らには、騒音に過ぎない。
第一生命ホールというヴェニュに足を運ぶ嬉しさのひとつは、ギャルが乱舞する渋谷やら、お疲れサラリーマンが家路に向かう雑踏とは離れた、静かな運河沿いに行けることにある(筆者は北側の住居棟側からアプローチするので、XYZ棟から大江戸線勝ち鬨駅への人の流れは経験しない)。あの汚い音を強引に聞かされたんじゃ、そんな美点が台無しだ。幸いにも、ホールに入ったらロビーのお嬢さんの歌声は全く聞こえなかったけれど。
このライブを主催しているトリトンスクエア管理会社ホームページに拠れば、本日の「トリトン・ウェンズデイライブ」に登場していたのはマンドリンを自分の楽器にしている「きよみ」さんだそうな。門外漢の勝手な推察だけど、「ナチュラルサウンド」を売り物にするこのお嬢さんの経歴ならば、あの場所ならアコースティックライブをやりたいだろうに。だって周りの騒音はなにもないものだ。
閑話休題。いや、ホントはこの話は閑話じゃなく、このモニターで最も記したかった本論なのである。ホールに向けての音環境は、音楽ホールにはとても大事だ。トリトンスクエアの施設管理会社がサービスで路上ライブを主催するのは結構。だが、やる以上は質まで管理してくれなければ困る。これだけ立派な施設を管理する大企業なのだから、サウンドスケープという音の風景論くらいきちんと了解している筈だろうに。
さても、気を取り直してお気に入りの2階R2-36の席へ向かう。客席に入ると照明がいつもよりも暗い。いつものように舞台に林光が出てきて、ひとりで喋る。今年はそんなに長くなく、あっさりと、こんな風に。
「8月6日の広島記念式典で、アメリカ国籍の少女が、去年広島で不幸な原因でなくなった子と、ヒロシマ・ナガサキを結びつけるスピーチがあった。これが記念式典であったのが重要。忘れてはいけないことだが、私たちの『原爆小景』もあらゆる死者のために歌われるものでありたい。(林光)」
続いて歌われた「原爆小景」、三部作としての姿がすっかり板についてきた。21世紀早々に書かれた「永遠のみどり」を終曲に据え、「死と再生」という枠組みに納められた「原爆小景」は、とてもとても美しい合唱曲になっている。生きている人間が誰もヒロシマを現実として知らない21世紀に、「芸術」としてこの作品を遺すならば、こんな構造とこんな終曲は不可欠だったろう。林光の選択は、芸術家として正しい。
後半はロルカの詩、及びロルカについての音楽が並ぶ。「寺嶋さんの作品は長編小説のような大曲ですので、心してお聴き下さい」と林が述べて始まる。最初は林の小品のようなロルカ作品集と、加藤直がロルカを巡って綴った言葉への作曲。ロルカがニューヨークで感じた孤独を、東京に置き換えたような。最後に置かれた寺嶋の作品は、正しく林が仰る通りの大作。7時から始まったコンサートなのに、プログラムが終了するともう9時を大きくまわっている。毎年恒例の「星めぐりの歌」を口ずさみながら、湾岸の夏はまだまだ続く。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
林光・東混 八月のまつり27-創立50周年記念定期演奏会No.3-
「フェデリコ、君の名前は歌だ-ロルカ没後70年を記念して」
日時: 2006年8月9日(水)19:00開演
出演者:林 光(指揮)、寺嶋陸也(ピアノ)、東京混声合唱団、古賀満平(照明)
演奏曲:
林 光:原爆小景(原民喜 詩)、
グラナダのみどりの小枝(ロルカ 詩)、
フェデリコ、君の名前は歌だ(加藤直 詩)-2006初演-
寺嶋陸也:イグナシオ・サンチェス・メヒーアスを弔う歌(ロルカ 詩/長谷川四郎 訳)