2006.9
モルゴーア・クァルテット
~ショスタコーヴィチ生誕100年記念
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅳ
報告:2FC1-12 佐々木久枝(中央区勤務)
投稿日:2006.09.27
第10番変イ長調第1楽章では、ビオラとチェロの刻みが端正で、ヴァイオリンが幾分おとなしめに第1テーマを弾いていました。調性のフェイントを自在にこなす作曲者に呼応するかのように。第2楽章ではオーケストラ団員でもある幅広くスケールの大きな弾き口が存分に発揮されていました。やり場のない怒りをこめたバビ・ヤールとも深く関係しているこの部分はキラール「オラヴァ」第2テーマ展開(又はグレツキ「古い形式による弦楽3つの小品」第2曲)を思わせる、緊張感を常に保ちながら集中した演奏を披露していました。第3楽章では端正な動きを見せており、特に内声部の動きに聴き入りました。チェロの旋律と第1ヴァイオリンの旋律を聴いているとカルウォヴィチのセレナードにも見られたしばしの安らぎを思わせました。私個人的にはもっと大胆に歌わせてもよいのでは?とも感じたのですが、敢えてそこを抑え気味にして弾き進めていました。モルゴーアならではの叙情アプローチだったのかもしれません。フィナーレのアタッカでのビオラのもたらす安らぎの主題からビオラと他3者のオルガン全ストップ開放を思わせる強奏へと徐々に拡大していくところではだんだん身を乗り出していく自分がいましたが(笑)、ここで彼らは一音一音の密度の濃さは勿論ワッと開放せずに内面で気分を盛り上げていく巧みな演奏を繰り広げていました。チェロの主題再現も染み入るような弾き口で、半音刻みっぽい下降形ピチカートでだんだんクレシェンドになっていくところは非常に緊張感を持って鋭く弾いているように感じました。再び主題でのチェロの"雄叫び"や、冒頭テーマに戻る途中の第1ヴァイオリンの流れるような響きも聴きもので、清々しいがどこかためらいを伴っているようなチェロも好演でした。
第11番ヘ短調はメランコリックな第1ヴァイオリンのつぶやきに続いてチェロがこの曲の主題を弾き出し、第2楽章でのフーガ的展開でも息の合ったアンサンブルを聴かせていました。第1ヴァイオリン→ビオラ→チェロ→第2ヴァイオリンのめくるめくような舞曲風展開も比較的淡々としました。厚みのある音で空を駆け巡るような第3曲レチタティーボを経て第4曲エチュードではキラール「オラヴァ」モチーフを思わせるような早い刻みとコラールがゆったり奏でられる対照的な演奏が、続く第5曲フモレスケに至るまで強弱のメリハリを明確に描いており、非常に冴えていました。第6曲エレジーでは葬送行進曲のような節回しなのにマルタンのミサ第2曲のミゼレーレのような不思議な安らぎを感じさせる雰囲気が4人から伝わってきました。第7曲フィナーレでは小刻みな動きが印象的な第1ヴァイオリンソロからピチカートやチェロの持続音を伴って主題が自由に変えられていきますが、フィナーレでのささやくような3者と第1ヴァイオリンの消え入りそうな弾き口で「収まるところに収まる」ショスタコ手法を非常に分かりやすく表していたと思います。
第12番変ニ長調では端正な第1ヴァイオリンのソロ主題が弾き出され、たっぷり音間を行き来するあたりでは手慣れたもので、作曲者が自由な音の書き方を獲得したあたりともちょうど重なって、耳にも心地良く聴こえました。穏やかな音階の進行もさる事ながら、ヴァイオリン2名のテンポを少々揺らせながらチェロのピチカートと掛け合うあたりも聴き入りました。長大この上ない第2楽章アレグレットもめくるめくような四分音符の増殖テーマがあちらこちらで生え出てくる、いわば突進モードになっており、幅広い響きの中にも大変スリルに満ちた楽章になっていました。チェロのソロに対して他の3者が濃密に応答する場面には作曲者がつかの間に見せる素顔が表されているようでした。穏やかな第1楽章のテーマでノスタルジーさえ思い起こさせますが、後半に入り第1ヴァイオリンの叫びが他3者を揺り起こすような覚醒の瞬間とのギャップの大きい事大きい事。ここでいわば闘争モードになった作曲者はラストに向けての高揚の中に自身の内面の鬱憤を晴らしたい思いが存分にあったろうに思われます。2度目の"増殖"では音も刻みも随分を揺さぶりを入れており、そのままどこに飛んでいくのかと思わせるような弾き切りで会場の空気も一瞬止まっていました。普通なら余韻とでも申せましょうが、この場合は音の静止状態とでも呼べそうな状態でした。
いずれの曲でも何よりも余韻が美しく、心行くまでモルゴーアの響きを楽しむ事が出来ました。アンコールではヴァイオリン協奏曲第2番から第2楽章。切ないながらも甘く歌われるソロの中に素顔のショスタコーヴィチの横顔が浮かばれるようでした。モルゴーアでは交響曲等のアレンジは多いものの、協奏曲は何故かあまり取り上げてこなかったとの事で、非常にレアな演奏だったのかもしれません。
さて、いよいよ次回は彼らのショスタコ全曲演奏の3度目の完結編。これに立ち会うのが今から本当に楽しみです。
公演に関する情報
〈第一生命ホール5周年記念コンサート クァルテット・ウェンズデイ・スペシャル〉
モルゴーア・クァルテット
~ショスタコーヴィチ生誕100年記念
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅳ
日時: 2006年9月24日(日)18:30開演
出演者:モルゴーア・クァルテット
[荒井英治/戸澤哲夫(Vn)、小野富士(Va)、藤森亮一(Vc)]
演奏曲:
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第10番変イ長調作品118、
同第11番へ短調作品122、同第12番変ニ長調作品133
モルゴーア・クァルテット
~ショスタコーヴィチ生誕100年記念
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅱ
報告:2FC1-2 佐々木久枝(中央区勤務)
投稿日:2006.09.24
これは夜の部になっても同じようで、開場に先立ち臨時で椅子席も用意された程でした。
第4番ニ長調第1楽章は滑らかなヴァイオリン2者の弾きだしでしたが、予想以上に柔らかく、端正なアンサンブルでした。低音部2者のD持続音は連綿と歌い続けるヴァイオリンに対して引き締めるかのように弾いていましたが、参考に聴いたルビオSQは結構シャープに響かせていました。もう少しワイルドでもよかったかなとも思ったのですが、この時期の作品という事を鑑みるとこのぐらい滑らかでもよいのかなとも感じました。続く第2楽章では第1ヴァイオリンの旋律の切なさがたまらなく、展開部分での高音連続部分でも崩れる事なくヴァイオリンソロの抑え気味の弾き回しが印象的でした。第3楽章ではきわめて弱音で奏で始められチェロののどかな弾き口も本音としては声を大にして物申したかっただろうに、敢えて開放的にせず抑え気味に弾くところにモルゴーアならではの演奏の狙いが見受けられました。ビオラソロと他3者の裏拍の取り合わせが面白く、また急激な強音でピチカート用いた感情入れ込んだ弾き方でも響きが揃っており、この部分のバランスの良さに引き込まれました。アタッカで入ったフィナーレはピチカートをフルに入れた舞踊風テーマに始まり、チェロソロと他3者のピチカート奏法が一見裏を感じさせない明るく活発な動きを展開していました。
第5番変ロ長調の署名テーマ部分の演奏はシューマン等の取ったロマンティックな手法とは異なる、ある種の静かな闘争宣言を感じさせました。調性に必ずしもとらわれない点でよく似ているキラールと比べるとかなりストレートに表明するキラールに比べて一歩手前で"さっと引っ込める印象"を強く持ちました。第2主題での叙情的な部分はむしろその内側に秘められた静かに煮えたぎるものをあぶり出すかのようで、不気味さがよく出ていたように思います。激しく音階を上昇しながらも完全に上がりきらずに途中でせき止めており、4者とも削るような刻み方で弾いていました(切り刻むまではいきませんが)。ビオラソロでは特徴あるリズムとヴァイオリンの高音部の唸りとの絡みも聴きものでした。低音部分での打を意識した同一音連打の弾き口はアンサンブル中でも渋さを通り越した不気味さを改めて意識させました。フィナーレで突然現れた明朗快活なテーマは第1ヴァイオリンを中心にたっぷりと響かせてあたかも善玉と悪玉を弦に乗せてもてあそばんとするようにこれでもかこれでもかと弾きまくり、チェロの旋律に他3者の高音を乗せる演奏でさっと現実―ここでは喪失―に引き戻させる結末部分は特に印象的でした。
第6番ト長調では明るく快活な流れを伴って始まりましたが、曲全体の穏やかさには生誕50周年の節目をさまざまな感情を伴って迎えつつも敢えてそれらを表面にストレートに出さず淡々と描かれている印象を受けました。モルゴーアの演奏もこの部分を踏まえているように感じられました。ビオラの軽やかな弾き出しに導かれてヴァイオリンがバランスの取れた二重奏を繰り広げ、特に大きな変遷を得ずに展開していきましたし、ピチカートの弾力がある響かせ方が非常に堂々としていました。第2楽章でも比較的淡々と弾き進められており、人知れず"仮面"をはずして感慨にふけっているであろう作曲者が思い浮かばれました。第3楽章はフーガともガムランとでも捉えられそうな音や楽器の連なり方が大変興味深く、静かなうちに引き込まれていきました。続くフィナーレでもチェロのバグパイプのようなバス音に第1ヴァイオリンが歌い回し豊かに加わると田園光景を思わせました。中盤以降は更にテンションが上がり、例によって上がりきらないうちにさっと静まり返って締めくくられました。
いずれの曲でも何よりも余韻が美しく、心行くまでモルゴーアの響きを楽しむ事が出来ました。アンコールは初演当時当局から非難され再演まで多難を極めた「マクベス夫人」からの愛のアリアを演奏。切々と歌い上げるようなメロディラインが印象的でした。ちなみに昼の部でのアンコールは交響曲第5番から第3楽章をモルゴーア自身のアレンジによって演奏されましたが、メンバーがいずれもオーケストラでも弾いているので、響きの幅広さを改めて感じました。
個人的には最近旅をしていない分、音楽の中で存分旅をさせていただいた印象です(笑)。
公演に関する情報
〈第一生命ホール5周年記念コンサート クァルテット・ウェンズデイ・スペシャル〉
モルゴーア・クァルテット
~ショスタコーヴィチ生誕100年記念
ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲演奏会Ⅱ
日時: 2006年9月23日(土・祝)18:30開演
出演者:モルゴーア・クァルテット
[荒井英治/戸澤哲夫(Vn)、小野富士(Va)、藤森亮一(Vc)]
演奏曲:
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲第4番ニ長調作品83、
同第5番変ロ長調作品92、同第6番ト長調作品101