2013.11.3
〈TAN's Amici Concert〉
第10回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
矢口里菜子チェロ・リサイタル
今回が10回目となるこの二年に一度開かれるコンクールの第一位受賞者からは菊池知也、趙 静、宮田大など錚々たるチェリストが輩出されています。
NPOトリトン・アーツ・ネットワーク/第一生命ホールでは「ビバホール チェロコンクール第一位受賞記念コンサート」と称して、才能あふれたチェリストたちの一流プロへの登竜門とも言うべきこの兵庫県養父市のコンクールで見事に第一位を射止めたチェリストを東京にお披露目するコンサートを共催しています。
前回は西方正輝の出演で1年半前に開かれ600人近い聴衆でホールが熱気であふれましたが、今回も520人ほどとこれまでで二番目に多い聴衆でした。その中には当コンクールの審査委員長であり、また、文化功労章を受章することが発表されたばかりで日本チェロ協会の会長も務める堤剛、矢口さんの師匠の山崎伸子の姿も見られました。
前半の最初はシューマン:幻想小曲集 作品73。
舞台に登場する白いドレスに身を包まれたその歩く姿から、落ち着きが窺えました。果たして演奏が始まると、しっかりした技術に支えられたオーソドックスな音楽的アプローチで、客席を見回しながら演奏する、というのは若手が席数767人のホールでなかなかできる芸当ではありません。
後半開始時に養父市長が、コンクール当時から1年経って久しぶりに見るとドイツ留学で体が大きくその演奏ぶりは時には荒々しく見えるほどになり音楽的にも一段と成長しているのが見てとれた、と挨拶されていましたが、自信あふれるその演奏態度は確かに去年秋からドレスデン音楽大学で石坂団十郎氏に師事してきた成果かもしれません。
見た目はきゃしゃな細腕からどうしてあれほど大きな音楽が生れ出るのかと思うほどの正統派とお見受けしましたが、課題を探すとすれば高音に飛んだ時の伸びやかさが出ればもっと聞かせることができるのではないでしょうか。
次はバッハ:無伴奏チェロ組曲第2番二短調 BWV1008
これまでのビバホール チェロコンクール第一位受賞記念コンサートの記録を全て調べた訳ではありませんが、プログラムに二曲も無伴奏が入っているのは、自らのチェロ演奏に対する誇りから来るものかもしれません。
生憎4曲目で体に感じる地震があり、奏者も一瞬躊躇するようなそぶりを見せましたが、それ以上は大きな揺れにならず、演奏はそのまま続けられました。ここにも音楽家としての落着きぶりが見てとれます。
ドイツで学んでいるだけあって、特に5曲目の重音が続く箇所では堂々とした弾き振りでしたが、他方、2曲目ではテンポの設定のせいか、私には多少気ぜわしく感じました。
前半最後はベートーヴェン:チェロソナタ第4番ハ長調 作品102-1
このソナタは発表当時は全く理解されなかった、とプログラムノートにあるのは有名な第3番などと比べると従来のソナタ形式とは異なるからです。「最初から最後まで通奏される一種の単一楽章の幻想曲風ソナタの観を呈している」(門間直美による名曲解説全集8より)とも解釈され、奏者には形式に依存せず聴き手に音楽を伝える必要があります。その点では本演奏は曲想をくっきりと浮かび上がらせて、ピアノとのアンサンブルも非常に良く、まさに留学の成果が表れていたのではないでしょうか。
ただ、やはり高音域の音の艶やかさが出れば更に印象的だったように思います。
後半一曲目はペンデレツキ:独奏チェロのためのディヴェルティメント
技術的に極めて難易度の高い曲を全く破綻なく引き切る力量を見せつけられたようで、さすがというほかありません。特にピチカートが素晴らしく、コルレーニョなど多様な音の響きを作りだす才能は見事です。曲想の違う4曲を丁寧に弾き分けていて、この難曲が自分の体に充分沁み込んでそれを時間をかけてろ過してきたことが窺えます。
最後はプロコフィエフ:チェロソナタ ハ長調作品119
特にこの曲を聴くにはホールを選ばなければいけません。というのも、第一生命ホールと同規模か小さめのホールでも、チェロとピアノで奏でる音楽が盛り上がって強奏になってくると、チェロの音が聞こえなくなるホールが少なくないからです。物理的にチェロとピアノを比べれば、ピアノの方が強い音が出せるわけですから、その条件を克服してチェロの音楽も聞こえるようにするためには、音の解析度合いが極めて高く、反射音がホールの各所にあたって飛び散り跳ね返ってくるような設計がなされていなければなりません。
その意味で第一生命ホールのように楕円形でありながら音が2点に集まらないような反射角度を付けた部材をステージだけでなく、ホールのあらゆる部署に埋め込むことによって、767席のどこに座っても驚くほど解像度の良い音楽が楽しめるよう設計されている、というこのホールの美質はもっと宣伝されてよいように思われます。
前置きが長くなりましたが、このプロコフィエフのチェロソナタを演奏する際にやっかいなのは最低音のC線で始まるチェロのメロディにピアノが加わり盛り上がってくるとチェロが聞こえなくなってしまいがちな点です。
それを避けるためにチェリストはピアノの反響板から左にずれて座ったりしますが、そんなことをするよりもチェロが響くホールを選ぶべきなのです。
この演奏では朗々と歌うC線で奏でられた重厚なメロディを驚くほど明瞭かつ質感のあるピチカートで盛り上げてから気分を変えてA線で美しくほっとする音楽に導くという奏者の構想が見事に聴き手に伝わっていました。
アンコールはブラームス:歌曲「メロディのように」とサン=サーンス:動物の謝肉祭より白鳥
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
第10回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
矢口里菜子チェロ・リサイタル
日時:2013年11月3日(日) 14:00開演
出演:矢口里菜子(チェロ) 大伏啓太(ピアノ)