2012.3
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
生演奏をバックに絵本の朗読を聴くなど、子どもにとってこれほど贅沢な読み聞かせがあるだろうか
私がこのコンサートで何より素晴らしいと思ったのは、「子どものための音楽スタジオ」だ。ホンモノのチェロを間近に見て、プロの演奏家と触れ合える機会など大人でも滅多にない。私はホールでコンサートを聴いていたので、音楽スタジオの様子は見られなかったが、このような体験ができる子どもを羨ましく感じる。
第1部「大人のためのコンサート」は、よく練られたプログラム構成である。私にとってチェロ・リサイタルは初めてで興味深く、丸山泰雄さんの多彩な音色や奏法を堪能した。
1曲目は多くの人に親しまれている名曲、バッハの『無伴奏チェロ組曲第1番よりプレリュード』。正統派古典の美しい旋律のあと、2曲目は一転して現代曲の黛敏郎である。『無伴奏チェロによる「文楽」』は、チェロで三味線の音を模した面白い曲。黛敏郎には、ヴァイオリンで笙や篳篥のような音を奏でる曲があるが、三味線の響きもまた新鮮だった。コダーイ『無伴奏チェロ・ソナタop.8』の超絶技巧には目を見張った。
強烈な印象が残ったのは最後の曲、ソッリマ『ラメンタツィオ』。私はクラシックコンサートにオペラグラスを持参することはないが、チェリストの激しく動く両手に、この日ばかりは持ってくればよかったと後悔した。また、チェロとチェリストの歌でアンサンブルを作るとは全く予想もしなかったことで、不思議な音色に聴き入った。
第2部「チェロアンサンブルを聴こう」では、スーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウの8本のチェロが舞台に並んだ。壮大な眺めである。息の合ったアンサンブルの妙、そして特に渡邉辰紀さんの奏でるメロディーが美しかった。
『音楽と絵本「銀河鉄道の夜」』は一番楽しみにしていた企画。大スクリーンに映し出される清川あさみさんの幻想的な絵を見ながら、生演奏をバックに絵本の朗読を聴くなど、子どもにとってこれほど贅沢な読み聞かせがあるだろうか。ひとつ残念に感じたのは、音楽が盛り上がると朗読の声が演奏に埋もれがちになることだろうか。私は所々、朗読を聴き取りにくいと思ったが、客席の場所によって違ったかもしれない。
絵本の内容は子どもには難しすぎるのではないかと危惧していたが、総じて大人しかった。
正直にいえば開演前、行儀悪く遊んでいる子どもを見かけ、コンサートの雰囲気を想像して少し気が滅入っていたのである。
子どもの集中力を持続させる企画の考案は大変なことだと察するが、これからもこのような試みは続けてほしい。きっと子どもたちは音楽や楽器を面白い、楽しいと感じたのではないだろうか。小さなクラシック・ファンが増えることを、音楽を愛する大人の一人として歓迎したい。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#71〉
育児支援コンサート
~子どもを連れて、クラシックコンサート
日時:2012年3月24日(土)14:00開演
出演:スーパー・チェロ・アンサンブル・トウキョウ
朝吹元、荒庸子、海野幹雄、玉川克、灘尾彩、
丸山泰雄、三森未來子、渡邉辰紀
原きよ(朗読)
第9回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
西方正輝チェロ・リサイタル
西方正輝の今後には強い味方がついているというように思われ、今後が楽しみな演奏家といえましょう。
第一生命ホールですでに5回目と恒例になっている「ビバホール チェロコンクール第一位受賞記念コンサート」とはその名の通り、プロの演奏家を目指す才能あふれたチェリストたちの登竜門とも言うべきコンクールで見事に第一位を射止めたチェリストだけが出演出来るコンサートのことです。
今回が9回目となるこの二年に一度開かれるコンクールの第一位受賞者の中には菊池知也、趙 静、宮田大など錚々たるチェリストを輩出しているのを見ても、如何にレベルの高いものかが分かります。
しかし、このコンクールのホームページによると「企画・運営等をはじめスタッフは約100名の地域ボランティアの皆さんのご協力により開催されます。出場者は各ボランティアの家にホームステイしコンクールに備えます。」というようにアットホームな雰囲気で行われるようで、この日の第一生命ホールでの記念コンサートにも、養父市長の挨拶が後半の冒頭にあったり、実行委員会の方々の努力に加え、演奏者も多くのチケットを販売したお陰で600人近い聴衆が温かく奏者を見守る雰囲気が醸し出されていました。他のコンクールのチェロ部門で一位になっても、必ずしもこんな素晴らしいホールで受賞記念コンサートが開かれるわけではありませんから、ビバホールチェロコンクールの方が良い、と考えるチェリストがいてもおかしくないでしょう。
前半の最初はミヨー:チェロ協奏曲第1番 作品136。
聴いてみての感想は「思ったほどの違和感がない」ということで、「いきなりミヨーか」と驚きましたが聴いてみるとこの曲を冒頭に持ってきた理由が分かりました。それというのも以前聴いた他の曲からは想像できないほどのストーリーのある音楽だったからです。第1楽章の最初の強烈なフレーズを弾き始めてすぐ、この音楽家の技術はゆるぎないものがあると分かりましたが、詩的な雰囲気に移り変わっても十分な技術的裏付けに支えられた中堅奏者のような落ちつきのある演奏でした。
次いでシューマンのアダージョとアレグロ 変イ長調 作品70。
ドイツロマン派を代表する名曲を演奏するその情熱的なこと、恐れ入りました。特に曲想のコントラストが良く弾き分けられていました。
その次の二曲がドビュッシー、最初は「月の光」そしてチェロソナタ。
ここで課題が浮かび上がります。それはこのクリスタルな「月の光」をハイポジションで演奏する際に、聴きたい音は透明感のある澄んだ音色であるべきところが、惜しむらくは、ややくすんでいるのです。これは技術の問題ではなく楽器の問題かもしれません。
ただ、チェロソナタではアンサンブル・ピアノ奏者の高橋ドレミとの呼吸もぴったりで、特に2楽章のピチカートはよく合っていました。
後半の最初はポッパーでしたが、その妙技を見せつけられるようで、超絶技巧には恐れ入りました。またショパンの「序奏と華麗なポロネーズ」でもその壮麗な音楽をいかんなく表現していましたし、グラズノフの「吟遊詩人の歌」では叙情的な旋律を十分に歌わせていました。
最後がラフマニノフのチェロソナタ ト短調作品19。
これはピアノパートが優勢なので、時としてチェロの音楽が聴こえなくなる危険性のある曲なのですが、西方正輝は最初からピアノの蓋は半開でチェロの位置も客席から見てピアニストよりも左側に位置していて、バランスをよく考えた演奏になっていました。
音楽家というのは単に演奏が上手なら成功するか、と言うとそうではありません。「この音楽家は応援してあげよう」というものが何かあると会場の雰囲気も暖かいものが感じられます。今日のコンサートはまさに手作り感のあるものでしたから、西方正輝の今後には強い味方がついているというように思われ、今後が楽しみな演奏家といえましょう。
公演に関する情報
〈TAN's Amici Concert〉
第9回ビバホールチェロコンクール第1位受賞記念
西方正輝チェロ・リサイタル
日時:2012年3月4日(日)14:00開演
出演:西方正輝(チェロ) 高橋ドレミ(ピアノ)