「ウェールズ・アカデミー」本公演が近づいてきた。最初のインタビュー記事でまとめた通り、春からリハーサルが重ねられてきたアカデミー、最後に登場するのは「レグルス・クァルテット(以下、レグルス)」。メンバーは吉江美桜、東條太河(ヴァイオリン)、山本周(ヴィオラ)、矢部優典(チェロ)。2019年結成、まだ3年目の新進ながら室内楽ファンにはよく知られた存在で、リサイタル開催やコンクール参加など独自の活動を展開している、若手の代表格というべき四重奏団だ。曲目はブラームスの弦楽六重奏曲第2番で、ウェールズ弦楽四重奏団(以下、ウェールズ)のヴィオラ横溝耕一とチェロ富岡廉太郎が加わり、演奏会のメインを務めることになる。
[取材・文/林 昌英(音楽ライター)]
活躍中のクァルテット同士による「アカデミー」
最初に注目したいのは、活躍中のレグルスがあえてアカデミーに参加したこと。彼らは「ウェールズの方々と同じ舞台で演奏できることがとても魅力的(矢部)」であることに加えて、「どう曲を作り上げて行くかという部分を学びたい(山本)」と語る。「よりよい影響があると良いなと思い受講(東條)」したというように、レグルス独自の曲作りのメソッドに留まることなく、新たな視点や方法論を学ぼうという前向きな姿勢が出ている。
吉江「ウェールズの演奏は、綿密さやアンサンブル、曲の作り方という点で自分たちにはない部分をたくさん持っているので、そういう部分をアカデミーで少しでも盗んで自分たちのこれからに活かせたら、と思い参加を決めました」
矢部「言葉での議論はもちろんですが、それ以上に演奏で見せてくださるので、少しでも多く自分の糧になるように一瞬も聴き逃さずに取り組めればと思います」
レグルスの4人は、これまでもウェールズのメンバーとは個人的にも団体としても交流があり、指導を受けた経験もあったという。アカデミーの練習を見学した範囲でも、やはりこれまでの関係性と経験値というべきか、スタートラインからかなりの水準にあったが、ウェールズの富岡と横溝の指摘はさらにハイレベルかつ大切なことばかり。最初にクリニック的に演奏の傾向をじっくり確認した後は、早めに曲作りの実践的な話に移っていった。吉江が「フレーズの考え方、合わせの進め方などからウェールズの音楽の作り方の一部が見えてとても勉強になりました」と語る通り、レグルスのメンバーにとっても大きな手応えがあったという。
山本「フレージングや音色などについて、細かな部分まで繊細で突き詰めていきつつも、固執しすぎず柔軟に弾かれているのが印象的でした」
矢部「自分達のアイディアに対して、じゃあ全部試してみよう!という感じで色々な可能性を示唆してくださるので、とても柔軟なリハーサルが出来ていると感じます」
「レグルス・クァルテット」こそがホーム
レグルスのメンバーのコメントを得られる貴重な機会でもあり、改まって「レグルス・クァルテットは皆さんにとってどのような存在?」と質問してみた。
吉江「自分が心から音楽を楽しんで演奏できる場所で、この4人でしか作ることのできない音があると思っています。4人それぞれが色んな経験を積みながらこのクァルテットに帰ってきて、4人の音楽を磨きながらずっと成長していけたら、と思っています」
東條「小澤征爾先生がおっしゃっていた"クァルテットは、ソロとオーケストラとを問わず、弦楽器奏者のすべての基本"という話が忘れられません。自分の戻ってくるホームの一つになれば良いなと思います」
山本「例えば各自が合間に他の活動があっても、その後に戻ってきてその経験を個人的に活かしたり共有したりしつつ成長していけるような、ある種の自分たちのホームのような存在にしていければと思います」
矢部「全員が心から音楽を楽しみ、妥協なく突き詰められる、代わりの効かない存在です。各々がクァルテット以外にも多方面で積極的に取り組んでいるので、各自が色々な経験をして良い影響を与え合う。そんな場所になっていけばと思います」
本インタビューの質問は個別にしたのだが、全員その場にいたのかのように「帰るべきホーム」と回答していることに驚かされる。レグルスの演奏の水準と成熟には幾度も驚かされてきたが、室内楽に限らずソロもオーケストラ参加も含めて、あらゆることを吸収している最中の若者たちであることにも気付かされる。
本公演でのブラームスは、ウェールズの横溝と富岡の絶妙なコントロールは見ものだし、6人のリハーサルを重ねた緻密かつ熱い演奏になることは間違いない。さらにはレグルスの4人にとって一つの節目のような重要な場になる期待もあり、室内楽ファンには見逃せないステージとなる。
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