トリトン・アーツ・ネットワーク

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アーティスト・インタビュー

住谷美帆

雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第23回
住谷美帆 サクソフォン・リサイタル
共演:リード希亜奈(ピアノ)

ありがたくもご好評をいただいて6シーズン目を迎えるこの《雄大とゆく 昼の音楽さんぽ》シリーズではこれまでも、素晴らしいサクソフォン奏者の方々にご登場いただき、大きな反響をいただきました。世界的スタープレイヤー・須川展也さん(第7回)、新世代の鬼才・上野耕平さん(第10回)と、いずれも大好評のステージでした。
そして、シリーズ3人目のサクソフォン奏者としておいでいただくのが、住谷美帆さん。サクソフォン界の未来を切り拓く気鋭のプレイヤーです。

5歳からピアノをはじめて音楽の森へ踏み込んだ住谷さんが、サクソフォンと出逢ったのは12歳のときでした。中学1年生の時に吹奏楽部に入部、ご本人いわく「サックスが1番目立っていてカッコ良かったことと、当時の先輩がとても上手で、自分もそうなりたいという強い憧れもあって選びました」とのこと。
ぐいぐいと才能を発揮された住谷さん、東京藝大を首席で卒業され、内外のコンクールで入賞を重ね、各地のオーケストラとの共演、ソロや室内楽・吹奏楽にと活躍を広げていらっしゃいます。

シリーズのご案内をつとめますわたくし(山野)が、住谷さんの演奏に初めて触れたのは、彼女の初CDアルバム『プロムナード』[キングレコード]のレコーディング現場でのことでした。プロデューサーの強いお勧めで見学に伺ったホールで、録音に取り組む住谷さんの演奏を聴いたのです。清々しさにもふつふつと燃えるエネルギーを感じさせるようなサクソフォン‥‥いっけん遠そうなふたつの特長を、ナチュラルに融けあわせたような、魅力的な音楽でした。
凜と、熱い。その素晴らしい個性を、この《昼さんぽ》シリーズでご紹介できるのは、大きな喜びです。
今回は、その秋のコンサートへ向けて、お話を伺うことができました。

[聞き手・文/山野雄大(音楽ライター)]

住谷美帆

◆今、いちばんお届けしたい音楽を!

個人的にはまず、ヒンデミットの〈ソナタ〉作品11-4を入れていただいたことに、感謝申し上げたいと思います。サクソフォンに親しみ薄いかたにも、きっとお気に召していただける名曲だと信じておりますので!

住谷:ヒンデミットを喜んでいただけて嬉しいです!ありがとうございます。

以前お会いした際に、やりたいものをやってくださいとのお言葉をいただき、まず最初にヒンデミットを決めました。そしてサクソフォンのためのオリジナル曲として、マルタン〈バラード〉が思い浮かびました。

マルタン〈バラード〉は、聴いていただくと楽器の魅力がとても良く伝わる、「サクソフォン曲の王道」とも言える作品ですので、とてもいいですね。ほかにも、おなじみのクラシック名曲か、ショパンのアレンジまで、バラエティ豊かな選曲で愉しめそうです。

住谷:今回は、プログラムの最後の曲[ヒンデミット]から決めていったのですが、他にも、思わず笑ってしまうような楽しい作品など、いろいろなタイプの作品も挟み、自分だけのオリジナルであるアレンジ作品も冒頭に入れて、このようなプログラミングになりました。

以前、この〈昼の音楽さんぽ〉に伺った際に、お客様の雰囲気、集中力に驚かされましたので、今回のプログラミングも、このコンサートだからこそ実現できるものだと思っております!

本当にこのシリーズのお客さまは、すてきな音楽を深呼吸するように、深く愉しんでくださっているのが、いつも感じられて、私たちもとても嬉しく思っています。これはなにより、素晴らしい音楽家の皆さんが、〈今いちばんお届けしたいプログラム〉を全力で演ってくださるおかげなのですが‥‥今回のプログラムについて、踏み込んでお伺いしたいと思います。

◆ショパン、バッハ‥‥サクソフォンで聴く大作曲家の魅力

まずコンサートの最初には、ショパンの〈12の練習曲第4番 嬰ハ短調〉作品10-4。聴けばどなたも「ああ!」と聴きおぼえのある、美しいピアノ曲ですね。これを、サクソフォンとピアノのデュオ[二重奏]に編曲されたわけですが、住谷さんのデビューCDにも収録されています。

住谷:私は5歳から大学2年生までピアノを習っており、実は、サクソフォン歴よりもピアノ歴の方が長いのです。

なので、私にとってピアノは切っても切れない縁といいますか、[アルバムに収録する]アレンジ曲を探すにあたりサクソフォンでピアノの曲を演奏したいと真っ先に考えました。

そこで、サクソフォンの特性を生かせる曲がないか、その中でも、この楽器の機能性に焦点を当て、超絶技巧を聴かせられるものはないか‥‥と考えました。そこで閃いたのが、この曲でした。

これが、もとのピアノ曲ともまた違う味のある、とてもユニークで驚かされる編曲なんですね。

住谷:当初はそのままアレンジして下さいと注文しましたが、編曲者の旭井翔一さんが「もっと色々とやりたい!」ということで、オリジナルには無い、超超超絶技巧のカッコいいカデンツァが完成しました。この曲を知っている人も知らない人も、朝いちにこれを聴いたらビックリするかもしれません。

お目覚めの1曲ということで。そして、バッハの《G線上のアリア》。

住谷:サクソフォンは、発明されたのが割と最近の楽器ですので、バッハの作品を演奏したくてもオリジナルの曲がないのです。なので、バッハという作曲家に憧れを抱いているサクソフォン奏者も多いと思います。自分もそのひとりです。

ただ、たとえば弦楽器の曲は重音が不可能だったり、息が続かないために演奏困難だったり、といったことで、サクソフォンで技術的に演奏可能な曲は限られていますが、やっぱりバッハの作品を演奏できるという喜びがあります。

以前こちらのコンサートで、須川展也先生や上野耕平さんが、この《G線上のアリア》を演奏していました。常連のお客さまは、3人の違う《G線上のアリア》が聴ける、というのもこのコンサートの魅力のひとつかなと思い、私も同じ作品を取り上げてみました。

その節はお越しくださいましてありがとうございました。客席にいらっしゃった住谷さんを、今回はステージ上にお迎えできるのも、個人的にはとても嬉しいことなんです。須川さん、上野さんの《昼さんぽ》にお越し下さったお客さまは、同じ作品が、そのたびに違う美しさを魅せてくれる瞬間を、今回もぜひお楽しみに。

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◆思わず爆笑、そして思わず震える‥‥サックスならではの凄さ!

そして、サクソフォン界以外ではちょっと知られていない、けれど間違いなく面白い! という作品を。ヴィードフ〈サックス・オ・フン〉は、須川展也さんが取り上げられて楽譜も出版されたりと、サクソフォン界では有名なとても愉しい作品ですが、初めてのかた向けに、ご紹介をお願いできればありがたいです。

住谷:初めてこの曲を聴いた時、声に出して笑ってしまったのを覚えています。聴いたらわかりますが、とにかくユーモア溢れる曲なんです。

サクソフォンは人の声に近いと言われる楽器で、それを分かった上で作曲者のヴィードフは、人の〈笑い声〉を楽譜にしました。

自分の中で、この曲には、〈レストランでの生演奏に乗せて、色々なテーブルから楽しい笑い声が聴こえてくる〉ような、そんなイメージを持っています。この曲を通して会場が1つになれるのではないかな‥‥なんて思っています。

そして、こちらもサクソフォン史に残る名作ですね。20世紀スイスの作曲家、フランク・マルタンが書いた、サクソフォンのための〈バラード〉を演奏していただきます。マルタンは、さまざまな楽器のために〈バラード〉のシリーズを残していて、どれもプレイヤーを武者震いさせる名曲なのですが、サクソフォンのための〈バラード〉は、今回のプログラムでも、楽器の違う一面をみせてくれる作品ですね。

住谷:これまでの曲で、楽しさとか明るさ、また超絶技巧などをお見せしてきたなかで、まだお見せしていない魅力があります。それは〈恐怖〉です。

穏やかでない話ですが(笑)、それもまた凄いですね。

住谷:だいたいの音楽は、聴いて楽しく、休まる気持ちになる事がメインですから、〈恐ろしい〉とか〈怖い〉〈沈む〉というような感情を抱くことは少ないと思います。

しかし、この曲には、音楽の楽しさや気の休まるところ、そういったものの〈裏の世界〉まで見せてくれるような魅力がつまっています。

楽器があばきだす、心の裏側まで愉しんでいただく、と。

住谷:まずこの曲のイメージといったら、ひたすら暗い‥‥。色で例えたら、紫とか黒といったところでしょうか。

しかも、その色合いのなかに、サクソフォンのさまざまな技巧が織り込まれている。演奏するのに大変な曲でもあるかと思いますが。

住谷:この曲の難しさといえば〈ハイトーン〉です。たぶん、サクソフォンのためのオリジナル作品の中で、最も高音を多用している曲です。サックスの出せる音域は、2~3オクターブと意外にも少ないのですが、この曲はフラジオレット[倍音を発生させる特殊奏法]を駆使して、4オクターブまで出します。これがまた超難所なのです‥‥。もしかしたらこの高音域を聴けるのは、お客様にとって最初で最後かもしれません。そのぐらいレアな音域です。

低音域のどろどろした恐怖感と、高音の嘆きと、どちらも新鮮で新たな魅力に気付けるかもしれません。

こういうポイントは、ぜひホールで生の音に包まれて体感していただきたいですね。

◆〈愛〉あふれる、ヒンデミットの傑作!

そして、コンサートの最後には、20世紀ドイツの大作曲家、パウル・ヒンデミットの〈ヴィオラ・ソナタ〉ヘ長調 作品11-4。これは、名ヴィオラ奏者でもあったヒンデミットが書いた傑作ですが、音域や音色など、サクソフォンにも適している‥‥ということもあって、サクソフォンによる演奏も盛んにおこなわれてきました。美しい歌と、魅力的で個性的な躍動に溢れた傑作です。

住谷:初めてこの曲を聴いたとき、作曲者自身からヴィオラに対するただならぬ〈愛〉みたいなものを感じ、「思い入れが強い曲なのでは? 」と思いました。初めて聴いた時にそれを感じる曲は少ないですし、それを感じられる作品はどれも傑作で名作な気がしますが、聴き終えたあとすぐ調べてみると、ヒンデミット自身がヴィオラ奏者だったということを知り、納得しました。

ちょっとトリッキーな部分もあるのに、美しい旋律が散りばめられているのが、サックスの他の名曲になんとなくかぶるところも多々あります。そして、音域が近いからでしょうか‥‥聴くたびにいつも、サックスのオリジナル作品のように思えて、親近感が湧きます。

もちろんヴィオラによる演奏も素晴らしいのですが、サクソフォンで聴くのも本当にいいんですよね。

住谷:余談ですが、この曲はヒンデミットが24歳の時に書き上げていて、私も実はいま24歳なんです。演奏会の時は25歳になっていますが。

ヒンデミットが、若くしてこんなにも素晴らしい大曲を書いてしまったことには、本当に脱帽してしまいます。偶然にも、同じ年齢の時にこの曲へ挑戦したいと思えたのは、何か運命を感じるものがあるといいますか、今後生きていく上で、自分の中でも特別な曲になりそうです。本気で挑みたいと心から思います。

◆ヴィオラの曲を、サクソフォンで吹く喜び

ヒンデミットという人は、作曲のテクニックも着想も本当に奥深い人で、決して「イージーな」作曲家ではありませんが、しかし、その複雑で豊かな書法を「明快に」聴かせるという点でも、素晴らしい才能だなぁ‥‥と、作品を聴くたびに感じます。この〈ヴィオラ・ソナタ〉で、演奏されていて、その表現に苦心されるポイントなどございますか?

住谷:この作品は、ヒンデミットの中ではまだ聴きやすい曲だとは思いますが、奏者的には難所がたくさんあります。

第1楽章には《ファンタジー(幻想曲)》という題名がついていて、次の第2楽章《テーマと変奏》には「民謡のようにシンプルに」という指示があります。曲全体を聴くと、同じように綺麗に歌って聴こえるかもしれませんが、この曲においてはその線引きが最も気を付けているポイントかもしれません。

溢れ出す豊かな幻想と、シンプルで穏やかな歌のなかに流れる美しさと。‥‥もとがヴィオラ作品なので、弦楽器のボウイング[弓づかい]などを工夫する表現を、息をつかって発音するサクソフォンで表現するには、いろいろと気を遣われるところもあるかと思いますが。

住谷:弦楽器の曲を演るときに一番気をつけることは、〈ビブラート〉、〈スピード感〉、〈音程感〉、そして〈前後の音の繋がり〉です。ここを無視すると、サックスらしさが前面に出すぎてしまい、曲が持っている雰囲気が壊れてしまうので、これらは特に注意しています。

技術的な面でいうと、実はサックスは、低音が出しにくいというのが弱点でして‥‥。この作品では、低音がかなり重要なのと、かなり小さな音量でコントロールしなければならないのが至難の技です。

お客さまには、ステージ上で繰り広げられるデリケートな表現の細部まで、そして豊かな起伏の頂点まで、たっぷりと体感していただきたいと思います。ちなみに、ヒンデミットの〈ソナタ〉作品11-4は、ヴィオラやサクソフォン、どちらでも名演が数多く生まれてきた作品ですが、住谷さんは何か印象に残っている演奏ございますか?

住谷:ヴィオラでの演奏はアントワーヌ・タムスティ[タメスティ]さんのCD[naive]の演奏が強く印象に残っています。大好きで、何度も何度も聴いています。

サックスでは、[住谷さんが優勝した]スロヴェニアでのサクソフォン国際コンクールのときに、審査員演奏会があって、そこで審査員兼指揮者のミーハ・ロギーナさんが演奏していたのが好きです。

実はその時、曲の途中で、会場の電気が火花を散らしてショートしてしまったんですよね。周りは少しパニックになりましたが、本人は全く動じることなく、暗闇の中で、しかも暗譜で完璧に吹き続けたのです。演奏者が見えず、耳だけの情報しかないのに、その中で伝わってくる音楽性に度肝を抜かれました。

ロギーナさんもタムスティさんも、お2人とも大好きな演奏家です。

今回は会場の電気は落としませんが(笑)、サクソフォンとピアノ、おふたりの音楽性を耳でも目でも楽しんでいただければと思います。

◆リード希亜奈さんのピアノに強く惹かれて‥‥

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今回、ピアノで共演してくださるリード希亜奈さんは、藝大在学中からその才能を大いに注目されてきたピアニストでいらっしゃいます。この《昼さんぽ》シリーズに初のご登場となりますので、住谷さんからご紹介していただければ嬉しく存じます。

住谷:実は、リードさんとは今回が初共演になります。なので、どうなるか私もドキドキわくわくしています。

初共演とは、貴重なステージを目撃できるということになりますが、なぜリードさんを共演者に選ばれたのでしょう?

住谷:私がリードさんを知ったきっかけは、約4年ほど前だったと思うのですが、藝大で選ばれた人だけがコンチェルト[協奏曲]を演奏できる〈モーニング・コンサート〉というものがあって、そこでのことでした[2016年2月、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を梅田俊明指揮藝大フィルハーモニアと共演]。その時、リードさんの出す最初の一音から、彼女の演奏に引き込まれてしまいました‥‥。他の人とは出ている色が違うと感じました。なんて素晴らしい先輩がいるんだ‥‥と、終演後に力が抜けた記憶があります。

その後、一緒に共演しましょうと私から声をかけて、今回実現しました。まだ[インタビューの時点では]きちんとお話したことはありませんが、SNSや知人から聴く話ではものすごく面白い方なのではないかと思っており、楽しみです!

関係ないですが、藝大の〈モーニング・コンサート〉も朝11時からで、この《昼さんぽ》も同じ朝11時からプレトークが‥‥というのを無理に繋げなくてもいいとして(笑)、お客さまには、ランチ前に心動かされる美しい体験を共有していただく、という時間はご好評いただいていて、本当にありがたい限りです。住谷さんは、朝はお強いほうですか?

住谷:ふだんの生活では朝は苦手ですが、今まで地方などで、朝の公演を何度かしてきたこともあり、普段の自分とは切り替えて演奏に集中できますので、意外と早めのコンサートは好きかもしれません!(笑)

そしてこのシリーズは、お客様の集中力が格段に違いますので、より一層どんなコンサートになるか楽しみです!

実際に《昼さんぽ》シリーズを過去に聴いて下さっていて、コンサートの親密な雰囲気もお分かりくださっているのも、嬉しいです。第一生命ホールのサウンドや環境など、なにか印象に残っていることはございますか?

住谷:サックスとピアノとのデュオ、そしてトルヴェール・クヮルテット[須川展也さんらによるサクソフォン四重奏団]を聴いてきましたが、お客様サイドからしますと、ホールとサックスの相性はとても良いと思っております。サックスだと、ホールのサイズによっては変に抑えて吹かなければならないのですが、そんな必要は全くなく、気持ちよく吹けそうです!

ぜひ、存分にお願いいたします!客席にも、演奏家おふたりの豊かな音楽が満ちてゆくことと期待しております。

住谷:曲だけを見ると大変な曲が並んでおりますが、お互いに新たな発見ができる良い機会なのでは‥‥と思っています。一緒に楽しく、音楽でいっぱいの充実した時間にできれば幸いです!

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【付 記】

住谷美帆さんのお話をお届けいたしました。

こんなご時世ですので、直接お会いすることは避けて、メールでインタビューさせていただいたものを再構成しております。ご協力くださいました、住谷さんとコンサートイマジンさんに深く感謝申し上げます。

音楽以外にハマっているのは「都内の焼肉店を制覇することなので、コロナが収まったら、真っ先に焼き肉を食べに行きたい」という住谷さん。「今はずっと家にいますので、パンやケーキ作り、音楽とは関係のないYouTuber の動画を見ること」にも熱中‥‥とのことですが、事態が好転してコンサートホールにも音楽の時間が戻ってくる日が遠からぬこと、《昼さんぽ》でお逢いできることを心から強く願っております!

皆さまもひきつづき、くれぐれもご自愛くださいますよう。 [山野記]