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トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

撮影:藤本史昭

林美智子(メゾソプラノ)

登場人物が集まってドラマが動く
モーツァルトの重唱の醍醐味を聴くアンサンブル・オペラ

3月20日・22日に第一生命ホールで行われる「室内楽ホールdeオペラ~林美智子の『ドン・ジョヴァンニ』!」にご出演頂く林美智子さんに、オペラキュレーターの井内美香さんよりインタビューして頂きました。

現役のオペラ歌手がプロデュースするオペラの醍醐味を堪能!

井内:林さんがプロデュース、日本語台本、構成、演出を手がけ、そしてもちろん出演もなさるモーツァルトのオペラシリーズ、これまで第一生命ホールで《コジ・ファン・トゥッテ》と《フィガロの結婚》が上演されました。来る3月20日(金・祝)と22日(土)には待望の《ドン・ジョヴァンニ》が上演されます。私は2016年に《コジ・ファン・トゥッテ》公演を鑑賞し、とても印象に残る素晴らしい公演でした。オペラの中から特にアンサンブルのみの曲で構成された、とびきり楽しいモーツァルトの世界が堪能できました。まず、このシリーズはどのようにして誕生したのでしょうか?

林:このシリーズは、もともと私が一度だけのつもりで、別の小さなホールで企画した演奏会から始まりました。モーツァルトは誰からも愛される作曲家です。そして私はメゾソプラノですが、ソプラノやテノールが主旋律を歌うことが多いのと比べて、メゾソプラノは下の声部でハモる(ハーモニーを作る)ことが多い声種です。つまりメゾは、他の声を支える、重唱のだいご味を味わえる声なのです。子供の頃から合唱団で歌っていたこともあって、私はアンサンブルで歌うことが大好きでした。

そういう視点からモーツァルトのオペラを見た時に、重唱が本当に美しいと感じます。私は新国立劇場研修所の第一期生なのですが、そこではロレンツォ・ダ・ポンテ台本のイタリア語で書かれたモーツァルト三大オペラということで、《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》を勉強させていただきました。その時からモーツァルトの重唱の魅力に惹かれていて、その素晴らしさを多くの方に知っていただきたいと思っていたのです。

この時代のオペラは、歌手がとても重要というか、歌手ありきのところがあり、それぞれの歌い手が自分の見せ場を要求してアリアがたくさん書かれています。でも重唱の美しさはそれに負けていませんし、登場人物たちが集まって一緒に歌うことによってドラマは動いていくのです。それをつなげると、簡潔に短時間にまとまった、オペラの良さが実感できる公演になります。オペラがもっとなじみやすく、足を運んでいただけるものになれば、という思いから生まれた企画です。

井内:モーツァルトのオペラの重唱部分の素晴らしさに耳を向けていく機会になればいいですね。オペラのアリアを歌うコンサートはたくさんありますが、アンサンブルに光をあてたコンサートは簡単には実現できない贅沢な企画なので嬉しいです。モーツァルト・オペラの最高の部分はアンサンブルだと私は思っているので。

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林:そうなんですよ。その喜びを劇場で分かち合えれば。《ドン・ジョヴァンニ》は特に喜劇性と悲劇性という二本の柱がしっかりあるオペラです。その部分を大いに強調しながら演じて、みなさんに楽しんでいただきたいと思っています。《ドン・ジョヴァンニ》はモーツァルトの中でも、彼自身の信念というか、生き様を一番強く感じさせてくれるオペラでもあるかなと感じています。

井内:確かにそうですね。主人公ドン・ジョヴァンニの最期のあり方も決然としているというか、ヒーロー的な面がかなりありますね。

林:そのように思わせてしまう描き方ですよね。キャラクターが音楽で見事に表現されていますから。表面的には、悪人で女たらし...というイメージがありますが、実は信念を貫いて、騎士長もエルヴィーラもドン・ジョヴァンニに改心することを求めますが、最後までそれに屈せず地獄に落ちていく。私はやはり、モーツァルトのお父さんとの個人的な関係、彼にとっては幼い頃からお父さんが騎士長的な役割を果たしていた、というようなイメージに重なるところがあるんですよね。反抗して反抗して、でもやはりイエスとは言わなかった。父は父でやり直せ、考え直せと、最後まで手を差し伸べて。モーツァルトとお父さんのそういう葛藤も重なってしまうくらい迫力のある、彼自身の人生すら浮き出ているような作品だなと思っています。

井内:そのモーツァルトの素晴らしさを表現するのに、出演キャストの顔ぶれがすごいですね。オペラ界で最高峰の方たちが集結しています。そして今回、驚いたのが騎士長役に妻屋秀和さん、後藤春馬さん、山田大智さんという、三人のバスのお名前があります。これはどうしてですか?

林:これまで第一生命ホールで《コジ・ファン・トゥッテ》と《フィガロの結婚》を上演し、客席も一体となってオペラを体験していただくための劇場効果を考えてきました。《ドン・ジョヴァンニ》の最後の場面は、人は人を裁けない、裁くのはやはり神であり、それは例えば日本でも、私はおばあちゃんによく「お天道様は見ているよ」と言われて育ちましたけれど(笑)、モーツァルトの精神から言えばキリスト教の世界ですね。その神が見ているという意味で、キリスト教の三位一体からヒントを得て考えたアプローチです。妻屋さんに軸となっていただきあとのお二人と一緒に歌っていただく、とても効果的な場面となると思います。

井内:ホールに立体的に響き渡る声が想像できますね。迫力がある場面になりそうです。そのように表現される騎士長にも屈しないドン・ジョヴァンニ役には黒田博さん、彼を愛するドンナ・エルヴィーラに林さん、従者レポレッロに池田直樹さん、騎士長の娘ドンナ・アンナに澤畑恵美さん、その婚約者ドン・オッターヴィオに望月哲也さん、そして結婚式の最中にドン・ジョヴァンニに口説かれてしまう村娘ツェルリーナに鵜木絵里さん、彼女の夫マゼットに加耒徹 さん、と第一線の活躍をしている方ばかりが出演されます。

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林:このシリーズは今回で三度目になりますが、ほぼ同じキャストなんです。メンバーの顔ぶれは初めから変わらないですね。私が二期会オペラで育てていただいた時に、声や考え方、そして演技面を現場で学ばせていただいた先輩方、そして同期の歌い手たち、彼らがいれば出来る!と思って始まったシリーズです。皆、忙しいですが、役が身体に入っているし、覚えも早いので、短期間の練習でもこのようにクオリティの高いものができるのだと思います。オペラに必要なバランスの全てを持っているんですね。一緒に舞台に立つ歌い手同士ならではこそ分かり合えることがある。ですから、私が演出をやらせていただいてはいますが、それは彼らありきで、この人たちに舞台に立ってもらえるならば私はアイディアを出し、交通整理をやれば成り立つ、という前提があるんです。

井内:舞台とは何かを知っている歌手の集まりということですね。

林:そうですね。そしてピアノの河原忠之さんが、オーケストラを指揮しているような音楽をピアノだけで奏でてくれますので。

井内:本当にそうですね。

林:このキャストでしかできない、歌や演技やハーモニーを体験していただけると思っています。それから、もう一つ、私が自分のコンサートでもいつも心がけているのは、生の歌声を身近に感じていただくことです。オペラはマイクがない世界なので、ミュージカルやポップスとは違った魅力があるのです。身体が共鳴して声が出ているということを感じていただけたら。音色の違いや声の種類の違いもあります。これがオペラの大きな魅力の一つだと思います。

井内:モーツァルトの《ドン・ジョヴァンニ》は素晴らしい場面がたくさんあります。例えば幕開けの、芝居がそのまま音楽になったようなスタートから、第一幕ではドン・ジョヴァンニが村娘ツェルリーナを誘惑する二重唱とか。ここを聴いて欲しい!という名場面はありますか?

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林:聴きどころはここ、というよりは、きっと全体を映画やドラマのように楽しんでいただけると思います。もう、初めからドキドキして、第一幕の終わりには、後半はどうなるんだろうという感じで、あっという間だと思うんです。何の知識も無く、何の先入観も無く楽しんでいただければ間違いないです。

井内:林さんご自身が台詞を日本語で書かれますが、気をつけている部分はありますか?

林:そうですね、ちゃんとお伝えしなければいけない内容の所は重みをかけて、さらっと流してもいいところは経過的に。コンパクトにまとめる必要があります。アリアは全てカットですが、一曲だけ、第二幕が始まってすぐにドン・ジョヴァンニが窓辺で歌うカンツォネッタ(短いうた)だけは入れたいなと思っているんです。これはアリアではなくカンツォネッタなので。彼はその時、貴族の身分を隠して召使のレポレッロと入れ替わっています。歌っているのはドン・ジョヴァンニですがこの曲は、ドン・ジョヴァンニがレポレッロと服を交換してエルヴィーラの侍女を口説くために歌う劇中歌なので、違う効果がありますし、これだけは入れる予定です。第一幕、第二幕それぞれのフィナーレ(幕の最後にある大きな場面)も聴きごえたっぷりですし、合唱部分は河原さんのピアノが補ってくださいます。

井内:日本語の台詞を書くのは難しいですか?

林:難しいですね。とくに削るのが難しい作業なんです。そしてできるだけ覚えやすく。

井内:それはやはり演者でもある林さんならではの工夫がありそうですね。林さんは今回はドンナ・エルヴィーラを歌われますし。

林:そうですね、自分も歌い手ですから...

井内:台詞を考えるときには、一人で全部演じながら作っていらっしゃるんでしょうか(笑)?

林:そうです、それが楽しいんです。でも、はたから見たら気持ち悪いですよ。家で、「ママ、何やってるの!?」って言われます(笑)。

井内:舞台奥に投影される字幕も大きくて見やすくていいですね。

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林:重唱のイタリア語のところは全部訳が出ます。字幕を担当される三ヶ尻正先生が素晴らしく読みやすい訳をしてくださるので、違和感なくご覧いただけると思います。

井内:《ドン・ジョヴァンニ》は初めての人にもとても魅力的なストーリーだと思うので...。やっぱり悪い奴がいた方が面白いじゃないですか。

林:そうですね。でも、モーツァルトの描き方は凄いなと思うんです。悪人なのかヒーローなのか分からないほどの錯覚に陥ってしまうんですよね。最後に何が正しいのかというのは、やはり私たち人間には計り知れないですし、それを音楽で完璧に表現できているところがまたすごいです。台本のダ・ポンテとのコンビで、言葉の巧みさと音楽が一緒になって。

井内:それを皆さんが演じて歌われるからこそ、私たちが味わうことができるのですね。最後に読者の方に向けて、メッセージをいただけますか?

林:オペラを長く愛している方も、初めての方も、カップルも、ご家族も、お子さんも、勉強も知識もなくて大丈夫ですから、ちょっと行ってみようかな?と思われたらぜひ劇場に足を運んでみてください。そして笑って泣いて、何かを胸に大きく感じていただける上演にしたいです。ぜひ劇場に来てください!

井内:今日はどうもありがとうございました。公演を楽しみにしております!