トリトン・アーツ・ネットワーク

第一生命ホールを拠点として、音楽活動を通じて地域社会に貢献するNPO法人です。
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アーティスト・インタビュー

児玉麻里

假屋崎省吾と聴く
児玉麻里 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ選集III

3年にわたって、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲から選りすぐりの作品を演奏するシリーズも、今年7月で最終回です。公演当日は、ピアノに造詣の深い華道家の假屋崎省吾さんの作品がステージを彩り、演奏の合間には、児玉麻里さんと假屋崎さんのトークでピアノ・ソナタの魅力に迫ります。

この世のものとは思えない世界へいざなう ベートーヴェン再発見の旅

これまでの演奏会のトークやプログラム・ノートの中でも、ピアノ・ソナタの中に見える、ベートーヴェンの人間的な側面、感情的な側面、ユーモラスな側面に触れていらっしゃいます。麻里さんが想像する「人間ベートーヴェン」とはどんな人物でしょうか。

人間ベートーヴェンとは、お父さんとお母さんを合わせたような感じでしょうか。世界の動きに妥協しない理念、厳しさ、決して諦めない力強さ、同時にその音楽の中に流れる底しれぬ人類に対する優しさ、温かさ、そして冗談を散りばめた軽さ。正に時代を超え何百年経っても人の心に触れる大作曲家ですね。ただ偉大な歴史的な理想家だったので、19世紀にはなかなか理解されづらかったのではと想像します。

最終回は、いよいよ最後のソナタ3曲です。この第30番、第31番、第32番というプログラムについて教えてください。

ベートーヴェンの最後のソナタ3曲は、私にとって言葉で表せないこの世の喜びと苦しみ、そしてそれを経てたどり着く永遠の喜びを表現しています。
はじめて師アルフレッド・ブレンデルさんに聴いていただいた時、作品109(第30番)とは、健やかな我が子の寝顔を見守るような、本当に優しい気持ちを込めて弾く曲だと教わりました。いわゆる、この世の幸せと感謝の感情ですね。
作品110(第31番)は、豊かで成熟した喜びに始まり、それに続く絶望、そして辿り着くのは祝福です。20分で大変濃い内容を表現している作品です。
休憩を挟み、最後の作品111(第32番)へ入ります。怒り、痛み、未知への不安、そしてこの世のものとは思えない世界にベートーヴェンは私たちを連れて行ってくれます。ベートーヴェンはこの曲の頂点を、鍵盤の両極端の最高音部と再低音部の音ただ2つだけを使って極めています。

ベートーヴェンが全32曲で上り詰めた境地とは、どんなものだったとお考えになりますか。

ソナタ32曲は、ベートーヴェンの作曲家としての歩みであると同時に、ピアノの楽器としての発展の歴史でもあります。ベートーヴェンはピアノ技師たちと共に鍵盤楽器を開発し、ピアノの可能性が広がるたびに楽器に合わせたソナタを作曲しました。
一人の作曲家が書いた32曲のソナタにしては珍しく、一曲も似た作品がなく、また全く駄作がありません。素晴らしいことですね。

最初にご自身がこの3曲(またはこの中の1曲)に出会った時のことは覚えていらっしゃいますか。

まだ学生時代、ブレンデルがザルツブルグ音楽祭で弾いた作品109がいまだに忘れられません。ホールの最後列の学生席まで魅了した、どこから現れたのか分からないようなはじめの音から絶え間なく展開する第1楽章を聴いた時の興奮は、今でも思い出します。

この3曲について、ベートーヴェンのソナタ全曲録音の時や、これまでに行った演奏会で、何か思い出に残っている瞬間はありますでしょうか。

作品111を弾き終わった時。ホールの皆様とこの旅と一体になって分かち合えたと感じた時です。

お客さまへのメッセージがあればお願いします。

この3年間、假屋崎省吾様や皆様とご一緒に、ベートーヴェン再発見の旅を分かち合わせていただけたことを、とても光栄に、また嬉しく思います。ありがとうございました。これからもベートーヴェンの音楽が、皆様の人生に喜びをもたらしますようお祈りいたしております。