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アーティスト・インタビュー

鈴木 舞(ヴァイオリン)實川 風(ピアノ)

雄大と行く 昼の音楽さんぽ 第13回
鈴木 舞 ヴァイオリン、光が薫るとき

 お昼どき、瑞々しい音楽と楽しいトークでお届けする90分‥‥《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》来たる5月15日(火)の第13回では、素敵な新進ヴァイオリニストをご紹介します。昨年の秋にデビューCDを発表、これから世界へその才能を響かせてゆく若き名手・鈴木舞さんです。
 幼い頃からフランス音楽の魅力に強く惹かれてきた鈴木さん。東京藝大を経て渡欧、名伯楽として知られる師ピエール・アモイヤルから、厳しくも愛ふかい指導をうけて、フランス音楽の真髄を追究されました。今まさに瑞々しい飛躍を魅せるこの才能を《昼さんぽ》でご紹介できるのは喜びです。
 今回は、CDでも新人離れした深い表現を(気迫も見事に!)聴かせたプーランクのソナタをはじめ、ドビュッシーやサティらの美しい小品、ラヴェル《ツィガーヌ》の豪奢な音世界など、フランス音楽の多彩をたっぷりとお楽しみいただきます。
 共演ピアニストは、こちらも若き優れた才能・實川風(じつかわ・かおる)さん。鈴木舞さんとは共演歴も実は長く‥‥今回のインタビューでは、鈴木さん・實川さんと信頼ふかいデュオのおふたりにお話を伺いましたので、親しく妥協なきアンサンブルを創る音楽家同士の、なごみトークをお楽しみください。
[ききて・構成:山野雄大(『昼の音楽さんぽ』ご案内役)]


鈴木舞さん・實川風さん、
高校時代の出逢いから‥‥

今日はお二人揃ってインタビューの機会をいただき、ありがとうございます。

鈴木・實川:よろしくお願いいたします。

私[山野]は鈴木舞さんのデビューCD『マイ・フェイバリット』[キングレコード KICC1387]のライナーノートを書かせていただいているんですが、試聴用の音源を聴いたときに「あぁ、このかたはぜひ《昼さんぽ》のお客さまにご紹介したい」とすぐに思いました。

鈴木:あぁ、嬉しいです‥‥[満面の笑顔]

實川風(c)Christian Jungbirth.jpg

宣伝ちらしにも書いたんですが、鈴木舞さんのヴァイオリンは、華やかに薫る響きにも〈悲しくても微笑みを浮かべるような〉繊細な感情を深くよみとる演奏表現が、とても魅力的です。蔭があるからこそ輝きの深まる明るさ‥‥のようなものに、はっと心つかまれます。CDでもその鈴木さんと見事な共演をみせた實川風さんとのデュオで、今回ご出演いただけて、本番がとても楽しみです。實川さんと鈴木さんは、高校時代からの同級生でいらっしゃるんですね。

鈴木:はい。高校と大学と同級生で‥‥高校1年生の試験の時からずっと一緒に弾いてもらっています。

實川:もう共演歴が10年を越えましたかね(笑)。

鈴木:最初から飛び抜けたアンサンブル力を持ったピアニストで‥‥

實川:いやいやいや!それはなかった!(笑)それまではソロで弾いていて、他の楽器と合わせるのは高校に入って初めてだったから‥‥僕は千葉県の旭市というところの出身で、そこでは他の楽器と共演する経験がなくピアノ一人で頑張っていたんです。

鈴木:高校1年生の時、ヴァイオリンは学年末に試験が一度あるだけだったんです。学年を通していろいろな人と合わせてはいたんですけど、試験の前にたまたま[實川さんと]席が隣になって‥‥

實川:そうだ、席替えでね(笑)。

鈴木:そう(笑)、それで「伴奏して?」みたいな感じになって(笑)。それでグラズノフのヴァイオリン協奏曲を弾いてもらったんですが、けっこう難しい曲なのにアンサンブルが凄く上手で。それからは、次も次も‥‥みたいに共演をお願いすることになって。

實川:いま初めて聞いた逸話です(笑)。

鈴木さんがいま感じられる、ピアニスト・實川さんの凄さをもう少しご紹介いただけますか。

鈴木:[共演には]相性や人の癖などいろいろ[な要素]があると思うんですが、彼は若い頃からいろんなクラシック音楽に親しんできたこともあって、どんな風に弾いても自然にに寄り添ってくれる、というのが強みだと思います。だから安心感が凄くあります。たとえば、人によっては「フランスものは得意なんだけどブラームスはどうかな‥‥」と思ったりする場合もあるんですけど、彼の場合は何を持っていっても本当に上手く寄り添ってくれる。

たしかに實川さんがいろいろなかたと共演されるのを聴いていると、とても柔軟に音楽を重ねてゆかれるので、良い意味で隙がないように感じます。

鈴木:本当に信頼できるピアニストですよね。なんでも安心して共演させてもらえる。

實川:[照れながら]今日はこういうこそばゆい時間になるわけですか(笑)

このシリーズは本番ステージ上のトークでもそうなんですけど、ご本人を前にしても遠慮なく褒めていくスタイルになっております(笑)。

實川:逆だったら怖いですねそれ!(笑)

やりません(笑)。ところで、鈴木さんは、幼い頃から今回弾いていただくフランス音楽が大好きで、それ以外にもシューマンやショスタコーヴィチといった作曲家たち、〈死と生への想念を深める音楽〉にどっぷりはまった、というお話をうかがっています。そのあたりはCDのライナーノートに鈴木さんへのインタビューを織り込んでありますので、コンサートの前にお読みいただくと、また演奏への印象も変わるかも知れませんね。實川さんのほうは、高校時代から、幅広くいろいろ聴かれるタイプだったんですか?

實川:好きな作曲家が多すぎて、まんべんなく聴いてました。どの作曲家にもいいところがあるな、と。とにかく全部勉強したいと思っていましたが、最近になって、自分の向いているところは‥‥とソロの場合はレパートリーを意識して絞ろうかと思っていますが、アンサンブルではそうでもなく。先日も、ガーシュウィンを演ってシマノフスキも演って、モーツァルトも‥‥といろんな作曲家を弾いたんですが、これも愉しいなと。

いろいろな作曲家を組み合わせることで、聴くほうもプログラミングから意外に影響されて、新しい発見もあったりするからいいですよね。しかし、学生時代からいろいろ広く聴かれて来たからこそ、何でも対応できるんでしょうね。

鈴木:お家にいろんな珍しい音源があって、いろいろ貸してもらって聴いていましたよ。

實川:僕というより父親がクラシック音楽が大好きで、いろいろ録音や録画をストックしていたのを僕も観聴きしていたんです。


プーランク〈ヴァイオリン・ソナタ〉の凄さと魅力

珍しい音源という話になりましたが、今回のコンサートでもお二人に弾いていただく、20世紀フランスの作曲家プーランクは、多くの自作自演録音を残しているので、作曲家の解釈を知ることができるのも貴重ですね。

メイン_★DSC_3643 - コピー.jpg實川:プーランク、ピアノがめちゃくちゃ上手いんですよねぇ。〈常動曲〉など全然頑張らずにさらっと、すごく自由で振幅も凄く、お洒落に弾くんですよねぇ‥‥。

今回のコンサートでは〈ヴァイオリン・ソナタ〉FP119(1942~43年作曲)を演奏していただきます。

鈴木:ルクセンブルクの講習会に行ったとき、ピエール・アモイヤル先生[鈴木さんの師/1949~]と一緒に行ったんですが、そこでガブリエル・タッキーノ先生[1934~/フランスのピアニスト]もいらしていたんです。

タッキーノ先生はプーランク唯一の弟子でもありますね。

鈴木:先生たちはもともと友達同士なのに喧嘩中だったらしいんですが(笑)、アモイヤル先生が私に「プーランク好きだよね?」と、タッキーノ先生のレッスンが受けられるようにお願いして下さって。門下生のピアニストのかたと一緒にプーランクのソナタを先生の前で弾いたんです。そこではタッキーノ先生ご自身もたくさんピアノを弾いてくださって。

それは貴重な‥‥!

鈴木:それが、先程[自作自演の話題で]お話されていたように、凄く自由で、本当に振り幅の広い演奏で、しかもメリハリがある。‥‥歌うところはとことんロマンティックに、しかし行くところは行く。そして、プーランクの記譜についてもいろいろ教えていただきました。

楽譜の演奏指示など、ですね。

鈴木:当時の演奏家がとても自由に弾いていたこともあって、遅くなってほしくないところに〈少しずつ速く〉と書いてあったりするんだそうです。そういう[特別な]書き方をしているから、[楽譜を]そのまま信じて弾くのではなくて、プーランクが何を求めていたのかを読み込むように‥‥と教わったのが一番印象的でした。

作曲家を直に知る人から解釈をきく、ということから学ぶことは多いですし、楽譜を表から裏からさまざまな可能性を読み込んでゆく、ということはとても重要ですね。ピアニストの目からご覧になって、このソナタはいかがですか。

實川:この曲のピアノ・パートにはスラーなどが少ないんですよ。どこまでがひとつのまとまりなのか指示されていないので、楽譜の見ようによっては打楽器的に弾くことも可能なんですが、ヴァイオリンと一緒に弾いてみるとやはり[フレーズの]まとまりがあるので、やはり打楽器的ではなく、プーランクの[自作自演のような]音楽的にさらっと自然な‥‥落としどころを考えながら弾かなければいけない。しかも場面転換が多いんです。場面がぱっぱっと入れ代わりながら挿入句が現れる、そこが面白いんですが、流れが途切れないように弾かなければ‥‥といろいろ面白い曲ですね。

鈴木:プーランクのこの1曲だけで、ドラマを観ているように場面がどんどん切り替わっていくので、引き込まれますよね‥‥。演奏[のテクニック]自体もけっこう難しい曲で、初めて弾いたのは大学2年生頃だったと思うんですが、譜読みから大変で和音も多くて‥‥よく噛み砕いてゆくともっと味が出て来るという、他のソナタと比べても類をみないほどいろんなテーマが詰め込んであって、弾けば弾くほど深みにはまっていった作品です。

鈴木さんは實川さんと共演されてのデビューCDにもこのソナタを選ばれたわけですが、レコーディングはいかがでしたか。

實川:このソナタの録音はけっこうぱっぱっと順調に進みましたね。

鈴木:[キングレコードのプロデューサーの]松下久昭さんもとてもいい雰囲気を作って下さって‥‥。私は途中から弾くのが苦手なタイプなんですが、何度か通して弾いたら松下さんが「もう録れているから」とおっしゃってくださって、あとは少し修正をするくらいで。

實川:レコーディングが始まる前から舞さんがもう完璧で、こっちがミスしないかどうか本当に心配でたくさん練習していきました‥‥(笑)。

コンサートで熱く瑞々しい現在進行形のデュオを聴ければと楽しみにしております。


《タイスの瞑想曲》などフランスの名品たち

このソナタ以外にも、フランスで活躍したさまざまな作曲家の名品を揃えていただきました。どれもとても素敵な曲なんですが、おふたりから曲目についてお伺いできればと思います。

★DSC_3572.jpg鈴木:まず、プーランクのソナタに何を合わせようかと考えたときに、マスネ《タイスの瞑想曲》はぜひ弾きたいと思いましたし、サティ《ジュ・トゥ・ヴ(あなたが欲しい)》のような愉しくて有名な曲があるといいなと思いました。ピアノもちょっとアレンジしてくれるんだよね?

實川:あー!(笑)以前、ソロでこの曲を弾いたときに、あれこれ音を足したヴァージョンを作ったんですけど、覚えてるかな?(笑)

当日をお楽しみに(笑)。皆さんご存知の名曲をあらためて、おふたりならではの音楽として聴かせていただくのも期待しております。

鈴木:マスネ《タイスの瞑想曲》も、誰でも弾く曲だからこそ、プロにしか出来ない表現ってなんだろう‥‥と考えますね。この曲はもともと、オペラ《タイス》の中で演奏される曲ですけれども、娼婦タイスを回心させようとする[修行僧]アタナエル、ふたりの物語ですよね。ようやくタイスが回心しようとするときに、アタナエルのほうは、タイスを回心させようとするなかに下心のようなものがあったのではないか、堕落しそうになっているのではないか‥‥と自責の念にとらわれはじめる。神への道へむかうタイスと彼の精神とが交差するところに、この《タイスの瞑想曲》があるわけですね。

美しい〈瞑想〉のなかにも、官能性のようなものが薫る、とてもスリリングな曲でもありますね。マスネという作曲家は、聖なるものと俗なるものの交差や融合、を絶妙なバランスで描くのがとても上手い人だと感じます。あるいは、静謐な表現と劇的な表現と‥‥

鈴木:《瞑想曲》といいながら、ドラマティックなストーリーがある音楽だと思います。

対照的に熱い曲、ラヴェル《ツィガーヌ》もまた、情熱のなかにもさまざまな感情の響き合う曲ですね。

鈴木:《ツィガーヌ》は〈かなしみ〉がテーマだと思うんですよね。

技巧のパッションに目がいきがちな曲ですが、実はそういう〈かなしみ〉の深く濃い色がある、というところをぜひお聴きいただきたいですね。

鈴木:ほんとうにいい曲で‥‥[しみじみと]。

イザイ〈サン=サーンスの「ワルツ形式の練習曲」によるカプリース〉も、演奏される機会が多くはありませんがヴァイオリンの魅力を存分に味わっていただける作品なので、ぜひお客さまもお楽しみにしていただいて。

鈴木:これ本当に大好きな曲なんです!十代の頃に弾いたきりずっと演っていなかったんですが‥‥この曲ってもの凄く難しいんですけど、優雅にふわっとして‥‥みたいな感じであんまり難しそうに聴こえないんですよね(笑)。でも、薔薇が薫ってくるようなメロディで、練習しながらも部屋が薔薇の香りに満たされてくるような(笑)。

そういう演奏が出来ているのがまた素晴らしいですね。

鈴木:いやいや(笑)。ほんとうに美しい曲で‥‥。

イザイ自身が当時を代表する優れたヴァイオリニストでもありましたから、楽器を知り尽くした作曲家ならではの筆致から、薫るものも濃く深いと思います。ちなみに、こうした選曲はおふたりで話し合って決められて?

鈴木:あ、ほとんど私が(笑)。

實川:いつもだいたいこんな感じで(笑)。今回はイザイ以外はずっと共演してきた作品ですね。新しく共演する曲がほぼないのでほっとしています。

鈴木:何を言っても弾いてくれるので、ついつい甘えてしまって(笑)。

生き生きと愉しいドビュッシー《ゴリウォーグのケークウォーク》(ハイフェッツ編曲)にはじまって、イザイの薫りたかく美しい難曲まで‥‥。なかほどでお聴きいただくリリ・ブーランジェ[1893~1918]は若くして亡くなったフランスの作曲家ですが、今回は〈ノクターン(夜想曲)〉と〈コルテージュ(行列)〉というふたつの作品を演奏していただきます。これも素敵な、しかし演奏は難しい作品ですね。

鈴木:ピアノが難しいんですよ!

實川:すっごく難しいです(笑)。リリ・ブーランジェはピアノを弾けた人だと思うんですが、特に〈コルテージュ〉のピアノ・パートには無茶な動きが多いんです。効率的な動きを考えて書くというよりは、次はこの音が欲しい!と思ったらそれを書いてしまうというか、それを実際に弾いてみると理不尽な動き方を強いられて(笑)、しかも[指が]跳んだ先で急にピアニシモを要求されるとか‥‥でも、とてもいい曲なんですよ。

鈴木:この〈コルテージュ〉は、とても愉しいものを待っているようなわくわく感が伝わってくる曲なんですよね。

實川:女性作曲家ならではの柔らかさも伝わってくる曲だと思います。

魅力的な作品ですが、まだ広く知られてはいない作曲家であり作品であるかも知れませんから、ぜひ今回お聴きになって好きになっていただきたいですね。


〈テクニック〉と〈表現したいもの〉

★P1050011ー .JPG鈴木:このリリ・ブーランジェの作品は、私がピエール・アモイヤル先生[フランス音楽をとりわけ得意とする大家、門下から優れた若手を続々と輩出する名伯楽としても知られる]に、リサイタルのプログラムについて相談していたときに、先生から「いい曲があるよ」と教えていただいたものなんです。楽譜をいただいたら凄くいい曲で‥‥

鈴木さんがアモイヤル先生に学んだことは本当に大きいですね。

鈴木:はい。ヴァイオリンをどう弾くか、という技術的な面よりも、内面から湧き出るものを育ててくださる先生です。6年間師事して、演奏の仕方、曲に対する考え方、価値観‥‥がらりと変わりました。師事しはじめたとき、技術的な面ではなく、それ以外で足りないものがある、と言われたんです。それは〈あなたの音楽〉だ、と。

〈あなたの音楽〉ですか。

鈴木:日本で勉強していた頃は、表現力もテクニックだと言われていた。まず弾けるようになってから表現を、ということで勉強していました。ところがヨーロッパに行ったとき、[留学先の]ローザンヌでは周りにフランス人が多かったんですが、テクニック面ではあまり高くない人でも〈表現したいもの〉がものすごくぶわっと出てきていて‥‥。そこで「〈自分の音楽〉がないんだ」とコンプレックスに感じてしまったんです。その頃アモイヤル先生に「これ以上うまく弾けないと思うけど、全然よくない」と言われてしまって(笑)。

厳しいですね。

鈴木:「〈あなたの音楽〉じゃない」と。楽器もその頃からアマティ[鈴木さんのヴァイオリンは1683年ニコロ・アマティ作の銘器]を使わせてもらっていたんですけど、先生は「アマティは凄くいい音色だけど、それ以上でも以下でもない。あなたの表現したいものをどうやって表現するか、というところで初めてテクニックを学ぶものなんだよ」と仰って、日本とヨーロッパで最初に学ぶものが全然違うんだな‥‥と思いました。

人によっては、自分が表現したいものは何なんだろう‥‥と原点に帰って悩んでしまったりする人もいるかも知れませんが、鈴木さんの場合には表現したいものが確固としてあったわけですね。

鈴木:でも当時は気がつかなかった。先生にはずっと「あなた自身はそれを持っている」と言われ続けていたんです。でも「あなた自身の人生と音楽とがコネクトされていない」とも言われていて、その両方をどうやってリンクさせたらいいのか最初は分からなかった。

人生と音楽と‥‥

鈴木:当時はアモイヤル先生の生徒さんがまだ少なくてお時間もあったので、一緒にお食事させていただいたり、ご自宅に招いていただいたりして、すごく個人的な話をきいていただいたりしました。若い頃にどういうことを考えていたのか、いま人生について何を思っているのか‥‥そういう話をすごくよく聞きだして下さって、自分自身と向き合うことができました。


厳しき師匠、ピエール・アモイヤル

私もアモイヤルさんにインタビューさせていただいたことがあるんですが、話の端々から伝わってくるお弟子さんたち想いの深さもさることながら、ひとりひとりの個性をとても大切にされて深く考えていらっしゃることも、強く感じられたのが印象に残っています。でも彼のお話からもお察しするんですが‥‥すごく厳しい先生でしょう?(笑)

鈴木:もうそれは!!(笑)言葉がすっごく辛辣で、ご本人はそこまでだとは感じていないと思うんですけど、その辛辣なところを特に日本人は真面目に受けとめてしまう傾向があって、精神的に参ってしまう人も。

實川:思ったことを口にしてしまう率直さ、なんでしょうね。

鈴木:一度、コンクールの前にベートーヴェンのコンチェルトを準備していたら「第2楽章が全然良くない」と言われてしまって。本番の10日くらい前だったんですが「こんなんじゃ賞はとれないから、曲を変えろ」と言われたのがすっごく悔しくて!(笑)

それは‥‥(笑)。

鈴木:何度も[先生のレッスンに]持っていって何度もダメだダメだと言われて。「今日は帰りなさい」と言われて泣きながら廊下に出て歩いてたら、先生が追いかけてきたんです。「泣いてるの?」と仰るので黙って下を向いてたら「泣きたいのは僕のほうだよ‥‥」って。「ベートーヴェンの第2楽章、あんなに美しくて涙が出る‥‥というはずなのに、君の演奏じゃ全然泣けない‥‥」って(笑)。

實川:追い打ちをかけてきた!(笑)

鈴木:当時はショックだったんですけど、でも、いま思うと‥‥心配して観に来てくれたとは思うんですよ!

實川:向こうの先生って、見込みがない学生には「ブラーヴォ」って言うんですよ。手の施しようがないから「素晴らしい」ってだけ言って帰しちゃう。それが怖いんです。

鈴木:褒められるときがいちばん疑心暗鬼になる(笑)。

實川:褒めるにしても「まぁそんなもんだよ」という言い方ですし、注意するのは見込みのある人にしかしない。

鈴木:怒るのも体力要りますもんねぇ‥‥。


ヨーロッパ留学で広がる可能性、劇的な変化と深化

鈴木さんはまず、スイスのローザンヌでアモイヤル先生に師事されてから、先生がザルツブルクのモーツァルテウム音楽大学に移られたので一緒に行かれて、合わせて6年ほどフランス音楽を学ばれています。そして今度は、ドイツ音楽のレパートリーを学ぶために、2016年秋からドイツのミュンヘン音楽演劇大学でインゴルフ・トゥルバン先生[1964~]に師事されているということですが‥‥實川さんもヨーロッパに留学されていますね。

★P1050006ー.JPG實川:オーストリアのグラーツに留学して1年半くらいになります。オーストリアでは第2の都市だということですが、ほんとかなと思うくらい小さな街で(笑)。ここ[グラーツ国立音楽大学]にマルクス・シルマー先生[1963~]という素晴らしい先生がいらっしゃって師事しているのですが、先生はオーストリアやドイツを中心に活躍されていて、ゲルギエフなどとも共演している優れたピアニストです。

シルマー先生はどんなお人柄のかたですか?

實川:怖いということはないです(笑)。ものすごく自由人で明るい先生なんですが、ご本人が持っていらっしゃる〈音楽に対する誠実さ〉には凄いものがあって。良くないところを怒ることはせず、言葉もきつくはないんですけど、仰っている内容は凄く鋭い。

どんなことを言われますか?

實川:僕の場合は、よく言われるのが「考えすぎるな」と。「カオルはときどき考えすぎている。もう少し自由に、流れに逆らわずに弾けばいい」と仰る。たしかに先生の演奏も、まったく淀みなくスムーズなんだけど、そのなかにしっかりとしたものがある。僕の場合は、中にあるしっかりしたものを目指そうとして、こうしようああしようというのが先に来てしまうから不自然になる場所が、先生が聴くと、ある。‥‥先生から「考えすぎるな」と言われることで、すごく楽になりました。

いいですね!

實川:もちろん、まったく何も考えなくなったらいけないんですが(笑)、すこし気楽に弾くくらいが自分にはバランスがいいのかな、と思うように最近なりました。自分の中に流れているものを信じて、〈こうしよう!〉と思わずに、気持ちのいいように弾くのがいいのかな、と思いはじめて、すごく良かったです。

鈴木:彼は留学して演奏が凄く変わりました。それまでは器用に合わせている感じだったところも、彼自身の音楽の波みたいなものがうわーっと出てくるようになって。

表現のスケールが広がったと。

鈴木:そうです。共演がより愉しくなりましたね。

實川:アンサンブルを巧く演ることが、きっとソロ[の演奏]にも繋がると思っていて。アンサンブルをいっぱい演らせていただいてきて、ソロを弾くときの左手にものすごく耳がいくようになったんです。僕がヴァイオリンと一緒に弾くときに神経をそそいでいるところを、今度は[ソロを弾くときの]左手に置き換えている。

なるほど。

實川:昔は、アンサンブルにおいて大切なことは〈ヴァイオリンの人と完全に同じ事をして付き添ってあげること〉だと思っていたんです。完全にシンクロしなければいけない、という。それがだんだん、ヴァイオリンが好きに弾いているところへ、こちらは変わらずに支えて寄り添っている、という風に‥‥。全部はつけずにキープしている、指揮者のような発想で共演が出来るようになっていきたいな、と考えるようになりました。でも、考えすぎるとよくない(笑)。

若く優れた才能がより自在な音楽家へと変化してゆくのは、私たち聴き手にとっても嬉しいことですし、共演される鈴木さんにも刺激になりますね。

鈴木:はい。1年ごとに進化してゆくのが感じられますし。共演するということは、普通に話している以上に相手を繊細に感じられることですから、刺激を受けますね。

實川:僕の方でも[鈴木さんの進化を]感じますね。舞さんもどんどん伸び伸びしてきたように思います。いつも完璧なのは変わらないんですけど、そこに自由さが加わった。完璧さを求める方向に行き過ぎるのではなく、どんどん自由なエネルギーが加わっているんです。その変化を感じながら一緒に弾かせていただいています。

10年先、20年先とお互いに刺激を与えあいながら進化してゆくのが、私たちも楽しみです。


鈴木さん、ヴァイオリンとの出逢い

ちなみに、よく訊かれる質問だとは思うのですが、鈴木さんがヴァイオリンを始められたきっかけをお伺いしてよろしいですか。

鈴木:3歳の頃からピアノを習っていたのですが、音楽教室で集団レッスンを受けていたんです。音楽は好きだったんですが、負けず嫌いだったのでみんなで一緒にやるのが性に合わなくて(笑)。なんとなくピアノが嫌いになってしまって、他の楽器を演りたいな‥‥と思っていた頃、テレビでチェロを弾いている人を見たんです。あぁかっこいい‥‥この楽器を演りたい‥‥と思ったんですが、そのときは、チェロという名前を知らなくて、ヴァイオリンという楽器だと思っていた(笑)。

子供あるあるですね。

鈴木:親に「ヴァイオリンをやりたい!」と言って習い始めたんですが「あの楽器じゃない‥‥」ってずっと思ってた(笑)。

「かたち似てるけど小さいなぁ!」(笑)

鈴木:そうなんですよ(笑)でも言い出せず‥‥。最初についた先生がとても良い先生で、褒め上手なんです。楽しくやってたんですけど、小さい頃は言葉が堪能じゃないので、〈言葉にならないものを音楽に乗せられる〉ということが、ヴァイオリンというものが自分にとってなくてはならない存在になっていったんです。

最初の先生が褒め上手、というのは幸運でしたね。

鈴木:綺麗な先生で、楽しかったです。

あとでアモイヤル先生にたっぷりしごかれるとは想像だにせず(笑)。ちなみに、チェロに移ろうとは思われなかったんですか?

鈴木:性格的にヴァイオリンだなと思っていて‥‥けっこう落ち着きがないから(笑)。

楽器と性格の話題は突っ込んでいくとアレなんでやめときます(笑)。


實川さん、ピアノとの出逢い

實川さんがピアノと出逢われたきっかけをお伺いできますか。

トリミング_★P1050001.JPG實川:僕は3歳でピアノを始めたんですが、先程ちょっとお話したように、父親が音楽好きで、小さい頃から何か楽器をやらせようと考えて、最初はヴァイオリンをやらせたかったらしいんです。父親はオーケストラ音楽が大好きなので、弦楽器に憧れがあったようです。でも、住んでいるところにヴァイオリンの先生がいなくて、つてをたどってピアノを習うことになりました。

偶然と運命と‥‥。でも早くに楽器と出逢われてよかったですね。

實川:最初についた先生が凄く熱心なかたで、10年ほどついて学びました。その先生が藝大の楽理科出身のかたで、音大入試の高校生を教えることが多かったんですが、僕のような子供を教える経験をあまりお持ちでなかった。それで加減がわからないというか(笑)、いま思うと街の教室とは思えないくらい宿題の量がもの凄かったんですよ。

いい感じでスパルタ教育を(笑)。

實川:怖い先生ではなかったんですが(笑)量が凄くて。母も「先生が宿題を出されているんだから‥‥」とスイッチが入ってつきっきりでしたから、その量をこなし続けているうちに鍛えられました。

お母様にもきっちり煽られてよかったですね(笑)。おふたりとも幼い頃に良い先生に恵まれて‥‥。すると實川さんは、ピアノ以外の楽器をやろうとは思われなかった。

實川:ずっと他の楽器には興味なかったですね。小学校の頃に音楽の先生に「吹奏楽部に入らないか」と誘われたんですが、むしろ野球部に入りたかった(笑)。手が危ないので両親にも先生にも反対されて入らなかったんですが‥‥。高校に入ってからは、ヴァイオリンに憧れを持って、触ってみたいなと思ったんですけど、同級生の楽器も触れないじゃないですか。

皆さんの楽器、ものすごく高いですしね。

實川:で、セットで1万9800円くらいの安いヴァイオリンを買ってみたら、開放弦くらい鳴るかと思ったのにまともに鳴らず(笑)よっぽど才能ないのかな‥‥と触らなくなった。ところがあるとき、舞さんが弦を替えるので要らなくなった弦を貰ったんです。

鈴木:あー、あったあった!

實川:その貰った弦を、自分の安いヴァイオリンに張り替えてみたら、そこではじめて開放弦が鳴った(笑)。

問題はそこだった(笑)。

實川:フラジオレット[指で弦に軽く触れ、澄んで柔和な倍音を響かせる特殊奏法]をひととおり楽しんで、楽器をしまい、もう7、8年ほど触っていないです(笑)。

やはり鍵盤の人だったということで(笑)。


第一生命ホールに響く、精妙自在なデュオ

今回《昼さんぽ》で弾いていただく第一生命ホールですが、これまでに演奏されたことは?

鈴木:以前、クインテットを弾かせていただいたことがあるんですが、とても響きの良いホールで、とにかく弾きやすいんですよね。

實川:僕は以前、ピティナのコンペティションの記念コンサートで弾かせていただいたことがあります。それ以来、9年ぶりくらいのホールです。

鈴木:あー!それ聴きに行ったの思い出した!ショパンのピアノ協奏曲第1番でした。

實川:当時まだホールで弾かせていただく機会がなかなかなかったんですけど、凄くいいホールで嬉しかったのが想い出深いです。

10年以上続くおふたりのデュオながら、第一生命ホールは今回が初めてとなりますので、豊かな響きをぜひ存分に愉しんで演奏していただければと思います。

鈴木:信頼するピアニストとの共演ですし!

楽しいお話をたくさんありがとうございました!本番も楽しみにしております。

< あとがき >

★P1050038.JPG 鈴木舞さんと實川風さん、学生時代からお互いの成長を知る音楽家同士ならではのお話、聴き手としてもとても楽しく伺うことができました。今回で13回目をむかえる《雄大と行く 昼の音楽さんぽ》も、たくさんの熱心なお客様に恵まれ、おかげさまで4年目にはいりました。毎回、素晴らしい音楽家の皆さんが忘れがたい音楽の喜びを心に残してくださり、その幸せな記憶の蓄積をお客様と共有できるのも、幸せに存じます。

 バラエティに富んだ演目のなかには、どなたもご存知の名曲はもちろん、音楽家が〈いま、ぜひお聴きいただきたい!〉と願う、ほかでは聴けない演目も織りまぜていただいています。 クラシック音楽におなじみ薄いかたも大歓迎ですし、そして長年の熱心なリスナーの皆さんにもぐっと深く楽しんでいただけるプログラムでもあると思います。これから初めていらしてくださるかたも、ぜひお気軽に‥‥

 瑞々しい飛躍を魅せる鈴木さん・實川さんの〈いま〉を、ぜひ生演奏ならではの空気感とともにじっくりたっぷり味わっていただければ。ホールでお待ちしております!