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トリトン・アーツ・ネットワーク

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アーティスト・インタビュー

©Verena Chen

ディオティマ弦楽四重奏団

クァルテット・ウィークエンド2016-2017
ディオティマ弦楽四重奏団

フランスを拠点に世界的に活躍するディオティマ弦楽四重奏団が、9月、第一生命ホールに登場します。一番の聴きどころは、ベートーヴェン(Beethoven)、シェーンベルク(Schönberg)、そして、1月に90歳で亡くなったばかりの世界的な指揮者でもあったピエール・ブーレーズ(Boulez)という3人の作曲家の作品を組み合わせた「BSB」と呼ばれるプログラムです。

ブーレーズ直伝、改訂版「書」を含む、
今、話題の BSBプログラム

ディオティマ弦楽四重奏団は、故ピエール・ブーレーズ氏と最後に共同した音楽家だということですが、彼との作業はどのようなものでしたか。どのようにコラボレーションが始まり、またどんなアイディアを交わしたのでしょうか。また何か特別な思い出があれば教えてください。

1937年1月ロサンジェルスでコーリッシュ四重奏団がシェーンベルクの4つめの弦楽四重奏曲を初演した際にシェーンベルク自身が編んだプログラムを再現する、というのが私たちのアイディアでした。シェーンベルクは彼の4つの弦楽四重奏曲を、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲(Op.135を除く)4曲と組み合わせたのです。私たちは、この組み合わせは本当に素晴らしいと思いました。なぜならそれが、ベートーヴェン、シェーンベルク両方の美学の間で素晴らしいバランスを保っていること、そして何より私たちがいつも聴いているような聴き方とは全く違うシェーンベルクとベートーヴェンが聴こえてくるからです。このプログラムは当時の最先端でしたが、わたしたちはこのロジックに準じて、このプログラムに現代的な要素を付け加えたいと思いました。フランスの音楽家である私たちとしては、自然にピエール・ブーレーズを選んだわけです。なにより、彼は、われわれの音楽界において一番重要な人物のひとりですし、また彼のユニークな弦楽四重奏曲は詩集として作曲されているので、聴き手としては、この詩集を最初から終わりまで通して読むこともできますし、部分ごと、楽章ごとに読むこともできるということもありました。

それで、私たちはパリでこのプロジェクトをオファーして議論するために彼に会ったのですが、このプログラム全体のアイディアと、この曲を私たちと改訂することは、彼をたちまち魅了してしまいました。私たちが驚いたのは、彼のシンプリシティ(純真、簡素さ)、人間的なキャラクター、そしてとてもおおらかで、生き生きとおしゃべりすることでした!その後、私たちはパリと、彼の住むバーデンバーデンで、何回かのセッションをスタートさせました。彼は、私たちが発するすべてのコメントに対して、非常に敬意を払ってくれ、また興味津々でした。私たちはまた、美しくないとか演奏できないとか言われる作品が、最終的に、詩的で歌うような作品になったのを見て、大興奮でした!ほとんどの改訂は、テンポやダイナミクスといった小さな技術上のことでした。でもすべてのことが一体となってこの作品をまったく違うものにしたのです。最後にブーレーズは言いました。「とうとう、私はこの作品を聴くことになった」

160903_QuatuorDiotima_interview2.jpg私たちはいつも、改訂作業が終わった日に、バーデンバーデンでご一緒したディナーを思い出します。彼は、街のとても良いレストランに招待してくれました(そのレストランでは、皆が親しみを込めて、「ブーレーズさん」と呼びかけていました)。彼は食欲旺盛なところを見せ、私たちはすばらしいひと時を過ごしました。4時間もの間、私たちは、音楽や政治について話し、たくさんのジョークで笑いあいました。彼は偉大な音楽家であり、偉大な指揮者でしたが、また非常に鋭い政治家でもありました!


「書」は、彼が改訂した版をお使いということですが、改訂版はどのように違うのでしょうか。

上の質問の答えにも書いたように、ほとんどが技術上の細かいこと(例えば、音楽的なことを分かり易くするためピッチを付け加えたとか)、テンポ(私たちは、ほぼすべてのテンポを変更しました)、そしてダイナミクスです。ですが、すべてが、この作品を全く違ったものにするのです。ブーレーズは改訂作業の前に言いました。「紙の上で読むとよい作品だ。だが聴くとなると良い部分が失われてしまう。」これが彼との作業の主なポイントでした。つまりスコアにあるように、すべてを聴けるようにし、より伝わりやすくしようとしたのです!


彼はBSBツィクルスを考える際にも非常に影響が大きかったということですが、具体的にはどのような影響を与えたのでしょうか。

正直に言って、彼がこれらのベートーヴェンの弦楽四重奏曲について非常に造詣が深いことに驚きました。もちろんシェーンベルクについて詳しいのは、それほど驚きではなかったのですが。彼はほとんどすべてを暗譜していました。これら2人の偉大な作曲家とその世界についてブーレーズと議論することは、私たちに大きな影響を与えました。

ブーレーズ氏の、シェーンベルクに関する知識、この音楽に対するセンスは、桁外れでした。彼と作業できたことに非常に誇りをもっていると同時に、彼からはたくさんのエネルギーをもらいました。また、私たちはこのツィクルスの順番について、それぞれのコンサートで「書」のどの部分を演奏するか、彼と念入りに議論しました。純粋に音楽的な芸術的な問題について彼と議論することができたのは本当にすばらしいことでした。


パリ、オルレアン、ローマ、リスボン、カッセルですでにBSBツィクルスを演奏していますが、それぞれの聴衆の反応はいかがでしたか。また実際に演奏してみて、いかがでしたか。

私が思うに、ヨーロッパ音楽の心に、なるべく深く触れようとするすべての音楽家にとって、これは、大きな第一歩だと思います。音楽史を見てみると、ベートーヴェンとシェーンベルクは本当にランドマーク(史跡、指標、空間的に画期的な出来事)でありタイムマーク(時間的に画期的な出来事という意味の造語)でもあります。もちろん、彼らについてこれ以上何も探究できないという意味ではありません!いつでもこのツィクルスを演奏するたび、同じような反応がありました。「なんてすばらしいツィクルスなんだ!」とね。私たちが演奏したように、聴衆も楽しんでくれたと思います。でも聴衆はおそらく、なんとすばらしい音楽なんだ!とも言いたかったことでしょう。褒め言葉をたくさんいただきました。私たちにとって、なるべく知的で、感情にもうったえるようにバランスよくプログラムを想像することは、とても重要なのです。最終的に、私たちは音楽に従わなくてはなりません。現在の多くの音楽家は逆のようですが。


11月には「ウィーン・モデルン」でツィクルスを演奏します。何が楽しみですか。

ウィーンで、コンツェルトハウスとムジークフェラインとで場所を分かち合って、このサイクルを紹介できることは、私たちにとっての成果です。ベートーヴェンとシェーンベルクは、もちろんベートーヴェンはウィーン古典派として、シェーンベルクはウィーン新古典派として、この街と深く結びついています。
彼らが住んでいた場所とかなり近い所で演奏します。現在ですら、街の通りには彼らの息遣いが感じられます。この街で演奏できることを考えるだけでわくわくしますが同時に少し怖いような気もします。シェーンベルク・センターもそこにあって、私たちにとっては、それは単にコンサートというだけでなく、私たちのヨーロッパ音楽史に私たち自身が足跡を残すことなのです。


日本で演奏するのはツィクルスの一部なのが残念です。日本のお客様にメッセージをお願いします。

もちろん東京でツィクルスすべてを演奏したかったですね! 近い将来やることになると思います。私たちは皆、日本の文化を愛しています。こんなすごいプロジェクトを身近に感じてくれるのですから。
ツィクルスの一部でも、オファーしてもらって日本の聴衆にお届けできるのは幸せなことです。これらの偉大な音楽家の音楽をもっともっと聴きたくなること請け合いです。日本では現代音楽は、聴くのが何か難しいものになっていることも知っています。でも一度そのおもしろさを発見しようと努力してみると、現代音楽は本当にすばらしいものです。このBSB3人の作曲家の美学はそれぞれ異なりますが、聴き手の皆さまが、実際それぞれの作曲家が私たちにとても近い存在であると気づいてくださるのではないかと思います。