オープニングで初来日以来、第一生命ホールではすっかりお馴染みのミロ・クァルテット(以下Q)。傑作ながら日が当たらなかったベートーヴェン初期の作品18全曲を演奏し驚かせた演奏会から8年、満を持しての傑作《ラズモフスキー》3曲の一挙演奏だ。
「作曲者がこの曲を書いたのと同じ歳まわりになりました」と、ヴィオラのラジェス。
実際、ミロQは変わった。チン夫人で第2ヴァイオリンを務めた山本サンディー智子が退団。後任は、これまた晴海地区でお馴染みのボロメーオQで同じ席にいたフェドケンホイヤーである。みな本拠地テキサス州オースティンに家庭を持ち子どもを育てている。ミロQもベートーヴェンも、もう若者ではない。
「作品18のベートーヴェンは、まだ無名でした。でも《ラズモフスキー》では作曲家としての個性を知られ、音楽を改革し発展させようとする英雄。作品59の全曲演奏は、私たちにとっても英雄的なことなのです」(ラジェス)
でも、全曲一挙演奏などベートーヴェンは想像しなかったろう。「そうでしょうね。でも団にとって成長の良い機会になります。ベートーヴェンは音楽の流れや色彩に期待するものが他とはまるで違いますから」(フェドケンホイヤー)
ハーバード大学出の知識人ラジェス曰く、この作品の出版直後に某著名ヴァイオリニストが、第1ヴァイオリンを全部弾ける人などいない、と嘆いたとのこと。そんな発言に「じゃ、僕のことを教えてあげてよ」と笑うチン。チェロのジンデルも「私には無理とは思えないな」と自信満々だ。音楽にも人生にも経験を積み、言葉の最良の意味での中堅となって、ミロQが晴海に戻ってくる。
[取材・文/渡辺和(音楽ジャーナリスト)]