2010.2
630コンサート~充電の1時間~
仕事帰りに上質な音楽とワインでリフレッシュ!
18:25、何とか会場に辿り着いた。
TANの提供する630コンサートは我々サラリーマンには有り難い。平日に演奏が聴ける機会などほぼ皆無な、芸術とは程遠い生活を送る私にはとても楽しみなコンサートだ。
とはいえ、万事が万事幸せという程甘くも無い。何せ18:30開演だ。この日は朝から張りに張り切って仕事に取り組んで、何とか時間を作ることができた。
ヘトヘトな状態でギリギリの時刻に会場に辿り着く。客席はやはり人でいっぱいだった。知名度の高い二人だけあって、聴衆の活気も違った。
1曲目はモーツァルトのソナタ。仕事で疲れた私の脳にこれほどの癒しは無い、そんな素敵な空気に包まれた演奏だった。矢部さんの華麗なテクニックに包まれた演奏にうっとりしながら、ゆったりと時間だけが過ぎていく。何も考えずに、贅沢な音色が頭を通り過ぎていく、そんな幸せを味わった。
2曲目、ベートーヴェン。モーツァルトで徐々に頭が音楽仕様に切り替わり、曲の面白さがだんだん感じられるようになった。また面白さを分からせてくれる演奏でもあったと思う。特に終楽章は、私が好きなせいもあるかもしれないが、飽きさせない展開の仕方・弾き回しで、時にハラハラさせるような場面があるなど聴いていて非常に面白かった。充実した構成を魅せる横山さんのピアノは流石だと思った。
3曲目、すぐにショパンが始まる。ふと疑問に思ったのは、何故彼らはすぐに演奏に入れるのか、という事だ。それに比べ仕事に浸かり切った私の頭は、ちょうどモーツァルト1曲分でようやくクラシックを聴く態度に切り替わることができたのに、彼らはそれを瞬時にやってしまう。ベートーヴェンかと思ったらショパン、トークかと思ったら演奏。マイクを置くや否やたちまち音が流れていく。いやはや、プロの集中力は恐れ入る、と独りで静かに感嘆しながらショパンを聴いた。歯切れの良いピアノの音はもはや癒しでは無く、聴衆の鼓動を高めてくれる存在だった。
そして、クライスラー。
優しい空気と快活な空気、対照的な二曲が不思議と意味を成し、緩-急の移り変わりを楽しませてくれた。コンサートは終わりへと向かい、少し名残惜しい気持ちが沸き出た。時間に直せばわずか1時間(+α)。名残惜しさは当然か。
しかしながら1時間(とちょっと)とは思えない充実した内容。それでいてコンパクトにまとめられていて、平日ならではの音楽の楽しみ方を発見できたと思う。
そして、「充電」の意味は翌日知る事となる。お酒や煙草等々のリフレッシュ方法とは違い、身体に堪えることの無い音楽による「充電」は最高の気分転換だった。翌日は仕事もスムーズにいき、こうしたメンタル・ケアの重要性を感じた。
社会人にとってオン・オフのバランスは不可欠。仕事に負担を感じているのなら、皆さんも是非一度第一生命ホールを訪ねてみてはいかがでしょうか。きっと素敵な時間が待っているはずです。
公演に関する情報
〈ライフサイクルコンサート#46〉
630コンサート~充電の1時間~
仕事帰りに上質な音楽とワインでリフレッシュ!
日時: 2010年2月4日(木)18:30開演
出演者:横山幸雄(ピアノ) 矢部達哉(ヴァイオリン)
演奏曲:
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ変ロ長調K.454
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番ニ短調「テンペスト」op.31-2
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ変ホ長調op.22
クライスラー:クープランの様式によるルイ13世の歌とパヴァーヌ
クライスラー:ボッケリーニの様式によるアレグレット
クァルテット・エクセルシオ〈#89〉
ラボ・エクセルシオ 20世紀・日本と世界III
風が強いと地球は誰かの凧のようだ...ふと谷川俊太郎のソネットを口ずさみたくなる、立春を迎えたばかりの北風の吹く夕暮れでした。
トリトンスクエアは外の慌ただしさとうってかわって穏やかで暖かく、たどり着いたとたん、ほっ、と一息。プログラムに軽く目を通したところでベルが鳴って。さて、演奏会の始まりです。
少し風変わりなグレーの衣装をまとった4人が登場。統一感はありますがひとりひとりデザインが違います。静かに楽器を構えると、高い音からゆっくりと、音楽が地上に降りてくる。低いところでエネルギーをためてひときわ弦を大きく鳴らすと、ふたたび天空へ響きを投げ返す。
シュニトケの弦楽四重奏第2番。自動車事故で亡くなった友人への悲歌だそうです。古代ロシアの讃美歌を用いた深い悲しみの中、地上から天上へと語りかけるような曲でした。冷たく広大な第2番の世界観に引き込まれてきたところで、続いてシュニトケの第3番。
ん?これはどこかで聴いたことのある響き。そうかと思うと、ふっとその音楽が溶けて、また現代の響きに戻る。そしてまた別の、耳馴染みの良い音。
第3番はルネサンスの音楽やベートーヴェンのフーガを引用しているそうで、それらがモザイクのように散りばめられているのです。しかしその繋ぎ目は全く見事に溶融されていて、完全に一体化している。楽章をまたいで共通の主題が何度も登場するのですが、それがなんとも静かな感動を生む。
シュニトケは、過去の音楽に深い敬愛を抱いていたのでしょう。そして自分の愛するフレーズを溶融し、現代の書法で自分の音楽にした。
クァルテット・エクセルシオはそうした一つ一つのフレーズの持つキャラクタを存分に表現しながら、見事に一つの音楽としてつくりあげてくれました。
休憩をはさんで、後半は西村朗の2作品。
シュニトケがそれまでの西洋音楽を模倣したことに対し、西村作品は過去の西洋音楽へ挑戦をしているように感じました。
弦楽四重奏のためのヘテロフォニーでは、まず音階という概念を破壊。四つの楽器が一つの音に集まったかと思うと、ポルタメントで大きくうねりながら乖離し、またひとつになる。4本の音の曲線が、奔放に空中を動きまわる。
「光の波」では、断片的なパルスが少しずつ集合して、一つの方向性をもち、また冒頭へ回帰する。円環構造。連続的な旋律という概念からの離脱。シュニトケの詩的な作風に対し、西村作品は精緻な彫刻を観ているような感覚に陥りました。
西洋の楽器を使いながらも、笙や篳篥、尺八、ホーミーを思わせる響きあり、ケチャをヒントにしたというリズムホケットあり。何処となく東洋の香りが漂います。ケチャの部分では4人が一つの打楽器のような、不思議な一体感がありました。
このあたりでようやく小さな違和感に気付いたのですが、このクァルテットは誰かが過剰に合図を出して他のメンバーがそれに追従する、といったことがありません。
これ程の難曲であれば、たいていは大きく合図を出さないと不安になるものですが、彼らは必要以上にお互いを威嚇することなく、それぞれがきちんと主張してアンサンブルが乱れないのです。長年常設の四重奏団として活動してきたからなのでしょうが、個人的には非常に驚きました。
演奏会が終わって会場を出ると、外はもう真っ暗。ビルの明かりがきれいです。風はまだ強かったのに、来た時よりもずいぶん暖かな気持ちで帰路につくことができました。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウィークエンド 2009-2010 Galleria〉
クァルテット・エクセルシオ〈#89〉
ラボ・エクセルシオ 20世紀・日本と世界III
日時: 2010年2月6日(土)18:00開演
出演者:クァルテット・エクセルシオ
[西野ゆか/山田百子(ヴァイオリン)、吉田有紀子(ヴィオラ)、大友 肇(チェロ)]
演奏曲:
西村朗:弦楽四重奏のためのヘテロフォニー
西村朗:弦楽四重奏曲第2番「光の波」
シュニトケ:弦楽四重奏曲第2番
シュニトケ:弦楽四重奏曲第3番
西村朗×クァルテット・エクセルシオ レクチャーコンサート
大学の一講義室での、「N響アワー」の司会をされている西村朗氏と、年間80公演を行うという日本で数少ない常設の弦楽四重奏団クァルテット・エクセルシオによる『実演を交えながらおくる作曲家自身による作品解説』。今は亡き大作曲家たちの作品もこのような作曲家自身によるレクチャーコンサートで心底聞きたいと思った充実した時間でした。
◆前半:「弦楽四重奏のためのヘテロフォニー」(1975~87)
この曲は、西村氏が芸大学生時代の試験や毎日音楽コンクールを経て、エリザベート国際音楽コンクールで大賞を受賞した後も手直しし出版された第1番にあたる弦楽四重奏曲で、ヘテロとは別称で異質なものだそうである。西洋音楽のホモフォニー、ポリフォニーにないもの、ベートーヴェン、バルトーク、ラヴェルの完璧な弦楽四重奏曲にないものを探しヘテロフォニーとし、雅楽の音がずれている、ぶつかっている、調弦が合ってないにも関わらずそれに違和感を持っていない日本人の音楽性がこの曲に取り入られたようだ。
頭の音は落ち着きのあるAの音でなくB♭を、チェロが1番高い開放弦の更にオクターヴ高い音の半音上という位置から鳴らし始める。その1点から出たものから四者四様にうねってまた集まってくる。この異質なものの中にも一元的な流れが存在していて常に流動的である。24音技法で弦楽器の可能性を見込んで4分の1音指定の音まであり、楽譜からは演奏可能だけれど書き取ることが困難な曲を作った。秩序と破壊の繰り返しの後、最後は草の笛、竹の葉のすれる音のような1stヴァイオリンのメロディー、それはヴィブラートをかけて弾くと綺麗なメロディーなのに敢えてなしの指示があり枯れた感じを出して終わる。
◆後半:弦楽四重奏曲第2番「光の波」(1992)
この曲は西村氏がインドネシアのkecakケチャという、数人で全く違うリズムを打っているのに傍には一人が連続したリズムを打っているように聞こえるという、パルスの合同制作から作った曲だそうだ。パルスとはあふれ出るようなリズムのことである。とても超絶技巧の曲でなかなか最後まで崩れないで演奏出来るクァルテットはいないと言っていた。西村氏の曲でよく取り上げられている曲に「6人の打楽器奏者のためのケチャ(1979)」があり、最初にそちらをCDで聞かせていただいてケチャの仕組みを教えてもらった。
第2番は2楽章形式で成り立っており、曲の最後にあたる第2楽章の終わりと第1楽章が重なるように作られている。それは音が上に昇って行くのと下がって行くことで表されていた。第1楽章はこれから出現するものの予兆で、第2楽章で4者が次々に短い音を出し始めて、それは光が飛び交うような光景を表している。hocetホケというしゃっくりしたようなリズムも出てくる。クライマックスに向けて速いテンポで突き刺すようなパルスの連続。東アジアのアレグロ。
今回始まる前は現代曲でどんなに聴くのが難解な曲なのかと想像しましたが、西村氏のテンポの良いユニークな解説と、アジアの音楽に端を発したと言われたからなのか、演奏を聴いてみるとヘテロフォニーの方は不思議な響きも美しく感じましたし、第2番は4人の演奏者のリズムのやり取りにこちらも目も耳も集中して聴くことが出来、入り込んでしまいました。終了後に質問の時間が取られた時も、全くの音楽初心者だという方々が次々に西村氏に質問をしていたことが、私と同じくこの時間虜になった方がたくさんいたということだと思いました。今回の2曲とシュニトケの作品でプログラムを組まれたエクセルシオの皆さんの演奏会も楽しみですし、西村氏は弦楽四重奏曲を第4番まで出版されているということでしたので、第3番、第4番についてもまた実演を交えたレクチャーコンサートをして頂きたいと思いました。
公演に関する情報
レクチャーコンサートplus#13
西村朗×クァルテット・エクセルシオ レクチャーコンサート
日時: 2010年1月26日(火)19:00開演
場所: 芝浦工業大学豊洲キャンパス テクノプラザ
出演者:西村朗、クァルテット・エクセルシオ