エルデーディ弦楽四重奏団〈#79〉
ハイドン没後200年を記念してII
春眠暁を覚えずの頃合に体験する「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」。
プログラムに解説を書かれている蒲生さんは、ハイドンの傑作「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」について、何かを予感をするかのようにいみじくもこう書かれていた。
(ドヴォルジャークの「スタバト・マテル」と並べて)「...どちらも遅い楽章が続くイコール飽きる、退屈する図式がまったく当てはまらない稀な例かもしれない」と...
どんな偉大な傑作を前にしても、僅かな休憩時間にサンドイッチを食べ、ビールを飲む...といった...それは僕も含めて、音楽は人々の日常行為の中に存在する。
まず僕が感じたのは、エルデーディの皆さんが本来持つ、音楽に対する姿勢と「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」という作品が、大変同質性を帯びていたということだ。
それらは、単なるテクニックといった表層的なことを超える。
大聖堂のような荘厳さと、響きわたる音色の厳しさ。序奏の最初の2小節できっぱりと聴き手に伝える。深い呼吸の「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の「歴史旅」に、この日の僕は、聴き手として安心して、エルデーディに身を委ねることができた。
序奏:introduction(Maestoso ed Adagio)
25小節目から蒲生さんの弾くヴァイオインは既に嘆きっており、30小節目に突入する付点では叫び声に変わる。尋常ではない世界が第1生命ホールの舞台に幕開けされる。
ソナタ1:Largo第一の言葉(父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか知らないのです)では、冒頭の花崎さんの奏でるチェロの派手ではない響きが素晴らしい。人の脈拍を感じさせ、まだ温もりのある体温を感じさせる音色。グリラー弦楽四重奏団でチェロ奏者だったコリン・ハンプトンの「『マタイ受難曲』にひけをとらない名曲と呼んではばからない」の言葉を残したことを、蒲生さんがプログラムに紹介されていたが、思わず頷く瞬間。65小節目~68小節目の4人の音楽の受け渡しでは、オラトリオ版における4名の独唱がそこで歌っているような「言葉」を感じた。
ソナタ2:Grave e cantabile第二の言葉(あなたは今日私と一緒に天国に入ることができます)では、花崎さんのヴァイオリンの分散和音が時に羽毛のように軽く、聴く人を優しさに導く敬虔な瞬間。繰り返される転調に青白い雲から一筋の光が見え隠れするようにも情景を感じた。
ソナタ3:Grave第三の言葉(女よ、これがあなたの息子です。(それからヨハネに)これはあなたの母です)では、細かく制御されたヴィヴラートで奏でる歌が、これから向かう場面への祈りのようにも聴こえ、最後の小節では、Mutter! という音で締めくくられるようにも僕は聴こえた。カルテットでは中々出せない響きではないか?
ソナタ4:Largo第四の言葉(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか?)では、最後の力を振り絞った詠嘆の声。12小節目のppで、蒲生さんが絶望の表情を奏でるが、試練を全うするための力強い問いかけが、19小節目からこだまする。桐山さんが静かに弾くヴィオラの音色が、聴き手の心に入り込む。
ソナタ5:Adagio第五の言葉(私は渇く)で聴く、ピツィカートは安堵さえ感じさす明るい調べ。だが、それは諦観の中の安堵。18小節目から聴く耳を刺すような金切り声が、束の間の明るさ吹き飛ばし、苦しみを伴う花崎さんのチェロの音に打ちのめされる。
ソナタ6:Lent第六の言葉(すべては終わった)では、4人の集中心がとてつもなく凄い。彼らが51小節目から織りなす響きは、天国と地上を結ぶ天使の歌であろうか。やがてはエルデーディのメンバーが消え、音楽のみが純粋な形で空間に存在する感覚も。
ソナタ7:Largo第七の言葉(父よ、私の霊を御手にゆだねます)では、紫色の光に包まれるとでもいったら良いだろうか。慈愛に満ちた空気がそこに流れるかのようだ。特に8小節目からは眩い光のハーモニー。エルデーディの皆さんから、かような音色が聴けるとは!最後はpppで目を閉じる。
地震:Presto e con tutta forza(キリスト昇天時の天変地異)は、我々聴き手の目を覚ますような迫力だ。今も昔もちっとも変わらない恐れの感覚。振動、人々の叫び...
エルデーディの皆さんの作品に対する、心からの献身的な態度が、ただただハイドンの偉大さを我々に伝えたくれたように感じた。
ブラボオの声が出たのも納得。ありがとうエルデーディの皆さん。
今回は、「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」の前に、第24番イ長調作品9-6 Hob.III-24と第23番変ロ長調作品9-5 Hob.III-23順で2つのカルテットが演奏された。2作品ともに、十分緻密で奔放で上手くて、容赦ない名人芸が繰り広げられていたのと同時に、作品にも「域」があることを、僕には否応なく感じられました。
公演に関する情報
〈クァルテット・ウィークエンド 2008-2009 Galleria〉
エルデーディ弦楽四重奏団〈#79〉
ハイドン没後200年を記念してII
日時: 2009年4月12日(日)15:00開演
出演者:エルデーディ弦楽四重奏団
[蒲生克郷/花崎淳生(ヴァイオリン) 、桐山建志(ヴィオラ)、花崎 薫(チェロ)]
演奏曲:
ハイドン:弦楽四重奏曲第24番イ長調op.9-6 Hob.III-24
ハイドン:弦楽四重奏曲第23番変ロ長調op.9-5 Hob.III-23
ハイドン:弦楽四重奏曲op.51「十字架上のキリストの最後の七つの言葉」